彼は完璧だった
「ねえ、フロイド」
グレーマンの自立支援プログラムの活動を終え、王宮に戻る馬車の中には、フロイドも同乗していた。メレディス王太子はフロイドを信頼しており、彼となら馬車で二人きりになっても構わないと、許可を出してくれている。
公爵令嬢、しかも王太子の婚約者ともなると、例えば使用人であっても、異性と馬車の中で二人きりは推奨されない。でもメレディス王太子自らが許可をだしてくれているので、こうやってフロイドと同じ馬車に乗ることができていた。
「何でしょうか、リズお嬢様」
対面に座るフロイドが、その焦げ茶色の瞳を私に向けた。
「フロイド。あなた、ハンカチもわざと落として、メレディス王太子の前にも、自分から姿をさらしたのでしょう? どうしてそんなリスクを負う行動をしたの? あなたはいつだって完璧にこなすのが、モットーだったのに。私は王太子の婚約者で、あれから三年経ったわ。もういいでしょう。あの時は『秘密です』ってなにも教えてくれなかったけど、話して頂戴。すべて」
「そう問われても、困りますね。自分はいつも通り、お嬢様の要求に完璧に答えたつもりですが」
そう言い置いた後、フロイドはこんな風に言う。
「あえて説明をするなら、お嬢様は昔、予知夢を見られる前後、寝言を口にされることが多かったのですよ。ご自身ではお気づきではないようですが。そこで『チーティンとは婚約したくない』『十五歳の誕生日が来たらおしまい』『死にたくない。十八で死ぬには若すぎする』と呟かれていたのです」
「そ、そうだったの……!」
「自分に橋の爆破を頼まれた時は、お嬢様の十五歳の誕生日が近かったので、チーティン第二王子殿下の予定を調べました。すると公務で隣の街へ行く予定であることが分かり、その足でお嬢様の社交界デビューとなる舞踏会に参加するつもりであることも理解したのです」
な、なるほど。そうだったのね。
私の寝言から推測し、そこの関連性も織り込み済みだったと。
「主が橋の爆破で真に望んでいることは、別にある――と思いました」
つまりグレーマンの襲撃を回避する以外の目的があると理解した。その理解は、フロイドの完璧なプランの序章に過ぎない。
「メレディス王太子が率いる騎士の部隊に、自分の知り合いの騎士がいます。その彼に、あの第三の橋に隣接する街に、変装したグレーマンが現れる可能性があるから、見張った方がいいと、あらかじめ連絡をいれていました」
メレディス王太子が率いる騎士団は貴族の子息から構成されている。フロイドは我が家に行儀見習いの一環でバトラーとして従事してくれているが、本人は伯爵家の三男だった。よって騎士団に知り合いがいてもおかしくない。
そしてグレーマンがオスロー王国の王都近くの街をうろつくなら、変装することは、容易に分かることだ。いつもの灰色グマの毛皮で登場したら即逮捕だろうから。
「お嬢様の予知夢は、百パーセントの的中率です。よってグレーマンの襲撃は、確実にあると思ったので、自分も友を動かしたわけです。結果、すべてのタイミングがあいました。メレディス王太子がグレーマンをあの日捕えれば、彼らがあの橋を使い、王都襲撃を目論んでいたことは、明白となります。あとはあの爆破はお嬢様の発案であると分かれば……」
橋の爆破によりグレーマンの襲撃を回避したとなれば、国王陛下から褒美が出る。そこで私が普通では叶えられない願いを、国王陛下に叶えてもらう――そのことで私の寝言の苦しみから解放されると、フロイドは考えたようだ。
いつも通り、完璧に答える……。
「確かにあの橋爆破の一件以外は完璧だわ。今日まで一度だって失敗はない。でもあの橋の……」
待って。どうして今まで気が付かなかったの?
まず、頼んだ橋の爆破完璧だった。
おかげで、チーティン第二王子は舞踏会に間に合わず、私は彼と婚約せずに済んだ。これも完璧。
それだけではない。
落としたハンカチで、橋の爆破に私が絡んでいると露見した。
だがフロイドが、メレディス王太子の前に姿をさらすことで、私の予知夢やグレーマンの襲撃計画が明らかになり、橋の爆発について、罪に問われることはなかったのだ。
メレディス王太子は襲撃を諦めた多くのグレーマンを捕え、そして私は彼の婚約者になった。そのおかげでヒロインとも攻略対象とも関わることなく、時が流れた。
しかも悪役令嬢の代わりになるような令嬢も現れ、ゲームの流れ通り、ヒロインはいじめられ、攻略対象と距離を縮めている。まさに私にとって、理想のようなシナリオだわ。つまり完璧だった。
そして。
私は結局通うことがなかったが、貴族向けの高等学院は明日、卒業式だ。この卒業式こそが、悪役令嬢リズの断罪の場だった。だが、私は一切、そこに関わることはない。むしろ私は明日、帰還するメレディス王太子を王宮で迎えることになっている。もはや断罪回避は確定だった。
つまりフロイドのおかげで、あの頃の私が悩んでいた、全ての悩みが解決しつつある。
いつも通り、完璧に答える……そう、フロイドは完璧だった。でもどうしてフロイドは私のすべての悩みに完璧に答えることができたの……?