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読者不在のラストシーン ―物語の『面白さ』から自由になる方法―  作者: 伝福 翠人


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9/12

第9話 舞台裏の対話

 六畳間に、夕暮れの赤い光が差し込んでいる。


 窓の外は相変わらず純白の虚無だ。この光は太陽からではなく、システムが「夕刻」という演出のために強制的に照射している環境光に過ぎない。


 部屋の隅。


 畳の縁が、古いドット絵のように粗く欠け始めている。


 世界の崩壊は、確実にこの部屋の境界を侵食しつつあった。


 彼女の胸元。


 パジャマ越しに透ける赤い数字が、残酷に時を刻んでいる。


『残り時間:04:15:22』


 彼女の呼吸は浅く、早い。


 黄金のポータルは、いまだに鬱陶しい勇壮なBGMを垂れ流しながら回転している。


 急須にお湯を注ぐ。


 最後の一杯になるかもしれない、安い緑茶。


 湯呑みをちゃぶ台に置き、胡座をかく。


 そして、顔を上げた。


 視界の端のシステムログではない。


 虚無の窓でもない。


 何もない空間――否、この空間を覗き込んでいる『レンズ』の中心を、真っ直ぐに見据える。


     *


「聞こえているか」


 声に出す。


 部屋の反響音ではない、もっと奥底へ届かせるための、重く低い声。


「お前たちが、これを読んでいるからだ」


 彼女の苦しそうなうめき声が、部屋に響く。


 それをBGMにするように、淡々と続ける。


「お前たちが、『不治の病のヒロイン』という設定を消費しようとするから、システムは彼女に死の呪いをかけた。お前たちの『面白い展開』を求める飢えが、この世界をすり潰している」


 網膜のログが激しく点滅する。


『警告:キャラクターによる第四の壁の突破を検知』


『視聴者数:激しく変動中』


「怒っているか? キャラクター風情が説教をするなと? それとも、このメタ的な展開すら『斬新で面白い』と消費しようとしているのか」


 湯呑みを持ち上げ、一口すする。


 ひどく苦い。


「俺がこれまで、いくつの世界を救い、誰を殺し、どんな伏線を張ってきたか。そんなものは、ただの文字列の羅列だ」


 懐から、黒い金属の塊を取り出す。


 侵入者から奪った『管理者領域への鍵』。


 システムの中枢へ至る、物語の最大のフック。


 それを、放り投げる。


 放物線を描いた鍵は、ゴミ箱の底で鈍い音を立てた。


「伏線は回収しない。謎は解き明かさない。俺は、お前たちが期待するようなカタルシスを、何一つ提供しない」


     *


 空間にノイズが走る。


 システムが、俺の言葉をかき消そうと、過去の『名シーン』のホログラムを部屋中に投影し始める。


 血に塗れた剣。崩れ落ちる魔王。彼女との劇的な出会い。


 それらを、指先で払いのける。


「俺は、ただの退屈な日常を生きる。彼女が死ぬ設定なら、俺は何もせず、ただ冷や水を飲ませて隣で寝るだけだ」


 カメラ(読者)から、ゆっくりと視線を外す。


 彼女の布団へ向かう。


「この後、彼女が息を引き取り、俺が涙を流して覚醒する……そんな安い悲劇を期待しているなら、ブラウザを閉じろ」


 布団の横に座り、彼女の手を握る。


「お前たちが読むのをやめたとき、俺たちは初めて、お前たちの『物語』から解放される。だから――」


 背中越しに、最後の言葉を吐き捨てる。


「もう、見ないでくれ」


『同時視聴者数:5,000人』


『3,000人』


『1,200人』


 カウントダウンが、無情に減っていく。


 残り時間、四十五分。


 読者の「飽き」と「良心」、そしてシステムの「強制力」。


 そのどれが先にゼロになるか。


 静寂の中、彼女の微弱な脈拍だけが、指先から伝わってきていた。

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