第一部 公現祭篇 その二十八
真実の道を進むためには、
一本の綱の上を越えていかなければならない。
その綱は、べつに高いところに張られているわけではない。
それどころか、地面からほんの少しの高さに張られている。
それは歩いていかせるためよりも、
むしろ、つまずかせるためのものであるようだ。
フランツ・カフカ
28. 姫と魔女「怪炎」
アーキア超大陸南。
イラクビル王国首都バルハチ。
さらに細かくは、第三区画壁南のすぐ外。
茨の刺青を彫った赤い髪の女がいる。
永津朱莉 Lv29(召喚者:風属性の魔法使い)茨海の呪印所持。
生命力:280/1000 魔力:60/400
攻撃力:600 防御力:500 敏捷性:300 幸運値:110
魔法攻撃力:400 魔法防御力:400 耐性:風属性
眼帯をつけた、黒い髪の女がいる。
赤荻晴音 Lv29(召喚者:光属性の魔法使い)使役魔所持。
生命力:190/600 魔力:10/1200
攻撃力:300 防御力:400 敏捷性:100 幸運値:90
魔法攻撃力:800 魔法防御力:1000 耐性:光属性
「はあ、はあ、はあ、はあ」
再外層である第三区画壁からはモウモウと土煙が立ち昇っている。しかしその煙は首都から十キロも離れると、もう見えない。
無論それが風の大精霊フルングニルによる極幻魔法だと、人々は知る由もない。
真昼の炎天下の砂漠ですら、夜のように冷やしてしまう精霊がいることを、知る由もない。
「待って、待って……アカリちゃん」
バルハチで起きている阿鼻叫喚の花地獄を知るのは、バルハチから逃げのびた被災者のみ。
「「はあ、はあ、はあ、はあ……」」
避難民の約半数は、突如現れた大海獣クラーケンの分泌した泡の塊に閉じ込められて、首都の外に投げ出された。訳も分からずに。
人々は知る由もない。蛸人族が竜の背に乗って飛んできたなどと。
「アカリちゃん、どうして、どうして中にマソラ君がいるってわかるの?」
「……ただの勘」
「勘?」
自らを包む泡が溶けてまもなく意識を取り戻し、九死に一生を得たことを悟った者たちは、一人で、あるいは互いに肩を貸し合い、無我夢中でバルハチから逃げる。
都市に戻ろうとする者など、まずいない。「死」に近づきたいなど、まず思わない。
「ただの勘だ。でも、絶対にいる」
召喚者の永津朱莉と赤荻晴音を除いて。
ズーン……
召喚者二人は城壁の内側から響く轟音や魔法音を全身で聞く。
そして気を失う前、最後に見た〝動く花〟の地獄を思い出す。ともにここまで旅をしてきた聖燕騎士団兵の多くはアポロ団長も含め、花人族に食われ、花人族となった。その絶望の果てに、朱莉と晴音の二人は奇跡を目の当たりにした。
殲風。獄鎖。爆雷。
花人族を滅殺した数十秒の奇跡。
(ノンキンタン……)
生き延びた者のうち、朱莉だけが、奇跡の共通点に気づく。
「中に戻る」
朱莉は振動で震える壁を見ながら晴音に言う。
「あれと、もう一度戦うの?」
思い込んだらなりふり構わず突っ走る晴音と、それを留める朱莉。普段であればそうなのに、今はその逆なのだと晴音は言葉を口にして、やっと気がつく。
「……」
「無理だよ。今の私たちじゃ、勝てない」
城壁を絡めとる無数の蔦を悔しそうに見ながら晴音がつぶやく。
「知ってる」
朱莉は静かにその蔦の一本に触れる。手斧ではなく、自らの手でその強度を確かめる。息を整える。
「なら!……」
晴音が言葉を継ごうとしたとき、
「ウチはただ、行きたい」
空気が変わったのを知る。分厚く巨大な城壁を見上げる朱莉の空気が。
「お兄ちゃんのいる〝そっち〟へ行きたい」
「…………」
ナガツマソラが面影に浮かび、晴音は涙ぐむ。万が一のため、体の中、誰にも言えない秘所に隠してあるエリクサーを使う決心を固める。
「視るだけなら、できると思う」
自分の魔力を全回復させ、使い魔アベルを死なせる覚悟で飛ばせばマソラをあるいは上空から視認できるかもしれないと思い、晴音は告げる。告げて、茨に背を向ける。恥じらいつつ、下腹部に力を籠め、回復薬を取り出す準備を始める。
「自分の目で確かめたい。だからゴメン」
「え?」
「行ってくるわ」
驚いた眼帯が手を止めて振り返ると、既に茨は城壁に絡みつく蔦をよじ登っている。
「アカリちゃん……ふふ」
(私もそっちへ行く。自分の目で見に行く。あとがどうなるかなんて、知るもんか!)
自分はやっぱり突っ走る側にしかなれないと諦めた晴音は、吹っ切れる。
切り札の薬瓶を体内から取り出し、中身のエリクサーを飲む。脚の傷が塞がり再生する。眼帯の下にある使い魔の心臓が早鐘のように鼓動を打ち始める。赤荻晴音、体力及び魔力全回復。
「アベル、手伝って!」
召喚により別天地から馳せ参じた猛禽の王の後ろ肢二本を晴音はつかむ。同時に猛禽の王の鉤爪だけが幻のように掻き消え、代わりに晴音の靴先に鉤爪が生じる。
ザッザッザッザッ!!
爪先の鉤爪を城壁にひっかけつつ、猛禽の王に引っ張られて晴音は壁を駆け上る。
「お先に!」
「なっ!?ちょっと待てハルネ!ちっくしょう!」
蔦を掴んで必死に城壁をよじ登る朱莉を追い抜いて晴音は壁を登りきる。
「迎えに行って」
壁の上で使い魔アベルを解放すると、アベルは鉤爪を持たないまま降下して朱莉を指先で捕まえる。
ガシッ!!
「おわあっ!?」
朱莉を後ろ肢で捉えた使い魔は再び上昇し、城壁の上の晴音の側にポイと放す。晴音の足先の鉤爪が消え、同時にアベルの肢先に鉤爪が戻る。
「いってぇ」
「ごめんごめん。こっちの気も知らないで先走る朱莉ちゃんにちょっとやり返したくなったの」
言いながら晴音は、尻もちをついている朱莉の足にさりげなく治癒魔法をかける。
「だからこれでおあいこ」
傷が癒えたのを確認し、晴音は手を差し出す。
「何勝手なこと言ってんだよ。ったく」
言ってため息をつきながら、朱莉は晴音の手を握り、体を起こす。
「サンキュー」
「いつものこと」
「にしても、ここからだとよく見える」
よく見える、地獄絵。
「そうだね。街を隔てる壁が壊れているからなおさら見えるかも」
「アベルは平気なのか?」
「うん。平気みたい。瘴気が減ってるからかも」
「花の野郎が減ってるから……か」
家屋という家屋は倒壊し、あちこちで火の手が上がる。土煙に黒煙が混じる。
その火災を消すのは、武装した花人族のまき散らす体液と、吹き飛ばされた肉片。
よく見える、地獄絵。そしてよく見ると、戦場。
その光景に、二人は釘付けになる。
「待ってくださ~い」
蛸人族の少女の、場違いな、明るくゆったりとした声。
ズビュンッ!!ドグシャッ!!
いかなる攻撃も防ぎとめてきた大楯がことごとく貫通破壊され、相手に慈悲なき死を突き付けるはずの鉤爪槍をへし折られた花人族重装歩兵が必死に逃げようとする。
ジャラジャラジャラジャラジャラ……
けれどそれを神杭が許さない。
蛸人族の少女によって投擲された銀の杭はソクラテア・エクソルザの重装甲を容易く貫き、捕える。杭と投擲者を結ぶ銀鎖が動き始めると、そこでたちまち射程武器が完成する。杭に貫かれた重装歩兵は分銅鎖の分銅同然となり、体液と肉片を周囲にまき散らしながら味方の重装歩兵に衝突させられる。ぶつけられた味方の歩兵もまた体液と肉片にたちまち置き換わる。
「ァァァァァ」
射程武器を振り回す蛸人族の死角をつき、彼女の至近距離に入って命を狙おうとする別のソクラテア・エクソルザ。とうとう間合いを詰めることに成功する。が、
ニュルン。
「!?」
蛸人族の命には届かない。それは、彼女の腰から生える四本の触手が許さない。
ガシ。ペタペタペタペタペタ。
一度張り付いた触手の吸盤は、蛸人族本人の意思以外では絶対に離れず、弾力の強すぎる蛸足の触手は生半可な力では切断できない。
つまり、触手に捕まったら最期。
「よいしょのしょ~」
ドゴドゴンッ!!……メキ……グッチャァ……
緑のロングウェーブが激しく揺れる。四本の触手は重量級花人族にコブラクラッチを決めつつバックブリーカーを見舞う。首がちぎれて背骨が折れる。武器防具を手にしたまま、鎧も兜もひしゃげて潰える。
蛸人族はあちこちに移動する必要はなく、敵が来ればただそれを蛸足で死に変える。敵が来なくても杭を投げ、突き刺し、鎖でぶん回し、何もかも死に変えていく。
((死の、渦潮))
魚人族の王の正体を知らずとも、その戦闘能力の高さを召喚者二人は肌で感じ取れる。ただし召喚者であるため朱莉も晴音もステータス画面が視野の中に現れてしまう。
召喚者の「目」が、〝魚王〟の強さを思い知らせてくる。
??? Lv47(蛸人族:水属性の魔法使い)成長補正付与。
生命力:152000/200000 魔力:1290/1900
攻撃力:80000 防御力:6000 敏捷性:500 幸運値:55
魔法攻撃力:900 魔法防御力:3700 耐性:水属性、火属性
特殊スキル:??????
「蛸人族って、こんなにヤベェのかよ」
(生命力と攻撃力の、桁が違う!もしかして、さっきウチらを泡で包んだり、壁ぶっ壊してた奴なのか!?変身能力!?ヒトの姿でもこれだけ強ぇってのかよ!?)
花の怪物以上の怪物を目の当たりにし、朱莉が冷や汗を浮かべる。
「そう、みたい」
使い魔アベルの動体視力により蛸人族の放つ技の仔細まで見えてしまう晴音は、ただ声を返すことしかできない。
ギャウギャウギャウンッ!!
蛸人族による絶滅の渦潮に巻き込まれない、ギリギリの距離。
そこを、高速で跳び回る二つのつむじ風。
「閉じよ虚しき人生の絵巻……ムーラン・アポワール!」
風人族は揺れる金の髪が残像を残して消える。艶やかな声とともに風から鋭い棘が出る。
「ほとばしれ銀露の命……トールヌド・エスキャロップ!」
風人族は標的の数と距離を碧眼が全て確認する。はつらつな声とともに風から分厚い板が出る。
刺突剣と大斧が切刃から緑の煌めきを放つや否や、競りあっているつもりの花人族突撃兵が細切れ肉に急変する。手にしていた波刀剣までことごとく裁断される。止められていた時間が再開したように遅れて体液が肉から散乱する。刈り取られたばかりの草木のニオイが霧のように充満する。
「やるわね、クリスティナ!」
「お姉ちゃんもやるじゃん!でも私の方がたっくさんやっつけてるから!」
「それは表面的な話よ。いい?私はお腹の贅肉がない分、クリスティナの二倍速く動けるの。クリスティナが花人族を一匹切っている間に私が何をしているか分かる?」
シュパンッ! ギャウッ!!
「料理のレシピを考えているの。料理の名はサンドイッチ。ノンキンタンが喜びそうなサンドイッチの具材は何か。納豆とコーヒーゼリーと生クリームとキムチとプリンとブルーチーズを挟んだらきっと最高な気がするの」
ズドオオンッ!! エギャ……
「それをノンキンタンと二人で美味しく食べるイメージをしてから花人族一匹をやっつけてるの。つまりイメージトレーニングという負荷を私は私に課しているわけ」
「お姉ちゃん。そんなサンド食べたらノンキンタン様死んじゃう」
「甘いわねクリスティナ。ノンキンタンが死ぬわけ……」
シュパパパパパパパパパパパパパパパパパパパンッ!! ウギャウウアッ!!!
「ないでしょうがっ!……たぶん」
「意味分かんないからもう!真面目にやってよ!!」
ドグシャッ!ゴシュゴシュゴシュンッ!!
瞬足剣と剛腕斧。速さが武器のはずのウルティカ・サンバルジーナは突撃する前に双子の旋風に急襲され、木っ端片に変わっていく。肉と血煙が舞う中空を、召喚者二人はやはり呆気に取られて見守ることしかできない。召喚者の「目」が、背筋を凍り付かせる。
??? Lv85(風人族:風属性の魔法使い)成長補正付与。
生命力:6200/8800 魔力:4090/6000
攻撃力:5000 防御力:5400 敏捷性:8300 幸運値:700
魔法攻撃力:4500 魔法防御力:3000 耐性:風属性
特殊スキル:??????
??? Lv84(風人族:風属性の魔法使い)成長補正付与。
生命力:7800/10000 魔力:2500/4500
攻撃力:9000 防御力:5000 敏捷性:3200 幸運値:800
魔法攻撃力:3500 魔法防御力:4000 耐性:風属性
特殊スキル:??????
(マジかよ……こいつらは速さがイカれてる!)
(攻撃が早くて、重い……強すぎる)
ボンッ!バシュンッ!!ガキンガキンッ!シュパンッ!!
((ドラゴン!!))
中空のさらに上の空中戦に召喚者の視線は移動する。蛸人族と同じくらいの伝説種がいて、蛸人族と同じく戦っている。
「てりゃああああっ!!」
竜人族は器用にドラゴンと人の姿に変身を切り替えながら、迫りくる花人族飛行兵を殲滅していく。距離をとって攻撃を仕掛けようとするケセラン・パサランにはドラゴンの雷撃が襲い掛かり、意を決して間合いに踏み込んだケセラン・パサランには槍術のカウンターが待ち構える。
「我が一族秘伝の槍を受けてみよ!」
シータル大森林の八部族が贈った十字槍「玄士」。
少女に握られたその槍の切尖が、精妙に走る。
危険を感知したケサラン・パサランが一斉に少女の刃圏から離脱する。味方を逃がすため、離れているケサラン・パサランが毒矢の雨を竜人族めがけて降らせる。
「鳴らせ出御の太鼓!振りかざせ三昧の鈴!ピカデリー・ノックアウト!!」
槍から発生した雷電が槍の穂先を光らせ、光はそのまま一気に伸びる。長大な光の刃となった槍が縦横無尽に空を舞い斬る。少女の刃圏は人ではなく竜の刃圏。逃げた者も逃がそうとした者も光刃に斬られ、爆ぜる。
ドゴドゴドゴーンッ!!
??? Lv71(竜人族:光属性の魔法使い)成長補正付与。
生命力:8900/9800 魔力:9900/30000
攻撃力:20000 防御力:9400 敏捷性:930 幸運値:2000
魔法攻撃力:280000 魔法防御力:30000 耐性:光属性
特殊スキル:??????
(竜人族……やっぱり、段違いに強ぇ)
(でも、それより)
召喚者の二人は、ねばっこい香りを放つ巨大花センペル・アウグストスを見る。
審判花センペル・アウグストス Lv150(花人族)
生命力:444444000/44444444 魔力:500000/500000
攻撃力:40000 防御力:40000 敏捷性:200 幸運値:0
魔法攻撃力:0 魔法防御力:6000000 耐性:闇属性
((え?生命力四千万超え?))
冷たい白色の花弁。
その中を走る生赤い光脈。
花弁の中心におしべとめしべは見当たらず、いるのは薄気味悪い微笑を浮かべたままの、花僕と花兵の主人。
追放聖皇オパビニア・メガテリウム。レベル200。闇属性の魔法使い。
誰にも隠すつもりなどなく、むしろこれ見よがしのステータスと肩書が、朱莉と晴音の目に突き刺さる。
超越聖皇オパビニア・アルスマグナ・メガテリウム
Lv200(花人族王にして現人神。闇属性の大魔法使い)
生命力:100000/100000 魔力:50000000/50000000
攻撃力:4000 防御力:50000 敏捷性:700 幸運値:1000
魔法攻撃力:99999999 魔法防御力:99999999 耐性:闇属性
特殊スキル:神技、神器召喚
((は?))
レベル200の花人族王。
闇属性の現人神。
(魔法攻撃力と防御力……ほとんど1億って……そんなのってありかよ?)
(聖皇!?しかもレベル200の、魔法使い……こんなの)
絶望するしかない。ありえない。
舞台の花。花に立つ演者。
いずれも異常なステータスの持ち主で、普通なら絶句するしかない。
それなのに……
「お姉ちゃん!そっちに51匹行った!」
「知ってるわ!そっちに向かっている47匹は任せた……間違えた。45よ。ちょっとそこの花2匹待ちなさい。今、私のおニューの鎧「月光」を見て笑ったわね。言わなくても分かるわ。問答無用。キシャシャシャシャって笑い声を私が聞き逃すとでも思ってるの?」
「お姉ちゃん!それ、仲間を呼んでいる叫び声!!」
「そうなの?そうよね。実は知っていたわ!いくわよ!!」
「鎮守の森」の八部族が新調した鎧「月光」二つは返り血を浴びながら、再び中の風人族の少女二人とともに消え走る。新調したフルーレ「白夜」とバトルアックス「皐月」は突撃兵を斬るのをやめない。
(この怪物たちの、圧倒的な数……)
「えっと~リバースタイガードライバーからの~ムーンサルトフットスタンプ~で~逃げられないのが~い~と~まきまき~」
下着姿に近い蛸人族は蛸足二本で相手を地面に叩きつけて上半身を砕き、残り二本で自身の身体を投げ飛ばす。宙を回転しながら蛸人族は別の花人族を頭から踏みつけて頭部を破壊し、両手の杭を相手の胴に突き刺す。そして着地と同時に高速回転。渦潮も重装歩兵を呑み込むのをやめない。
(いくら倒したとしても、その後に待ち構えているのは、レベル200の聖皇なのに……)
「ここは私も負けてはいられない!」
竜の変身を解いて人の姿に戻ろうと主の身体にフィットする甲冑型宝具「リュウノヒゲ」が一度消え、竜人族の少女は瞬時に竜となり羽ばたく爆風で敵と数千本の矢の勢いを殺す。勢いを殺せなかった矢はしかし竜の鱗を貫けない。長い尾が矢を叩く。たったそれだけの反撃で矢は持ち主たちのところへ戻り突き刺さる。
「踊れ擯斥されし久遠の花嫁!ライトリバーブルショット!!」
ドラゴンの姿のまま詠唱された魔法は宙に浮かぶ矢に電子を与える。電荷がそろった矢は反発し、一気に四方八方に飛び散る。このため四方八方を囲っていた飛行兵は串刺しになって墜落していく。
やはり、竜人族も飛行兵を刺すのをやめない。
((どうして、そこまでできるの……))
「それにしても解せぬ。汝らはふざけているのか?それとも単なる阿呆か?」
甲高い男の声が、審判花の上から零れる。
召喚者二人と同じことを、巨大花の上にいるオパビニアも思っていた。
「なぜ諦めぬ?なぜ武器を振り続ける?朕が既にすべての花兵を出したと思うておるのか?よもや朕を凌駕できると本気で思うておるのか?であるとすれば相当な虚け」
(((何が、四人を突き動かしている?)))
追放天皇オパビニアは収納魔法を再発動する。花香が充満する亜空間が禍々(まがまが)しい音を放ちつつ、空中に展開する。
「もうよい。飽いた」
おびただしい数の花人族の戦士が飛び出してくる。
重装歩兵ソクラテア・エクソルザ500体。
突撃兵ウルティカ・サンバルジーナ1000体。
飛行兵ケサラン・パサラン500体。
「良い余興であった。褒美として花僕とはせず、完全なる死を下賜せん。これにて全ての望みを捨てよ」
「やーだよ!みんなまとめてぶっ飛ばしてやるから!」
風人族クリスティナが血まみれの大斧をオパビニアに向ける。
強気を崩さない女の額の目が、ギョロリと右に向く。
「そうね。こんなチンチン言ってるチンチクリンの兵隊に負けるのは癪に障るわ。ところで話を半分しか聞いていなかったの。クリスティナ、込み入った話を翻訳して最初から話してちょうだい」
フルーレを振り、刃に付着していた花人族の体液を飛ばす風人族イザベル。
すっとぼけた女の額の目が、ギョロリと左に向く。
「外道クラッチ~は止めてブラックメフィスト~と見せかけてブレーンバスター」
風人族の双子姉以上に人の話を聞いておらず、しかもなぜかフェイントを覚えた蛸人族ソフィー。
敵を徹底的に破壊するその額の目が、ギョロリと上に向く。
「望みを捨てよだと!?追放、いや排斥聖皇よ!我らが諦めることは断じてない!!」
目元の汗をぬぐい、槍を構えなおす竜人族モチカ。
闘魂を燃やすその額の目が、ギョロリと下に向く。
「おほほほほ。ならば是非もなし。力の差に打ちひしがれて死に果てるまで朕が遊んでやる。……?」
〈敵……コッチニ来ル〉
その時、最初の召喚で未だ生き残る大量の花人族たちから届く思念波の一つに、オパビニアの意識が向けられる。
〈下ニ、敵、イル〉
《下?地下迷宮の中と申すか?像を直ちに映せ》
〈ソッチノ花モ、アッチノ花モ、燃ヤサレタ。コッチノ花モ、モ、燃エル〉
《先刻からあちこちで火が燻っておるのは地下に潜伏する輩の仕業と申すか》
苛立ちと興奮を抑えるため、オパビニアは無理に大きな笑みを作る。使い魔アベルを通して見ていた晴音が恐怖で身を固める。
《花僕たちよ命ずる。迷宮に再度潜り、その者を必ず探し出せ》
第三区画壁の破壊及び生存者の発見と殺戮を担っていた軽武装花人族が地下迷宮プロティベロに集結する。ソフィーのぶん投げた瓦礫を除去し、迷宮へと潜っていく。
花人族の脳と自身の脳が思念波を通じて直結しているオパビニアは迷宮に潜る花人族の赤外線探知に集中し始める。地上で暴れる亜人族女子四人へ注意を向けるのをやめる。
ァァァァ……
ウウウウ……
次々に燃えて消し炭と化していく花人族の死骸を乗り越えて、花人族たちが暗くない迷宮の通路を奥へ奥へと進んでいく。仲間というより分身は松明の役割を果たし、地上に匹敵するほど迷宮は明るい。そして暑い。
《どこにおる?》
熱探知では意味がないことを知ったオパビニアは地下にもかかわらず、花人族の可視光探知に切り替える。
花人族の異例が重なる。
女どもの意外が重なる。
花人族の死骸が重なる。
花の王の苛立ちが増す。
《どこにおる?》
迷宮内は冒険者や盗掘者を騙すため、幾重もの道が分岐する。花の王は自身を封印した場所から出口までの最短ルートは知っていても、全路を把握していない。よって花人族がこれから調べる。
捜索。
最下層へ到達することが目的ではなく〝敵〟を探すことが目的である花人族たちは次々に分岐点で別れて散っていく。
行く道の先も知らず、
〈熱イ……痛イ……花……〉
相手の正体も知らず、
〈花……火……嫌ダ……〉
花人族たちはただ孤立していく。
〈助ケテ……花…………燃……〉
そして、燃える。まるで暗闇を照らす焚火のように。
《そこはどこだ!?近くに誰もおらぬのか!おのれぇ、早く見つけ出せ!!》
オパビニアは審判花センペル・アウグストスの脚を杭打機の杭のように深々と地面に突き刺す。怒りの一撃で迷宮の一部が崩れる。
それでも断末魔のかすかな叫びが木霊のようにオパビニアの脳に響くのは変わらない。闇を照らす焚火を見つける花人族の画像が届くのは変わらない。
花人族の大隊を相手に奮闘する風人族も蛸人族も竜人族も眼中にない。己の精鋭部隊すら眼中にない。己の足下の審判花すら眼中にない。
あるのは、思念波で見る、弱々しい焚火の炎だけ。
(もしや、地下に居るこの輩が、あの徒花どもの糸を裏で引いておるのではないか?)
勘づいたオパビニアの苛立ちがさらに激しく募る。焚火の炎が空気を暖め、煙が揺らぐ。それがまるで、自分に向かって誰かが手のひらをひらひら動かしているように、花の王には映る。
(朕を、この朕を手のひらで踊らせるつもりか!)
古来、弄んでも、弄ばれることはなかった。
古来、自らの思い通りにならないことは全て制してきた。
今回も、そうする。そうでなければならない。なぜなら自分は至高の存在だから。
青筋を首に浮き立たせながら花の王はそう誓い、再び迷宮の襞の隅々まで敵を……
ズドオオオオオオオオ―――ンッ!!!!!!!!!!!!!!
「!!!???」
審判花テンペル・アウグストスが激しく揺れ、追放聖皇は初めて膝をつく。
(朕を、跪かせただと!?)
我に返ったオパビニアが初めて眉根を寄せる。怒りを超えた激情が全身を貫いたオパビニアは地下に潜る花人族との思念波接続を全て中断し、前方に意識を戻す。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……
「汝は何ぞや」
睨んだ追放聖皇の目線の先には、空気を焦がして燃え盛る、巨大な炎怪。
胴長より遥かに長い二本の触覚。審判花の長脚を優に超える長さが、燃える。
下向きについた瓜実のごとき頭部。降ってきた隕石を止めたように、燃える。
つぶらな複眼。全身の紅焔を映して燃える。
弓なりに曲がった柔い胴体。節々(ふしぶし)に灼熱の噴火口が覗き、燃える。
そして、飛翔を捨て跳躍に特化した六本の強靭な肢。外骨格に内包しきれない青い炎を乱舞させ、燃える。
(燃える虫だと?)
訝しむオパビニア。一方で、
「「「「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」」」」
限界を突破し血の汗を流してもなお戦い続けた風人族と蛸人族と竜人族が、笑みを浮かべて炎怪を仰ぐ。
(お待ちしておりました!!)
(ようやくお出ましね。あいかわらずすごい熱量)
(かっこいい~。お花をムシャムシャして~ボーボー燃やしてる~)
(この御姿どこかで……もしやカマドウマでございますか!?なんと猛々(たけだけ)しい!あっ、猛々しいとか言うとまたさっきのあのカチンカチンを思い出して、その……なんでもございません!!私は決して淫らなことは考えておりません!)
都市バルハチの中心を突如紅く圧迫する、炎。
「「……」」
第三区画壁上の一角。
炎を前に、息することすら忘れる召喚者二人。
永津朱莉と赤荻晴音の眼と心を埋め尽くす赤熱巨塊。
「「か、は、はっ、はぁ、はあ」」
思い出すようにして吸った空気は既に冷たくなく、花のにおいも既に消え、ただ熱い。
けれどそれは砂漠の熱風とは異なり、湿り気を帯びた、生き物の蠢く蒸し暑さ。
(形はベンジョコオロギ……そっくり)
怪物の姿を目に焼き付けているうちに、朱莉は山奥の祖母の家のトイレを思い出し、
(これは……ドウクツコオロギとも言うんだよって……)
晴音は異世界の図書館前の庭木を思い出す。
〝それ〟は、少し昔の便所の片隅で、捉えたゴキブリを生きたまま食らい、異世界の庭木の根本で、朽ちた果実を貪る隙に共喰いに遭っていた忌者。
〝それ〟が、目の前で、ひたすらに、燃えている。
((……))
全身が強張り、言い知れぬ恐怖に包まれる二人。
そしてその恐怖の先に、一人の少年が鮮烈に浮かぶ。
火と闇が融け合わさったような少年が。
ゴオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ……
「「「?」」」
(……何だと?)
オパビニアが見据えるカマドウマの頭部の上の炎がやや弱まり、人影が現れる。
(なぜそんなところに、花僕がおる?)
人影はさらに増え、全部で10体。
どれも頭をかち割るようにして花を咲かせ、その下の胴体は茎とも樹皮とも言えない色。
ある個体は棘付きの果実を持ち、ある個体は蔓を触手のようにうねらせている。
すなわち、花人族10体がカマドウマの上に立っている。
《戯け!!そこで何をしておる!!》
思念波を復活させ憤怒を花人族10体に飛ばすオパビニア。
「……」
花人族10体が首を同じ方向にかしげる。
〈見テ判リマセン?花ヲ食ベテイルンデス〉
「……」
10体の全く同じ返答に、刹那の間、オパビニアが絶句する。
巡らせていた思考が停止する。
けれどすぐに正気を取り戻して10体の花人族の視界に乗る。
花僕の視界には、確かにオパビニアが十通りで映っている。
困惑と怒りの入り混じった表情の、追放聖皇の顔がはっきり映り込んでいる。
(花僕の擬態ではない。では一体………朕が思念波を用いて花僕を操っていることを見破っていたというのか……)
オパビニアを映す花人族たちの視界がゆがむ。
(仮に見破ったとして、花僕の同調支配などできるはずがない。無限積複素変言呪を十九節も重ねておるのだ!解析も看破も不可能)
〈解析モ看破モ要リマセン。花人族ソノモノニ肉体寄生シテイルダケデスカラ。ソレトサッキカラ心ノ声ガダダ漏レテイマス。思念波ノ接続ナンテ切ッタ方ガイイデスヨ。花ノ兵隊サンハ操レナクナリマスケド〉
「………」
考えあぐねたオパビニアは審判花センペル・アウグストス以外の全接続を切り、再び自分に意識を戻す。
カマドウマに立つ花人族10体に目を凝らす。
(肉体寄生……油断した。とはいえ思念波による意思疎通はいつからあの輩に気づかれていた?まさか最初から?朕が花僕の意思を束ね彼奴らから集めた情報をもとに策を練っていることに、アレは端から気づいていたというのか?)
燃えるカマドウマの頭部、花人族の足元の炎が再び強まり、10体は苦痛に蔓をバタつかせながら、全身を炎に巻かれ、焼かれていく。
(共通意思を逆手に取り、賊は寄生した花人族を用いて偽の情報を朕に流し、指揮を誤らせたというのか?花僕だけでなく朕まで操られたというのか?あり得ぬ!朕を出し抜く法魔の使い手など現世に在るはずがない!朕はアルス・マグナ!闇を統べる現人神であるぞ!!)
業火は嘗め回すように花人族10体を焼いたあと、凝集し、一人の型を成す。
「おのれ……」
怒りで目を吊り上げたオパビニアが立ち上がる。
黒眼の中に浮かぶ白い瞳に、紅のチャンパオを着たノッペラボウが映り込む。
「賤しき異国の道化師よ。名を名乗ることを許そう」
「あいにくとあなたに名乗るつもりは……」
「「「「ノンキンタン様―っ!!がんばってーっ!!」」」」
「……」
「ノンキンタンと申すのか」
「はい。そうです」
黄色い声援のせいで、一瞬で名前がばれたノッペラボウが軽く会釈する。
(イザベル、クリスティナ、ソフィー、モチカ。本当にご苦労様。もう離脱する準備をしていいよ)
そのノンキンタンことナガツマソラが四人の仲間に思念波を送る。
「三つ」
(何を言ってるの?絶対イヤよ)
「はい?」
(なんでさ?)
(ノンキンタン様を置いてクリスティナ達だけで逃げるのなんて嫌です!ありえません!)
「三つ。道化よ。汝が知らねばならぬことが三つある」
(そんなこと言ったって四人とももうボロボロでしょ。最初から人命救助が目的だったんだから任務はお終い)
(ノンキンタン殿!そうであればノンキンタン殿だけどうして残ろうとなさるのですか?)
「なんでしょうかその三つとは」
「一つ。朕よりも高い所から物を申しておるということ」
「はい」
(残る理由って、そりゃあまあ、シンガリだよ。四人と外のギュイエンヌとコマッチモがちゃんと無事に逃げた後、俺はこっそり脱出するつもりだよ)
「二つ。朕に跪かせたこと」
「はい」
(ぼっちのノンキンタン様はイヤ~。ソフィーがノンキンタン様と二人ぼっちになる~)
(ありがとうソフィー。でも大丈夫。俺はこのオパビニアを少しの間足止めするだけだよ)
(そんなことを言って、本当は二度と起き上がれないようにブチのめすつもりなのね?)
(ノンキンタン様、この追放聖皇は超危険です!収納魔法を扱う、ノンキンタン様と同じ系統の魔法使いです。相性が悪すぎます!)
(うん、まあそうだろうけどさ、だからって俺以外にいないでしょ?ここでこんな、〝どうかしてるの〟を止められるのは)
(それはそうですが!どうして、よりによってノンキンタン殿が!)
「三つ。朕の前でいまだに面を隠したままでいること」
「はい」
(どうして?……さあね。俺はきっとこういう運星に生まれたんだ)
((((?))))
「聴いておるのか?」
(なんてね)
「はい。で、その三つがどうかしましたか?」
(君たち四人が必死に戦っているのを見たら、君たちを傷つけてヘラヘラしているアイツをぶっ飛ばしたくなっただけだよ。それくらい君たちは大切だから、手を引いて)
((((ノンキンタン様……))))
「何?」
(四人に命令する。君たちは〝ここ〟から少し離れた空域にいて、俺を見守れ。これは永津真天の厳命)
((((………承知しました))))
「不敬の極み!万死に値するということが解らぬか!!」
「ごめんなさい。正直に言うと興味がないので話をはじめから聞いていませんでした。面倒くさいから、最後に生き残っていた方を勝ちということにしましょう。口上も能書きも名乗りも脅迫も要らない。時間と人生の無駄。さっさとかかってきなよ。咲くだけ咲いて結局実を結べなかった落ち毀れの聖皇さん」
「………」
顔どころか全身に青筋を浮かべたオパビニアが未だ閉ざしていない亜空間に手を入れる。ゆっくりと黒い渦を描く亜空間から引き抜いた右手には石板のような書物がある。
「落ち毀れとは、朕に向かってよう申した。……斬首では済まさぬ。鼠攻めも、釜茹でも、水磔もぬるい!蝕花の苗床として未来永劫苦悶の獄鎖に繋ぎ留めてくれる!!」
「だから一々五月蠅いって。お前の声は耳にキンキン響くんだよ」
「!」
既に尋常ではない顔つきのオパビニアがすぐさま石の書ヒルデガルトを開く。
審判花のザトウムシのような巨体が激しく動き出す。
うねりながら迫る蔓を避け、イザベルとクリスティナ、ソフィーを背に乗せたドラゴン姿のモチカが急ぎ天空へ飛び立つ。彼女たちの額に植え付けられた瞳四つが全て、第三区画壁の上に立つ二人の召喚者を一度だけ捕捉する。
(せっかく初めに逃がしたのに、また戻ってくるなんて……)
赤髪ミディアムの、茨の刺青。
黒髪セミロングの、厚い眼帯。
「やれやれ」
ノッペラボウの少年は小さく苦笑すると、外の仲間も含めた六人の額の目を全て閉じた。
Meteor imber
Apertio




