第3話 教会のシスター・メアリー
僕がどうやってダンジョン『深淵の監獄』を出たか。話は単純だ。邪龍のタッツンが、真上に向かって光線を吐いたのだ。
「グルァァァァッ!」
黒い光線が、真上へ向かって一直線に放たれた。
ズドォォォォンッ!
轟音がダンジョン全体を揺らす。天井を覆っていた巨大な岩盤が、一瞬で吹き飛んだ。僕は驚いたけど、タッツンは平然としていた。むしろ、僕が巻き込まれないように翼を広げ、落ちてくる破片を防いでくれた。
やがて暗かったダンジョンの最深部に、1本の光が差し込んだ。朝日だった。
「もう朝だったんだ……」
こんな場所で見る朝日は、不思議なくらいきれいだった。ずっと暗闇の中にいたせいか、ただの太陽の光なのに、別世界のものに見えた。
「タッツン、やっぱりすごいな」
「グルル」
返事をするように、タッツンが低く鳴いた。僕はその背中を軽く撫でる。黒いうろこが、朝日の光を受けて鈍く輝いている。今では僕の言うことを聞いてくれる、大切なペットだ。
「よし。じゃあ、帰ろう」
「グルル」
僕はタッツンの背中に乗った。背中にまたがり、うろこをしっかりとつかむ。
「飛べるよな?」
「グルァ!」
タッツンの巨体が地面を蹴った。
「うわっ!」
一気に体が持ち上がる。タッツンは巨大な翼を広げ、そのまま上空へ飛び上がっていく。
「速い!」
僕は必死にしがみついた。地面がどんどん遠ざかっていく。そして暗闇を抜けた。
「……!」
まぶしい。あまりの明るさに、僕は目を細めた。風が顔に当たる。髪が激しくなびく。目の前には、青い空が広がっていた。
「出られた」
外の空気を吸った瞬間、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。ダンジョンの中に充満していた湿った空気とはまるで違う。それだけのことがたまらなくうれしかった。
本当に帰ってこられた。死ぬかと思った。何度も駄目だと思った。それでも僕は、生きて地上へ戻ってきた。
クロエに会える。
そのことを実感すると、胸の奥からじわじわとうれしさが込み上げてくる。
僕はそのまま、近くの村の教会までタッツンに運んでもらった。
なんといっても、全身がヘドロまみれなのだ。服も腕も足も、髪まで。泥と汚れがこびりついている。ダンジョンから出られた安心感ですっかり忘れていたけれど、僕はものすごい臭いをまとっていた。さすがに、このまま街へ入るのは無理だ。教会で浄化魔法をかけてもらわないと。
教会の前でタッツンの背中から降りた。
「タッツン、ありがとう」
「グルル」
僕はその巨大な頭を撫でる。
「ここで一旦、お別れだ」
「グル……?」
タッツンが少しだけ首を傾けた。
「大丈夫。また会いに行くから」
僕は笑って言った。タッツンはしばらく僕を見つめていたが、やがて低く鳴いた。
「グルル」
タッツンはまた空を飛び、ダンジョンに戻っていった。
教会へ入ると、女性の神官がこちらへ歩いてきた。そして、僕の姿を上から下まで見て、目を丸くした。
「これはまた……、ずいぶん汚れていますね」
「すみません」
頭を下げる。
「いえ。動かないでください」
神官は優しくそう言うと、僕の前に立った。そして、ゆっくりと手をかざす。
「……」
浄化の魔法だ。
手のひらから淡い光が広がり、やわらかな光が僕の体を包み込んでいく。ベタベタしていたヘドロが、最初から存在しなかったかのように消えていった。服についた汚れも落ちていき、髪にこびりついていた泥まできれいになくなる。
ついさっきまでダンジョンの底を這い回っていたとは思えないほど、きれいになっている。鼻を近づけても、あの嫌な臭いはもうしない。
「どうも、ありがとうござ……」
頭を下げようとした、その瞬間だった。ぐらり、と視界が揺れた。
……あれ?
足に力が入らない。ダンジョンから出られた安心感で忘れていた。僕は、とっくにもう限界だった。
「――」
そのまま倒れた。
次に目を覚ましたとき、ベッドの上にいた。ぼんやりと目を開けると、シスターが僕のそばに座っていた。
「気がつきましたか?」
そう言いながら、シスターは僕の口元へ水を運んでくれる。
「ゆっくり飲んでください」
乾ききった喉に、水がゆっくり染み込んでいく。水を飲み終えると、シスターは僕の前に食事を置いた。
「よかったら、こちらもどうぞ」
「え……?」
目の前に置かれたのは、温かい料理だった。湯気が立っている。それを見た瞬間、胃が大きく鳴った。恥ずかしい。でも、それ以上に腹が減っていた。
「いただきます」
僕は夢中で食べた。温かい食事が、空っぽだった胃の中へゆっくり落ちていく。
おいしい。ダンジョンから帰ってきたばかりの僕にとって、シスターの優しさがたまらなくありがたかった。
食事を終えると、僕は改めてシスターへ向き直った。
「シスター、このご恩は絶対に忘れません。お名前を伺っても?」
「私はシスター・メアリーです」
「シスター・メアリー……。本当にありがとうございました」
僕が頭を下げると、シスター・メアリーは穏やかな笑顔を浮かべた。
「冒険者ノア様に、神のご加護があらんことを」
冒険者という言葉を聞いたとき、胸の奥が少しだけ熱くなった。僕は自分に自信が持てなかった。戦えるわけでもない。強力な魔法を使えるわけでもない。自分を冒険者と名乗ることが、どこか恥ずかしかった。
でもシスター・メアリーは、そんな僕を当たり前のように冒険者と呼んでくれた。そのことが、すごく嬉しかった。
僕は帝都の冒険者ギルドを目指した。ダンジョンから帰還したことを報告しなければならない。それに仲間たちもギルドにいるかもしれない。きっと心配しているはずだ。そんなことを考えながら、僕は街の中を歩いていく。
「あれ……?」
前方に見覚えのある姿があった。白い鎧。見慣れた装備。間違えるはずがない。
「ルーカス!」
僕は思わず声を上げた。見つけた。無事だったんだ。胸の奥から、一気に安心感が込み上げてくる。僕は手を上げて駆け寄った。
「ルーカス!」
僕の声に、ルーカスが振り返った。目が合う。次の瞬間。勇者ルーカスの顔が、露骨に嫌そうに歪んだ。
「キッショ。なに戻ってきてんだよ。引くわ」
「……え?」




