第12話 復讐を刻む剣
「マナ・バレットォォオオオオッ!」
オロバスが右手を突き出した。指先の何もない空間から透明な弾丸が生まれる。それは銃弾そのものだった。魔力の塊が、空気を切り裂きながら僕へ殺到する。
「マジックシールド」
僕はシールドを展開する。直後、凄まじい衝撃が響いた。
ガガガガガガガガッ!
「おおっ!」
オロバスが楽しそうに声を上げる。
透明な弾丸が次々とシールドへ突き刺さり、そのたびにシールドが激しく明滅する。普通のマジックシールドなら、とっくに破壊されているだろう。
「人間のくせに……、やじゃねえかよ。おいおいおいおい!」
このマジックシールドには、複数の魔術式を細かく編み込んでいる。防御しながら衝撃を分散して、さらに受けた魔力を別の術式へ逃がしている。
僕は本を開いた。指先でページを弾き、魔法の項目まで一気にめくる。
「風よ――」
その瞬間、周囲の空気が大きく揺れた。髪が舞い、衣服がはためく。ダンジョンの奥から吹いていた風まで僕の手元へ吸い寄せられ、腕の周囲を渦巻いていく。
「我が意に従い、刃となれ」
見えないはずの風が、無数の刃となって凝縮されていく。
「ヴァーテックス・ブレード!」
無数の風刃が一斉に放たれる。
シュバババババッ!
「おっと!」
オロバスは身体をひねり、紙一重で風刃をかわしていく。頬を掠めた一撃が、そのまま背後の壁へ突き刺さった。
ズバァンッ!
石壁が深々と切り裂かれる。続けざまに風刃が地面を走り、オロバスへ迫っていく。だが、オロバスはそれすら楽しそうに避けていく。
「いいねぇ!」
火炎が飛ぶ。氷槍が砕ける。風刃が壁を削り、魔力弾が地面を穿つ。魔法陣が生まれては消え、爆発と衝撃波が連続して押し寄せてくる。
魔法の応酬。
オロバスの魔法は速くて正確だ。魔力の込め方。術式の組み方。発動するタイミング。そのすべてが洗練されている。
でもまだ足りない。こんなんじゃ、僕は満足できない。
「もっと見せてくれよ! オロバス!」
声を張り上げる。
「……へへっ。しょうがねえな。使う予定じゃなかったけど、とっておきだ」
オロバスが片手を握った。
ギギギギギギッ。
音を立てながら空気が歪む。周囲に漂っていた魔力が一点へ集まり、圧縮されていく。凝縮された魔力が一本の形を作り出していく。
やがて、それは一振りの剣となった。光を反射しない。けれど、確かにそこにある。透明な剣。
「本職は剣士なんだよなぁ」
オロバスが剣を肩に担ぐ。
「場所を変えるぞ。来る途中、いいとこを見つけた」
そう言って、オロバスが後方へと走り出した。
僕はすぐに浮遊魔法を発動した。足元から魔力が広がり、身体がふわりと宙へ浮き上がる。僕はそのままオロバスを追った。その方向は、邪龍タッツンのいる場所だ。
僕が正面から攻撃して、タッツンが後方から襲う。逆にタッツンが注意を引きつける間に、僕が魔法を叩き込む。そうやって挟み撃ちにすれば、オロバスを倒すのも難しくないだろう。
もちろん、一人でも勝てる自信はある。
でも、これからタッツンとの連携が増えてくるかもしれない。その練習にはちょうどいい。そんなことを考えながら、僕はオロバスの背中を追っていた。
ところが前方に広がった空間を見て、僕は宙で動きを止めた。
そこにあったのは、倒れたまま動かないタッツンだった。
「…………」
僕の思考が止まった。巨大な身体が地面に横たわっている。
動かない。呼吸もない。そして胴体から切り離されたタッツンの首。血に濡れた鱗。力を失った瞳。
「…………タッツン?」
返事はない。僕はゆっくりと地面へ降りた。何が起きたのか理解できない。いや。理解したくなかった。
「ノア君のところに行く前に、こいつを見つけてさ。ちょうどいいから、剣の切れ味を試したんだよ」
そう言って、オロバスはタッツンの頭を蹴った。
ゴロッ。
巨大な頭部が地面を転がる。
「きれいにバッサリいってるだろ?」
「……」
何も言葉が出なかった。さっきまで、一緒に戦うことを考えていた。これから先も、僕の友達でいてくれると思ってた。それなのに。
「いやぁ、思ったより硬かったぜ?」
オロバスは楽しそうに笑っている。
次の瞬間。
ブチッ。
タッツンの目玉が引き抜かれた。オロバスは、そのまま自らの口へ放り込んだ。
「んぐっ……」
ぐちゃり、と咀嚼する音。
「プリプリしてうめえ」
僕の中で何かが切れた。頭の中にあった音が、全部消えた。オロバスの声も。自分の呼吸も。ダンジョンの音も。何も聞こえない。
ただ、目の前にいる男だけが見えた。
「――ッ!」
身体強化魔法。魔力が一気に全身を駆け巡る。
地面を蹴って、オロバスの方へと一直線に跳んだ。
「ん?」
オロバスが振り向く。
その顔面へ僕の脚が叩き込まれた。オロバスの身体が吹き飛んだ。
ドゴォォォンッ!
壁へ激突。石壁が大きく陥没し、周囲の瓦礫が弾け飛ぶ。
僕はタッツンの巨大な牙へ手を伸ばした。牙に触れると冷たい。僕はその牙を強く握り締めた。
「……タッツン。あいつは僕が殺すから」
牙へ魔力を流し込む。
ギギギギギギッ。
牙が形を変えていく。刃へ。柄へ。僕の手の中で、巨大な牙が一本の剣へと姿を変えていく。さらに柄の部分には、タッツンのお腹に生えていた柔らかいモフモフの毛が絡みつくように巻き付いていった。
驚くほど手に馴染んだ。最初から、この手に収まることが決まっていたみたいだった。
刃の向こう側に、オロバスの姿が見えた。
「リベンジソード」
僕は剣先をオロバスへ向ける。
「お前を斬る剣の名前だ」
「へぇ……」
瓦礫の中からオロバスが立ち上がった。頬についた青い血を指で拭い、口元が大きく吊り上がる。
「そういう顔もできるんじゃん」
「黙れ」
僕は踏み込んだ。
ギィンッ!
タッツンの牙から生まれた刃が、透明な魔力の剣と激しくぶつかった。激しい火花が弾ける。リベンジソードが唸りを上げる。
僕は剣士じゃない。だからオロバスが繰り出す剣技を、1つずつトレースしていく。踏み込み方。斬撃。身体の捻り。剣を返す角度。すべて記録する。
「ははっ! 最高だな!」
オロバスが叫ぶと同時に、姿を消した。
「……!」
背後。いや違う。右。左。上。
マナ・バレットの気配がした。
無数の透明な弾丸が、空中で軌道を変えながら僕を狙う。
剣を振る。一発。二発。三発。弾丸を斬り落とす。
「これは真似できねえぞ。だからここが墓場になる」
オロバスの声が聞こえた。次の瞬間、目の前にオロバスが現れた。
「交叉撃!」
透明な剣が横薙ぎに走る。同時に、背後からマナ・バレットが飛んできた。前から斬撃。後ろから弾丸。二つの軌道が交差する。
問題ない。安全に対処できる。そう思った。ところが突然、剣とマナ・バレットがその軌道を変えた。
「……!」
僕へ向かっていたはずの攻撃が、僕の横を通り過ぎていく。
「そっちの女のな!」
僕はその視線の方を振り向く。
「クロエ!?」
どうしてここに。何かを考えるより早く、足が動いていた。
そして気づけば、オロバスの攻撃とクロエとの間に身体があった。
ズバァッ!
「――っ!」
身体に強烈な衝撃が走った。赤い飛沫が散る。視界の端で、何かがゆっくりと宙を舞っている。それはどうやら、僕の左腕らしい。
クロエが何か叫んでいる。
どうして。どうして僕は……、クロエを庇ったのだろう。自分でもよく分からなかった。




