第一部 公現祭篇 その二十九
友人との関わりについて、
いま自分なりに整理してみると、
それはむなしい助走であった。
人が長い人生の間にくりかえし試みる、たいていは希望のない助走のひとつ。
助走だから、次には跳躍がくる。
しかし、はたして前向きに人生の中に飛び込んでいけるのか、
それとも人生から飛び出してしまうのか、
当人には見当もつかない。
フランツ・カフカ
29 花と火
アーキア超大陸南。イラクビル王国の首都バルハチ。その中央付近。
焦げたバースデーケーキの中心に火のついたロウソクが一本立っているかのように、第一区画が明るい。
「花の命は短くて、悲しきことのみ多かりき。なんてね」
そりゃそうだ。俺のこしらえたカマドウマが都市の中心で激しく燃え上がっているのだから。
ちなみにバルハチの北部にある地下迷宮の中は現在炎に加えて煙と熱の牢獄。最強兵器も一酸化炭素中毒にはどれだけ耐えられるかな。まぁ耐えても耐えなくても後で俺の餌食になってもらうけどね。
「ほざくな道化。気色の悪い虫もろとも早々に散れ!」
がなり立てる追放天皇オパビニア。
それを合図に、燃えるカマドウマの食らいつく巨大花が、ザトウムシのように暴れ出す。
ステータス画面によれば、名は審判花センペル・アウグストス。レベル150。
審判花センペル・アウグストス Lv150(花人族)
生命力:40433300/44444444 魔力:480700/500000
攻撃力:40000 防御力:40000 敏捷性:200 幸運値:0
魔法攻撃力:0 魔法防御力:6000000 耐性:闇属性
一発噛みついただけなのに、生命力の減り具合を見ると、火には弱いらしい。そこのところは花人族全般と同じなので好都合。彼らのデータは十分すぎるほど既に手に入れている。首都バルハチに潜入した時点で花人族10体に俺の組織片を強制移植して寄生。魂核はおろか遺伝子レベルで彼らの強み弱みを把握して行動を支配し、それで彼らのネットワークをかく乱した。ソフィーがクラーケンになって脱出用の泡玉を拭いてからは、バルハチから離れず互いにまとまって戦うようそれとなく指示。〈敵、強イ。束デ殺ス〉とか10体でオパビニアに報告したら〈よかろう。嬲り殺せ〉なんて余裕しゃくしゃくの指示があり。やったね。後はイザベル、クリスティナ、モチカ、ソフィーの女子四人が丁寧にフルボッコ。ちょっとかわいそうだったのは四人とも分散して敵に当たらなければならなかったところ。孤軍奮闘。無理させ過ぎた。本当にごめん。あとであの四人には大学芋を作ってあげよう。
で、花人族の誘導と一定数の花人殺戮が終了したら、次のステップは彼ら全体の排除手段の作成。特に審判花が邪魔。これは放っておくとイラクビル王国どころかアントピウス聖皇国に向かう〝足〟になりかねない。チンチン花屋がそれに乗って魔王領で魔王様と殺り合ってくれれば「アニキ。シャバに出て早々、お勤めご苦労様です!」で済むけれど、それはないだろうから、ここでザトウムシもろとも仕留める。
まあ、イラクビルもアントピウスも俺にとってはどうでもいい存在だけれど、第三区画壁の上になぜか戻ってきた〝逃げ遅れ〟が困るかもわからないから、ちょいとここで殺っつけることにする。
ドゴ――ンッ!シュルシュルンッ!ガシッ!!!
イザベルたち四人が全力で用意してくれた地上の花人族の死骸と俺が地下で集めた死骸をまずは銀蔓の「命食典儀」で回収。そして即席だけどチンダラガケとして、巨大カマドウマを製造。
あとは敵の大将が登場して油断するのを待って急襲すればいい。うん。シンプル。
大火流カマドウマ Lv1(チンダラガケ)
生命力:9499000/9999999 魔力:0
攻撃力:99999999 防御力:9999 敏捷性:999 幸運値:0
魔法攻撃力:0 魔法防御力:9999 耐性:火属性
特殊能力:花食い。火食い。(生命力回復)
ムシャムシャムシャムシャ……
出来はまあまあかな。
攻撃力特化型チンダラガケ。
使った素材が花人族なんていう〝レアアイテム〟だから、数値も極振りみたいになっちゃった。
防御力は低いけれど、火炎と花人族をとりこめば無限再生する雑食性のカマドウマ。
審判花ちゃん。これを止められるかな?
ビュギュオオンッ!! シュパンッ!!!!!!
センペル・アウグストスの無数の蔓が繊毛だとすれば、カマドウマの二本の触角はいわば鞭毛。繊毛と鞭毛に優劣はないが、強弱はある。こちらの鞭毛は太く長く早く硬く、しかも燃えている。
ズブシュンッ!! ゴオオオオオオオオオッ!!!!
「宴未だ、はじまらずして、花喰われ。かな」
カマドウマを絡めとろうとする巨大花の蔓がカマドウマの触角で切断され、燃え上がる。そのカマドウマは前肢で巨大花を捕まえたまま、燃える顎で花を齧り食うことをやめない。燃える肢に捕まれている巨大花の茎に引火する。花弁が食われ、カマドウマの燃える頭部がオパビニアに近づく。明るく照らし出される災花の神皇様のご機嫌は甚だ悪い。
「図に乗るな!!」
花の大将が吠える。石の書ヒルデガルトの楔文字が妖しく明滅する。
「ゲルソミノ・サンパギーダ……」
俺の前で呪文詠唱なんてしちゃだめだよ。何語か知らないけれど必ず解読して見せ……
……?
……??
……???
あれ、体が動かない。
ドスドスドスドスッ!!
うわ、しかも刺さった植物の蔓がこれまた超痛い。久しぶりの痛覚だ。こりゃ堪える。
「真天」
ん?
どうしたの、お母さん。
なんでそんなに怯えているの?……なんで縛られてるの?
ここはどこ?
ああ、家か。でもそんなことよりなんで縛られているの?ラップフィルムで。
ん?
なんで俺は震えてる?
なんで俺は泣いてる?
なんで俺は包丁を握りしめてる?
「真天。よく、聞きなさい」
お父さん。お母さんと同じでなんで縛られて………ん?朱莉。
それと……お前……甘臭いお前は……
「朱莉を頼む」
……分かった。
……筋肉………耳……………眼…………皮膚……………………………生殖器…………………………口腔………………乳腺……………リンパ系………………関節………………………………………………肝臓…………………………骨格………………………………………静脈……………………………………頭頸部血管…………………………………………………………………………………………………………膵臓胆道………………………脳……………………椎骨………………………………………………………心臓……………………………………そして、俺が壊したんだった。
ドスドスドスドスドスッ!!
「!」
「おっほほほほほほっ!どうだ?夢見心地であったろう!!」
体が宙に浮いている。蔓が刺さりまくっているせいか。用意した大火流カマドウマもお食事の手が止まって縛り上げられている。かつて俺がラップフィルムで縛りあげた両親のように。
ふむふむ。
状態異常に対する耐性には自信があったけれど、まさか〝思い出〟で犯してくるなんて思いもよらなかった。
こんな強姦の仕方があるんだね。恐れ入った。勉強不足だ。反省。
で、L-フェニルアラニン、L-チロシン、シキミ酸、4-アミノー4-デオキシコリスミ酸、クライゼン転移反応をやってクロラムフェニコールができてて、他にはトリアゾロベンゾジアゼピン系……塩酸クロルプロマジン、ペルフェナジン……なるほどね。
毒の解析終了。次に詠唱使用言語の解析開始。
ゲルソミノ・サンパギーダ。カンナダオリヤ語とテルグバタク語とレプチャグランタ語の合成と判明……翻訳。夢幻泡影花粉。
花屋の大将、お前。面白いね。
絶対に吸収してやる……解毒開始。
「朕をコケにした報いを受けさせてやろう。汝を八つ裂きの刑に処す」
ミチミチミチ……
まだ過去の夢幻の中の俺。
〝思い出〟は妹を人質に取り、酒を飲み、俺に両親の解体を指示する。薬物切れの震える手と唇はアルコールのおかげで滑らか。でもこちらに集中しすぎたせいで、妹に逃げられる。スッ転びながら慌てて追いかける。俺は包丁をもって追いかける。
〝思い出〟を後ろから包丁で突き刺す。〝思い出〟はひっくり返って頭を打ち付けて倒れる。
でもここは〝夢の国〟なのでアレンジを加える。
近くのクローゼットから掃除機を取り出し、コードを伸ばせるだけ伸ばす。〝思い出〟の背中から包丁を引き抜き、コードを切断する。切断面の銅線と包丁を〝思い出〟の肛門に突き刺した後、プラグをコンセントに差し込む。
家庭用電源の周波数と動物に流れる周波数が似ているおかげで〝思い出〟は痙攣しつつ体内から焼けていく。痛みで意識を取り戻すけれど感電して体を思うように動かせないでのたうっている。体内で電気回路が完成して心臓への通電が始まって死んじゃう前に、〝思い出〟が飲み残した酒と親父のライターとラップフィルムを取りにリビングに戻る。
玄関に戻ったら電源プラグを一度抜き、体内だけ火あぶりになった〝思い出〟の体の表面に酒をチャポチャポふりかけ、ラップフィルムを顔だけでなく頭全体にグルグル巻く。手には巻かない。意味がないし、時間がないし、面白くない。
着火。今度は肉の表面も念入りに焼く。運動神経の末端がやられて指が動かせないね。思った通り。それじゃ根元まで刺さった包丁も抜けないし、顔面のラップフィルムもはがせないよ。窒息しそうだね。でもさせない。
仕上げ。火をつけられて暴れるのを見ながら電源プラグを再度挿入。
頭部の水が蒸発して頭が爆発するけれどラップフィルムのおかげでお肉は飛び散らず、安心。動かなくなった火の塊を確認する。〝思い出〟が暴れたせいでひび割れた姿見には、だらしなくにやける血まみれの幼い俺が映る。鏡にバイバイと笑顔で手を振り、俺はドアを開けて外に出る。煙が充満していた家も無事燃え上がる。深呼吸して煤煙と肉の焼ける臭いを吸い込む。思考がクリアになる。幻影がゆっくりと歪んでいく。
はぁ。うっとりするほど気持ちよかった。解毒、完了。
そうだ。いいこと思いついちゃった。中から焼く、かぁ。
ズシャズシャズシャッ!!
「おっほほほほ!!」
「「「「ノンキンタン様!!!!」」」」
遠のいていた意識が戻る。
俺の肉体は切れ切れに裂かれ、血を撒き散らしながら散り飛んでいく。
でも、痛みがもうない。いつも通り〝どうかしてる〟ね。安心安定安全運転。
ブチュビチュ。
三十三に分割された肉塊の表面それぞれに八つの口を形成する。0・2秒。
「「「「「「「「「火鼠」」」」」」」」」
まずは派手に。
ゴオオオオオオッ!!!ボッボッボッボッ!!!カッ!!!
ジェット噴射の「火車」、ヘビーマシンガンの「霰火」、そして火炎放射の「炎蛇」を同時に行う肉塊は地面への落下をやめ、すべてが上昇と移動を開始。1秒。
「火車」によってねずみ花火のように高速回転しながら「霰火」による火の豪雨を四方八方に降らせ始める。「霰火」という「点」攻撃を突破した運のいい蔓を「炎蛇」という「面」攻撃が逃さず焼き払う。煉獄が急速に広がる。
(モチカッ!気を付けて!!)
(分かってる!)
(ノンキンタンの「ファイア」はソフィーのグーパンよりヤバいわよ)
(分かってる!!今は話しかけないでくれ!飛ぶことに集中する!!)
(火~アチチ~タコ焼きになりたくな~い)
(お姉ちゃん!結界張るの手伝って!)
(それより私たちもソフィーのアワアワに包んでもらうのはどう?)
(あれ、変身しないと無理~モチカの上で変身したらモチカ落ちちゃう~)
(くっひっひっ。風大精霊様の起こした蜃気楼の中なら、少しは安全。くひひ)
(ギュイエンヌか!?かたじけない!)
(デモ気ヲツケテクダサイ。ノンキンタン様ノ「ガチファイア」ハ、パワーアップシテマスカラ、レベル90以下ダト、カスッタダケデ、即死シマス。運ガ悪イト呪詛ガツイテ即死デキズ、肉ガ腐リ、長イ間苦シンデ死ニマス)
((((逃げてモチカ!!!))))
あ、そうそう。火を噴く肉のみんな、お願い。
飛んでいる女子四人は避けられるから気にしなくて大丈夫だろうけれど、塀の上の〝女子二人〟にはくれぐれも当てないように気を付けて。手加減していないから当たるとまずい。
それとカマドウマ。
ぼうっとしてないでお前は食べて。クソ臭くてクソ不味いクソ花を。
「は?」
ひふへほ。いいツラ。貴族はやっぱりそういう間抜けな表情がお似合いだよ。
歪んでいて賢しい貴族、自分こそ至高でそれ以外は屑と思っている貴族はこの世にいないほうがいい。そして能力のある有害な貴族は俺の体の一部にしてあげる。
ォォォォォォォォォ……
タスケテ……アツイ……イタイ…………クル、シイ……
蔓という蔓を焼き払い、生き残っている軽装花人族と精鋭花人族を分け隔てなく焼き尽くす。これが本当の〝花火〟ってやつか。見ていて晴れ晴れとするね。
「奇怪な術を弄しおって!おのれっ!本体もろともひねり潰してくれる!!」
本体?全部だよ?そんなことも見破れ……るわけないか。所詮花屋さんだもんね。魔力素じゃない。
カマドウマ。いきなりだけど作戦変更。
やっぱりお前はチンチン花屋の相手をして。俺がそのデカい花を殺る。
ギュビュビュビュビュンッッ!!
カマドウマの二本の触覚が追放聖皇オパビニアに襲い掛かる。
オパビニアは石の書ヒルデガルドの生む魔法防壁で難を逃れつつ、痛々しい審判花センペル・アウグストスの治癒を行う。復活再生した無数の蔓がカマドウマを巻き取ろうと必死に蠢く。でも三十三塊の俺の火の霰も火の蛇も止まらない。俺を捕まえようと意識すれば自分の足下がおろそかになる。ザトウムシみたいな審判花の肢が次々に燃え崩れていく。やることが多いと大変だよね。俺は殺るだけだけど。
審判花センペル・アウグストス Lv150(花人族)
生命力:29956666/44444444 魔力:221000/500000
攻撃力:40000 防御力:40000 敏捷性:200 幸運値:0
魔法攻撃力:0 魔法防御力:6000000 耐性:闇属性
幼い時に見たロボットアニメの定番と言えば、ロボット兵器同士の対戦。そして中に乗る操縦者たちの葛藤。そしてロボットがロボットを倒し、ロボットの心臓部にいる操縦者はそれとともに死ぬ。小さかった時は分かった気でいたけれど、今になると分からない謎設定。
ロボット兵器がロボット兵器を倒し、操縦者はそれとともに斃される。
どうして?
無重力空間の宇宙だろうと、惑星の表面だろうと、異次元の世界だろうと、操縦者は操縦なんてやめて生身で立ち向かい、敵のロボットごと操縦者を屠ればいいのに。
ノンキンタン:Lv10(You suck)
生命力: ―― 魔力:――
攻撃力:500? 防御力:800?
敏捷性:60? 幸運値:25?
魔法攻撃力: ―― 魔法防御力:―― 耐性:――
生身の人が大量破壊兵器を殺せないなんて決まりは、ないのにね。
不思議。
どうかしてるよ。
ボオオオオオオオオ……グチュンッ。
肉片たちを、火属性魔法を発動させながら、互いに接近させ、接合する。
ただし肉体を元に戻すのではなく、ランダムに寄せ集まるだけ。つまり出来上がるのは無理やり縫合しただけの肉の塊。口が動く。
「「「「「「「「「火廻」」」」」」」」」
「火車」と「火達磨」を同時発動。肉の塊は高速回転する歪んだ日輪となって巨大花の茎内部に突っ込む。
ドグシュ……
ノンキンタン:Lv10(OVER KILL)
生命力: ―― 魔力: ――
攻撃力:500000000 防御力:800?
敏捷性:60? 幸運値:25?
魔法攻撃力: ―― 魔法防御力:―― 耐性:――
切断内臓焼き開始。レッツゴー。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――ッ!!!!!
「ピギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
ん?花なのに悲鳴が上がった?
発声器官があるの?知らなかった。それにしてもいい声。凄絶な臨終の響きだ。
やっぱり花屋の花は面白い。ますます興味がわくね。早く研究開発部で試作したいな。
でも今はダメダメ。集中。俺は燃えながら肉を這いずりまわる寄生虫役。
ぎっしりつまった神経と蔓をちゃんと焼き千切って激痛を与えながらブチ殺さなくちゃ。あの〝夢の国〟の闇医者の頭部みたいに水蒸気爆発しちゃうかな?
「ふぅうぅ」
暗い肉が、首都バルハチのように赤く燃えて明るくなる。
焼肉祭りの風景に飽きたので、ここでカマドウマビジョンに切り替える。
火災の中心にいる巨大カマドウマに向かって激しい怒りを向けるオパビニア。尖らせた口から音を出して息を吐いちゃってる。で、そのチンチン花屋の足場を支える審判花センペル・アウグストスは俺の「火廻」で内部からことごとく焼かれ、切断され、崩れていく。やっておいてなんだけど、手の施しようがないね、これは。
審判花センペル・アウグストス Lv150(花人族)
生命力:0/44444444 魔力:0/500000
攻撃力:40000 防御力:40000 敏捷性:200 幸運値:0
魔法攻撃力:0 魔法防御力:6000000 耐性:闇属性
「「文字通り立つ瀬がないね。足場が崩れるよ?可哀想だから〝こっち〟へおいで」」
燃えるカマドウマの頭部。複眼二つのちょうど真ん中に人間の口を作り、花屋に優しく語り掛ける。
「「それとも這いつくばる?俺よりはるか下の地べたに」」
追放天皇は何も答えず、うつむく。
石の書ヒルデガルトが勝手に別のページを開く。オパビニアの背後で、いつの間にか閉じていた亜空間が再び展開する。
「柩より上げよ菌死の産声……ニグルム・ジンギベル」
呪文の一字一句を厳かに吐いたオパビニアの背後から砲弾のように蒼い球体が飛び出してカマドウマの顔に衝突する。意外に威力は強く、カマドウマの複眼は壊され球体が燃える肉に飛び込む。
言語解読および侵入物体の解析開始。おっと?
ムチ。ムチチチチチチチチチ。
燃えるカマドウマの外骨格が膨れていく。やがて体の節からアメーバのような形状の白い物体がムニュムニュと顔を出す。はぁ、こりゃまずい。
ドビュウンッ!!
白い物体はつきたての餅のように四方八方に仮足を高速で伸ばして至る所にくっつく。
「おほほ」
破裂したカマドウマから伸びた仮足の上に、オパビニアが舞い降りる。これってひょっとして、足場ってこと?まじか。そんなこともできるんだ。
バホンッ!!!! グチュグチュグチュグチュ。
〝焼肉綴蝕〟をやってた俺も審判花センペル・アウグストスの胴体を木端微塵に炸裂させ、肉体を元に戻して白い仮足の上に降り立つ。菌糸って感じだね、これは。
「すごいね。芸達者だ」
深紅の長袍衣装にハラハラと雪のように降ってくる、虫と花の遺骸。
その灰を手で掃いながらチンチン花屋を褒める。大火流がこんなにすぐにやられるとは想定していなかったよ。造るの苦労したのに、とほほ。
「虫に咲く花もある」
「そっか。虫の増えすぎを抑制する冬虫夏草かな。いい考えだね」
「トウチュウ?まあよい。今度は朕自らが汝の相手をしてくれよう」
「それはうれしい。勿体ぶるのはなしにしよう」
言語解析終了。ニグルム・ジンギベル。訳すと剣戟森々(しんしん)花粉?なんだそりゃ?
ドシュドシュドシュドシュドシュドシュッ!!
俺の足元の仮足、というか菌糸が突然俺に向かって棘を伸ばす。針金ほどの太さの棘は俺めがけて幾本も生え伸びる。しつこいそれを「火車」で躱しながら俺は追放聖皇オパビニアに向かう。
キラキラキラン。
オパビニアの後ろの亜空間にいくつもの〝星〟が瞬く。今度は何さ?
「天漢の領巾より吹き漂わすは星砂子。汝の死宝とせよ。ムフロンベリル!!」
言葉と同時に俺の肉体に星が突き刺さる。
衝撃からして弾速は秒速11キロ。……惑星の引力を断ち切って飛び立つロケット並みの速さだね。しかも弾丸の硬度はモース硬度にして10。つまりダイヤモンド相当。
だいたい何でできているのこれ………へ?
うっそ……超高硬度に練り固められた花粉だよこれ。
ってことは……またさっきの思い出攻撃?
嘘でしょ?ひょえ~。
こんなの普通の人に当たったら、どう足掻いたって助からないって。
そもそも避けるのも大変だし、当たったら物理的にも精神的にも犯られちゃう。まだどこかのバハムートの410ミリバズーカ砲の方がマシだよ。
ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴン!!
俺がハチの巣になっているうちはまだいい。むしろ〝思い出〟を何度も殺せるので大歓迎だ。問題は、
「おっほっほっほっほ」
俺以外に弾が向かうこと。
かなり距離をとってしかも構えているいるけれど、万が一流れ弾が上空の四人に当たりでもしたら、マズい。それに……
ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴン!!
遠くないところに妹と幼馴染もいる。さっさと何とかしないと…………
ギュオンッ!!!ギャンギャンギャンッ!!!
とりあえず「火車」で逃げる。試しに四肢を千切れたまま〝ボッチ〟にして、それぞれ別方向に動かしてみると、弾丸花粉の集団が分かれて追いかけてくる。夜空の天の河に襲わているみたいで悲惨だこりゃ。
なんて悠長なこと言ってる場合じゃない。カマドウマづくりと肉体再生のせいで地味に魔力を失ってるよ俺。
だいたいにしてこの宝石香料の数、多すぎでしょう。まあそれはおいておいて、どうやって誘導してるの?どれどれ。反撃しながら探って見ましょ……
「霰火」
ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!
「ほほほ。そのような生温い火で朕の玉石を焼けると思うとるのか!」
朕の玉石って何かエッチな感じがしてウケる。じゃなくて、なるほどね……。
細いけれど魔力素が糸を引いて宝石花粉にくっついてる。それを意思の力で振り回す。早い話が分銅鎖か。撃力計測。デルタ関数導入。
分銅鎖って言えば、召喚者のアイツが使ってた。誰だっけ?宝石花粉の質量と魔力素展開半径から慣性モーメント算出。
「ほほほほっ!今度こそ諦めて朕の前に啼いて跪くがよい!!」
ほらアレ、あの、えっと……朱莉とか赤荻や大羽と一緒にいた……ああ、思い出した。古舘。違う間違えた。宮良だ。暗器使いの宮良翔平。いたいたそんなの。魔力モーメント計測終了。
ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴン!!
あの緑のショート前髪分け、似合ってなかったなぁ。つけていた香水もダサかった。魔力積を計測。平均算出。
赤荻のことが好きだったはずだけど、じゃあ他の連中と一緒にこの近くにいるのかな。あっ、そうだ。パーティーリーダーは竹越だ。そう言えば宮良にシカ革のジャケットを奪われたことも思い出した。魔法密度算出。測定値との誤差0・0009%。
ギュオンッ!!!ギャンギャンギャンッ!!!
宮良かぁ。まだ生きていたら生皮を剥いであの皮膚でジャケットを作ってあげてもいいかな。鞣しには本人の脳みそを使って……なんてね。面倒くさいからパス。脳ミソも少なくて鞣しに足りなさそうだし。後流幅計測。魔力素密度再計測。誤差修正。
アントピウスで一緒だった連中なんてどうでもいい。宝石花粉の形状魔抵抗係数再確認。
それにしても双子の妹は落書きみたいな呪いを顔にまで彫ってるし、幼馴染は厨弐病みたいにゴツい眼帯つけて目玉の代わりにペットを飼ってるし、二人とも何こじらせてんだか。魔法密度算出。測定値との誤差0・0001%。
ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!
演算終了。術式展開。
ギシギシギシギシギシギシギシ。
「磁炎」
バシイイイイ―――ッ!!!
「!?」
飛んできた宝石花粉が俺を貫通できず、体の前で静止する。ふう……。〝思い出〟を殺せて面白いんだけど、こっちの魔力素の消耗が少なくないからやっぱり嫌いだよこの宝石花粉。
「何を、した?」
「何って、見て分からない?〝悪送球〟を止めたんだよ」
ミンチ状態になっていた体を再生させながら俺はオパビニアに教える。口以外のパーツがないノッペラボウとは言え破壊され過ぎて、俺の頭部は口しか残っていない。
ギシュシュシュシュ……バチチッ
「汝の背中のものは一体……」
「ん?この銀の蔓?俺の拡張された体の一部だよ。とても便利なんだよね。攻撃や防御はもちろん魔物をとりこんで魔力素に換えたり、相手に俺の魔力素を注入したり色々できるんだ」
「魔力素への変換だと?そのようなことができるはずなどない」
「どうかな。できるはずがないかどうかは俺の知ったことじゃないから」
頭部の再生を終えた俺はニッと頬をほころばす。お返しとばかりにひどく攻撃的な視線を浴びる。
「………もう一度問う。何をした?なぜ朕のムフロンベリルが動かぬ?」
「魔法で動きを操っていたでしょ?それをできなくしただけ。代わりに今度は俺が操ってあげるよ」
落ちていった宝石花粉を宙に浮かべる。確か秒速11キロだったっけ?じゃあもう少し速度を上げて11.2キロくらいでいこうかな。
「それいけ~ノンキンタ~ン。なんてね」
バチッ!
「くっ!?」
ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴンドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴンドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴン!!!!!
容赦なしの、宝石花粉の飛ばし合い。
それにしても、こっちが飛ばした宝石香料にちゃんと自分の宝石香料をぶつけるなんて、本当に器用な花屋だね。追放天皇オパビニア。ますます気に入った。それにしても、いつまでも「火車」で飛んで動き回るのも面倒だな。ニグルム・ジンギベルとかいうあのトゲトゲ菌糸、なんとかして黙らせなくちゃ。
ドシュグシュッ!!
「うっ!」
おし。当たった当たった。
ちょっとだけこっちの方が弾速大きいから両腕が吹っ飛んだ。ザマ~。
とはいえこっちも弾切れだし、また頭がふっとんじゃった。
再生するのに時間がかかるんだよ。0.5秒くらい。
ドジュッ。
復元完了。
「弾がなくなったからまたお前のをもらうね……磁炎」
バチチッ。
俺めがけて今飛んできているオパビニアの宝石花粉を止める。支配を奪う。
「ありえぬ!朕の法理を書き換えることなど……」
「書き換えてなんていないよ。単純にお前の魔力素を引きはがしているだけだよ」
「何?」
「腕が千切れて出血しているから出血大サービスで教えてあげる。今俺の背中から伸びている銀の蔓はマイナス273℃の極低温状態にある。そして温度が下がれば電子は伝わりやすくなる。つまり超伝導体になっているんだ」
「チョウデンドウタイ?」
「うん。それで、お前が飛ばしてくるムフロン何とかが俺に着弾する前に、俺は超伝導体に電気を流す。内緒だけど俺は「サンダー」が使えるんだ。すごいでしょ?」
「サンダーだと!?そんな初歩の魔法などゴブリンメイジでも扱える!」
「ひどいな。まあでもそうだね。で、俺は竜人族ほどじゃないけれど電流は30万アンペア、電圧は300万ボルト、つまり9億キロワットの電力を起こせる。電子が流れるとそこに磁力が発生する。つまりサンダーで電気が流れた銀の蔓に磁場が発生する。その磁場でムフロン何チャラにくっついているキミの魔力素を引きはがしたんだ」
「引きはがす?一体何を申して……」
「磁場と魔力素の関係?磁力場と魔力場の干渉系を知らないお前に言っても分からないでしょ?尋ねるだけ無駄だと思うよ?それよりさ」
飛ぶのも面倒だし、菌糸の足場を大人しくさせたいから、パフォーマンスといこうか。
「覚えたての俺の「サンダー」に少し付き合ってよ」
原子力発電炉1030基分の電力を5秒間。受けてごらん。
バジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジイィィ―――ッ!!!
(なんと眩い!!雷竜でもないのに、これほどの大放電を容易く……さすがは至高の存在たるノンキンタン殿!!いえまさにこれぞ兄様!兄様兄様兄様兄様!!!!!!)
(モチカ。ノンキンタンに発情する気持ちはわかるけど、体に電気を流すのはお願いやめて。パチパチ痛いし、ソフィーの髪がアフロになってるわ)
(全身を光が包むあの凄技!どこかで見たことある!あっ、ほらお姉ちゃんあの時だよ!あの時!)
(言わずとも分かっているわクリスティナ。ついこの間のことね。寝ているソフィーの顔に髭を描いたら、その仕返しにロケットパンチを背後から頭に食らった時にこれくらい強烈な光を見たの)
(何言ってんの!そうじゃなくてずっと昔、光属性の神官たちを使って勇者がやっていた集団合成魔法!)
(集団合成魔法?そんな四百歳超の迷宮封印エルフしか覚えていなさそうな古いことは知らな……くないわ。今思い出した。あのウンコみたいな勇者のクソチート技ね。たしか、集団合成魔法フォステロス・マギカ。ふふっ。今のあの神々しい姿は、私のカ朕カ朕ノンキンタンが脱糞勇者のクソチートを超えた神チートであることの何よりの証拠ね!ところでなんか良い匂いがするんだけど気のせいかし…………むにゃ)
(え?お姉ちゃん?うそっ!こんなところでいきなり寝落ち!?冗談は食欲だけに……あっ、なんだろうほんとだ。森の樹の、良い匂い。風、気持ちい………むにゃ)
(クシュン!目がカユカユ~鼻水が止まらな~い。グスッ。ヒックシュン!)
(まずい!これはおそらくノンキンタン殿が伝えてくだされた夢幻泡影花粉!!ノンキンタン殿!一時離脱します!!)
(うん分かった。少し離れて花粉を体から落としてきた方がいいよ。これは吸引し続けると厄介だから)
(承知いたしました!もはや案ずることすらご無礼かもしれませんが、どうかご武運を!あっこら!ソフィー殿!お願いだから私の鱗に鼻水をこすりつけないでくれ!!)
俺は発電を止める。
感電して大人しくなった冬虫夏草菌糸の足場に降り立つ。
本当の目的は放電によってオパビニアの放った大量の花粉を焼き尽くすこと。だいぶ濃度は薄くなった。モチカも発電しているみたいだし、これでシータル女子四人は大丈夫だろう。野次馬女子二人にもそこまで深刻な影響は出ないはず。
ま、朱莉と晴音がどうなったところで、俺の知ったことじゃないけどね。
「……認めよう」
両腕のない追放聖皇オパビニアが低くつぶやく。嘲笑も余裕も怒気も油断も消える。ステータスもちょっと変わった気がする。
オパビニア・アルスマグナ・メガテリウム Lv200(火の粉を祓う花夜叉)
生命力:98000/100000 魔力:30100000/50000000
攻撃力:4000 防御力:50000 敏捷性:700 幸運値:1000
魔法攻撃力:99999999 魔法防御力:99999999 耐性:闇属性
特殊スキル:なし
夜叉ねぇ。半神半鬼ってことは、現人神より少しは謙虚になったのかな。感心感心。
「挑む」
浮かんだのは真剣な表情。動詞を一つ口にしたけれど、あとは口を動かさないようにして詠唱している。雰囲気的にガチだね。
「永らく忘れていた言葉を今、思い出した」
詠唱中断。オパビニアの顔の一部、耳の近くにわずかだけど魔力素の流動を感知……来る。
「シリンガ・フロリブンダ」
そうオパビニアがつぶやいた瞬間、石の書物ヒルデガルトの表紙に口が生じ、世界が割れたのかと思うほどの巨大な悲鳴が上がる。
衝撃波で眼球が破裂しそうになり目を閉じる。けれど鼓膜は破れる。0・1秒。
角膜を修復し鼓膜を強化して張りなおす。0・4秒。
オパビニアの「シトルス・オフィスナリス」という声と、聞き覚えのない「クエルクス・ラバンデュラ」という二つの声を聞く。3秒。
瞼を開いたとき、オパビニアの両腕は既に再生し、全ステータスが急上昇している。
オパビニア・アルスマグナ・メガテリウム Lv200(火の粉を祓う花夜叉)
生命力:98000/100000 魔力:30100000/50000000
攻撃力:9999999 防御力:9999999 敏捷性:999 幸運値:9999
魔法攻撃力:99999999 魔法防御力:99999999 耐性:闇属性
特殊スキル:演武、演魔
宙に浮く石の書ヒルデガルトからは不敵にほほ笑む声が聞こえる。二つの呪文のうちの一つはこいつが唱えたのか。罠に捕まって止めを刺された瞬間のイノシシみたいな金切声の悲鳴もきっとこいつだ。やめてよもう。色々と思イ出しチャうかラ。
「初めてである。朕は初めて挑むべき〝敵〟に相まみえた」
「そう?ついでに言っておくと同業者なんだよね。ほら」
シュルシュルシュル……ブオン。
俺も収納魔法で亜空間を展開し、銀の蔓で回収したムフロンベリルをどさくさに紛れて闇に収納していく。
ォォォォォォォォォォ…………
これぞ俺の真骨頂。人呼んで火事場泥棒。この宝石花粉、あとで製造方法調べて真似してみよう。楽しみがまた増えた。
「!?」
「渦魔導魔はお前だけじゃないんだ。ね?」
オパビニアが浮かべた驚愕の表情はまもなく沈み、やがて愛しい人でも見るような顔つきになる。
やだなに、貴族だけに変な気でも起こしちゃったのかしらん。
こんな花屋のおっさん相手にいや~んばか~んの世界なんてアタシごめんよ。
「常闇を知る怨敵よ。朕の全力をもっておヌシを屠ろう」
オパビニアの振り切れたステータスはちょっとヤバい。野次馬女子二人をどこかに逃がさないとマズい。
「何を心配しているの、坊や」
石の書ヒルデガルトがマジで喋った!魔道具のくせにすごい。あ、ステータスが見えた。魔道具のわりにすごいハイスペック!レベルが俺の10倍もあるよ!
石の書ヒルデガルト Lv100(意思を持つ魔道具。精霊前駆体)
生命力:1000/1000 魔力:299000/300000
攻撃力:1000 防御力:9999 敏捷性:99 幸運値:999
魔法攻撃力:99999 魔法防御力:99999 耐性:火属性、闇属性、光属性
特殊スキル:神器召喚
えぐいねぇ。っていうか精霊前駆体って何さ?って、考え込んでいる場合じゃない。
「今日の晩ご飯は何にするか思案していたんだよ。リャマのトマト煮とアルパカステーキなんてどうかなぁって……」
「あの二人の娘が気になるのね。……ナガツアカリとアカオギハルネ……二人とも召喚者」
「召喚者?何それ?」
「とぼけても無駄よ。あのメスどもに攻撃が当たらないようにお前は常に動いている」
魔道具の分際でステータスまで見えちゃうし無駄に察しが良いし……はぁ、面倒だね。早々に壊さないと。
「メガテリウム。あの二人がこの道化師の弱点よ」
「「……」」
俺もオパビニアも黙る。
ただしオパビニアは遠くの二人を見ることなく、俺から視線を外さない。
「朕から逃げぬのなら、手は出さぬ。それでよいか?」
「本当に?そうしてもらえると助かるよ」
俺はオパビニアに礼を言い、右手に隠し持っていた宝石花粉一粒をヒルデガルトめがけて親指ではじいて飛ばす。ヒルデガルトがそれをヒラリと躱す。魔力線接続完了。あの二人に何かしたらこいつから滅殺する。
「ヌシの肉を食らいたい。純粋にその力、その肉体と同化したい」
「キッショいね。でもその気持ちはわかるよ」
俺はオパビニアの方に顔を戻す。
「同じ穴の貉同士、ここは潔く矛を交えるとしよう」
「バターナイフくらいしか持ち合わせがないけれど、それでよければ構わないよ」
おどけて首をすくめながら俺は収納魔法を使用し亜空間を展開する。渦巻く暗闇から新品の剣鉈「八鉧」を一本取り出す。前のはデュミナスバハムート戦で無くしちゃったから森の仲間に新しく鍛えてもらった自慢の一品。
「よく研がれておる。がしかし、宝具には見えぬが」
「そんなことないよ。俺にとっては大事な宝物の一つだからこれは立派な宝具。凌理にも殺神にも使える便利品なんだ」
「下等な俗人が作った刃の切れ味なんてたかが知れているわ。第一魔力を全く帯びていない時点で話に……」
「なるであろう。思えば、この者が触れればその時点ですべては宝具。数多の僕兵の散華を思い出すべし。ゆめ侮るなかれ」
俺の剣鉈を見ながらほほ笑むオパビニアは、宙に浮く石の書ヒルデガルトをたしなめる。
「朕に、宝具を」
オパビニアの合図で、石の書は「ふん」と鼻を鳴らすような声を上げ、口を動かし始める。
「我は憂いに充つる地上を蔑む空の巡礼者。露しげき地上の巣より舞い上がりし堅者」
魔道具も詠唱できるんだ。へぇ。
「もはや歌わぬ。もはや飛ばぬ。彼処より浮世へ聖なる矛と盾を運びて後は降りて宿る……アブラクザ・ルミナリエ」
永い詠唱だね。聞いてて眠くなるよ。
シュゥゥゥゥ……
唱え終わる前に頭をかち割って脳みそを握り潰してる。普通の状況なら。
でも今は朱莉と晴音が後ろにいる。一瞬も気を抜けない。追放天皇オパビニアも石の書ヒルデガルトも油断できない。
ブオン。フオン。
「それが矛……ルミナリエ?」
「うむ。して、こちらが盾アブラクザ。いずれも初代聖皇クルクリオ・ユウェナリスの宝物庫に収められた秘宝である」
ジャキッ。
「それを掠め取ったわけだね。貴族のくせに手癖の悪い泥棒花屋さんだ」
「ほほ」
オパビニアの手には盾が握られている。そして石の書ヒルデガルトとともに浮かぶのは、一本の矛。
フオン。 スー。
フワフワ浮いていた矛ルミナリエが軽く小さく運動する。
痛っ。
痛覚?
それはまた消失したはずだけど、ん?
「……マジで?」
「気づいたか」
俺は自分の首に触れる。
首に小さな切り傷がつけられている。空間を飛び越えて切ってくるとはズルい。
でもそんなことは大したことじゃない。大したことがあるのは、
「原理は解せぬが、要するにヌシの体はありったけの魔力素を凝集し、物質化することで出来ておるのであろう?であるならば」
バレた。ヤバい。
俺が魔力素をコネコネしてできている人形擬きだってバレてる。
厳密には違うけれどほぼほぼ見抜かれててショック。
「ヌシの魔力素そのものを消尽するまで」
ボッ!!
盾アブラクザを手にしたオパビニアが消える。体から出る魔力線の軌跡が複数ある?動きを読まれないための攪乱!?そんなことできんの?っていうか魔力素の流れを読んでいるって知ってたの?偶然!?やばやば、相手の動きが読めない!花屋のくせに速すぎ!
「火……!?」
「火車」で逃げようとする俺を、浮かぶ矛ルミナリエが次元を切り裂いて襲い掛かる。脚が膝下から切り取られる。痛ってぇえ!!やばい。オパビニアの魔力素を辿るのはちょっとヤメ!赤外線と紫外線と超音波探知に切り替え!
ボッ!
各波動を探知する部位がオパビニアの接近を俺に知らせる。まずい。動きが読めても体の再生が間に合わない!何これ呪詛?どれだけ仕込んでんのこの花チン野郎!もうっ!急いで〔呪解〕開始!
【カマドウマ】
〔満杯〕〔流転〕〔〔呪解〕〕〔充力〕〔渦魔導魔〕
ゴゥ――ンッ!!
「ううっ!」
盾アブラクザを思い切り体にぶつけられる。予想通りこっちも魔力吸収機能がついてる。しかもその盾が紫の炎を上げる。嫌な予感しかしない。勘弁してよ。
「滅せよ」
キッ!ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
光線が俺の体を半分に裂き、通過した光は都市の区画壁を燃やして溶かす。まるでホットケーキの上で溶けたバターみたいだ。メープルシロップの代わりに七十三種類の呪詛をトッピングしてくる。
「ふう、ふう、ふう、ふう……」
七十三種とも〔呪解〕終了。12秒。
「朕の不可避の盾アブラクザを食らい生きていた個体はヌシが初めてだ。しかも女人二人に当たらぬように移動する余裕をいまだもっているとは。やはりヌシを敵と認めざるをえまい」
「そりゃどうも。っていうか巻き込まない約束はどこに行ったのさ」
体内と亜空間に蓄えている魔力量を確認する。げっ、魔力素が五分の一も持っていかれた!たった一撃で!?嘘でしょ。
さてどうする?とりあえず肉体再生開始。と言っても魔力が枯渇し始めた。魔柩を崩すしかない。〔充力〕開始。
【カマドウマ】
〔満杯〕〔流転〕〔呪解〕〔〔充力〕〕〔渦魔導魔〕
魔力充填完了。これでどれだけ持つか。
ズチュ。ズチュチュッ!!
「相変わらず空恐ろしい再生力よ」
終了。所要時間3秒。通常の十倍も時間がかかってる。ダメージが大きい証拠だ。
で、どうする?
「再生はできても大変なんだよ。壊されるほど結局魔力素を失っちゃうからね」
と、こっちで話している間に石の書ヒルデガルトがジリジリと動く。
おそらくは俺への牽制。二人を攻撃すると見せかけているのかな。
せっかくヒルデガルトにくっつけた魔力線もオパビニアの攻撃のせいで切らしちゃったよ。とほほ。
シュンッ!
宙に浮く矛ルミナリエが虚空を横に薙ぐ。途端に俺の視界は暗闇に包まれる。パシャと弾ける音と、液体が頬を流れ落ちる感覚。ノッペラボウになって隠していた両眼を切断されたらしい。にしても魔力を削ぎ取られると激痛が走るってどういうこと!?
おちつけ。おちつけマソラ。
痛いのは仕方ないとして、〝これ〟を躱すの無理だ。
次元を超えて対象を切り裂く矛ルミナリエ。
はっきり言って、ここじゃどこにいてもあの矛の切っ先の前をチョロチョロ動き回っているのと変わらない。とは言ってもおそらく次元を超えて斬れる距離には限界はあるから、ある程度離れれば斬られはしないだろう。
でもそれじゃオパビニアを倒せない。
魔法防御力も物理防御力も高すぎてこちらの遠距離攻撃は効きそうにない。そんで距離なんて取って戦おうものなら、
「事切れるまで綢繆の睦光を見舞ってやろう」
ジャキ。
盾アブラクザが呪詛入り紫熱光線を飛ばしてくる。しかもその盾に身体を触られると魔力素が引き剥がされるおまけつき。
攻守ともに完璧。最強。
チート過ぎて泣けてくる。それに比べて俺は、
ノンキンタン:Lv10(CRRRRISIS!)
生命力:0.6931471805…… 魔力:6%&$-ERD4rw=87UYhyu243
攻撃力:500? 防御力:800?
敏捷性:60? 幸運値:25?
魔法攻撃力: ―― 魔法防御力:―― 耐性:――
ステータスがバグり始めた。隠す余裕もない、か。
「火達磨」
あの熱光線だけは出させたくない。盾に向かって「火車」で移動しつつ全身を燃やす。見破られないように炎を纏いながら、ヒートショックプロテインとモータータンパク質を増殖させて剣鉈を回転鋸のように回す。つまり渦炎。
ギュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインッ!!!!!
盾アブラクザの表面で秒速200回転の剣鉈が火花を散らす。でもこれは囮。全身の「ファイア」の近接攻撃がメイン。
「温いぞ」
ズムゥウンッ!!!!!!
刹那の瞬間。盾に浮かぶ幻影。互いの尾を噛む赤蛇と青蛇の二匹。二匹は尾を噛むのをやめて離れ離れになる。一匹の赤蛇は俺の全身「ファイア」を吸い込み、もう一匹の青蛇は俺の剣鉈の刃を火もろとも飲み込む。
ガシャンッ!
剣鉈が折れる。蛇の幻影が消える。
作ってもらったばかりの鉈も折れちゃったし「火達磨」も失敗。
「せあっ!」
盾で逆にタックルされてすっ飛ぶ俺。魔力また削ぎやがった。
キッ!
ほんとにもう、コマッチモ。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
ノ津キン天ン:Lv10(???????)
生命力:???????? 魔力:??????????????????????????????
攻撃力:500? 防御力:800?
敏捷性:60? 幸運値:25?
魔法攻撃力: ―― 魔法防御力:―― 耐性:――
「………」
直撃。これは、痛い。
「盾の光に二度まで耐えるとは。そして顕現する不可解な能力値」
マズすぎる。超マズい。魔力素は初期値のさらに二分の一ももっていかれた。
次食らったら、こっちは本当に消滅する。
本当に、死ぬ。
「あと、何発くらい撃てるの?」
考えろ。
「これは朕の魔力を用いぬ。用いておるのは亜空間に葬った幾千万の奴隷。すなわち魔力は無尽蔵。何度でも見舞おうぞ」
考えろ。いつだってそうしてきた。
「あっそう。それにしても反則だと思うよ、それ」
考えろ。いつだってそうして生き延びてきた。
「ほほ。ヌシに言われたくはない」
考えろ。生きのこるために。
「そだね。お互い様だね」
考えろ。大切なものを守るために。
………。
よし。やってみるか。
「ねえ、一つお願いをしてもいいかな?」
ゆっくりと肉体を再生し終えた俺は、オパビニアに提案する。
「ほう。ヌシが願いごとか。よかろう。申してみよ」
「やっぱり俺も宝具を使う。男だからかもしれないけれど、宝具と宝具がぶつかって戦う姿にはちょっと憧れるんだ。だからどうだろう。宝具をちょっと取り出すから、少しだけ待ってもらっていいかな?とっても大事なものだから、だいぶ深い所に収納してあってすぐに出せそうにないんだ」
両手を合わせて「この通り」と懇願する。
「ほほ。構わぬ。朕が全てを曝して挑んでおるのだ。ヌシは伝家の宝刀でも何でも取り出し、全力をもって迎え撃つがよい」
「ありがとう。優しいね」
「ただし早くせよ。朕は待つのがあまり好きではないぞ」
「は~い」
状況を確認。
どうもさっきから静かだなと思ったら石の書ヒルデガルトは主人のチンチン花屋と同じく腹話術師みたいに口を閉じたまま呪文を詠唱して魔法を発動させている。結界魔法の類だろう。おかげでこちらの「サンダー」の威力がかなり抑えられてる。やることがみみっちいね。けれどまあ殺し合いなわけだから、ここで愚痴を言っても仕方がない。
「あのさ」
「なんじゃ?」
首都バルハチもとい紅蓮地獄には大量の花人族の灰と炭が散乱。
「ちょっと詠唱するけど、笑わないでね」
「おほほ。ヌシのような魔神があえて詠唱か。笑って済むのなら今のうちに笑っておこう」
で、こっちの収納用の亜空間の中には大量の魔物と食糧、それとバハムートの残骸である隕鉄が少々……おっぱじめますか!!
「え~俺の名はノンキンタン」
ズビュビュビュビュビュビュビュビュビュビュビュッ!!!!!!
地面に向け、銀の蔓を限界まで伸ばす。
「けれど今からトンチンカン」
「?」
火属性魔法と水属性魔法の大規模同時使用開始。
それと風の大精霊フルングニルの魔法特典つき。
こっ恥ずかしいけど、俺も長い呪文唱えちゃお!
ズンッ!!!ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
「第一工程。銀の蔓は煉獄を逝花で耕す」
銀の蔓を大地に走らせ、花人族の死骸である活性炭を地中に埋設。
すなわち炭埋め。
これにより大地から出る地電流の流れを増加。
水素イオン濃度pHを6・5で安定化。5秒。
バチバチッ!ヴン……。
「第二工程。銀の蔓は揺籠となり鎮む星屑を抱く」
銀の蔓の一部で星獣デュミナスバハムートの隕鉄を包む。
そして中の隕鉄に流動電子を放射。
よって磁場が発生する。
地電流の電気力線と磁力線を直角に交わらせて大量の電子を調達。
次の工程で隕鉄から逃げてしまう電子の補填準備が完了。さらに10秒。
ジュウン、ジジジ、ジュウン、ジジジ、ジュウン、ジジジ。
「第三工程。銀の蔓は火水の和音を奏で、星鉄の晶らな声を聴く」
包んだ銀の蔓の中で隕鉄を焼く。
火がまだまだ弱いから大精霊譲りの風属性魔法と銀の蔓で作った鞴で送風して火力増加。
焼きと交互に行う水打ちによって鉄を鍛える際に逃げる電子は、第二工程で準備した電子で補充。
焼きと水打ちの酸化還元反応の繰り返しで隕鉄を構成する分子の配列を整え、分子レベルで魔力素を籠め、刃物の硬度と切れ味を極限まで高める。さらに15秒。
すなわち星鋼の完成。俺色の魔力も帯びてる。全工程合計30秒。
「出来上がりっと」
「よもや」「……ありえねぇ」
鍛冶屋の真似事はおしまい。銀の蔓は出来上がった業物をもって俺の所に戻ってくる。
「ごめんね待たせて」
口を開いたままの追放聖皇とハチドリみたいにバタつく石書に一言謝る。
「朕の前で創ったというのか。宝具を」「ありえねぇだろ餓鬼!」
長い柄を握りしめる。
「うん。グリップも悪くない」
そして「火車」で踊る俺には扱いやすいフォルム。上々。
「なんという……禍々しさ」「何してやがる!早く殺せ!!」
上下についた白い刃と黒い刃それぞれが、妖しく光り輝く。
そして刃面に遠く小さく映りこむ、野次馬二人。
「その宝具、銘は何と申す?」「んなこたぁどうだっていい!早く殺せって!」
「銘?そうだね」
どうでもいい刺青女と、どうでもいい眼帯女。
そんなどうでもいいもののために、何やってんだろうね、俺は。
「ヤジウマフタリ」
「「?」」
「始めよう。黒刃ケカレチと白刃イヤシロチ。お前に避けられるかな?」
双刃剣ヤジウマフタリを手に、俺は構えをとった。
lUNAE LUMEN
alchimia




