第一部 公現祭篇 その十九
ぼくの人生は、
自殺したいという願望を払いのけることだけに、
費やされてしまった。
フランツ・カフカ
19. 蛸人族
シータル大森林。鹿人族ゴタルカの村マカディカ。
「最後に竜人族がここに来たのはいつ?」
長老マサユキ・サダナをつかまえて、俺は事情聴取を開始する。
「確か二日前のことです。我々ゴタルカの後にントゥム、ザンティオを回るとも仰っておりました」
マサユキ族長から聞くところによると、亀人族シノイ、鼠人族キスモス、鹿人族ゴタルカ、蝲蛄人族ントゥム、蛙人族ザンティオ、人間族タルパス、鰻人族アレオパ、蝸牛人族ヤクチャの順番に、わずかな竜人族が警告を告げに頻繁に訪れているという。
力ある種族の定めかもしれないけれど、竜人族の個体数は少ない。それに対し、ロンシャーン大山脈及びその周辺で暮らす人間族や亜人族は相当数いる。それを考えるとシータルの森に裂ける人員が少ないのは仕方がない。むしろ噴火のことをわざわざ森まで伝えに来てくれているだけでも感謝しないといけないと思う。
「伝えに来てくれているのは何ていう名前の竜人族か、知ってる?」
「ええもちろん。竜人族族長の姫様でモチカ・シンラ殿です。次期族長を期待されているだけあってその飛翔能力は大変に優れております」
「飛べるだけで部族の長は務まらないと思うよ」
苦笑して俺はマサユキ族長に返す。まあ、飛翔能力に優れているから遠くまでわざわざ伝達に来られるっていうのはあるかもね。
「おっしゃる通りです。一芸に秀でているだけでよいと言うのなら、我々鹿人族も立派な角や脚を持っているだけで長になれるというもの。大切なのは芸ではなく人望。この人についてゆきたいと思わせる何かを持っておるかでございましょう」
「まったくだね」
「そしてそれを主様は持っておられる。計り知れぬお力とともに」
「それはどうだろうね。俺はちょっと変わり者だから〝お力〟だけかもよ」
「そのようなことは断じてございませぬ……あっ、ちょうど竜人族の方々がいらっしゃいました!」
言われて俺は曇り空を見上げる。
限りなく白に近い金色の鱗をもつドラゴンを先頭に、四頭のドラゴンが大空を舞う。それらは激しい閃光を放ったかと思うと、俺たちのいる地面にふわりと降り立つ。人のような姿で。
「竜人族の皆様、このような薄暗い所へわざわざ足をお運びくださり誠にありがとうございます」
鹿人族の族長を含め一同が跪く。もちろん俺を除いて。
「……」
そしてそのことを良く思わないらしい、血気盛んそうな若い竜人族の一人がこちらを睨んでくる。
「貴様!ここにおわす方をどなたと心得るか!?竜人族の次期当主モチカ・シンラ様であらせられるぞ!」
時代劇の水戸黄門様みたいな紹介だ。異世界にもあるんだね、こういうのは。
「あなたがモチカ・シンラさんですね。このたびは……」
ジャキ!
跪かない俺が竜人族の姫君に自然に手を差し伸べると、たぶん用心棒も兼ねている竜人族の三人は握っている槍で通せんぼ。
【カマドウマ】
〔満杯〕〔流転〕〔呪解〕〔充力〕〔〔渦魔導魔〕〕
サー……
「「「「!」」」」
「俺はこの森の会頭を務めるナガツマソラといいます」
魔力素になって掻き消え姫君の真後ろに凝集。0・3秒。彼女の耳元に口を近づけて言う。2・1秒。ビクリとする姫君。槍の通せんぼからここまで2・3秒。刎姫モリガンの剣技を見た後だからかな。あくびが出るほど全てが遅く感じる。彼女ならこの時間内で166回は切断できている。
焦るボディーガードが槍を振るう。5秒。眠くなるほど遅いね。拡散と凝集を8回繰り返し元の場所に戻る。合計7秒。
「我らが会頭は、迷宮アルビジョワの最下層に潜り、シギラリア要塞を眠りから覚ました御仁。人の槍の届く道理などありませぬ」
余計なことを言わなくていいよマサユキ族長。そんなことはもう、十分にわかっただろうから。
「失礼いたしました。私はモチカ・シンラ。竜人族ヤオエの娘でございます」
モチカと名乗る姫君は深々と頭を下げる。
「こちらこそよろしく。そしてどうもありがとうございます。大変な状況にあることをみんなに教えてくださって、本当に助かります」
「いいえ。ロンシャーン噴火の危険を知らせるのは竜人族の使命ですのでお気になさらないでください。……それにしても、先ほどここの上空を通過中にすさまじい規模の魔力を感じたので、ひょっとしてと思い、降りてまいりました。あなたが噂に名高いナガツマソラ様ですか。聞けば風の塔ペニエルの星獣を斃したとか」
「星獣?ああ、そうでうね。そうらしいんです。実はよく覚えていませんけど」
「加えて風の大精霊フルングニル様すらつき従えるとは、まさしく初代聖皇クルクリオ・ユウェナリスの再来。畏れ入ります」
噂に名高いって誰がどこでどんな噂流しているの?ちょっと気になるんですけど。
そもそも俺は竜人族と接点なんてないのに、なんでこんなに俺のことをこの人は色々と知っているんだろう。まあミソビッチョからヤツケラに情報が伝わって、それが竜人族に広まっているんだろうね。分かってはいたけど、面倒なことになるから俺の情報についてはあまり広めないでよ。そうじゃないとほら、そこの用心棒たちみたいにバケモノを見る目に人が変わっていくから。
「どうでしょうね。初代の聖皇の代わりなんてなるつもりはありませんし、興味もありません。そんなつまらないことよりシータルの森のみんなに伝えている情報の詳細を教えてくれませんか?さっきから誰も彼も〝何か〟を隠しているみたいで」
集落の鹿人族に目を向ける。視線を向けられた者たちが急ぎ目線を外そうとする。
「はぁ。何も隠すようなことは伝えていないとは思いますが」
「そうだと思います。たぶんここにいるみんなは気を遣っているか、口止めされているだけなんだと思います。だよね?」
「「「「「………」」」」」
鹿人族に尋ねても、やはり下を向いて答えない。
「わかりました。我々竜人族が大山脈およびその周辺の人間族や亜人族に伝えまわっているのはロンシャーンの噴火の時期が近いことと、予想される噴火の規模及び湧き出る溶岩の流路です。噴火まではおそらく一週間を切っており、十八か所の予想流路のうち最大規模は山脈北東側にあるシータル大森林方面です。噴火の規模は経験則でしか語れませんが、万が一の場合、大森林の中心にあるアルビジョワ迷宮すらも火砕流などで飲み込まれる可能性は否定できません」
肌に触れる空気がねっとりとする。湿気のせいかどうか、俺以外の亜人族の肌を汗が流れ落ちる。
「そうですか。それで、本当にそれだけですか?」
森で暮らす八部族はアルビジョワ迷宮の奥のシギラリア要塞に全員残らず避難させて、迷宮と要塞は俺が全魔力を使用して死守すればいいだけのこと。この森だけなら、本気になれば火砕流と森林火災ぐらいなんとかできる。別にそれは問題じゃない。
「それだけって……正確にはもう一つ、噴火の規模を最小限にする方法も伝えました。もっともこれは聞かれた場合にしかお教えしておりません」
「最小限にする方法?」
「はい」
俺の頭の中の火砕流と森林火災が突如闇に消える。そんな魔法みたいな……俺が思っていいことじゃないよね。
「このシータルの森で、あなたはその〝最小限にする方法〟とやらを誰かに聞かれましたか?」
「ええ。ナガツマソラ様にお仕えしているという、その、申し上げにくいのですが、屍鬼のような外見の方々にしつこく尋ねられました。アレはまさか本当にリッチーなのでしょうか?」
ミソビッチョ……ファラデーたちがやっぱり。
「まあ似たようなものですが、人に害を加えるような連中では決してありませんので心配いりません。彼らの外見や能力については、今はどうでもいいです。それよりリッチーたちはしつこく方法を尋ねたんですね?」
「はい」
「それであなたは彼らに教えたんですか?」
「もちろんです。ですが聞いても仕方のない内容なので、我々としてはさほども気にして……」
「どんな方法ですか?」
嫌な予感がする。俺は姫君に詰め寄る。
「貴様!姫様が話してくださっているところをさえぎるとは何事か!?」
「それ以上近づくな!」「分をわきまえて離れよ!」
【カマドウマ】
〔〔満杯〕〕〔流転〕〔呪解〕〔充力〕〔渦魔導魔〕
ガシャンッ!!
「「「!!」」」
わずらわしいから、姫君とかいう竜人族以外の武器防具すべてを魔力素注入によって破壊する。そう。そうやって凍り付いて蒼ざめていればいい。今の俺はおそらく苛立っている。だから余計な奴はしゃべるな。
「三人とも、下がっておれ」
汗が頬を伝う竜人族の姫君が、うろたえる三人の用心棒に言う。
「ずばり、生贄です」
「生贄?」
「噴火は数百年に一度。その噴火に際して、山に古くから設けられている祭壇に生贄を捧げれば火山災害は最小限に食い止められると、我々竜人族の中では語り継がれています。しかしそのような嘘か真か分からぬおとぎ話を信ずるほど我々は幼稚ではございません。あなたほどの大魔法使いがかような秘術を行使するというのならともかく、ただの生贄を一人捧げるだけで大噴火が鎮められる道理などあり得ない……ナガツ様?」
間違いない。そういうことか。
「その生贄というのはもしかして、蛸人族じゃないよね?」
「その通り蛸人族でございます。なぜお分かりになられたのですか?」
「ふぅ………リッチーたちに伝えた内容を一字一句正確に教えてもらえませんか?」
俺の交感神経は既に勝手に「ファイア」を唱え始めている。青みを帯びた炎が結合組織からあふれて、俺の体表を乱舞し始める。竜人族の丸腰用心棒が腰を抜かす。鹿人族が震えながら泥にひれ伏す。困った。
「わ、わかりました。そのままにお伝えいたします。……古来竜人族には伝承がある。ウマヤトク神殿に海の王種たる蛸人族を捧げよ。さすれば神は怒りを鎮め、火の光は鳴らず、火の岩は飛ばず、火の河は流れぬ。このように、リッチー達に伝えました」
「ありがとうございます。ちなみにウマヤトク神殿は山脈のどの辺にありますか?」
「それは……」
火の爆ぜる音がする。俺の体からか。本当に困った。
「教えなければ殺す、でしょうか?恐ろしい圧ですね。……山脈南西側の斜面にあるとしか私は知りません」
「で?」
重く沈んだ静寂の中に、灼熱の息を俺はゆっくりと吐く。
「…………詳しい場所を知っているのは族長のみです」
「そうですか」
熱気が肌を炙る。外側からではなく、内側から。どうしよう。困った。
「お教えください。今、あなた様は何を考えておられますか?」
こんなに腹が立ったのは初めてかもしれない。……いや、否。
「さあ、何も考えていませんよ」
あノ時以来かモシれなイ。あの闇医者……もウ一度ぶち殺シテヤりたイ。
「我らが族長を亡き者にするおつもりですか?」
「相手の返答次第です」
「っ!」
「嘘ですよ。誰も殺めたりしません。本当です。どうぞ気にしないでください」
俺は副交感神経に命じる。冷静さは俺の売りだ。いい加減、火炎を鎮めろ。
そう、それでいい。
「色々と情報を提供してくださってありがとうございます。では」
【カマドウマ】
〔満杯〕〔流転〕〔呪解〕〔充力〕〔〔渦魔導魔〕〕
サー……
「お待ちください!」
「なに?」
「マソラ様は神殿の場所を知ってどうなさるおつもりですか!?蛸人族という海の王族種がいなければそもそも生贄を奉ることはできませぬ。そして蛸人族など世界中どこを探しても都合よく現れることなどまずありませぬ。彼らは深い海の中で用心深く身を隠し、驕り高ぶる愚かな者たちを船もろとも藻屑にする亜神族です!」
「そうですね。物の本にもそう書いてあった。どこにもいるはずないですよね」
「まさか海に潜ってお探しになるおつもりでしょうか!?」
「海から探したりなんてしません。貴重な情報、どうもありがとうございます。それとゴタルカのみんな」
魔力素に霧散する前に、宙に舞う生首だけになって俺は鹿人族の面々に目を剥く。マサユキ族長も含めソロソロと上がってきていた鹿人族の顔という顔が再び地面にこすりつけられる。角が泥に深々とめり込み、折れる。
「この竜人族の人たちが心配するようなこと、言わないでね」
わざと曖昧な警告をして、掻き消える。土下座する鹿人族に竜人族が詰め寄るのを見届けて、俺はシギラリア要塞に戻る。
要塞地下210階。シルバーハウス執務室。
ドンッ!
「ぐあっ!」
俺は背中から伸ばした銀の蔓でファラデーの胸倉をつかんで壁にたたきつける。他のミソビッチョたちはおろおろ怯えてこっちを見ている。
「ソフィーの生贄の件、どうして黙っていたの?」
「も、申し訳ございません!申し訳ございません!」
コマッチモがこっちに慌てて近づいてくる。悪いけど今は機嫌が悪いから寄ってこないでくれるかな。俺は、お前だって容赦しないよ。
「どうか信じてください!全ては、マソラ殿のためです!」
「それはどういう意味?」
ファラデーを壁から下ろす。
「はぁ、はぁ、はぁ……もし蛸人族の生贄の話をマソラ殿に申し上げれば、マソラ殿はきっと御自身のみでロンシャーンの噴火をどうにかなさろうと動かれるはず!」
「……」
「しかしあの活火山の超巨大噴火を止められた者は古来誰一人としておりませぬ!初代聖皇クルクリオ・ユウェナリスすらそれは叶わず、生贄という代償を払うしかなかったのでございます!そのような危険な場所へマソラ殿が赴かれ、もし万一のことがあったならば、私は耐えられません!!」
「……」
「それであれば、私はマソラ殿をお守りするためにいかなる犠牲も払います!ソフィーという若き娘には顔向けも弁明もできませんが、マソラ殿の命には代えられませぬっ!!彼の者及び遺されし者の抱く恨み辛みは全て私が背負う所存でございます!ですからどうか!どうかこのたびは私にお任せくださいませ!!いかなる処罰も賜りますのでどうか!どうか!!」
ファラデーが泣きながら土下座をする。その姿に打たれたのかどうか、他のミソビッチョたちも同じように深々と土下座をする。
俺は銀の蔓を束ねて翼に戻す。剣呑な空気を回収する。
「なるほど、そういう考えで報告しなかったんだね。よくわかった」
「マソラ殿!!」
ファラデーが首を上げる。硬い鉱物でできた地面に頭を叩きつけたせいで顔面中に亀裂が走り、黒い血液がにじんでいる。
「大規模噴火は誰にも止められない。けれど規模を縮小する方法はなくはない。一方で俺はそれが気に入らず、死を顧みず噴火を止めにいこうとするかもしれない。だからそうなる前になんとかしたい。なんとかしたかった。できれば俺がペニエルの塔から帰って目を覚ます前に蛸人族の生贄を使って噴火が大事にならないようにしたかった。なるほどね。官僚らしい考え方だ。正論だし常識的だ」
俺はひざを折り、ファラデーの顔面の亀裂に触れる。俺の魔力素で構成されてしまった魔獣だ。俺の魔力素で魔獣の傷は再生する。
「マソラ殿!ではご理解いただけたのですね!?」
「うん。だけどソフィーには申し訳ないから、せめて俺がウマトヤク神殿まで送るよ。悪いけれどこれは譲らない」
俺はファラデーの傷口を指でなぞりながら言う。
「マ、マソラ殿。本当に送るだけでございますか?」
「なに?」
なぞる指を止める。目の前の眼窩の闇に浮かぶ光を凝視する。回収したばかりの殺気を四方八方へぶちまける。
「お前はまだ、俺を、疑うの?」
「いえ……いいえ。疑ってはおりませぬ!」
眼窩の光が震えて定まらない。ファラデーの頭蓋骨を掴んでそれを止める。
「俺を見ろ」
「はい!」
「俺は死にたくない。だからソフィーに死んで来てもらう。それでいいよね?」
「え……ええ」
「コマッチモ」
俺はコマッチモに声をかける。コマッチモはじっとこっちへ体の前面を向けている。
けれど俺は逆にコマッチモへは顔も目線も向けない。
「神輿部隊を招集して。武装は最低限に。なるべく軽装で準備させて」
俺は目を伏せる。ファラデーの傷の治療を再開する。
「これから〝ぼっち〟を神殿に連れていく」
「………」
ピョンピョン。
コマッチモが静かに、執務室を出ていく。
「そう言えば頼んでおいた魔導書はある?」
傷を癒し終えた俺はファラデーに尋ねる。
「え?あ、はい!もちろんございます!水の魔導書でございますね!?」
「そうそう。道中暇だから本でも読んで過ごしたいんだ」
「承知いたしました!今すぐにお持ちいたします!」
「それと念のために八部族の避難誘導をお願い。噴火が最小限になるのならアルビジョワ迷宮の奥に連れて行けば大丈夫だと思うけれど、場合によっては横穴を掘って火山から遠い森の北西域に逃がすかもしれないから地盤の調査と掘削の準備もしておいて」
「承知いたしました!!」
ファラデーを始め、ミソビッチョたちがあわただしく動き出す。俺は執務室を出て、ソフィーのいる階層へ移動する。
「こんにちは~」
「こんにちは。早速だけど、出かけるよ」
緑のロングヘアーをなでながら俺はソフィーに言う。
「どこへですか~?」
「ウマトヤク神殿」
「え!?……マソラ様~なんで知ってるんですか~?」
無垢な青い瞳が驚いて見せる。自分が生贄に捧げられる場所までミソビッチョに知らせているのに逃げないのか、この子は。
「竜人族から教えてもらったんだ。場所はよくわからないけれど、たぶん竜人族が道案内をしてくれると思うから大丈夫だよ」
「は~い」
状況を理解しているのかどうか分からないほど明るい返事をソフィーからもらい、俺はシギラリア要塞を転移装置でソフィーと一緒に出て、地上に出る。そこには既に神輿部隊ニーヤカが待機している。コマッチモがいる。そして予想通り竜人族がいる。
「ご案内いたします」
最初に鹿人族の村で出会った時よりさらに表情が硬くなっている族長の娘モチカ・シンラ。そう言えば、供回りの用心棒がいない。〝持ち合わせ〟を壊したから怒っているのかな。
「お連れの方は一緒ではないのですか?」
「神殿の場所は族長とそれを継ぐ者以外には知られてはいけないのが掟なので」
「そうですか。でもそれだと俺たちにもその場所は知られてはいけないということになりませんか?」
「残念ながら、その通りです」
竜人族の魔力素の流れが激しくなる。……場合によっては俺とその槍で一戦交えるつもりかな?
「つまり、蛸人族だけ渡せってことですか?」
「そういうことに、なります」
「なるほど」
違うな。俺と差し違えるつもりだ。シータルの森の中に、竜人族が八人隠れている。……イザベルやクリスティナの前例もある。モリガン召喚みたいに王族にしか伝わらない秘技なんて物があると面倒で厄介だ。それに時間がない。
「では道案内は結構です」
「?」
俺はニーヤカを見る。
「神殿にされる場所だ。魔力素の気配は他と違うはず。俺が見つけるからとりあえず山の西側の斜面をくまなく走ってほしい。死ぬギリギリまで」
真剣な表情のニーヤカがさらに表情を引き締めて頷く。
「お、お待ちください!」
「ごめんね。あなたたち竜人族と争う時間が惜しいし、第一あなたたちの掟に従う掟は俺にないんだ」
笑顔を浮かべ、優しく、冷たいソフィーの両肩に手を置く。ソフィーの冷たい手が俺の手に乗る。ソフィーと目を合わせた後、俺は槍の姫君を見る。
「俺が連れていく。邪魔するなら今度はその無双槍ミーティアじゃなくて、あなたの細胞を粉砕するよ?」
「どうしてこの槍のことを!?」
「既にその槍に触れたから。俺が触ったことにも気づかないほど君はトロい」
トロいというのは嘘で、話している最中に銀の蔓をそっと地中に忍ばせて彼女の宝具に触れたから分析ができた。要するにトロいじゃなくて俺がセコいだけ。
「分かりました」
姫君は観念したご様子。こういう堅物とはできるだけ関わりたくない。
「でしたら、蛸人族とあなただけなら特別にこの背にお乗せしま……」
「コマッチモ、ソフィーも包んで」
融通の利かなさそうな竜人族の姫君をガン無視して俺はソフィーと神輿に乗る。神輿の上で俺とソフィーはコマッチモの体内に飲み込まれる。神輿が持ち上がる。
「お待ちくださいナガツ様!!……まったく!」
竜人族がドラゴンに変身する。けれど死ぬほど興味がないので俺はソフィーの表情だけを見つめる。
「怖いかい?」
蛸人族の青い瞳に、桃色の唇に、魔力素に、そっと尋ねる。
「ぜんぜ~ん。怖くないで~す」
俺の表情が曇りか雨なら、ソフィーの表情は晴れ……なんでだろうなぁ。これから死ににいくっていうのに……。
「じゃあ出発しよう。コマッチモ。担ぎ手に伝えて。「場合が場合だ。この間のラクダ相手の時みたいに〝モタモタチンタラ〟歩く無様な真似はしないでね」って」
俺の合図でコマッチモが神輿を担ぐ八人に号令を送る。歯を食いしばった白眼の八名の魔獣の体から湯気が幾筋も上がり、筋肉が肥大化し、ギシュギシュと蠕動運動を始める。
「「「「「「「「はあっ!!!!!!!!」」」」」」」」
爆音とともに森の中を超速で神輿が移動し始める。
「な!?なんという速さ!」
空を舞い上がった竜の姫君の声がはるか後ろから聞こえる。
「コマッチモ、ニーヤカ十六名に連絡を。どれだけ速く走ってもあの竜人族には追い抜かされる。それで構わない。後は焦る彼女を追うように走れと指示して。あと、森に隠れていた八人の竜人族についての情報は俺に入れなくていい。どうせ姫君を追って移動する。かわりに八部族の族長に連絡を。「万が一村に竜人族が訪れた場合、「八部族を害するような真似をしたらナガツマソラが竜人族ごと絶滅させる」と言え」と」
そこまで言って、俺はファラデーからもらった水の魔導書を手に取る。邪魔な固い表紙を引き裂いて神輿の床に置く。
パラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラ………
「マソラ様~ご本で~何しているんですか~?」
お尻の少し上から生える四本のタコ足をクネクネさせながらソフィーが聞いてくる。
「ん?読書というか観賞。もう終わったから気にしないで」
ページをめくり終えた本の中身も置く。一番上のページだけ千切る。
「それより何かお話して」
ソフィーの真正面に座った俺は魔導書で折り紙を始める。
「はい。鶴のできあがり」
ソフィーの掌にツルを乗せる。
「すご~い。ツルってなんですか~?」
「空を舞う鳥だね。あんまり美味しくなかったけれど、きれいな白い鳥だよ。自分の羽を使って着物を編んだりするお話が、俺の世界にはあったね。罠にかかって苦しんでいたところを助けてくれた人間の男に恩を感じて、ツルは女に変身して男と結婚したんだ。だけど、変身を解いてツルに戻り、男のために着物を編んでいるところを男に見られたから、空に戻って行っちゃう悲しい話なんだ」
俺は背中から伸ばした銀の蔓をソフィーのタコ足の真似をして束ねて、彼女のタコ足の先と絡めあう。
「そうなんですか~。でもどうして~本当の姿を見られたら~空に戻るんですか~?」
「そこが難しい所だね。きっと裸になるより恥ずかしかったんじゃないかな」
言って、俺は別に千切った魔導書の紙で折り紙を続ける。
「そうなんですか~」
「それとも掟かな?だとしたらくだらないね。ツルが飛び立つ前に男は何かできたんじゃないのかな」
銀の触手をタコの触手にさらに絡める。俺の魔力素を感じ普通なら恐怖で凍り付くべき時に、くすぐったそうに笑みを浮かべるだけのソフィー。
「今度は何ですか~?」
「これはウサギ。さっきまでソフィーがいたシギラリア要塞ではウサギの養殖に成功しているんだ。ウサギはとても美味しいよ。俺の世界にはサメをだまして体の毛皮を剥がれるお話があるんだ」
「それは痛そ~」
「どうしても海を歩いて渡りたかったっていう事情があるとはいえ、サメをだました報いを受けたみたいだよ」
「サメさんは~悪い魚じゃないですよ~。いつも海の中で~目と歯の話を~してま~す」
俺は銀の触手を退いていく。けれどそれを、タコの触手が、追いかけてくる。
死を、闇を、追いかけてくる。
「海の中の話を聞かせてよ」
「いいですよ~。海には~たくさんのお魚さんがいて~……」
俺はソフィーの話を聞きながら、千切った魔導書の紙で折り紙を続ける。それを手に取り珍しそうに見ながら、ソフィーは海の世界を語り続ける。そのソフィーと俺を載せた神輿が新幹線並の速度で森を駆け抜ける。ニーヤカの技術とコマッチモの能力が神輿をファーストクラスに変えてくれるおかげで、乗り心地はとてもいい。
「お魚さんが~どんどん~いなくなったんで~す」
ナメクジの交尾のように銀の触手とタコの触手を絡めあわせながら、ソフィーが哀しげに言う。
「どうして?」
「陸で暮らす人たちが~たくさ~んお魚をとったからだ~って長老様は言ってました~」
人間族及び亜人族による魚の乱獲と使用済み魔道廃棄物の投棄によって海生生物が激減したという。そして魚の窮状を憂えた魚人種たちが魚人種の王である蛸人族に相談した。
「蛸人族の長老様にソフィーはなんて言われたの?」
「お魚さんが~減るのはかわいそうだから~お魚を獲る人を~懲らしめなさ~いって」
「どうしてソフィーが選ばれたの?」
「ん~……わかりませ~ん」
「ソフィーのお父さんとお母さんはソフィーが行くことを止めなかったの?」
「ソフィーには~お父さんも~お母さんも~いませ~ん」
「なるほどね」
身寄りのない蛸人族はこうして都合よく抜擢され、オルファス王国の北の海を中心に大暴れをしたらしい。
しかし、魔法使いがそこへ現れた。
「すご~い水の魔法を使う人~。と~っても強かった~」
大暴れする巨大海獣を海ごと凍らせる魔法使い。そんなバカげた力をもつ大魔法使いによって、止めこそ刺されなかったが弱りきったソフィーは結局その後浜に打ち上げられ、現れた冒険者たちによって捉えられ、呪いをかけられる。
「その場で殺されなくてよかったね」
「売れば高いから売る~って言ってた」
「なるほどね」
ギルドランクの高い冒険者だったのだろう。「巫女グロアの涙蝋石」なんて中級魔道具ではなくもっと悪質な上級魔道具「鎧翁メティスの百足髪」を体内に植えつけられたソフィーは殺されることなく奴隷として売りに出される。とんでもない高額でそれを買い取ったのが、オルファス王国に来ていた諜報部のミソビッチョたちだったらしい。
「そうだったんだ。ごめんね。ソフィーの事情なんて全く知らなかったよ」
「気にしないでくださ~い」
「今からどこかに逃がしてあげる」
「大丈夫で~す」
四本のタコ足が急に俺の銀の触手から離れていく。
「大丈夫じゃないよ。だって考えてごらん。魚を守るためにソフィーだけが犠牲になって、今度は森の人たちを守るためにソフィーだけがまた犠牲になるんだよ?」
「みんなの役に立てるから~それでいいで~す」
「……そっか」
俺は銀の触手を蔓に戻す。
いつの間にか景色が変わっている。森をどうやら抜けたらしい。黄金のドラゴンが山の中腹を旋回している。そこを目指してニーヤカたちが駆けていく。コマッチモの体から銀の蔓を数本外に出し、血の汗を流して走るニーヤカたちの脊髄に突き刺す。魔力素を注入する。雄たけびとともに速度が上がる。今度は山登りだ。使う筋肉が少し変わるよ。燃えろ(ファイト)。燃えろ(ファイト)。
「あそこが神殿ですか~?」
「そうみたいだね」
死骸にハエがたかるように、竜が穴倉の近くで舞って待っている。
「送ってくださり~ありがと~ございました~」
「まだ送り終わっていないよ。それとほら、今度はイヌが完成したよ」
「マソラ様すご~い。紙で~なんでも作れるんですね~」
「さてどうかな。作れるかどうかは分からないけれど、俺は何でも作るつもりだよ」
そう、何でも。何が何でも。
「到着いたしました」
コマッチモが俺を一度吐き出すと、ニーヤカの一人が声をかける。
「ありがとう。とても速くてすごく快適だったよ。最初は挑発してごめんね」
血の湯気を上げる十六人に銀の蔓を再び突き刺しながら礼を言う。
「いいえ。主殿の意にそぐわぬ神輿など不要。我ら一同、いかなるご要望にも応える所存です」
魔力素充填完了。血の湯気が静まり、汗が退いていく。そこへハエのように空飛ぶ一匹のドラゴンが降りてくる。軽装と言ったのに、神輿部隊十六名が腰から獲物を取り出す。へぇ。俺の気持ちにぴったりの獲物で、笑える。
全員鉄火箸。
つまり鍛冶場で使う大型の鋏。
地獄の鬼が罪人の目玉と舌を引き抜く道具。頑丈な何かを挟んで思い切り引き剥がしたいみたいだ。例えば竜の鱗とか。
「まさか、竜人族以外の方々にこの聖域を知られることになる日が来ようとは思いませんでした。本来の掟であれば人間族亜人族を問わずこの後は……」
〝ハエ〟が何か言っているのを俺は無視してソフィーを神輿から下ろす。
「あ、ごめん。胸に手が当たっちゃった。わざとじゃないからね」
「大丈夫ですよ~マソラ様なら~いつでもさわってくださ~い。ふふ」
ヤットコを握って立ち上がった神輿部隊十六名が筋肉に血管を浮かせ首の骨を鳴らす一方で、俺に無視されていることに気づいた〝ハエ〟は黙す。光を放ち、人型になる。
「ここから先が神殿になります。しかしながら人の身では持たぬほど高温かつ有毒のガスがあふれる場所です」
立場を理解した竜人族の姫君モチカがようやく、必要なことを説明する。
「じゃああなたが奥まで案内してくれるんですか?」
「神殿の中への立ち入りは掟により禁じられております。ですのでここは……」
「コマッチモ。ソフィーを包んで。今度は俺が運ぶよ。ニーヤカはここで待機。……ただし〝誰か〟が〝何か〟してくるようなら、〝何でも〟していい」
「承知いたしました」
「お待ちくださいナガツ様!そのようなお姿のままで……」
掟、掟って馬鹿の一つ覚えみたいにくり返す竜人族を無視して俺はソフィーを包んだコマッチモを抱きかかえる。「火車」で洞窟の内部に向かう。
光は一切なく、暗い。
温度93℃。湿度204%。
加えて一酸化炭素と硫化水素が充満する窟内を飛行しつつ奥へと飛んでいく。タンパク質が変性し、皮膚が焦げる。肺が爛れる。脳が茹だる。眼球が破裂する。神経が燃える。そしてそれらを瞬時に再生する。そうかと思えば433℃の水蒸気柱が突如吹き上がり俺の背中に直撃する。また崩壊。そしてまた再生。動的平衡を保つのは大変だ。
「マソラ様~大丈夫ですか~」
「うん。平気だよ」
あれ?
さらに奥に進むにつれて、温度が低くなっていく。
湿度も有毒ガスも減っていく。……かわりに、魔力素の気配が濃い。
「ふ~ん。なるほどね」
見たことのない魔道具が壁にいくつか設置されている。……隻眼鬼の戴冠石。へぇ、ゼオライトみたいに色々と吸着してくれるのか。設置場所を境にして周囲の環境が徐々に地上に近づいていく。
「ようやく〝鳥居〟は抜けたかな」
「トリイって、何ですか~?」
「ん?鳥居はね、神社っていう特殊な場所の入口にあって、「ここまではソフィーの知っていた世界だけど、こっから先はソフィの知らない世界ですよ」っていう目印のこと」
「私~ここ最初から~全然知りませ~ん」
「そうだったね。言い方が悪かった。鳥居の手前までは、怖がらなくてもいい世界。でも鳥居の先は「怖がってくださいね」っていう世界。こんな感じ。分かるかな?」
「よく分かりませんけど~なんか怖いで~す」
コマッチモの中で四本のタコ足が俺の顔に近づいてくる。
「大丈夫だよ。俺がいるから」
「は~い」
魔道具「隻眼鬼の戴冠石」を越えて先に行く。やがて黒の世界が赤まる。マグマ色の光が亀裂のような筋模様を幾重にも作り、大きな洞窟の壁面を縦横無尽に走る。獣の唸り声をさらに低くしたような風の音が穴全体を小さく震わせる。
見るからに熱そうなのに、温度は低く、快適になっていく。
「どうやらここが祭壇のある場所みたいだね。空気も問題ないらしい」
ウマヤトク神殿。その奥に続く洞窟の果て。
巨大な赤い空間が俺たちの前に広がる。
三百メートルほど前方には今にも崩壊しそうにひび割れた巨壁がある。そしてその壁の前には白く光る円形の魔法陣が浮かんでゆっくりと回転している。魔法陣に書かれた言葉は神語を崩したような奇妙な文字。解読できない。その魔法陣を下から見上げるような位置に、黒曜石のように黒光りする直方体の祭壇がある。
「何か置いてあるね。何だろう」
俺は抱きかかえていたソフィーを下ろす。ソフィーの体を包んでいたコマッチモがソフィーを解放する。俺はソフィーの手を引いて祭壇に近づいていく。その後ろをコマッチモがついてくる。
「……杭?」
「おっきなクイですね~」
黒い祭壇には銀色の杭が四本、置いてある。杭の頭には縫い針の針頭のように穴が開いていて、杭を銀色の鎖がつないでいる。
俺は気になって手に取ってみる。
カマドウマの能力のおかげか、触れれば鑑定スキルの真似事みたいなのはある程度できる。手で触ったものはだから名前が表示され……
「あれ?」
この世界に来て初めてだ。触ったのに目の中の画面表示でアイテムの名前が「?????」になってるのは。俺の銀の蔓でも分からないってどういうことだろう。やっぱり分からないことはいくらでもあるってことか。残念。
「それ~ソフィーも触ってみたいで~す」
さっきから俺の体にタコ足の先でチョンチョン触れてくるソフィーが言う。
「……そうだね」
俺はソフィーに杭の一本を取り上げて渡す。その細い手が杭に触れる。
「………………」
「どうしたの?」
ソフィーの手から、杭が落ちる。
「………………」
ソフィーの瞳孔が大きく開く。開いたまま動かない。呼吸が止まる。心臓の鼓動が消える。体温が急激に下がる。魔力素の流れが完全に消える。嘘……嘘でしょ?
「ソフィー?ソフィーッ!?」
杭を捨ててソフィーを抱きしめる。
タコ足が力なく地面に投げ出される。俺は銀の蔓を背中から展開する。今すぐソフィーに突き刺して全身の臓器と魔力素分布を調べれば……
「あったかいで~す」
「え?ソフィー!?」
ソフィーの体に急に熱が戻る。魔力素の流れが微弱に立ち上り、ようやく元に戻る。
「よかった」
ソフィーの鼓動を感じる。呼吸を感じる。唇の動きを感じる。
「あの~マソラさま~恥ずかしいで~す」
ソフィーの腰のタコ足がゆっくり動き出す。
「死んじゃったかと思ったよ」
「えへへ~、マソラ様の言ってた~怖い世界に~ちょっと行ってました~」
「そっか。でも戻って来られて良かった」
「マソラ様~」
「どうしたの?」
「その杭のこと~分かりました~」
「そう」
「トライデントって~いうんです」
「そっか」
「蛸人族がそれを使って~そこの壁に穴をあけるんです」
「……そう」
「そうすると~ここを通って~ガスのほとんどが抜けて~マグマは山の外をゆっくり流れるよ~って、さっき~言われました」
「誰に言われたの?」
「その杭が~言ってました~。〝みんな〟そうやって~噴火を鎮めたよ~って」
「そ……分かった」
俺はソフィーを腕から解放する。「抱きしめられちゃった~」と言ってソフィーは頬を赤くしている。俺はそれを無視してトライデントを拾う。
神竜牙の杭トライデント――。
目の中のアイテム名には今度、しっかりとその名前が刻まれている。そして長々と説明が続く。
〔神竜牙の杭トライデント〕
【解説】ロンシャーン大山脈の噴火被害を最小限に食い止めるべく創出された最硬杭。初代聖皇クルクリオ・ユウェナリス(贈り名:アルビジョワ)が神竜ガンカレキの牙を切り出し加工した穿工具。四本の杭カシオペア、デネブ、ベガ、アクトゥルスが鎖によって束ねられている。蛸人族のみ杭の真の力の解放が可能。杭は溶岩に飲み込まれても溶けない耐熱性と封印陣及び岩壁を砕く耐衝撃性、耐久性を備える。蛸人族の固有スキル「変身」とともに杭は本来の姿に戻る。その際、鎖は消えて四本の杭のみが姿を現す。なお蛸人族の「変身」前の状態において杭を結ぶ鎖は断ち切られても杭が鎖を再生させる……
ドスンッ!!
イラついたので読むのをやめて祭壇に杭を突き刺す。
コマッチモ。ちょっと頼みがある。
「マソラ様~?」
「なに?ソフィー」
「私~ここに残りま~す」
青い瞳をこちらに向け、透き通るような微笑を浮かべる、緑のロングヘアー。
「何のために?」
「あのピカピカクルクル回るのを~それで壊しま~す」
言って、ソフィーは祭壇に突き刺した杭と残りの三本の杭に四本のタコ足を伸ばしてくる。
「そしたらどうなるか分かってる?」
「熱いドロドロが~ゴオオ~って流れてくるって~トライデントが言ってました~」
「そしたらどうなるかもトライデントは言った?」
「は~い。みんなが助かるって言ってました~」
「そっか」
俺はニコリと笑う。そして俺の体の左右を四本のタコ足が通過していく。
「じゃあここでお別れだね」
「は~い」
「今まで色々お話してくれてありがとう」
「こちらこそ~ありがとうございました~」
「ソフィーに会えて本当にうれしかったよ」
「本当ですか~?それはとってもうれし~です」
「うん。じゃあ元気でね」
「は~い」
バシバシバシバシッ!!
四本のタコ足を、銀の蔓を束ねた触手四本で叩く。
「!?」
「コマッチモ。ソフィーを連れてここを出て」
「………ほぇ?」
「どうしたの?」
困惑した表情の少女に、俺は微笑を送る。
「あの~私がここに~残ります~」
さまよう四本のタコ足。
「何のために?」
「穴を~あけるためで~す」
「いいよ。それは俺がやるから。ソフィーは穴の外に出て好きな所に行ってよ。そして俺の分までちゃんと生きて」
「……ダメです。そんなの」
「どうしてさ?言っておくけど、俺はこう見えても魔法を壊したり創ったりするのが得意なんだ。封印陣だがなんだか知らないけれど、こんなものくらい破ってみせるよ。実はさっきからずっと解析していたからこんなナマクラ杭なんてなくても破れる。だからソフィーはこんなところで死ななくていいよ」
「ダメですっ!」
タコ足四本が地面を激しく叩く。
「それは、なんで?」
「えっとそれは、それは……」
「誰か一人死ねばそれで済むなら、俺一人でいい。俺はソフィーを失って悲しい思いをしたくない。だからそのかわりに俺が死ぬね」
「ダメ!ダメです!」
タコ足四本がのたうっている。どう動いていいのか分からないかのように。
「だからどうして?」
「…………ソフィーも、マソラ様が一人で死んで、悲しい思いしたくない、です」
「だからソフィーが一人で死ぬの?」
「……はい」
「一人で生きてきたし、悲しい思いをしたくないから、一人ぼっちで死ぬの?」
「……はい」
「そっか」
【カマドウマ】
〔満杯〕〔流転〕〔呪解〕〔充力〕〔〔渦魔導魔〕〕
捨て身で俺は魔力素になる。0・0003秒。
捨て身で俺の女の前に立つ。0・0006秒。
「!」
ソフィーを、もう一度抱きしめる。
「強がってんじゃねぇよ、バカ」。
今度は前よりも、ずっと強く。
「勘違いしてんじゃねぇよ、バカ」
「……」
「一人ぼっちで死ななくちゃいけない奴なんてどこにもいない。お前を必要としている人は必ずいる。そいつはお前のすぐ傍にいて、お前をこうやって抱きしめてる。一人で死ぬことなんて考えるな。俺と生きることを考えろ。一人で死ぬしかないなんて思ってるなら、俺はお前を永遠に奴隷として束縛する」
「………」
蛸人族の少女が小刻みに震えている。
俺の肩を、温かい何かが濡らす。
「これからコマッチモと三人全員で神殿の外に出る。でもそれは噴火を前にして逃げるためじゃない」
「……」
「火山内部に溜まっているガスを外から抜いて内圧を下げる。さらに誰もいない場所に溶岩を流す。それならたぶん、何とかできる。だから協力してほしい。俺は魔力こそあっても、岩を掘り砕く筋力や体力はない。だからソフィーに協力してほしい。みんなでできることをやるんだ。みんなが生き残るために」
「はい。マソラ様」
俺の肩に預けてあったソフィーの首が離れる。
「「……」」
潤んだ青い瞳でこっちを見つめる少女の唇に、俺はそっと唇を重ねる。ファーストキスが火山の中の生贄神殿だなんて、ムードもへったくれもないな。ほんと。
それとタコ足四本が俺の体に巻き付くだけじゃなくて吸盤をくっつけてきて、これはちょっと痛いんですけど。
「よし。じゃあコマッチモ。入り口に戻ろう」
ソフィーの唇との間で糸を引いた唾液が落ちる。
ついでに吸盤地獄から俺は解放される。吸盤チューはもう勘弁してね。
嬉しそうに飛び跳ねてくれるコマッチモが再びソフィーを包む。杭を拾った俺はコマッチモの中にそれをつっこむと、コマッチモごと抱き上げ、急ぎ神殿の入り口へと「火車」で戻っていく。
「主殿!!」
入り口にはニーヤカが待っている。一方で「掟」をくり返す竜人族の姫君の姿はなかった。
「ご無事ですか!?」
「うん。平気」
魔力素が本体のこの肉体は、後遺症レベルのⅢ度熱傷だろうと瞬時に回復できる。それにしても魔力素満点の美味しい石牛をたっぷり食べておいてよかった。
「その蛸人族の巫女は、どうしてこちらに?」
「火山を何とかするためだよ」
「?」
「俺とソフィーとコマッチモはここで火山を何とかする。君たちはシギラリア要塞に戻ってミソビッチョたちと一緒にヤツケラの避難誘導を手伝って」
「そんな!マソラ様をこのような場所に残して森に戻ることなど」
「このような場所?」
俺はニーヤカの全員を見る。
「このような場所ってどのような場所?ソフィーの死に場所のこと?」
「え……いや、その……」
「ここはソフィーの生き場所。ソフィーが生き残るために俺が命を懸ける場所。君たちはシータルの森に戻って、君たちの〝しなければならないこと〟をしてよ」
わざと妙なアクセントを付けたせいでニーヤカたちが困惑しているのをよそに、俺はソフィーに神竜牙の杭トライデントを渡す。
「杭を打ち込む正確なポイントは俺が見つけて指示する。だからソフィーは全力で杭を打って」
「は~い!」
ソフィーが目を閉じる。上体をダラリとさせる。一方で腰から生える四本の触手が杭を強く握る。
「へ~んしん!!」
首を垂れたソフィーの全身から灰紫の煙が立ち上る。俺は覚えたばかりの水属性魔法の準備を始める。蛸人族の火照る全身を濡らし続け、かつ、杭打ちの際の摩擦で可燃性ガスに引火する危険性を減らすには、降雨レベルの大規模魔法を連続発生させるしかない。
「菜種梅雨」
ポタ、ポタポタ……
うすうす感じてはいたけれど、俺は風の大精霊と魂核レベルの近い接触をしたせいで、風属性魔法をなんとなく感覚で扱える。その風属性と覚えたばかりの水属性の合成魔法で雲を用意し、雨を降らせる。
サァー………
その雨の中で、紫色の光をあげながらソフィーの変身が完了する。
クラーケン。
体長は胸部と頭部だけで、三十メートルを優に超えている。
ブオオオオ……ン
長さ百メートル超えの八本の足の一つが俺の頭上を悠々と移動していく。
「四本の足で体を大地に固定するんだ!残り四本の足の杭を使って、全力で穴を穿て!!」
俺の指示で、海の巨獣は大型船の汽笛のような声を上げる。
彼女の触手四本の先には、オベリスクのような重く鋭い杭が握られている。杭は電車の一車両くらいの長さがある。それが巨大な触手に握られて空中をゆらゆらと舞う。たぶん杭一本あたり二十トンはあるんだろうね。それを軽々と……ソフィーすごい。
「コマッチモはソフィーの掘った土砂の撤去を頼む!」
ピョンピョンピョンピョンッ!!!!
雨に濡れるコマッチモがその体の色を赤黒く変化させる。自分で作ったエリクサーを消費しているね、こりゃ。
「二人ともやるよ。力を合わせればやってやれないことなんて絶対にない。俺を信じろ!」
【カマドウマ】
〔満杯〕〔流転〕〔呪解〕〔充力〕〔〔渦魔導魔〕〕
渦魔導魔発動。
俺は体を魔力素に変換して拡散し、ソフィーの体表全域に集まる。そこで再び細胞にまで戻り、細胞から銀の蔓を伸ばして、細胞同士をつなぐ。灰緑色のクラーケンの全身に銀の蔓が、マスクメロンの網掛け模様のように張り付く。
これで水と風の合成魔法「菜種梅雨」は維持できる。ソフィーを助けられる。
体を固定させているソフィーの四本の触手の先から地面の下に銀の蔓を伸ばせる。ソフィーが杭打ちに専念できる。
そして何よりも、何かあった時に、ソフィーを守れる。
「行くぞ、皆の衆!」
「「「「「「「「「「「「「「「おう!!」」」」」」」」」」」」」」」
俺とソフィーを見たニーヤカたち十六名が、何かを決心したように山を走り降っていく。神輿を持たずにただ全速力で。
「はじめようソフィー。コマッチモ」
クラーケンの頭部の一カ所に俺は肉片を集める。そこで収納魔法を展開し、星獣バハムート戦で掠めたレーザー装置を取り出し、地面に赤い収束光を照射する。
「狙いはここだ。大丈夫。必ずうまくいくよ」
ドゴオオオオオ――ンッ!!!!
温かな雨の中、クラーケンは振り上げていたトライデントを地面に、振り下ろした。
「何をしているのだお前は!」
怒声が空から降ってくる。……やれやれ、やっぱり来たか。
「このクラーケンめ!聖なるロンシャーンの山を破壊するつもりか!?早々にその所業を止めなければ我が天罰の火を貴様に食らわせるぞ!!」
気にしなくていいよソフィー。このまま続けよう。
コマッチモも砂利と泥水を捨て続けて。〝ハエ〟は俺が何とかする。
ソフィーが「変身」によってクラーケンとなり、四本の杭を使って火山に穴を開けるべく杭を打ち続ける。その際に出た土砂と溜まった水をコマッチモが器用に掻き出して外に捨て続ける。
そしてその上空に今、大量のドラゴンが舞う。怒鳴っているのは赤いドラゴン。おそらく炎竜。見覚えのある黄金色の鱗の雷竜は炎竜の近くで黙って羽ばたいている。
「おのれ無視するか!忌々(いまいま)しい魚人種風情め!」
炎竜が翼を大きく広げる。その翼が赤熱して輝き始める。よく見ると魔法陣が翼に浮いている。あれは竜人族だけの言葉かな?神語に似ているね。推測するに「ファイアを圧縮して吐きますよ」くらいの意味かな。まあなんでもいい。それで?赤い光が爬虫類みたいな胴体へ流れ込んで、喉が提灯みたいに赤く光り始めて、
「喰らえ!灼熱の火炎!!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!
巨大な炎の球体がソフィーめがけて迫る。そして予想通りの速度と威力で衝突する。
シュウンッ!!
「「「「「!?」」」」」
ごちそうさま。
攻撃までそんなに長い予備動作があると、魔力素への変換公式くらい簡単に描けちゃうんだよ、こっちは。ついでに俺に適合する魔力素への還元公式も。
「これが、クラーケンの力だというのか……」
「違う。……これは」
赤色のハエと金色のハエが羽ばたきながら喋ってる。そうだ、お礼を言わなくちゃ。
〈口と翼を動かすだけなら耳障りだからどこかに消えてくれないかな〉
ソフィーの全身に張り付く銀の蔓から空気を発射させ、竜人族の鼓膜を振動させる。
「この声は一体どこから!?誰だ!?何者だ!?」
「……ナガツマソラ様だ」
炎竜をはじめ慌てふためく竜人族一同。たった一頭だけ冷静でいる雷竜が、俺の名を炎竜に教える。
「ナガツ様!これは何の真似でございますか!?」
〈ロンシャーンの噴火の規模を最小限にする。そのために山体内のガス圧を下げている〉
「噴火を最小限にするにはクラーケンを祭壇の生贄に捧げるしかございません!!それ以外にこの災禍の運命を逃れる方法はございません!!」
それに呼応するように嘶くドラゴンたち。
この馬鹿バエども。……ハエに失礼か。じゃあ、
〈どうしてそう言い切れるの?他の手を試したことはあるの?〉
「それは……」
〈何だってやってみないと分からないでしょ?こうしよう、ああしようってものを積み重ねて現実はつくるものなの。そんなことも分からないの?空を飛べるトカゲのくせに〉
「「「「「!!」」」」」
〈初めて空を飛んだ者は、自分が空を飛べるかなんて分からなかったさ。でもきっと飛べるって信じて羽ばたき続けたから飛べたんだよ〉
「「「「「……」」」」」
〈掟だの運命だのと言って何も疑わず、何も挑まず、立ち尽くすまま。……俺はそんなの、絶対に嫌だ〉
「「「「「……」」」」」
〈飛べるくせにっ!運命をっ!簡単にっ!!受け入れんなっ!!!〉
はぁ~、スッキリした。
ほらほら、ソフィーもコマッチモも固まってないで続けるよ。……あれ?
竜人族がヒラヒラと降りてくる。
「トカゲ」なんて侮辱したから総攻撃でも仕掛けてくるかな?
〈何か用?〉
変身を解いて人型に戻る竜人族たち。
「ナガツ様」
温かな雨の中、竜人族の長の娘シンラ・モチカが跪く。他の竜人族も同じく跪く。
「どうか御身の為さんとすることを手伝わせてください。運命の決まる最期の瞬間まで」
〈そりゃ助かる。実は君たちにしかお願いできない頼みがあるんだ〉
「なんなりとお申し付けください」
ソフィーの杭が再び大地に轟音を上げて突き刺さる。誰もいない場所に溶岩を流して溜める。その最適地を見つけてくれるよう、俺は顔を上げた竜人族に依頼した。
lUNAE LUMEN
Osculum




