第20話 俺たちは、あいつより弱いのか……
俺たちが鉱山から逃げ出してから、しばらく経った。誰も口を開かなかった。オリバの盾は砕け、リリーの腕には青い痣が残っている。シャルロットは魔力を使い果たし、俺の剣も途中で折れていた。俺自身、身体のあちこちが痛む。呼吸をするたびに肺が焼けるようだった。
「……くそっ」
盾役のオリバが地面へ拳を落とす。
「あんな鎧一体に負けるなんて……!」
拳が土へめり込む。普段なら大柄な身体を頼もしく見せている男が、今は悔しさに顔を歪めていた。
「私の攻撃も全然通じなかった」
武闘家のリリーが青く腫れた腕を押さえる。
「脚を壊せば動けなくなると思ったのに……」
魔法使いシャルロットも自分の杖を睨んだ。
「魔法まで効かないなんて……何なのよ、あれ。私、あれだけ撃ったのに」
全員が苛立っていた。けれど、俺は何も言えなかった。勇者である俺が、一番何もできなかったからだ。斬っても止まらない。首を狙っても動く。オリバが正面から押さえようとしても押し返される。リリーが関節を潰しても動く。シャルロットが魔法を叩き込んでも、表面を焦がすだけだった。
そしてヴァルは、そんな俺たちに何度も正しい指示を出していた。魔力核を探せ。正面から受けるな。関節を狙うな。無駄な魔法を撃つな。隊列を崩すな。そんなことは分かっていた。分かっていたはずなのに、俺たちは誰一人として最後まで言うことを聞かなかった。
「……はぁ、……はぁ」
息を整えながら、俺は拳を握る。悔しい。情けない。何より、腹が立つ。勇者パーティーが。俺たちが。たった一体の魔物も倒せず、いいように弄ばれて、最後には尻尾を巻いて逃げ出した。
頭に浮かんだのは、ノアだった。あいつなら、リビングアーマーを見た時点で、外装を壊しても意味がないことも、魔力核を探す必要があることも説明していただろう。デュラハンのときだってそうだった。俺たちが知らないことを、あいつだけは知っていた。あいつは戦闘で役に立たないと思っていた。けれど、魔物の知識だけは異常なほど持っていた。
「だから言ったじゃないですか」
ヴァルが口を開いた。
「核を狙えって」
顔を上げる。ヴァルは傷一つない顔で俺たちを見ていた。
「本当にあなたたちは、ノアがいないと無能ですね」
「……何だと?」
オリバの声が低くなる。
「聞こえなかったですか? 無能だと言ったんです」
「てめぇ……!」
オリバが立ち上がる。
「こっちは死ぬ気で戦ってたんだぞ! 何もしてなかったお前に、そんなこと言われる筋合いはねぇ!」
「何もしていない?」
ヴァルが首を傾げた。
「今こうやって、みなさんにヒールをかけているではないですか。それに私は最初からずっと指示を出していました。聞かなかったのはあなたたちでしょう」
「黙れ!」
オリバが怒鳴る。しかしヴァルの言うことは正しい。それが何より気に入らない。
「……俺たちは、あいつなしじゃ何もできないっていうのか」
自分で口にしたくせに、その言葉が胸に刺さった。ノアがいなくなって最初の依頼だった。今の俺たちは、あいつがいないだけで魔物一体すらまともに倒せなかった。その現実を突きつけられたようで、吐き気がするほど悔しかった。
そのときだった。
「……あれ?」
リリーが山道の先を見た。一人の男が歩いてくる。俺の胸が嫌な音を立てた。
男は俺たちの前で足を止めた。ノア・エヴァンス。ノアは俺たちを順番に見た。オリバ。リリー。シャルロット。そして俺。視線が傷だらけの身体、壊れた盾、折れた剣へと移っていく。
「……リビングアーマーに負けたんだ」
淡々とした声だった。
「っ!」
俺たちを見ているのに、驚いていない。心配もしない。笑いもしない。ただ、俺たちの有様を見て、結果を確認しただけ。
「お前に何が分かる!」
俺は怒鳴った。昔のノアなら、絶対にこんな言い方はしない。俺たちの機嫌を窺っていた。俺が何か言えばすぐに頭を下げた。自分の意見があっても、俺たちに遠慮して飲み込んでいた。それが今ではどうだ。俺たちがどれだけ睨んでも、怒鳴っても、こいつは眉一つ動かさない。
気づけば、俺は剣を抜いていた。
「何様のつもりだ!」
俺はノアへ斬りかかった。ふざけた態度が気に入らなかった。俺に対する態度を思い出させてやりたかった。昔みたいに俺の前で頭を下げさせればいい。
次の瞬間。
「うあああっ!」
俺の身体が浮いた。背中から地面へ叩きつけられた。息が詰まった。肺の中の空気が全部抜ける。
「ルーカス!」
オリバの声が遠く聞こえる。俺は必死に起き上がろうとした。こいつは、俺の攻撃を避けたわけでもない。何もしていない。勇者である俺を、ただ一撃で地面へ叩き落とした。ノアは本当に興味がなさそうだった。その態度が一番腹立たしい。俺たちなんて、最初から眼中にない。
「お前、何をしに来た」
「リビングアーマーを倒しに」
「一人で?」
「うん」
「馬鹿言うな」
俺は笑った。笑うしかなかった。
「俺たち五人でも無理だったんだぞ」
ノアは首を傾げる。
「じゃあ見てればいいよ」
その言葉に、俺は何も返せなかった。ノアはそのまま鉱山へ向かって歩き始める。俺たちも追いかけた。見届けたかった。あいつが本当に一人で倒せるのか。それとも、さっきのだって何かの偶然なのか。坑道へ戻る。奥には、三体のリビングアーマーが残っていた。
「ガシャ……ガシャ……」
金属音が響く。三つの赤い光がノアへ向く。一体が巨大な剣を振り上げて刃が落ちる。ノアは一歩だけ横へ動く。剣が空を切った。その瞬間には、ノアの姿が魔物の懐へ入っていた。
「核、ここだね」
淡い光が掌へ集まる。
「魔法……?」
シャルロットが呟く。風が渦を巻いた。小さな魔法陣がノアの手元に広がる。
「ウィンドカッター」
風圧が一枚の刃になる。それが鎧を横一文字に切り裂いた。
「ガシャァン!」
1体目が崩れ落ちた。
「……」
俺たちは固まった。一撃。俺たちがあれだけ斬っても壊せなかった鎧を、たった一度の攻撃で終わらせた。しかも魔法が使えるなんて、きいてねえぞ。
残り2体が同時に動いた。しかもこの二体の強さはヤバい。絶対に勝てるはずがないんだ。
右から一体。左から一体。俺たちなら、ここでオリバが片方を受けて、俺がもう片方へ回り、リリーが死角を狙う。けれどノアは一人だった。2体の剣が同時に振り下ろされる。ノアは二体の間へ踏み込んだ。
「は?」
普通なら、自殺行為だ。けれどノアは、まるで二体の動きを最初から知っているように身体を滑らせた。片方の刃を肩すれすれでかわし、もう片方の刃を腰を捻って躱す。そのまま二体の中心で足を止めた。ノアが地面へ手を向ける。
「ウィンドバインド」
風が爆発した。渦巻く風が二体の巨体を絡め取り、足元から持ち上げる。
「何だ、あれ……」
オリバが呆然とする。二体のリビングアーマーが宙へと浮く。ノアが片手を上げた。空中に魔法陣がいくつも展開される。そこから無数の光弾が生まれた。
「あれ、光魔法……?」
シャルロットが震えた声を漏らす。
「レイバレット」
無数の光が一斉に飛んだ。兜の隙間。胸部。背中。腰。複数あった魔力核へ、一本ずつ正確に突き刺さっていく。
ガガガガガッ!
光が次々に砕ける。魔力核が壊れたリビングアーマーから力が抜け、二体が同時に落下した。
ガシャァン!
ガシャァン!
ノアは魔法陣を消した。俺たちが何十分も戦った魔物が、数十秒で全滅した。ノアは一人で簡単に倒した。しかも、苦戦した様子すらない。汗一つかいていない。息一つ乱していない。俺たちが死に物狂いで戦っていたことすら、どうでもいいことのようだった。
そのとき、ヴァルがノアへ近づいていった。
「見事でした」
ノアが振り返る。
「魔力核を見抜く速度。魔法の制御。あの距離から正確に核だけを破壊する技術。かなりの実力ですね」
「そうかな」
「ええ」
ヴァルは少し笑った。
「君も、本当は一人で倒せたんじゃない?」
ノアは首を傾げる。「まさか」と言いながら、ヴァルが手を差し出した。
「ヴァル・シュミットです」
ノアも手を差し出す。
「ノア・エヴァンス。またどこかで会うかもしれませんね」
二人の手が握られた。そのまま数秒。お互いの魔力を探っているのか。俺には分からない。
「じゃあ、僕はこれで」
ノアが歩き出す。
「待て!」
俺は呼び止めた。ノアが振り返る。
「お前……、本当にノアなのか?」
ノアは背を向ける。俺と話すこと自体が時間の無駄だと言わんばかりに。俺はノアを追えなかった。追ったところで、どうすればいい。俺たちが必要ないと思って切り捨てた記録係は、俺たちより遥かに強くなっていた。
俺は拳を握り締めた。爪が手のひらに食い込む。
「……くそっ」
悔しい。腹が立つ。惨めで仕方がない。
俺は勇者だ。
それなのにリビングアーマーに負けた。クロエには捨てられ。ノアには相手にすらされない。
「……ふざけるな」
誰にも聞こえない声で吐き捨てる。俺は折れた剣を見て、涙を流した。




