第19話 記録係とヒーラーに捨てられた勇者たち
●勇者・ルーカス視点
ノアを深淵の監獄に置き去りにして殺した後、俺はクロエと結婚する予定だった。それが当然だと思っていた。俺が勇者としてさらに名を上げ、クロエが聖女として俺を支える。ノアが消えれば、邪魔するものは何もない。俺にとっては、それが当たり前の未来だった。
クロエが自分から俺のもとを離れるなんて、考えたことすらなかった。だからこそ、あの日の言葉が今でも頭に残っている。
『私もパーティーを抜けるから』
『あなたじゃ物足りないの』
最初は冗談だと思った。次の言葉を聞くまでは。
『私は、ノア様のために生きる』
ノア様。あのクロエが。しかも、俺の目の前で平然と言い切った。俺と一緒にあれだけノアを見下していたクロエが。
あのレストランでの光景を思い出すだけで苛立つ。
しかもクロエは、俺が買ったミスリルの指輪まで必要ないと言った。あれは安いものじゃない。勇者として名を上げた俺が、婚約者への贈り物として用意したものだ。クロエが喜ぶと思っていた。俺の隣に立つ女なら、それくらい当然だと思っていた。
それを、あいつは要らないと言った。
俺よりノアを選んだ。理解できなかった。
ノアなんかより、俺のほうが上だ。勇者である俺と、記録係だったノア。王国中で名前を知られている俺と、何の功績もないノア。
比べるまでもない。それなのにクロエは、ノアを選んだ。その事実が、気に入らなかった。
何より、あいつが去るときに見せた顔が忘れられない。クロエは俺を見なかった。俺ではなく、ノアを見ていた。あんな顔をするクロエを、俺は見たことがなかった。
……ふざけるな。
俺は勇者だ。俺は選ぶ側であって、捨てられる側じゃない。
それに、ノアの態度も気に入らなかった。
昔のあいつは、あんな奴じゃなかった。俺たちに何か言われれば素直に従った。自分から出しゃばることはなかった。
それが、どうだ。レストランでのノアは、まるで別人だった。俺たちを見下しているような目を向けてきた。何がパーティーを抜ける、だ。ふざけやがって。あの目が、どうしようもなく腹立たしかった。
俺たちが自分より下の存在にでもなったみたいな態度。何様のつもりだ。
俺たちは勇者パーティーだぞ。ノアは記録係だったじゃないか。深淵の監獄へ置いていかれる程度の存在だったはずだ。それなのに、今のあいつは俺たちを相手にすらしていない。
そんな俺たちの前に、新しい男が現れた。
「こいつを連れていけ」
ギルドマスターが紹介したのは、ヴァルという冒険者だった。
黒髪に、落ち着いた顔立ち。派手な装備はしていない。ただ、いかにも熟練した冒険者という雰囲気を漂わせている。
「腕は確かだ。魔物の知識も豊富で、回復魔法まで使える」
「回復魔法?」
「ああ。今回の討伐では役立つはずだ」
ヴァルは軽く頭を下げた。
「ヴァル・シュミットです。よろしくお願いします」
「俺はルーカスだ。勇者パーティーのリーダーをやっている」
「知っています。有名ですから」
ヴァルはあっさり答えた。悪い気はしなかった。
「じゃあ頼むぞ」
「こちらこそ」
俺たちは握手を交わした。
今回の依頼は、国から直接回ってきた討伐任務だった。山間部にある廃鉱山に強力な魔物が現れ、周辺の村へ被害を出しているらしい。
場所を確認した俺は、地図に記された名前を見て笑った。
エヴァンス領。
今はもう、その名前で呼ばれることすらなくなった土地だ。かつてノアの父親が治めていた領地。そして、あいつの家を没落させる最後の舞台になった鉱山。鉱山に投資し、領地を立て直そうとして、その投資に失敗した。
借金は膨らみ、領地を維持できなくなり、爵位まで失った。俺は、その崩壊を後押しした。エヴァンス家への支援を止めるよう貴族へ話をつけた。商人にも取引を控えさせた。追加融資の話も潰した。良くない嘘の噂を流し、周囲から少しずつ手を引かせた。
何も難しくなかった。俺が手を加えただけで簡単に崩れた。
そしてエヴァンス家は平民になった。
勇者である俺と、平民になったノア。もう二度と関わることはない。どうせ殺す予定だった。こちらから願い下げだ。
鉱山へ入ってから、最初の違和感は五分もしないうちに出てきた。坑道は想像以上に広く、古い採掘用の支柱が一定の間隔で並んでいる。壁にはつるはしで削った跡が残っているが、その上から別の傷が幾重にも重なっていた。足元には折れた剣、潰れた盾まで転がっていた。
「ここ、かなり荒れてるわね」
魔法使いのシャルロットが杖で足元の装備をつつく。
「採掘員が逃げるときに装備を捨てたのか?」
タンクのオリバが拾い上げた盾を眺める。
「いや、こんな壊れ方は普通じゃない」
武闘家のリリーがしゃがみ込み、地面に残った傷を指先でなぞる。
「剣で斬られた跡もある。誰かが戦ったみたい」
「昔ここで魔物と戦った冒険者だろ」
俺たちは先へ進んだ。ヴァルは何も言わない。少し遅れてついてきながら、壁や地面を見ている。時々立ち止まり、壊れた装備を拾い上げたり、傷の深さを確認したりしていた。
少し先で坑道が開けた。かつて採掘場だったらしい大きな空間。床には崩れた木材が散らばり、壁際には錆びた鉱山用のトロッコが横倒しになっている。その奥には、何体もの人型の影が立っていた。
次の瞬間、ガシャリと金属音が鳴った。影の一体が首を動かす。兜の中には何もない。肉も顔もない。ただ、二つの赤い光だけが灯っている。
続けて、その隣にいたものが剣を拾い上げた。
ガシャ、ガシャ、ガシャ。
複数の鎧が一斉に動く。
「……リビングアーマー」
ヴァルが低く言った。
「なるほど。鎧そのものが魔物か」
ヴァルがすぐに訂正した。
「正確には、鎧へ魔力が宿って動いている魔法生命体です」
俺は前へ出た。
「結局、鎧を壊せば終わりだろ」
「いいえ。重要なのは鎧そのものではなく、内部の魔力核です」
「核?」
シャルロットが聞く。
「そうです。外装を破壊しても、核が無事なら動き続けます。逆に核へ正確に攻撃を通せば、一気に機能を停止させられる」
俺が言う。
「余裕余裕」
「核の位置は個体によって違います。まず魔力の流れを見て位置を特定する必要があります」
ヴァルが答える。
「戦いながら探すってことか?」
「はい」
「そんな面倒くせぇことしてられっかよ! 動かなくなるまで全部斬りゃあいい」
「それでは時間がかかりすぎます」
「俺たちならできる」
そこまで難しい相手には感じない。むしろ、ノアがいない今こそ俺たちの力を見せるいい機会だと思った。
……ノア。あいつがいたら、今ごろどうしていただろう。たぶん、あの本を開いて、こいつの特徴を並べていた。過去にどんな攻撃をしてきたか。似た個体の討伐例は何か。あいつは戦わなかった。けれど、そういう情報だけは無駄に詳しかった。俺が知らないことを、あいつは知っていた。
だから何だ。知識だけあっても、魔物を殺せるわけじゃない。
「行くぞ!」
俺が叫ぶ。




