↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/20

第20話 俺たちは、あいつより弱いのか……

俺たちが鉱山から逃げ出してから、しばらく経った。誰も口を開かなかった。オリバの盾は砕け、リリーの腕には青い痣が残っている。シャルロットは魔力を使い果たし、俺の剣も途中で折れていた。俺自身、身体のあちこちが痛む。呼吸をするたびに肺が焼けるようだった。


「……くそっ」


盾役のオリバが地面へ拳を落とす。


「あんな鎧一体に負けるなんて……!」


拳が土へめり込む。普段なら大柄な身体を頼もしく見せている男が、今は悔しさに顔を歪めていた。


「私の攻撃も全然通じなかった」


武闘家のリリーが青く腫れた腕を押さえる。


「脚を壊せば動けなくなると思ったのに……」


魔法使いシャルロットも自分の杖を睨んだ。


「魔法まで効かないなんて……何なのよ、あれ。私、あれだけ撃ったのに」


全員が苛立っていた。けれど、俺は何も言えなかった。勇者である俺が、一番何もできなかったからだ。斬っても止まらない。首を狙っても動く。オリバが正面から押さえようとしても押し返される。リリーが関節を潰しても動く。シャルロットが魔法を叩き込んでも、表面を焦がすだけだった。


そしてヴァルは、そんな俺たちに何度も正しい指示を出していた。魔力核を探せ。正面から受けるな。関節を狙うな。無駄な魔法を撃つな。隊列を崩すな。そんなことは分かっていた。分かっていたはずなのに、俺たちは誰一人として最後まで言うことを聞かなかった。


「……はぁ、……はぁ」


息を整えながら、俺は拳を握る。悔しい。情けない。何より、腹が立つ。勇者パーティーが。俺たちが。たった一体の魔物も倒せず、いいように弄ばれて、最後には尻尾を巻いて逃げ出した。


頭に浮かんだのは、ノアだった。あいつなら、リビングアーマーを見た時点で、外装を壊しても意味がないことも、魔力核を探す必要があることも説明していただろう。デュラハンのときだってそうだった。俺たちが知らないことを、あいつだけは知っていた。あいつは戦闘で役に立たないと思っていた。けれど、魔物の知識だけは異常なほど持っていた。


「だから言ったじゃないですか」


ヴァルが口を開いた。


「核を狙えって」


顔を上げる。ヴァルは傷一つない顔で俺たちを見ていた。


「本当にあなたたちは、ノアがいないと無能ですね」

「……何だと?」


オリバの声が低くなる。


「聞こえなかったですか? 無能だと言ったんです」

「てめぇ……!」


オリバが立ち上がる。


「こっちは死ぬ気で戦ってたんだぞ! 何もしてなかったお前に、そんなこと言われる筋合いはねぇ!」

「何もしていない?」


ヴァルが首を傾げた。


「今こうやって、みなさんにヒールをかけているではないですか。それに私は最初からずっと指示を出していました。聞かなかったのはあなたたちでしょう」

「黙れ!」


オリバが怒鳴る。しかしヴァルの言うことは正しい。それが何より気に入らない。


「……俺たちは、あいつなしじゃ何もできないっていうのか」


自分で口にしたくせに、その言葉が胸に刺さった。ノアがいなくなって最初の依頼だった。今の俺たちは、あいつがいないだけで魔物一体すらまともに倒せなかった。その現実を突きつけられたようで、吐き気がするほど悔しかった。




そのときだった。


「……あれ?」


リリーが山道の先を見た。一人の男が歩いてくる。俺の胸が嫌な音を立てた。


男は俺たちの前で足を止めた。ノア・エヴァンス。ノアは俺たちを順番に見た。オリバ。リリー。シャルロット。そして俺。視線が傷だらけの身体、壊れた盾、折れた剣へと移っていく。


「……リビングアーマーに負けたんだ」


淡々とした声だった。


「っ!」


俺たちを見ているのに、驚いていない。心配もしない。笑いもしない。ただ、俺たちの有様を見て、結果を確認しただけ。


「お前に何が分かる!」


俺は怒鳴った。昔のノアなら、絶対にこんな言い方はしない。俺たちの機嫌を窺っていた。俺が何か言えばすぐに頭を下げた。自分の意見があっても、俺たちに遠慮して飲み込んでいた。それが今ではどうだ。俺たちがどれだけ睨んでも、怒鳴っても、こいつは眉一つ動かさない。


気づけば、俺は剣を抜いていた。


「何様のつもりだ!」


俺はノアへ斬りかかった。ふざけた態度が気に入らなかった。俺に対する態度を思い出させてやりたかった。昔みたいに俺の前で頭を下げさせればいい。


次の瞬間。


「うあああっ!」


俺の身体が浮いた。背中から地面へ叩きつけられた。息が詰まった。肺の中の空気が全部抜ける。


「ルーカス!」


オリバの声が遠く聞こえる。俺は必死に起き上がろうとした。こいつは、俺の攻撃を避けたわけでもない。何もしていない。勇者である俺を、ただ一撃で地面へ叩き落とした。ノアは本当に興味がなさそうだった。その態度が一番腹立たしい。俺たちなんて、最初から眼中にない。


「お前、何をしに来た」

「リビングアーマーを倒しに」

「一人で?」

「うん」

「馬鹿言うな」


俺は笑った。笑うしかなかった。


「俺たち五人でも無理だったんだぞ」


ノアは首を傾げる。


「じゃあ見てればいいよ」


その言葉に、俺は何も返せなかった。ノアはそのまま鉱山へ向かって歩き始める。俺たちも追いかけた。見届けたかった。あいつが本当に一人で倒せるのか。それとも、さっきのだって何かの偶然なのか。坑道へ戻る。奥には、三体のリビングアーマーが残っていた。


「ガシャ……ガシャ……」


金属音が響く。三つの赤い光がノアへ向く。一体が巨大な剣を振り上げて刃が落ちる。ノアは一歩だけ横へ動く。剣が空を切った。その瞬間には、ノアの姿が魔物の懐へ入っていた。


「核、ここだね」


淡い光が掌へ集まる。


「魔法……?」


シャルロットが呟く。風が渦を巻いた。小さな魔法陣がノアの手元に広がる。


「ウィンドカッター」


風圧が一枚の刃になる。それが鎧を横一文字に切り裂いた。


「ガシャァン!」


1体目が崩れ落ちた。


「……」


俺たちは固まった。一撃。俺たちがあれだけ斬っても壊せなかった鎧を、たった一度の攻撃で終わらせた。しかも魔法が使えるなんて、きいてねえぞ。


残り2体が同時に動いた。しかもこの二体の強さはヤバい。絶対に勝てるはずがないんだ。


右から一体。左から一体。俺たちなら、ここでオリバが片方を受けて、俺がもう片方へ回り、リリーが死角を狙う。けれどノアは一人だった。2体の剣が同時に振り下ろされる。ノアは二体の間へ踏み込んだ。


「は?」


普通なら、自殺行為だ。けれどノアは、まるで二体の動きを最初から知っているように身体を滑らせた。片方の刃を肩すれすれでかわし、もう片方の刃を腰を捻って躱す。そのまま二体の中心で足を止めた。ノアが地面へ手を向ける。


「ウィンドバインド」


風が爆発した。渦巻く風が二体の巨体を絡め取り、足元から持ち上げる。


「何だ、あれ……」


オリバが呆然とする。二体のリビングアーマーが宙へと浮く。ノアが片手を上げた。空中に魔法陣がいくつも展開される。そこから無数の光弾が生まれた。


「あれ、光魔法……?」


シャルロットが震えた声を漏らす。


「レイバレット」


無数の光が一斉に飛んだ。兜の隙間。胸部。背中。腰。複数あった魔力核へ、一本ずつ正確に突き刺さっていく。


ガガガガガッ!


光が次々に砕ける。魔力核が壊れたリビングアーマーから力が抜け、二体が同時に落下した。


ガシャァン!

ガシャァン!


ノアは魔法陣を消した。俺たちが何十分も戦った魔物が、数十秒で全滅した。ノアは一人で簡単に倒した。しかも、苦戦した様子すらない。汗一つかいていない。息一つ乱していない。俺たちが死に物狂いで戦っていたことすら、どうでもいいことのようだった。



そのとき、ヴァルがノアへ近づいていった。


「見事でした」


ノアが振り返る。


「魔力核を見抜く速度。魔法の制御。あの距離から正確に核だけを破壊する技術。かなりの実力ですね」

「そうかな」

「ええ」


ヴァルは少し笑った。


「君も、本当は一人で倒せたんじゃない?」


ノアは首を傾げる。「まさか」と言いながら、ヴァルが手を差し出した。


「ヴァル・シュミットです」


ノアも手を差し出す。


「ノア・エヴァンス。またどこかで会うかもしれませんね」


二人の手が握られた。そのまま数秒。お互いの魔力を探っているのか。俺には分からない。


「じゃあ、僕はこれで」


ノアが歩き出す。


「待て!」


俺は呼び止めた。ノアが振り返る。


「お前……、本当にノアなのか?」


ノアは背を向ける。俺と話すこと自体が時間の無駄だと言わんばかりに。俺はノアを追えなかった。追ったところで、どうすればいい。俺たちが必要ないと思って切り捨てた記録係は、俺たちより遥かに強くなっていた。


俺は拳を握り締めた。爪が手のひらに食い込む。


「……くそっ」


悔しい。腹が立つ。惨めで仕方がない。


俺は勇者だ。


それなのにリビングアーマーに負けた。クロエには捨てられ。ノアには相手にすらされない。


「……ふざけるな」


誰にも聞こえない声で吐き捨てる。俺は折れた剣を見て、涙を流した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。