ほしにねがいをかけるなら
重なる通知を視界の隅に捉えた時には世界が大きくその姿を変えようとしていた。真っ白な世界が弾けて、瞬きの内に目に入る全てが変貌していた。
何も聞こえなかった耳に、ざわざわとした風の音と鳥の囀りが聞こえる。
何も感じなかった嗅覚が、人の臭いと風に乗って飛んでくるランタンの油の香りに触れた。
そして俺の視界は、街灯に照らされて光る夜の町と……銀色の月を捉えていた。
いつの間にか俺はレンガの地面に両足を付けており、スピカを抱きしめたまま空を見つめていた。世界の全てが色鮮やかで、新鮮で、感動的とすら思えた。月紅はもう終わったようで、視線を周囲に巡らせるといくらか人影が見えた。
とはいえ今の時刻は夜の3時近い。それほど人は出歩いていなかった。
俺の胸元に顔を埋めていたスピカが鳥の囀りに、ピクリと体を動かして……ゆっくりと顔を上げた。二つの瞳が、焦がれていた世界を――いつか見た遠き空を、しっかりと見つめた。
その瞬間、スピカの体が震えて、俺の鎧を強く抱きしめた。視線だけは空を強く見つめたまま、恋い焦がれた世界の空気を大きく吸い込んで……スピカは大粒の涙を流した。
「ああ……あぁ……ねぇ、王子様……あの、白いふわふわは何?」
眉を歪ませ、声を震わせて、泣きながらスピカは俺に聞いた。きっと遠き日の記憶の、パズルの無くしたピースを集めるように。だから、俺はスピカの目を見て優しくその問いに答えた。
「あれは雲だよ」
「ねぇ、王子様……あの真ん丸で白いのは何?」
「あれは月だよ」
「ねぇ、王子様……それじゃあ、あのピカピカしている小さな物は……何?」
「あれが、星だよ。スピカと同じ、星だ。君が見上げているのは、君が元々居た――星空なんだ」
俺の言葉にスピカはポロポロと大粒の涙をこぼして、くしゃりと顔を歪めた。その涙をぬぐうこと無く、彼女は酷い涙声で言った。
「王子様……星空って綺麗だね」
「……ああ」
俺の見ている空と、スピカの見上げている空の重さは違う。きっと、全く異なる。それは果てしない時間の重みで、彼女がひたすらに抱えてきた長い長い願いの重さだ。
スピカは呟くように、囁くように、繊細な声で言う。
「やっと……帰ってこれた……」
「……」
星の瞬く空に、スピカの声が吸い込まれていった。誰もその言葉に答えるものは居ない。けれどきっと、それでいい。この言葉に呼応するものは無くていい。何故ならこの言葉はため息のようなもので、途方もない想いの込められた――世界一重い独り言だから。
スピカは泣いた。大声で、激しく泣いた。号泣とも言えるそれを止める必要は、無い。何故ならそれは感涙だから。ひたすらな郷愁が、焦げるような望郷が果たされた……その証であるから。
「ひっぐ……うぅ、あぁ……」
「……」
大粒の涙を、スピカの白い指先が拭う。けれどもどれだけ拭おうと、涙はそれを通り抜けて彼女の頬を伝っていた。拭っても拭っても、涙は溢れて止めどない。そんな彼女の手を通り抜けた一滴の涙を、俺の剥き出しな右手で拭った。
スピカはハッとして俺を見つめると、灰色のそれに優しく手を添えて、小さく言った。
「……温かいよ……」
いとおしそうにオッドアイを細めたスピカに、そっと言った。
「……帰ろうか。みんなが待っているよ」
「……うん」
スピカは確かに頷いた。墓地に戻れば、きっとアルデバラン達が俺達を待っている。空を飛んで、そこまで行こう。場所は知っているから、とスピカに告げると、スピカはにこりと微笑んで俺の右手を握った。
「アルデバラン達は、ここから北にある墓地に居るよ」
「分かった。王子様……私の手を、離さないでね」
「……」
スピカの言葉に、俺は答えられなかった。意味合い的にはきっと、危ないから手を離さないでという意味なのだろう。けれども、澄んだ瞳で俺を見つめるスピカの言葉にそれ以上の意味があるような気がして……俺は石像になってしまったように何もできなかった。
沈黙を肯定と見なしたのか、はたまた元々肯定なんて必要としていなかったのか、スピカの体が宙に浮く。
確かに空へと飛び立つスピカに手を引かれて、俺達は町を後にした。
―――――――――
「本当に、スピカはここに戻ってこれたんだ……」
墓地までの空路を進みながら、スピカがぼそりとこぼした。白いツインテールが、風になびいて揺れていた。独り言を呟いたスピカの表情を鑑みることは、俺には出来ない。
こちらに振り返ることなく、スピカは俺に声を掛けた。
「ねぇ、王子様。世界って、こんなに綺麗なんだね……星も、地面も、鳥も、木も……全部、全部がスピカは綺麗だって思うよ」
「……普段は何気ない事のはずなんだが、俺も今はどうにもきれいに見えるよ」
本当に、少し前までは何もかもが普通だった。目を止める必要はなかった。空の星だって、きれいだなの一言で片付けられた。それが今は、何もかもが煌めいて見える。通りすぎていく景色が、月明かりに照らされた湿地が、絵画のように見えるのだ。
「いつもと変わらない景色の筈なのに、何が違うんだろうな……」
俺の小さな問いに、スピカが答えてくれた。
「王子様、それはね……きっと今まで見てなかっただけなんだよ。全部、最初から変わってないなら……きっと、世界が綺麗だってことを、王子様は忘れてたんだ」
「……」
「きっと何もかもが当たり前になると、全部忘れちゃうから……だから、何もかもを忘れないで、ずっと綺麗だって思って欲しいな。そしたらね――きっと何処でも、星空みたいに見えると思うよ」
思わずスピカの顔を見上げたが、やはり後ろからでは見ることが叶わない。けれども僅かに見える口の端が、俺には笑っているように見えた。
そうか……きっと見過ごしてきたのか。忘れて生きてきたのか。それを思い出せば――何処だってきれいに光って見えて、どこもこの星の空みたいに見えるのか。
思わず見上げた夜空は、ため息が出るほど美しい。灰色の雲の奥で、生まれたばかりの星達が懸命に光っている。その様子に見惚れていると、スピカがあ、と声を上げた。
「王子様、あれが墓地ー?」
「ん?……あぁ、そうだ。あれが墓地だ」
「本当だ、シャボン玉で見たのと同じ風に見えるよ……うぅん、もっと綺麗だなぁ……」
ドラゴンに追われていた時と違い、ゆったりとした飛行で俺達は墓地へとたどり着いた。墓地は見渡す限りが緑と花に囲まれ、整然と並んだ墓石の周りに銀の光が散らばっている。さながら地上の星空と形容しても良いくらいの光景だった。
そんな墓地に、幾つものごつごつとした黒い影が見えていた。それと、こちらを見上げる白い竜と白い霊達。もちろんその中にはロードの姿もあった。
ゆっくり、ゆっくりとスピカが高度を下げていく。俺たちを視認したらしい黒の星達が大慌てでこちらに歩み寄ってきた。メラルテンバルやロード達は感動の再会に水を差さないように、空気を読んでこちらに寄ってくる事はなかった。
スピカの足先が柔らかな草を踏みしめる。その少し前に、俺も墓地の地面へ着地した。地面から顔を上げると、とてつもないスピードでこちらに駆け寄ってくるアルデバラン達。
前に見たときよりも数が格段に増えている気がする……全員集合したのか?とにかく巨大で黒い星達が一斉に走ってくると、とてつもなく怖い。迫力のある絵面すぎるな。
真っ先にこちらに到達した一際大きな星――アルデバランはスピカの姿を見つめると、相変わらず嗄れた声であぁ、と感嘆のため息を溢して膝を着いた。
『ああ、あぁ……貴女様こそ、星の……我らが姫、スピカ様。この数百年、貴女のお姿をずっと探しておりました……』
「アルデバラン……もう、おじいちゃんになっちゃったね」
『はは、すみません。何分我々も過ぎ行く年月には勝てませぬ故……』
「他の皆も……うん、皆おじいさんになってる」
続々と到着した星達がスピカの姿を見て胸を打たれ、即座に膝をついて忠誠の念をありありと示す。その姿をじっと見つめたスピカは、過ぎてしまった長すぎる時間の結果に目を細めていた。けれども、その目に悲しみはなく、それどころか彼らと再開できた事への喜びが十割を占めていた。
その証拠に彼女の瞳はかつて無いほど優しく、口元は柔らかく弧を描いていた。
これがゲリラクエスト『貴き星の迎合』か。文字通りだな。片やワールドボス『郷愁』の星の姫。もう片や夜空の星を形作る有名な星座の集い……。そんな中にいる俺はなかなか場違いな気もするが、よく考えれば俺は彼らの王子候補だ。
真の王子になるための試練とやらをクリアしてしまった以上、本当に王子になりかねない。
そんな俺の心配を置いて、スピカとアルデバラン達はお互いの話に花を咲かせている。どちらもそうそう軽く語れるような話ではないはずだが、今の状況に限っては笑顔で話しても許されるだろう。彼らが抱える悩みは、今をもってして解決したのだから。
『本当に本当に……なんといって宜しいか。ああ、このアルデバラン、感涙が止まりませぬ』
「泣かないで、アルデバラン。もう大丈夫だよ、スピカと王子様が居るから。王子様はね、凄いんだよ?スピカを見つけてくれて、スピカの為にドラゴンさんまで倒してくれたんだっ」
『なんと……姫の為に竜狩りまで……!?』
『これはもう議論の余地はありませんなぁ』
『ええ、間違いないでしょう』
『ライチ様こそ、真の王子だ……』
「……」
止めてくれ……決意は固めていた筈なのに、こういった状況に陥ってしまったら決意が鈍ってしまう。スピカは心底楽しそうに星たちに俺の武勇伝や、いかに俺が素晴らしいかを懇切丁寧に語っており、星たちはその一言一句に感嘆の声を漏らしている。
中には何やら空中に魔法でメモらしきものを取っている星までいる……本にでもする気か?
あれよあれよといううちに星たちの中で俺という存在の立ち位置が跳ね上がっていく。……そんなキラキラした目を向けないでくれ……心が痛む。
彼らには王と女王が必要なのだ。空を統治し、彼らを導く……そう、文字通りの『星』が必要なのだ。その手前で『すまないが、俺は君たちの王子にはなれない』なんて言えるか。
……だが、言わなければならないこと位、知っている。散々頭で議論を繰り広げて、もう結論は出ているのだ。もう、やるべきことぐらい……わかっているのだ。
俺は、彼らの王子ではない。
そして、スピカにとっての王子様にはなれない。
俺は死神の寵愛を受けている。彼女の騎士になっている。でも、もし……あるいは――スピカに先に出会っていれば、結末は変わっていたのかもしれない。
けれども、それは結局仮想でしかない。空想で、予測に留まっているのだ。だから、告げよう。
『戴冠式の準備をしなければなりませんなぁ』
「う、うん……それと……王子様との結婚――」
「スピカ」
「うん?どうしたの?王子様」
スピカが幸せそうな笑みを浮かべて俺に振り返る。その顔をどうしても直視出来なくて、地面を向いたまま……言った。
「俺は――王子になるつもりは……ない」
「……え?」
『……なっ……』
この場の空気が止まった。何も聞こえない。何も見えない。スピカがどんな表情をしているのか、さっぱり分からない。ただひたすらな沈黙と静寂が、目の前に転がっていた。
ワンテンポ遅れて、アルデバランが焦ったような声を漏らした。
『ら、ライチ殿……それはどういうことでしょうか?その、理解が……』
「俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ。だから、空の上には行けないし、星にもなれない。本当に悪いと思っている……けど、俺は君たちの王子にはなれないんだ」
『な、なんと……そんな……』
俺の視界の外から、星たちのどよめきが聞こえた。まるで近くで爆発でも起きたような騒ぎだった。そんな騒がしさの中で、スピカが震える声で俺を呼んだ。
「……王子様、スピカを見て」
「……」
ゆっくりと、顔を上げた。本当なら上げたくなかった。この場に背を向けて、走り出してしまいたいくらいだった。けれど、そんなことは誠実とは言えない。だから、覚悟を決めてスピカの顔を見た。
整ったその顔は酷く苦しそうで、張り裂けそうだった。
「ねぇ、王子様……王子様は、スピカと一緒に空に来てくれないの?」
「……ああ」
「王子様は、スピカとずっと一緒に居てくれないの……?」
「…………ああ」
「そんなの……スピカは嫌だよ……」
スピカは泣きそうな顔をした。それからまた無意識に目をそらしそうになって……こらえた。こちらに一歩歩み出て、スピカは聞いた。
「……理由を、聞いても良い?どうしてスピカと一緒に居てくれないの?」
「……俺には――もう好きな人が居るから……その人が居るから、スピカに着いていくことは……出来ないよ」
スピカは今までに無いほど苦しげな顔を一瞬だけして、そして顔を伏せた。そして、伏せた顔から小さく声を漏らした。
「そっか……ライチにはもう、大切な人が居るんだね」
スピカを俺に背を向けた。そして沈痛な声で、言葉を続ける。
「王子様にはもう、一番星のお姫様が居たんだ……」
その声は震えていて、裏返っていて、泣きそうなのを我慢していることくらい、直ぐにでも分かった。その言葉を最後に、スピカは乱暴に自分の目元を拭った。そして、ゆっくりと俺に振り返る。その瞳は潤んでいて、泣きそうで……けれども、顔だけは確かに笑っていた。
「それなら、スピカが王子様の邪魔をするなんて出来ないよ」
ぎゅっと、心の奥が握り締められるように痛む。スピカの笑顔を、一滴の涙が伝った。笑顔を緩め、スピカは夜空を向いて呟くように言う。
「それに……本当はスピカは見ちゃったもん。王子様が女の子に好きって言う所」
「……それは……」
「でも、何かの間違いだって思いたかったの。スピカの聞き間違いで、もしかしたら夢で、そういう風に思いたくて……」
彼女は俺を見ていた。きっと殆どの時間を俺を見て過ごしていた。それならば、俺がロードを好いていることも……同じく知っていたのだろう。固まる俺を見つめて、スピカは笑顔で言った。
「……スピカは諦められなかったんだよ。それでも王子様が――好きで、王子様が大好きで……何度もこの気持ちを忘れようって、そう思っても止まらなくて……」
「……」
声が、出ない。言葉が思い付かない。こんな経験は初めてじゃなかったはずだ。なのに今はそれらを凌駕するほどに、言葉を忘れてしまっていた。そんな俺に相変わらず笑いかけながら、スピカは俺への愛を紡いだ。少しだけ苦しそうな顔をして、それでも幸せそうに。
「止まらないんだよ。止まらない……王子様が……ライチが――大好きだっていう、この気持ちは止まらないの。どうしたらいいかって何度も自分で考えてね、ようやく今分かったんだ」
ゆっくりと、スピカが俺に歩み寄る。手を伸ばせば触れられる、そんな距離に立ってスピカは俺を見上げた。そして、すべての勇気を振り絞るように彼女は深く呼吸をして……俺を見た。俺の瞳を見つめた。
「口に出して、王子様に伝えないといけないって。それで駄目なら――うん、諦めるしか……無いよ」
「……」
「ねえ、ライチ……スピカね……貴方が、大好きなんだ。愛してるよ。ずっとずっと、昼も夜も無いあの場所で、貴方だけがスピカの星だったの。だからお願い――スピカの手を取って。初めて会った時にしてくれたみたいに、優しく笑ってよ……」
それは完全な、一点の曇りもない……愛の告白だった。真っ直ぐな愛だった。スピカが俺に向けている、狂おしいほどの恋慕が胸に刺さる。ゆっくりと、スピカは俺に手を向けた。この手を取ってと、スピカが微笑む。
俺の中で時間が加速して、何度も何度も選択肢が浮いたり沈んだりする。そうして、長い長い一瞬が過ぎた時……俺は目を伏せながら言った。
「ごめん……本当に、ごめん」
スピカの顔は、見えない。けれども視界の隅で、空回りした彼女の手が震えているのだけは見えた。
「…………そっかぁ、スピカはライチのお姫様になれないんだね」
噛み締めるように、ゆっくりとスピカは言った。俺の視線の先で、一滴の涙が地面に落ちて弾ける。俺たちの沈黙を裂くように、スピカが柔らかくこう言った。
「……ちょっぴりだけ、悔しいかな」
何も言えず、ゆっくりと顔を上げた。それが、俺の責任だと思ったから。目を逸らして良いものではないと思ったから。顔を上げた先のスピカは――笑っていた。その笑みに、思わず体が固まる。
「でも、悲しくはないよ。ライチが幸せなら……スピカにとっての王子様が笑顔なら、スピカは大丈夫なの」
「スピカ……」
「けどね、一つだけ……スピカはワガママを言いたいんだ」
いつもの笑顔で、涙を流しながらスピカは言った。その言葉に、俺は大きく頷く。えへへ、と笑ってスピカは俺に『ワガママ』を告げた。きっとそれが最後だと理解して、さよならを言うように。
「スピカはね、きっと空の上に居るよ。ずっと空の上に居て、夜の空で笑って光るよ。だからね――」
スピカはゆっくりと俺に近づいた。そして息が掛かる距離まで俺に近寄ると、俺を見上げ、花が咲いたように明るく微笑んで――こう言った。
「――スピカを、忘れないで」
「……」
「ずっと空で笑うから、ライチの幸せを願って夜を照らすから……だから、夜になって星を見たときは……貴方の中で光ってたいの」
「……ああ」
「ごめんね、ワガママで」
そんなことはない、と言おうとしたが、またもや言葉が形を成さず、俺はただ笑うスピカを見つめた。
「それでも、スピカはライチに忘れられたくないよ。本当なら、一緒に居たいよ……だって、ライチはスピカの王子様だから。あの狭い世界から、スピカを連れ出してくれたから……」
もう、限界だった。俺の口から行き場のない吐息が漏れて、喉がぎゅっと締まる。何もない筈の眼孔から、涙が溢れているのを感じた。
ごめん。スピカ。本当に、本当に……。
無意識に唇を噛んで、酷く歪んだ顔を正さぬまま、俺はスピカの優しい笑顔を――向日葵のような、北極星のような笑みを見つめた。
「だからね、スピカは――ライチが、大好きだよ!」
スピカがつま先立ちになり、そこからぴょんと跳ねて――俺の頬にキスをした。軽い音がなって、スピカが顔を赤くする。
「えへ、それじゃあ……スピカは行くね」
「……ああ」
「遠い空の向こうで、ライチを想うよ。好き勝手に光るよ。だからきっと――スピカを忘れないでいてね」
「忘れないよ。絶対……絶対に君を忘れないよ。約束する……」
俺の言葉にスピカは目を丸くして、そしてもう一度笑った。
ありがとう、王子様。
最後にそう言って、スピカが俺に背を向ける。白いツインテールが揺らめいて、スピカの体が空に浮いていく。一連の会話を見ていた星たちも、何も言わずに空へと飛び立っていく。その小さな背中に、不定形な俺の腕が伸びて……それを下ろした。
「……スピカ」
無意識に名前を呼んだが、彼女は振り返らない。ひたすらに溢れる涙を拭うこともせず、遠くへ進んでいくスピカを見つめた。それはやがて点のようになり、夜空に混じって――一つの星になった。青白く輝くそれは、きっと空から俺を照らしてくれていた。それを見上げる俺に、クエストクリアの通知が響く。
【イベントクエスト『星に願いを掛けるなら』をクリアしました】
【星の姫は、空へと帰る】
【騎士は静かにそれを見送った】
【燦然と、スピカが夜空で煌めく】
【もしも】
【もしも星に願いを掛けるなら……】
【あなたにずっと、笑っていて欲しい】
「あぁ、あ……あぁ……!」
なんとか堪えていたつもりだった。けれども時間差で差し出された『願い』に、涙の堰が崩れる。スピカは長い長い幽閉の先に、抱えた想いを押し止められて……それでも、遠い星に『ずっと側に居て』とは願わなかった。ただただ俺の笑顔だけを望んだ。
その純粋な想いを推し量るだけで、どうしても涙が止められなかった。
暗い夜空の中で、一番星が強く煌めく。叶わぬ想いを抱き締めて、消せぬ愛を燃やしながら、きっとあの人に届きますようにと、今夜も星は煌めく。
その星の名前はスピカ。星たちの姫。そして――世界で最も明るく光る、たった一人の為の一等星。
それは星を跨いで、世界を跨いで紡がれた……世界最大級の『I Love you』の話。




