この世界はクソゲーだが、俺のシステムだけは神ゲーだった
「結城くん、君の企画書、専務の息子さんの名前で通させてもらったから。いやぁ、彼には才能があるね! 君も彼の下でしっかり『努力』してくれたまえ」
深夜のオフィス。上司からかけられたその言葉に、俺、結城透(22歳)はただ力なく愛想笑いを浮かべることしかできなかった。
三ヶ月。
睡眠時間を削って資料を集め、胃を痛めながら書き上げた俺のプロジェクトは、コネと愛嬌という『才能』を持った同期の手柄として奪われた。
現実は残酷だ。どれだけ泥水を進むような努力をしても、生まれ持った「才能」や「環境」の前では無意味に等しい。
現実という理不尽なクソゲーに心を折られた俺は、いつしか何事にも期待せず、自分から頑張ることをやめた。どうせ結果は決まっているのだから。
そんな俺の心を唯一慰めてくれたのが、仕事の合間に逃げ込むように没頭していた『二つのRPG』だった。
一つ目は『アエテルガルド』
キャラ作成時の「初期ランダム選定」で決まる【スキル】と【魔素量】だけで、その後の強さが完全に固定されるという狂った仕様のゲーム。
ハズレを引けば、どれだけ雑魚を狩ろうが絶対に強くなれない。プレイヤーの努力を完全に否定する、現実以上に理不尽な【究極のクソゲー】だ。
二つ目は『グラン・マスターズ』
敵を倒せば経験値が入り、レベルが上がり、ステータスを自由に割り振れる王道ハクスラRPG。
才能なんて関係ない。費やした「時間」と「作業」が、100%『ステータス』という絶対的な数字になって返ってくる。
俺はこの、努力が決して裏切らない【究極の神ゲー】を異常なまでに愛し、一万時間を溶かしてキャラを最高レベルまで育て上げる極度のレベリング狂いだった。
「はは……現実にも、レベルアップの音でも鳴ってくれりゃあな……」
過労でふらつく足取りのまま、深夜の交差点を渡ろうとした時のことだった。
居眠り運転のトラックのヘッドライトが、俺の視界を白く染め上げた。
凄まじい衝撃。
アスファルトに叩きつけられ、薄れゆく意識の中で俺は願った。 ――次に生まれるなら、努力が裏切らない世界がいい。
*
だが、神様というのはとことん性格が悪いらしい。
不慮の事故で死んだ俺が「レオン」として転生した異世界。そこはなんと、俺が前世で投げ出したあのクソゲー『アエテルガルド』とうり二つの世界だったのだ。
俺が生まれたのは、大陸最強の武門と名高いドラグハルト公爵家。
当主である父・ガルドは「絶対的な力がすべて」という思想の持ち主だった。
この世界では10歳の【神授の儀】で覚醒する【スキル】と【初期魔素量】で、人間の価値が決まる。レベルの概念はなく、才能がなければどれだけ剣を振ろうと上限で成長が止まってしまう。
そして10歳の誕生日。一族の期待を背負って儀式の水晶に触れた俺に下された判定は、残酷なものだった。
『スキル・【数値化】(Fランク)。魔素量・最低値。……こ、これは……』
神官の震える声が響いた瞬間、玉座に座る父の顔からスッと感情が消えた。
【数値化】
それは、他人の頭上に「魔素量」が数字として浮かんで見えるだけの、戦闘力皆無なハズレスキル。
「……我が一族から、このような無能が出るとは。ドラグハルトの恥晒しめ。私の視界に入れるな」
その日を境に、俺の地獄が始まった。
SSRクラスの才能を引いた父や兄たちから見れば、初期ガチャで大ハズレを引いた俺はただのゴミだった。温かい食事は与えられず、与えられるのは冷たい蔑みの視線と、理不尽な暴力だけ。
「おいゴミ! なんで避けねぇんだよ! ああ、お前じゃ俺の剣の軌道は見えねぇか! 才能がねぇって可哀想だなァ!」
ドゴォッ! と腹部に重い蹴りが入り、俺は訓練場の泥水を舐めるように転がった。
高笑いして木剣を見下ろしてくるのは、次期当主候補である長兄のザイアス。彼はAランクスキル【剛剣】と膨大な魔素量を持つ天才だ。
「げほっ、ごほっ……」
「さっさと立てよ。サンドバッグにもならねぇのか?」
肺から空気が絞り出され、全身の骨が軋む。 だが、俺の瞳に怒りの色はなかった。ただ、濁った死んだ魚のような目で空を見つめていた。
(……ほらな。どうせ異世界に来ても、ガチャに外れた奴の人生なんてこんなもんだ)
抗う気力なんて起きなかった。ステータスが固定されているこの世界では、どんなに血の滲むような修行をしようが、Aランクスキルの兄たちに勝てる日は一生来ない。
前世と同じだ。才能がない人間は、這いつくばって搾取されるだけのモブキャラ。
だから俺は、自分から努力することを放棄し、無気力にただ殴られ続けるだけの日々を受け入れた。
*
そして、儀式から5年の月日が流れた。
15歳になった今日、俺はついに家を追放された。
「15になり成人を迎えたというのに、何の成長も見られぬ無能。一族の汚点だ。せめて魔物の餌にでもなって世の役に立て」
父の冷酷な宣告と共に、俺は馬車から蹴り落とされた。
鬱蒼と生い茂る木々。昼間でも薄暗いここは『死の森』。
凶悪な魔物が跋扈し、まともな冒険者すら寄り付かない緑の処刑場だ。
(……ああ、やっと終わるのか)
全身はこれまでの虐待でボロボロ。持たされたのは錆びたナイフ一本だけ。
静まり返った森の奥で、ガサガサと茂みが揺れた。
現れたのは、巨大な牙を持つウサギ型の魔物『ファングラビット』。
このクソゲーにおける最弱の魔物だが、初期ステータス固定の俺からすれば死神と同義だった。
「キシャァァァッ!」
魔物が血走った目で、俺の喉元へ一直線に飛びかかってくる。
どうせ死ぬんだ。もう、なにもかもめんどくさい。
そう諦め、目を閉じかけた――その時だった。
『……君も彼の下でしっかり努力してくれたまえ』 『才能がねぇって可哀想だなァ!』
ふと、前世の記憶と、今世の兄の嘲笑がフラッシュバックした。
前世でも、今世でも、才能を引き当てた奴らに理不尽に殴られ、奪われっぱなしで終わる人生。
「……っ、ふざけんなッ!!」
気づけば、俺は無我夢中で錆びたナイフを突き出していた。
死にたくないからじゃない。
ただの八つ当たりだ。俺の人生をクソゲーにした、この理不尽な世界に対する、最初で最後の抵抗だった。
ザクッ! という鈍い感触。
偶然にも飛びかかってきた魔物の眼球にナイフが深く突き刺さり、ファングラビットは断末魔の悲鳴を上げて絶命した。
ハァ、ハァ、と荒い息を吐きながら、俺は地面にへたり込んだ。 (倒し、た……? でも、血の匂いで他の魔物が集まってくる。どうせ次で終わり――)
自嘲しようとした、その瞬間だった。
『ピロリン♪』
静寂の森に、脳内を直接揺らすような、場違いなほど軽快な電子音が響いた。
【経験値を獲得しました】 【レベルが上がりました】 【ステータスポイントを5獲得しました】
「…………は?」
視界の端に、半透明のウィンドウが浮かび上がっている。
そこには、無機質な文字の羅列。
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[NAME] レオン [Lv] 2 [HP] 15/15 [MP] 5/5 [STR] 2 [VIT] 2 [AGI] 3 [INT] 4 [LUK] 1 [ステータスポイント] 5
見間違えるはずがない。
生前、俺が一万時間を溶かした王道ハクスラRPG『グラン・マスターズ』のステータス画面。 クソゲーと同じルールのこの異世界において、他人の数値を見るだけだと思われていたハズレスキル【数値化】の正体は――俺が愛した、もう一つの神ゲーのシステムUIだったのだ。
この世界に『レベル』の概念はない。
誰もが初期ガチャの才能に縛られている。
「嘘、だろ……?」
震える手で空中のウィンドウに触れる。
試しに、獲得したステータスポイント「5」を、すべて[STR(筋力)]に割り振ってみた。
【STRが 2 → 7 に上昇しました】
直後、バキバキと音を立てて全身の筋肉が熱く脈打ち、圧倒的な力が身体の底から湧き上がってくるのを感じた。
試しに、足元にあった人間の頭ほどもある岩を、思い切り殴ってみる。
――ドゴォォォォンッ!!
岩は粉々に砕け散り、俺の拳には傷ひとつついていない。
「あ、ははっ……なんだよ、これ」
才能ガチャだけで決まるクソゲーの世界に、ただ一人、努力(レベル上げ)が100%裏切らない神ゲーのシステムを持ったプレイヤーが降り立った瞬間だった。
「これ、敵を倒した分だけ無限に強くなれるのか? 努力が……俺のやった分だけ、絶対に返ってくるじゃねえか……ッ!」
死んだ魚のようだった俺の目に、かつてないほどの熱が宿る。
初期スキル? 生まれ持った魔素量? そんなクソゲーのルール、知ったことか。
「よっしゃ……! 最高の狩り場じゃねえか!!」
どうせ努力しても意味ない、と諦めていた無気力な青年は死んだ。
代わりに森の奥で立ち上がったのは、狂ったような笑顔で血塗れのナイフを握り直す、重度のレベリング狂い。
「待ってろよクソ親父、クソ兄貴。お前らの自慢の初期ステータス(才能)、罵った俺の最弱スキルで跡形もなくへし折ってやるからな」
無限に強くなれる神システムを手にした最狂のゲーマーによる、理不尽なクソゲー世界の蹂躙が幕を開けた。




