第一部 公現祭篇 その十七
ぼくは、ぼくの知っている最も痩せた男です。
体力はないし、夜寝る前にいつもの軽い体操をすると、
たいてい軽く心臓が痛み、腹の筋肉がぴくぴくします。
フランツ・カフカ
17 独りぼっち
パイガとかいう異世界に来て半年。
ようやく分かったことがある。
「本当に、マソラ様はお目覚めになられたのか?……では急がねば……あれはどうなっている?」
窯胴魔。渦魔導魔。窩惑宇間。
すなわち「カマドウマ」である俺の弱点。
それは魔力。
「よいな?お前たちは余計なことを申すでない。私が全てマソラ殿に……」
脳や心臓が無くなれば死ぬかと思っていた。けれどそれはどうやら違うみたいで、俺は魔力が無くなった時点で何もかもオシャカになる。アルス・マグナという状態になってそれがようやく分かった。
「あの希少種の娘にはくれぐれも口止めしておくのだ……マソラ殿……すべては、全てはあなた様のため……」
俺という構成物質を魔力素そのものに変換できるアルス・マグナ。
これは無敵の状態変化じゃない。
これは捨て身の攻撃。
下手をすればこの時点で死ぬ。魔力素になって誰かに宿り、魔法として発動し、そして消滅することになるかもしれなかった。危ない危ない。
というわけで俺は、ペニエルの塔で碧閃の刎姫モリガンを召喚したイザベルとクリスティナのエルフ二人に魔力素となって力を貸したためにボロボロになりはてた。残った魔力素から体を再構成しようにも魔力素を失いすぎて体がうまく作れない。混濁する意識の中、俺の肉片を埋め込んであるコマッチモが〝へそくり〟を分けてくれてどうにか一命はとりとめた。
さすがコマッチモ。
ファラオエリクサーなんてよくもってたね。もしかして特殊スキル「回復薬調製」をもつコマッチモ自身が命を削って作ったのかもしれないな。この世界で一番の精力剤だ。一本分で金貨二千枚の価値がある。小さな国が買えるかもしれないよ。やっぱりコマッチモはすごい。愛してる。
「お目覚めですか!マソラ殿」
俺はつまりところ、魔力素をもった意識に過ぎない。そう。それだけ。
「う……ああ。ファラデーか」
あとはまあ、物事をどう捉えるかだ。
魔力が体からなくなった時点で俺は死亡。裏を返せば魔力を失わない限り俺は死なない。木っ端微塵にされて細胞すら破壊されても復活できる。それはそれで少しは自慢できる。まあ誰も真似したがらないだろうけど。
「良かった。本当に良かった……」
「面倒をかけたね。どれくらい寝てたかな」
「二週間ほどです。正確には十三日間と七時間四十八分五十三秒でございます」
「ありがとう。正確すぎて少しドン引いたよ」
「これからどうなさいますか?」
「そうだね。お腹が減った。というか魔力を回復させたいから、がっつり何か食べたい」
「かしこまりました!そうおっしゃるだろうとコマッチモ殿が意思表示されていたので、このたびは星獣討伐記念もかねて、石牛をご用意させていただきました!」
「セキギュウ?知らないけれど何それ?」
「超大陸中央のロンシャーンの山々にだけ生息する大型草食獣で、巨体にもかかわらず大味ではなく、霜降りの入った赤身の超上等肉!美食家のマソラ殿が目を覚ました際には必ず召し上がっていただこうとミソビッチョ一同首を洗って待っておりました!」
「それは楽しみだ。それと「首を洗う」じゃなくて「首を長く」だね。あっ、コマッチモ!」
コマッチモがピョンピョン飛び跳ねてやってくる。
あれ?レベルが63になってる。何があったんだろう?
そういえばキングリッチーのファラデーまでレベルが5ポイント上がってる。レベルは70。なんでなんで?……ああ、そうか。みんなに名前をあげて経験値共有をしたからかな。レベル329の隕鉄の星獣デュミナスバハムートを倒した経験値がみんなに割り振られたのか。良かった。そういえばしばらく見ていなかったけれど俺のステータスってどうなってるのかな。どれどれ……
永津真天:Lv10(アルス・マグナ マグヌス・オプス プリマ・マテリア)
生命力: ―― 魔力:――
攻撃力:500? 防御力:800?
敏捷性:60? 幸運値:25?
魔法攻撃力: ―― 魔法防御力:―― 耐性:――
すごい。属性に「カマドウマ」って書かれてない。それとレベルが4もあがってる。
なのに、あらあら。幸運値が前より落ちてる気がする。同感だ。人生お先真っ暗って感じだね。
ステータス画面もやる気をなくしているのか、どんどん表示が欠落していく。生命力と魔法攻撃力の表示もなくなっちゃった。
というか文字化けかな。「?」ばっかりなんですけど。
「さっそく支度をしてまいります。どうかそのままでお待ちください」
「ありがとう」
ファラデーがさっさと寝室を出ていく。今更気づいたけれどここ、アルビジョワ迷宮の地下208階のシルバーハウスか。安全地帯(シータルの森)に戻って来たことをしみじみと実感する。
「ファラオエリクサーを用意してくれてありがとうコマッチモ。何これ?ああ。こんなものまで作れるんだ。いただきます」
ファラオエリクサーと並ぶ一級品回復薬。つまり絞ったレモン汁と砂糖を合わせた炭酸水「レモンスカッシュ」を俺はジョッキで受け取り喉を潤す。この世界に来て初めて炭酸なんて飲んだ。前にコマッチモに話して聞かせたけれど、本当にコマッチモは器用だ。コマッチモが女の子だったらお嫁さんになってくれないかな。
ピョンピョピョンピョン。
「ん?そうか。イザベルとクリスティナはまだ意識が戻らないのか。そうだよね。冥界の門の傍に少しだけ長く居させ過ぎた。……いちゃいけない〝そっち側〟に近づいた代償は払わないといけない。……俺のせいだ」
ピョンピョン。
「自分を責めないで、か。ありがとう。二人が変な呪いを受けていないか、ちょっと様子を見に行こう」
立とうとする。けれど足に力が入らない。鬼人族に形状変化したコマッチモにお姫様抱っこをされて俺は寝室を出る。アルビジョワ迷宮もといシギラリア要塞地下208階層。そこから転移魔法陣で98階へ移動する。
「会頭!ようこそご無事で!!」
「やあ。医療部の運営はどう?」
「順調でございます!」
医療部に配属されているミソビッチョに声をかけ、コマッチモに抱っこされている俺はイザベルとクリスティナが眠る病室に入る。二人の体、じゃなくて健康状態を念入りにチェックする。うん、精神と魔力が衰弱しているだけで呪詛とかはもらってない。良かった。本当に良かった。この二人に呪詛はもう二度とつけさせたくない。
二人の髪の毛を優しくなで、ほっぺをつねって遊んだ後、再び執務室のある208階層に戻る。殺人鬼みたいに血まみれのゴムエプロンを付けた裸ドクロのファラデーがパタパタ走ってきて支度ができたと俺をダイニングルームへ案内する。
「おいしそう」
「煮てよし、焼いてよし、揚げてよし、炒めてよし。万能のセキギュウですが、以前マソラ殿が仰っていた「焼肉が一番難しいよね」に基づき、このたびはステーキにいたしました!」
木の厚皿の上に加熱して温めてある薄い円盤石があり、その上で厚さ二センチに切られたツヤツヤのサーロインステーキがジュ~ジュ~音を立てている。
「良い匂い。食べてもいい?」
「もちろんでございます。焼き加減、塩コショウの加減はいくらでも調整いたしますので遠慮なく仰ってください」
ナプキンを付け、ナイフとフォークを手に取る。俺はステーキを食べ始める。いただきまーす。
「こんなに幸せなことはございません」
「恥ずかしいから、食べているところそんなにジロジロ見ないでよ」
「いえ!このファラデー生涯にわたりマソラ殿の一挙手一投足一フォーク一ナイフ一モグモグを目に焼き付けておく所存でございます」
「はいはい。それにしても〝焼き〟がほんと上手になったね。肉汁がちゃんと肉の中にとどまっている。そして噛んだ瞬間、肉汁がしみ出てきて、口の中いっぱいに広がるこの感じ。とても美味しいよ」
「ありがとうございます!肉の焼け具合の把握は我々のようなリッチーにとって最大の難問ではありましたが、修練を続けることでどうにかご満足いただける域にたどり着けましたと自負しております」
「ごめんね。例えのアレ、まだ気にしていたんだ」
以前、ファラデーに肉の焼き加減を手で説明したことがある。
指を軽く伸ばし、親指と人差し指の間の筋肉を押す。
その柔らかさがレアステーキの感触。加熱時間は6~8分。表面のみ焼いて、中は余熱で少し温かくなっている状態。
ちなみに指の力を抜けばブルーステーキの柔らかさ。焼いて2~3分。表面にさっと火を通しただけで、中は冷たいままの状態。
指を思い切り伸ばして親指と人差し指の間を抑えた感触がミディアム。10~12分。断面の肉の色は全体的に変わるけれど、肉汁は生に近い状態。火を止めて肉を寝かせればさらに硬くなる。
火を止めずトータルで12~14分加熱したのがウェルダン。これは拳をきつく握った時の親指と人差し指の間を押した硬さ。断面の肉の色は桃色ではなくなっていて、肉汁が全く外に出ない状態。
話した後にそもそも体に肉がないリッチーには分からないと気づいてファラデーには謝り、肉の焼き時間と表面と中の色つやと汁の量を説明し直した。ごめんね。わざとじゃないんだ。
「どうかお気になさらず!ブルーステーキ!レア!ミディアム!ウェルダン!仰せでしたら完全に生の状態のローステーキ!どれでもご用意いたします!」
「そうだね。まだ六キロくらいしか食べてないし、体をつくる血肉が全然足りていないから、ローステーキはなしにして、ブルー、レア、ミディアム、ウェルダンの順番でさらに四十皿くらい焼いて持ってきてほしい。ソースもそろそろお願いしていい?濃い薄いは問わないよ」
「かしこまりました!それでは赤ワインソースから始めさせていただきます!」
「お願いします」
「ご指示通り、ミソビッチョの分掌とシギラリア要塞の区画整備と修繕は終了いたしました」
「まずは修繕ご苦労様。水漏れはどうにかなった?」
「五階層までは多少の浸水がございましたが、それもすべて処理が完了しました」
「ありがとう」
赤ワインソースとデミグラスソースでステーキ皿の八枚を俺はペロリと平らげる。その間、ミソビッチョ四百人の仕事分担と、シギラリア要塞内の階層配置の話をファラデーと始める。
まずは官房部。通称「カンブリア」。
仕事は分掌全体の統括および俺と分掌との調整。俺の秘書も担当する。要するに俺の女房役。配属数20名。管轄階層は207階層。局長は目の前の血まみれエプロンドクロことファラデー。副局長はパスカル。
次に諜報部。通称「オルドビス」。
仕事は情報の収集および必要物資の調達。情報を集めるために多少の〝汚れ仕事〟も担う。配属数は60名。管轄階層は201~206階層。局長はマクスウェル。副局長はボーア。
その次。研究開発部。通称「カーボン」。
魔道具や〝チンダラガケ〟を研究開発する。配属数は50名。仕事柄場所を必要とするので、管轄階層は126~150階層。局長はガリレオ。副局長はノーベル。
「そういえばガリレオ局長が申しておりましたが、チンダラガケとはどういう意味なのでございましょう?」
「ん?チンダラガケはね、今のファラデーみたいな恰好のことだよ」
「なるほど。では裸エプロンでございますね」
「フルーツソースで次は内腿肉のステーキを食べたい。パイナップルソースにしよう」
チンダラガケ。つまり「血まみれ」。
名づけのきっかけは、開発中にふと昔を思い出したこと。
おばあちゃん家から遠くない山中で、クマ追いのハンターが致命傷を負わせたクマに逆襲されて双方血まみれの死体で折り重なっているのを俺は見つけたことがある。その時、異なる種の生き物の生と死が入り混じって一か所にあることに俺は感動を覚えた。「チンダラガケは素敵だ」と。
だから〝俺〟という混ぜ物を入れた者たちを、方言でそのまま呼ぶことにした。要するに人を含めた動物の魂核をいじって俺の魔力を通した実験生物体のこと。魔獣に近いかな。
ちなみに、魂核は長く肉体に留まるため、魂核をいじる材料は生死を問わない。シータル大森林の西にあるアルマン王国では疫病患者をろくな埋葬もせずに放り捨てている。それじゃ報われないだろうから、生き死にの選択肢を与えることも含めて、チンダラガケの材料に使用させてもらっている。「もう死にたい」と言えば屍鬼化せず完全消滅できるよう、魂核まできちんと破壊するし、「また生きたい」と言えば実験体として残ってもらう。とはいえ今のところ、シータルの森の外へ出すつもりはない。
「お持ちしました」
「あれ?二皿同時に?」
「こちらは後肢の内腿より下の内側にある芯玉でございます。内腿と同時に味わっていただくのもよろしいかと思いまして」
「気が利くね。焼き加減は?」
「双方ミディアムレアにしておきました。芯玉の中心部分をお召し上がるころにはミディアムになるかと思います」
「上々。食べ比べてみるね」
さて次。外交部つまり「シルル」。
あまり作りたくはなかったけれど、ファラデーに説得されてしぶしぶ承諾した。
これから俺たちの組織が大きくなっていったとき、他国と交渉に当たらないといけない可能性がある。そのための外交を担当するのがこの分掌。当然だけど諜報部オルドビスと協力して動くこともある。配属数50名。管轄階層は176~200階層。局長はピタゴラス。副局長はガウス。
「ねえ、思い出したんだけれど風の塔ペニエルからイザベルとクリスティナ以外にもう一人、誰か連れ帰った気がするんだ」
「ああ、はい。確かにお連れになられましたね」
表情が沈む、というかどっと疲れたオーラを出し始めるファラデー。
「どったの?」
「いえその、色々とクセのある鉱人族で、正直、少々困惑しております」
「イザベルやクリスティナよりもすごいの?」
「あのエルフのおてんば姫君たちとは方向性が違いますが、同じくらいすごいです」
「それは危険すぎるね。やっぱり塔に戻してこようか」
「それは本気で仰っておりますか?」
「ウソに決まってるでしょ。コマッチモ、炭酸水もらっていい?彼女は今どこにいるの?」
「土木部におります。おそらくは炒り豆をボリボリかじりながらブツブツ独り言をボヤいているにちがいありません。とはいえアボガドロ局長の話では既に図面を引いているとのことです」
「図面って、何の図面?」
「シギラリア要塞地上部の図面です。幻影による守備に特化したこの城に、実効性圧力のある迎撃の要素を付与しようとしていると。……鉱人族ギュイエンヌ・ヴァルトブルク。さすがというべきでしょう。伝説に聞く、ペニエルの塔の設計者」
「設計?彼女がそっか……そして大精霊の依代にされ、ついには隕鉄の星獣デュミナスバハムートに取り込まれてしまったって感じかな。何か色々と事情がありそうだね。お。ありがとうコマッチモ。次はワサビ醤油ソースとガーリックソースでお願い」
「お任せください。……ふふ」
「どうしたの?」
「いえ……「ソースはどこまでおいしくしたらよろしいのでしょうか?」とマソラ殿にお尋ねしていた少し前を思い出してしまいまして。我ながら汗顔の至りでございます」
「ああ。そう言えばそんなこともあったね」
「「何度も作る経験を積んで絶対に美味しいという基準に近づく。それが一番手っ取り早い。要するに魔法と一緒だよ」とマソラ殿はおっしゃられました。魔導の絶対至高領域を見極める力のない私にとって、この教えはまさに目を開かされる思いでございました。まことに恐れ入ります」
「ソースの話をしただけだよ。至高領域とか大げさだって。できることを、できるときに、できるだけやる。そうすれば料理も魔法もきっと一人前になれるしそれで十分世の中の間に合う。そんなつもりで言っただけだよ」
「その飾らない謙虚さと超ボッチクッキングを通じてさりげなく皆に料理の深淵を覗かせてくださる懐の深さ。ますます心服いたします」
「超ボッチ……ステーキの追加オーダー、お願いします」
「部位はいかがいたしましょう?」
「ヒレをお願い。シャトーブリアンをレアで」
「かしこまりました」
次は土木部。通称は「ペルム」。
シギラリア要塞の管理を担当する。配属数50名。管轄階層は51~75階層。局長はアボガドロ。副局長はラボアジェ。
その上階層が警護部。通称は「トリアス」。
広域のシータル大森林とシギラリア要塞上層つまりアルビジョワ迷宮内の警備が仕事。配属数50名。もちろん50名だけでこんな大仕事はできないから、研究開発部の開発したチンダラガケと俺の魔獣が支援する。管轄階層は26~50階層。局長はクマグス。副局長はトミタロー。
ちなみにイザベルとクリスティナと初めて出会い殺しあった場所にいたギガントマキナ君も所属としてはこの警護部。通常は今までと同じく地下209階層を守る。名前も俺がつけて、「キンパチ」。経験値共有もして特殊スキルは「説教」。このスキルのおかげで最下層210階のシギラリアコントロールルームには俺以外誰も近づきたがらない。「なんで俺に向かってきて死のうとするんだ!死ぬことに意味はない!死ぬような真似はやめてまっとうに生きろ!!死ぬ気になれば人生何度でもやり直せる!」なんてレベル90近い人形に説得されたら、言葉の分かる相手は戦意を喪失してみんな泣いちゃう。
「あれ?このおまけソースは何だろう?……もしかしてナンプラーを使った?」
「さすがはマソラ殿。オルドビスがイリカスピ王国で購入してくるまで、私は魚醤にいくつもの種類があるということを存じ上げませんでした」
「極端に言えば魚の種類だけ魚醤はある。調味料の世界は魔法と同じで奥が深いよ」
「なるほど名言です。お口にはあいますか?」
「うん。上品で繊細で奥深くて美味しい。炭火焼きによく合うね」
「いくらでもございますのでお召し上がりになりたければお申し付けください」
「いくらでも?財政部がそんなこと許さないでしょ」
「ふふ。ご指示通りカネにうるさい者たちを集めたデボンですが、マソラ殿のためとなると財布の紐が少々緩くなるようです。食材や調味料の購入費用に関しては何も言ってこないと諜報部が笑っておりました」
「そっか。うれしいけれどそれはまずいね。俺だけ特別扱いされるのはよくないことだ」
「いいえ。マソラ殿。マソラ殿の数少ない楽しみである食事はどうか特別であってください。我々ミソビッチョの願いでございます」
「ありがとう。でも度を超すようなことはしないでね」
「もちろんでございます。デボンもその辺は重々承知しております」
「だといいけどね」
財政部。通称「デボン」。
彼らはこのシギラリア要塞の番頭さん。要するに俺達のお財布の管理が仕事だ。運営資金確保のため、あっちこっち金策にも動いてくれる。配属数30名。管轄階層は151~175階層。局長はパウリ。副局長はエディントン。
次。医療部。通称「クレタセオス」。
ミソビッチョだって怪我をすることもある。地上で生活するヤツケラのみんなもそうだ。そしてイザベルやクリスティナは今昏睡状態にある。彼らの治療を行うのがこの医療部のミソビッチョ。配属数は50名。管轄階層は76~100階層。局長はケプラー。副局長はハッブル。
そして最後に教育部。通称「ジュラ」。
生きてここに残ることを選択したチンダラガケに戦闘訓練を施し実戦投入できるようにするのがこの分掌の仕事。〝実戦〟とは言ってもほとんどはシータル大森林の警備にまわす。森の外では万が一暴走した場合大変なことになってしまうかもしれないから。ただし一部はわざと森の外に離すことがあるけれど、それは最高機密。俺とジュラの局長しか知らない。
そのジュラの配属数は40名。管轄階層は101~125階層。局長はダーウィン。副局長はファーブル。
以上、合計四百人。彼らの唯一のわがままである「新しい名前」もつけて、ミソビッチョ全員と経験値共有もできるようになった。だからたぶんバハムート戦の経験値は全員に振り分けられているはず。
「ふう。もうお腹いっぱい。本当にごちそうさまでした」
「セキギュウ三頭分を召し上がられるとは見事な食べっぷり。あとはごゆるりとお過ごしください」
「そうだね。いただいたお肉の成分で体を再生させるよ。……ところでさ」
俺は残り少なくなった炭酸水を啜りながらファラデーを見る。体から出て体に戻る魔力素の流れを見る。
「何か隠してない?」
「へ?」
「シギラリア要塞の中に知らない亜人族が一人混じってる。手伝いに来ているヤツケラの人たちとは違う。さっき言った鉱人族のギュイエンヌとも違う。彼女とは塔から落ちるちょっとの間一緒だったから気配は覚えている。……205階層ということは諜報部の管轄区にいるね。この人は誰?」
「蛸人族でございます」
ん~……ファラデーの魔力素の流れが少し乱れてきている。怪しい。
「それで?」
「奴隷であった蛸人族一人をイリカスピ王国からオルドビスが買ってきたのでございますが、ご存じの通り蛸人族はその希少性ゆえ大変高価でして、実は購入した事実をまだ外交部に報告しておりません。もちろんマソラ殿にもしておりません」
なんだ。そんなことでファラデーはソワソワしてたのか。
「今聞いたよ。蛸人族ってそんなに高いの?」
「相場価格ですと金貨一千四百枚でございます。ちなみにオルドビスは値切りに値切って金貨一千枚で購入したとのことです」
「金貨一千……ウソだよね?」
「ホントのホントでございます。オルドビスになぜそのような大枚をはたいて買ったのか聞いたところ「海底資源を含む海洋の情報を得られる可能性もあり、さらには今後のマソラ様の戦力になり得るから思い切って投資した」とのことです。確かに蛸人族は魚人種の中でも最強の怪力の持ち主。文字通り海の王者でございますゆえ、その判断は悪くないかもしれませんが、万が一このシギラリアで暴れでもしたら大変でございます」
「でも手は打ってあるんでしょ?」
何だろう?
ファラデーの魔力素の流れが急に安定し始める。
まるで思い通りの方向に話が向いてきて安心したみたいな………ふ~ん。
「奴隷商人から購入した段階で魔道具が体に埋め込まれておりました」
「それは何?」
なんかファラデー、怪しい。
「話によれば巫女グロアの涙蝋石。特殊スキル封じの魔道具です。このため本来の姿である海獣に戻れないばかりか、持ち前の怪力すら十分に発揮できない状態にされております」
「となるとその蛸人族の人に期待できるのは海洋の情報を教えてもらうことだね」
魔力素が超安定状態。……ほほう。ますます怪しい。
「残念ながらそこなのですが、あまり期待できそうにありません」
「どうして?」
「その、ぼんやりしているというか、とりとめがないというか、ふんわりしているというか、話の通じないところがある人物なのです」
「その人に会ってもいい?」
「はい。もちろんでございます」
あっ、魔力素が乱れてきた。何か絶対に隠してる。
「ご飯はちゃんと用意してあげているんだよね?」
「はい。しかし何も口に入れないとオルドビスは言っておりました」
「そっか。じゃあこっちは足もちゃんと直ったし、いっちょ見てくるとしますか」
俺は使用していない綺麗なナイフとフォークを左手に取り立ち上がる。部屋の暖炉の上に置いてあるフルーツを盛った食器からヨウナシを二つ取り上げて部屋を出る。その後ろをコマッチモがついてくる。
「炭酸水の中にまたエリクサーを入れたでしょ?さっき四十九杯飲んだけど、だいたいネチェルエリクサー一本分とウアブエリクサー三本分くらい混ぜたよね?」
ピョンピョン!
「俺は魔力の塊だからそういうのはちゃんと分かるんだよ。いいかい。気を遣ってくれるのはうれしいけれど、特殊スキル「回復薬調製」はコマッチモの細胞小器官を消費しているんでしょ?俺のために無理なんてしないで。お前が弱っていってこの世界からいなくなったら俺はとっても悲しいから」
ピョンピョン!
「それは僕も一緒だよ、か………」
音声のやり取りを終了し、誰にも聞かれないよう、脳神経細胞による念話に切り替える。
ねえコマッチモ。
コマッチモはファラデーたちの秘密について何か知らない?
え?誰も何も隠し事なんてしてないって?
そ。
コマッチモも実は何か隠してるでしょ?……何も隠してないからとにかく休んで体を再生させてって?
ふ~ん。コマッチモも怪しいな。……全然怪しくない?僕は善良なヴァルキリースライムです!絶対にマソラにとって悪いことなんて考えてないって?
まあいいや。ところでコマッチモって男の子なの?それとも僕っ娘?……内緒?そっか。それもまあいいか。
「と、着いた着いた」
転移魔法陣で地下205階層に到着。ちょっとアタフタしているミソビッチョたちに案内してもらい、俺は蛸人族のいる部屋に入る。
「こんにち……」
ワオ。
吸い込まれるくらいにおっきな胸。クリスティナのスライムAとBよりさらにでかい。っていうか透けすぎだよその白のキャミナイトドレス。下の黒ビキニが全然隠れていないんですけど。……まさかこんな美人でセクシーな女の子だとは思わなかった。お尻のちょっと上から四本のタコ足が尻尾みたいに生えているのか。なんかかわいい。
「こんにちは~あなたはどなたですか~?」
「俺はナガツマソラ。一応ここの集まりの代表ってことになってる」
「あなたが~マソラ様ですか~」
「うん。君の名前はなんていうの?」
魔力素に一切揺らぎがない。この子は本当に裏表がないのかな……それはそれできれいだね。でもそれはそれで悲しいかもしれない。俺と同じくらいに。
「私は~ソフィーといいま~す」
束ねていない緑のロングヘアー。大きな青色の瞳の持ち主を俺は見て言う。
「マソラ様に~買ってもらえて~ソフィーは~うれし~です」
「お腹は減ってない?」
「減ってるけど~いりませ~ん」
「どうして?」
「マソラ様に~買ってもらえて~ソフィーは~うれし~から~」
「そっか」
食事の置いてあるテーブルにナイフとフォークとヨウナシを置く。
「ちょっと体に触ってもいいかな?」
「は~い」
薄い桃色の肌に手を近づける。腹部の丹田に触れる。人間族よりやっぱり体温が低い。
鳩尾に触れる。脇腹に触れる。腋の下のリンパ節に触れる。おっぱいに触れる。両鎖骨の間の秘中に触れる。鎖骨に触れる。首に触れる。頭部の人中、顎、鳥忠、頬、こめかみ、側頭部に触れる。魔力素の流れの解析終了……なるほど。こんな枷を掛けられたら普通誰にも壊せないよね。
「マソラ様~くすぐったいで~す」
「ごめんごめん。ちょっとお口を開けてもらってもいい?」
「は~い。あ~……」
ズビュルッ!!!
「!?」
銀の蔓を極細にして、感覚神経に触れないよう少女の体内に伸ばす。脳、広背筋、鎖骨リンパ節、胃に埋め込まれている四つの魔道具を同時に破壊する。これで再生は不可能っと。逆に四つ同時に破壊しないと取りついた人物の魔力を吸い上げて再生し続ける魔道具らしい。厄介だね。
「オ、オエエッ!!」
蛸人族が吐く。吐しゃ物の中に魔道具が混じっている。どれどれ?巫女グロアの涙蝋石……じゃないね。鎧翁メティスの百足髪……こんな魔道具があったのか。へぇ。あとで研究開発部に送ろう。何かに使えるかもしれない。
「はい。よくできました」
コマッチモがコップにたっぷりの水を入れて持ってくる。俺は少女の吐しゃ物で汚れていない方の手でコップを受け取り、それを少女に渡す。
「さあ、これを飲んで」
念のためにさりげなく銀の蔓でコップの中の液体成分をチェック。……ネチェルエリクサーが混ざってる。ほんとコマッチモのお人よし……でもまあ、この子は相当弱ってる感じだから、今回も気づかないふりっと。
「はあ、はあ、はあ、はあ……は~い」
口元を汚した涙目の少女はこっちを見てニコリと笑いながらコップの水を口に含む。ちょっと驚いた表情をして、ゆっくり飲み干す。素知らぬ顔で俺はコマッチモがくれたタオルで手を拭き、ヨウナシをナイフで切る。
「お腹がすいたでしょ。食べて」
切り分けたヨウナシをフォークで刺してソフィーに渡す。ソフィーはどうしようか迷っている感じだったけれど、やがて口に入れる。噛む。
「おいひ~」
全身で美味しさを表現する彼女の口元を俺はタオルで拭う。
「よかったね」
「マソラ様に~買ってもらえて~ソフィーは~うれし~です」
「無理して変なこと言わなくていいよ」
眉をひそめながらソフィーのステータスをちょっと確認する。
ソフィー・ティワカン:Lv46(蛸人族。水属性の魔法使い)
生命力:40000/188000 魔力:1000/1600
攻撃力:56000 防御力:3300 敏捷性:400 幸運値:50
魔法攻撃力:700 魔法防御力:3000 耐性:水属性、火属性
特殊スキル:怪力、変身(封印解除済)
…………こわ。
このステータス表示システム、やっぱ壊れてんじゃないの?
魚人種なのに火属性耐性っていうのがすごい。たこ焼き上等!って感じだ。いやそれ以外にもレベルに対して攻撃力とか生命力とかいろいろとツッコミどころ満載だけど、やめておこう。特殊スキルの「封印解除済」っていうのだけで、俺は満足。満足。
「無理してませ~ん。ほんとで~す。ほんと~に~うれし~」
「そんなことより、これでもう自由だよ。北のイリカスピ王国に帰りたくない?」
「えっと~、帰りたくないで~す」
「それはどうして?」
「マソラ様に~買ってもらえて~ソフィーは~うれし~から~」
「それなら俺とイリカスピ王国で暮らすのはどう?」
「え……」
蛸人族が止まる。魔力素がはじめて乱れる。
「それは~ダメで~す」
「どうして?」
「それは~えっと~」
カタ……カタタタタタタタタッ!!
「「!」」
食器が揺れる。家具が揺れる。部屋が揺れる。どうやら地震が発生したらしい。縦揺れのあと、大きく横に揺れ始める。
「あっ」
固定していない家具が倒れてこないよう、コマッチモが体をアメーバのように四方八方に伸ばして家具を固定してくれる。だけど念のために、俺は蛸人族の女の子を守るように抱きしめる。決してスライムの感触を全身で堪能したいなんていう疚しい下心はない。
「大丈夫?」
アントピウス聖皇国のソペリエル図書館で、魚人種は地震をひどく怖がると知った。
そりゃあ足のつかない水中にいれば地震の影響をもろにうけることなんて津波以外にはたぶんないだろう。年がら年中潮の満ち引きで水が移動している海にあってはなおさらだ。陸地にあがって不幸にも地震に遭遇すると、うずくまってしばらくは恐怖で身動きがとれなくなるらしい。場合によってはショック死するとも書いてあった。
「マソラ様~えへへ~」
その魚人種なのに、地震に動じないソフィー。蛸人族は特別なのかな。
「収まったみたいだね」
震度は4くらい。そういえばかつて震度3でも飛び上がっていたコマッチモもあまり驚いていない感じがする。
「ねえコマッチモ。ここ最近で、地震は起きた?」
ピョンピョンピョンピョン。
「そっか、毎日のように地震が起きてたんだね。寝ていて知らなかったよ」
俺はソフィーを解放する。「またね」と言って部屋を出る。208階層のシルバーハウスへと急ぐ。
シギラリア要塞地下208階層。
シルバーハウス。つまり大広間の執務室。
「震度2以上の揺れは、多い日で一日に二十六回起きております」
「いつから?」
「マソラ殿が風の塔ペニエルに出立なさってから三日ほどして始まりました。最初は一日に二、三度の揺れでしたが、日を追うにつれ発生頻度は高くなっております」
執務室に詰めているファラデー局長が状況の説明をする。出席者は俺と各分掌の局長及び官房部の副局長パスカル、そしてコマッチモ。あとはヤツケラの八部族の長八名。
「原因はひょっとして俺が風の塔ペニエルを壊したから?」
元いた世界の知識だと、地震の発生原因は地面を造る地殻と、その下をゴロゴロ流れるマントルの二つが動いているから。
でもこの異世界の場合、地震は大精霊の力のバランスが崩れた時に起こる、と物の本にはあった。だとしたら風の大精霊フルングニルの安置所を俺が破壊してしかも大精霊を……どうしたんだっけ?あれ?フルングニル、どこかに忘れてきた?これってマジでヤバくない?
「可能性は否定できません。会頭が塔ペニエルより風の大精霊フルングニルを鉱人族ギュイエンヌ・ヴァルトブルクとともにシギラリア要塞へ持ち帰られたため、地脈を流れる魔力素が乱れた可能性はあります」
パスカル副局長がアーキア大陸の地図を闇属性魔法によって三次元画像のように空中に浮かび上がらせる。いつも思うけどこの魔法なんかすごい。……ってのんきなこと言っている場合じゃない。
そうか。ギュイエンヌと一緒に大精霊はニーヤカが連れ帰っていたんだ。そういえば俺、大精霊に向かって「空気読め」とか言っちゃった気がする。こりゃ怒ってるかも。
「古い文献をあたりましたところ、大精霊の移動に伴う異常現象は一か月足らずで落ち着くとのこと。ですのであともう少しの辛抱にございます」
研究開発部のガリレオ局長がハンカチで額の汗を拭くしぐさをする。アンデットなのに汗なんて出るの?生前の名残かな。
「そっか。それは安心した」
と俺が言った瞬間、全員の魔力素の流れにかすかな異常を検知する。
……。
……まったく、みんなして。
「じゃあ本題に入って。話には続きがあるんでしょう?」
「「「「「!」」」」」
目がソワソワと動くミソビッチョとヤツケラの族長たち。
「オホン。それでは私が説明いたします」
観念したらしく、ファーブル局長が立ち上がる。パスカル副局長が大陸地図の中央をクローズアップしていく。
「マソラ殿はロンシャーン大山脈をご存じですか?」
「大陸の中央にそびえたつ大山脈帯だね。ここから世界各地に河川が伸びて大地を潤している。それくらいしか知らないかな。……ああ、そういえば竜人族が棲んでいると本で読んだよ。特殊スキルとして竜になれる。魔法属性と同じく竜は六種いて、火属性の炎竜、光属性の雷竜、水属性の氷竜、土属性の坤竜、闇属性の怨竜、風属性の乾竜だったかな?」
「さすがは我らが主。博覧強記に恐れ入ります。その通り、ロンシャーンの山には神代から竜人族が暮らしております。知能高く誇り高い彼らはかつて聖皇に従い、信心深い人々を魔物から守ってもきたのです」
「そうらしいね」
「魔王軍との戦いにおいては先陣を切って戦いましたが、今はしかし、魔王軍との戦いには直接参加せず、山の管理に専念しております」
「聖皇とつかず離れず、か。それはいいことだね」
「はい。それでその竜人族が先日、シータル大森林のヤツケラの各集落にやって参りまして、火山噴火の予知をしたのです」
「なるほどね。地震と連動して火山が噴火する。地質学的にありそうなことだ」
「代々ロンシャーンに棲み、山のことを知り尽くす彼らがそう申しヤツケラ達に避難を薦める以上、このことを捨ておくわけにもいかず、これからどうすべきか検討していた折、傷ついたマソラ殿が目を覚まされた次第にございます」
「それはバッドタイミングだったね」
「「「「………」」」」
皆が押し黙る。なんて答えていいのか分からないって表情をしているね。
「族長さんたちに聞きたいんだけど、竜人族が尋ねてきた村は八部族全て?」
「はい。竜人族の次期族長モチカ・シンラ様直々にいらっしゃり事態がひっ迫していることをお伺いいたしました」
亀人族シノイの族長が代表して答える。他の族長も首を縦に振る。みんな表情にひっ迫感があるよ?
「なるほどね。じゃあ俺も竜人族から直接情報を聞いて……」
「マソラ殿!」
突然ファラデーが大声を出す。驚いて彼を見ると走り寄ってきて、いきなり俺の目の前で土下座。
「どうしたのいきなり?」
「どうか!どうかこの件は我々にお任せを!必ずシギラリア要塞とマソラ殿はお守りいたします!どうか!どうか我らに一任してくださいませっ!!」
ふと気づくと、テーブルには誰の姿もない。
あらあら、みんなこっちに来て床に頭をこすりつけちゃって。
「なんでこの案件からそんなに俺を遠ざけようとするの?」
全員の魔力素の流れを見ながら、気になっていた核心を質す。
「マソラ殿は現在療養中です!マソラ殿の肉を分け与えられているコマッチモ殿からこっそりペニエルの塔で起きたことを伺いました。レベル329などという前代未聞の星獣を相手に滅亡寸前までマソラ殿が追い込まれていたにもかかわらず、我々はお傍にいられませんでした。あのままもしマソラ殿が我々の前から永久にいなくなってしまったらと思うと震えが止まりませぬ。どうか!どうか今しばらくご静養とご辛抱を!」
「心配してくれてありがとう。でも俺だって神様じゃないからいくらなんでも火山の噴火なんて止められないよ。だからせめて火山の規模や溶岩の流路について竜人族の見地を聞きたいだけだよ」
「竜人族の見立ては悲惨なものでございました。聖皇領のアントピウスやイラクビル、魔王領のバルディア、そしてこのシータルの森にも甚大な被害が出る恐れがあるとのことでした。そしてそれを聞いてマソラ殿が火山の噴火を止めに行かれ、もしものことがあれば我々は本当に耐えられません。どうかこちらにしばし待機してくださいませ。ヤツケラをシギラリア要塞へ避難誘導すること及びシータルの森の被害の食い止めに全力を尽くすことをここに誓います!!」
「「「「どうか!」」」」
「………そうか。負けたよ。わかった。おとなしくしてるよ」
「「「「ありがたき幸せ!!!」」」」
俺は席を立ち、自分の寝室へと戻る。
「よいしょっと」
ベッドに横になる。頭の後ろに手を組み、瞼を閉じる。
今のやり取りをもう一度考えてみる。そして頭の中にモヤモヤが残る理由を探る。
火山の噴火が近い。だから逃げろと竜人族がヤツケラに言う。
火山噴火が起きた場合、自分たちで何とかするとミソビッチョとヤツケラは言う。
火山の噴火を俺が止めに行くかもしれないから俺には竜人族と会わせないと彼らは言う。
……考えるまでもないことだ。
「単純にさ、俺が竜人族から聞いちゃいけない情報があるんでしょ?コマッチモ」
黙って傍に控えているコマッチモに言う。
「コマッチモ。〝ぼっち〟の本当の意味って分かる?」
「……」
「ぼっちっていうのはね、独りぼっちのことを指すんだ」
「……」
「まわりに人や魔物がたくさんいたとしても、誰も自分と心を通わせようとしないんじゃ、これは独りぼっちと変わらないんだよ」
「……」
「実はね、俺は相手の心がなんとなく読めるんだ。その人が本当のことを言っているのか嘘を言っているのかだけだけど、なんとなく分かる」
「……」
「でもできればこの力は使いたくないんだ。だってこれを使うとさ、俺、人と心を通わせる必要がなくなっちゃうじゃない」
「……」
「俺は魔力素をもった意識。もう人間じゃないってわかってる。人間だった部分がどんどん削げ落ちてる。魔力さえあれば死なないなんて、どう考えたって普通じゃない。だからさ、普通だった部分は大事にしたいんだ。美味しいものを食べて嬉しかったり、掛け値なしで誰かを信じたり信じられたりして喜んだりする部分はさ、なくしたくないんだよ」
……プルプル。
目を開く。アルビジョワで生まれ変わって最初に出会った友達を見る。
「わかってくれる?……溶けてるよ。コマッチモ」
ビジョオオオォォォォ。
「泣かないでよ。それよりちょっと協力して。本当のことを知りたいんだ」
プルプルン。
「わかってるよ。義理堅いからミソビッチョやヤツケラの手前、本当のことは言えないんでしょ。それは知ってる。だからそのかわり」
ピョピョン。
「そう。俺のふりをしてここにいて。頼むね。俺はちょっと出かけてくる」
俺は目の前にアイコンを浮かべる。
【カマドウマ】
〔満杯〕〔流転〕〔呪解〕〔充力〕〔渦魔導魔〕
やっぱりもう、最初から選択肢が増えている。
俺が最凶であることを示す選択肢が。
「アルス・マグナ……この森の中なら安全かな」
【カマドウマ】
〔満杯〕〔流転〕〔呪解〕〔充力〕〔〔渦魔導魔〕〕
アイコンから〔渦魔導魔〕を選択する。体がたちまち魔力素となって霧散する。ん?
ピョンピョピョ……ズビュビュビュビュンッ!
「キヲツケテ」
声まで出せるんだ!俺の声とあまり似てないけどすごいよコマッチモ!レベルが上がっただけのことはあるね。姿の方はバッチリ瓜二つ!でもお願いだから服を着てね。違う意味ですぐバレるよそれ!
「マソラサマヒトリボッチジャナイ。コマッチモガイル。ダカラニコニコシテ。ユウゴハンイッショニタベヨ」
ありがとコマッチモ。じゃあ行ってきます。
lUNAE LUMEN
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