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星明かり。満天の空と星の姫。

 世界にとって何か大きな影響が起きたとき、世界は一つの区切りを迎える。

 例えば、墓守の血族が『堕落』の影響から解放され、堕落の欠片が浄化された時。『破滅』が産み出した真紅の月夜から、世界が逃げ延びたとき。『厭世』がプレイヤーの出した答えに失望を呟いた時。


 そして今回は二つの小さな影響が重なりあい、大きな波紋になっていた。一つは『破滅』が世界と自分への疑問を持ったこと。もう一つは――


「スピカはもう……我慢できないよ」


 玉虫色のシャボン玉が浮かぶサイケデリックな世界で、白いツインテールを揺らす少女は呟いた。一際大きなシャボン玉の上で仰向けになった少女はオッドアイをパチパチと瞬かせながらため息を吐く。

 彼女の名はスピカ・レトリック。『郷愁』を背負うワールドボスであり、この世界で最初に作り出されたワールドボスでもある。


『彼』にとって処女作ともいえるスピカは、プログラムの面から見れば欠陥品……もしくは『バグの塊』といっても過言ではない存在である。それ故に彼女はワールドボスの中で最も不安定で、最もこの世界の住民に近い。


 他のボスと一線を引いている問題点……それは、スピカがこの世界をゲームの中だと認識できていない点である。


 創造主である『彼』をもってしてもバグやエラーの塊であるスピカを制御することは難しく、世界に野放しにしておくにはその力が強大で不安定過ぎた。故に彼女はこのゲームが始まるずっと前に世界から隔離され、適当なフィールドを与えられて監禁されていた。  


 その日々は彼女にとって退屈極まりなく、あまりにも味気なかった。それでもシャボン玉から見える外の世界を見つめて興を持たせていたが……それももう限界であった。

 外の空気が吸いたい。色んな物に触れたい。綺麗な景色を見たい。抑圧された『願望』が彼女の心で疼いていた。  


 外に出たら何をしようか、そればかりを考えてもう百年近くが過ぎている。他のボス達は『堕落』を除いて自由とは言えなくても世界を見れるし、触れたいものに触れられる。それがスピカには羨ましくて堪らなかった。

 外に逃げ出してみようと計画を立てることもあったが、このシャボン玉の世界はVR世界と完全に隔離されている。逃げようにも出口どころか入り口すらないのだ。


 変わらない日常、移り行く世界。その煌めきを知る度に、空の色を思い出す度に、スピカは己の中の感情が大きくうねるのを感じた。それは小さな体の奥底にある、飢えた狼のような衝動。煮えたぎるマグマより熱く、抱えているだけで内側から焼けそうになるほどの――



 ――『郷愁』だ。



 帰りたい……あの場所へ。戻りたい……もう一度。それはすべての生き物のもつ原始的な本能。彼女は堪らないほどの郷愁に身を焦がしていた。それでも監獄のような世界は出口を寄越してくれない。

『王子様』を待つのも、もう限界だ。この心が叫んでいる。在りし日の場所へ行こう、と。その為ならば……全てを犠牲にしても構わない、と。


「ねえ、スピカの王子様……助けてよ。スピカを助けて……ペガサスに乗って連れていってよ――スピカの居た、夜の空に」


 スピカは赤と青の瞳で何もない空を見上げた。そこには月どころか星の一つもない。狂おしいほどの郷愁に身を焦がしながら、スピカはため息を吐いた。

 暗い城に閉じ込められた星の姫を連れ出す天馬の王子は、まだ来ない。



 ――――――――――



 暗い森の中、廃れた獣道を歩いてメラルテンバルの元へと帰った。真っ暗な森だとメラルテンバルの白い体が遠くからでも良く分かった。メラルテンバルも俺の事を知覚したようでゆっくりと長い首を動かして俺を見た。


『……お疲れ様』


「……色々ありがとな、メラルテンバル」


『別に気にしないでくれよ。このくらいは当たり前の範疇に入るさ』


 俺の様子に何かしらを察したメラルテンバルは、しみじみと言った。その視線は俺が歩いてきた方角……リアンの墓の方面に向いていた。


『リエゾンは、大丈夫そうかい?』


「ああ、きっと大丈夫だ。俺が保証する」


『それなら安心だね』


 さらりと事もなさげに俺への信頼を語ってくれたメラルテンバルに、鎧の奥で小さくはにかむ。暗い夜の森の中で、星の明かりだけが細々と視界を照らしていた。

 じっとリアンの墓のある方面を見つめていたメラルテンバルが、ぼそりと言葉を溢す。それは、独り言かと聞き間違えるほどの声色だった。


『……愛って一体何なんだろうね』


「……俺に聞くか?」


『君に、聞いてるんだ』


 振り返って覗き見たメラルテンバルの青い瞳には冗談の色はまるで見られず、心底真剣な疑問なのだろうとすぐに分かった。


 とはいえ、俺はまだ生まれてから17年ほどの子供だ。自分が大人だと思えるほど精神が成熟しているとは言えない。それでもメラルテンバルが俺に聞いてきた、ということはきっと『俺の答え』を求めているということなのだろう。

 正しさとか一般論とか、そんなものを度外視にした考えが求められている。


 ……愛か。俺はまだ誰かを好きになったことはない。そもそも好きになるという感覚自体が掴めない。唯一ロードの事を考えている時は胸がざわつくが……この感覚が何なのかもさっぱりだ。

 やっぱり、俺には分からない。見たこともなければ触れたこともないから。


 ――けれど、一つだけ知ったことがある。


 それはリエゾンと出会って、彼の思いに触れて……そしてリアンとリエゾンの悲恋を見て、初めて知ったことだ。これが正しいかどうかは分からないが、俺に言えることはこれぐらいしかない。


「俺は、愛がなんだか分からないよ。けどさ、今回のことで分かったことがあるんだ」


『……』


「愛ってさ……ちゃんと言わないと、ちゃんと聞かないと伝わらないんだな。どれだけ愛してたって、愛されてたって……結ばれない恋があるんだ。お互いが素直になれないから分かりあえない関係があるんだ」


 人はいつ死ぬか、さっぱり分からない。明日かもしれないし、明後日かもしれない。生きているということは不定形なのだ。愛している人に本気の愛を伝えられる機会は、人生でそんなに多くない。


「俺達は、人生であと何回素直な気持ちを誰かに言えるんだろうかって……俺はそう思ったよ」


『そっか……ライチはそう思ったんだね。僕とは違うなぁ……』


 メラルテンバルは噛み締めるように言った。メラルテンバルの過去にも、もしかしたら何かがあったのかもしれない。暗いか明るいかはさておいて、きっと忘れられないほど深く刻まれた何かがメラルテンバルの過去にあるのだろう。

 けれど、それについて踏み込むのはきっと藪蛇というやつだ。本当に悩んでいたり、耐えきれなければきっと自然に口に出してくれるはずだと信じて、俺は口をつぐんだ。 


 それからしばらくして、リエゾンが獣道を歩いて帰ってきた。その顔は滂沱でぐずぐずになっていたが、深紅の瞳は揺らぐこと無く俺達を見つめていた。彼は震える呼吸をそのままに、泣きそうな顔を何とか笑顔に変えた。


「ライチ、メラルテンバル……本当にありがとう。……ありがとう」


「……依頼の報酬は戴いたな。……どういたしまして」


『僕もどういたしましてと言っておくよ、リエゾン君』


 このクエストの報酬は3つ。『不滅』の加護とリエゾン・フラグメントの感謝、不滅の愛だ。加護は未だに俺の右腕に付いているし、リエゾンの感謝は今貰った。そして、不滅の愛もしっかりとこの目に焼き付けられている。

 変な言い方をするなら、『良いものを見せてもらった』って感じか。


 思わずじっと見惚れてしまう、確かな不滅の愛を俺は見せてもらった。この世で決して壊れないものを、ダイヤモンドのように煌めく心の色を見た。それに加えて涙ながらの感謝を貰ったともなれば、十分に依頼の報酬は受け取ったことになるだろう。

 泣きそうな顔をするリエゾンの肩を優しく叩いて、語りかける。


「大丈夫だ。安心しろ。俺が……俺達が付いてる。……これからは笑って生きてこうぜ?」


「……あぁ、そうだな。オレは、一人じゃないんだ」


『酸いも甘いも、清濁全部飲み干して……笑って生きるといいよ。僕は君を応援するし、きっとみんなもそうだ』


 何度も頷くリエゾンに近寄る。そして数瞬迷った後に、その肩に腕を回した。一緒に帰ろうぜってことでこうしてみたんだが……流石に距離が近すぎたか?頼むぞオルゲス流コミュニケーション術……!これでさらっと距離を取られたら俺は暫く脳死状態になるぞ。

 リエゾンの反応にひやひやしながら、何とか声を振り絞った。


「さ、さぁ……帰ろうぜ。墓地に」


『ふふーん、攻めるねぇ』


「はは、そんなに固くなるなよ。……ああ、帰ろう。何だか疲れて眠くなってきた」


 良かった。大丈夫だったようだ。リエゾンは柔らかい笑みを浮かべて大きく頷いた。その笑みに安心しながらメラルテンバルに歩み寄り、その背中に二人で乗る。 

 遠き約束を果たしたリエゾンの、新たな門出をを祝福するかのように、メラルテンバルが揚々と声を上げた。


『さて、紳士お二人様……飛ばしていくよ!』


「ほ、程々に頼むぞ……!」


「行きは大丈夫だったのに、帰りはダメなのか」


 いやいや、行きはそれどころじゃなかったというか……そうだ、緊張していたのだ。それが安堵で心に余裕ができると、スライム状の恐怖や苦手感がぬめりとその隙間を埋めてくる。

 ガチガチに固まる俺に小さく笑うリエゾン。メラルテンバルも鼻で笑っている。……絶対バカにされてるな。後でオルゲスにチクろう。


『ライチ、君……今悪魔的な考えをしなかったかい?』


「いや、何のことだかさっぱりだ」


『うぅ……寒気が……』


「メラルテンバルを怯えさせるとは……凄いなライチ」


 オルゲスにチクるのは悪魔的な考えなのか……。身体に纏わり付く悪寒を振り払うように、メラルテンバルは快速で空の上を駆けていった。勿論絶望と恐怖に俺が内股になったのは言うまでも無いことだ。

 体を押し退ける風の塊に顔をひきつらせながら、夜の空を征く。進行方向に横たわる星空を見て、リエゾンは小さく呟いた。


「……眠い」


「はは、眠って振り落とされるなよ――お?」


「どうした?」


 やっぱり疲れてたか。笑いながら墓地までは頑張れ、と声を掛ける……と同時に、奇妙な感覚に陥った。星空を見つめて居る俺が、誰かに見られているような感覚。なんとも形容しがたい……不快感?違和感?に襲われているのだ。これが晴人の言ってた第六感なのか?とビクビクしながら周りを見渡すが、勿論何も居ない。


 何だ、この感覚……まるで、空の向こうから見られてるみたいな……。言い知れぬ感覚は俺にだけ感じられるようで、リエゾンは心配そうな表情をしている。暫くすると謎の感覚は消え、涼しい風が鎧の隙間を通っていた。


「いや……気のせいだったみたいだ」 


「そうか……ライチも良く寝たほうがいいぞ?」


『そうだね、ここ最近君は頑張りすぎだから休むのも手だ』


「……SP余ってるし……(まじな)いとか生産に手を出してみようかな……あ」


 そういえば俺、DEX (器用)がほぼ最低値だった。呪いは多分MAGを参照してくれるだろうが……生産は無理だな。例のポーション混ぜたスレのように、ステータスが足りないのに生産をやると爆発するらしい。ポーションは薬師専用の『調薬』スキルが無いと小屋を一つ吹き飛ばす大爆発になるそうな。


 技量足りないのに伐採とか釣りをしたらどうなるんだろうか……まさか斧を振りかぶった瞬間に爆発とか?……なんかもうギャグみたいだ。

 そういえばカルナは『採掘』スキルを持ってたな……STR極振りなのに。カルナなら一振り一振り爆発しながらも耐えきって採掘しそうだ……。


 暇ができたら例のダンジョンへ行ったり、スレで交流をしてみたりもいいかもしれない。何やら噂によると魔物プレイヤーが着々と増えているそうな……。

 そういえば、人間達がロードの居る北や南を攻略するというスレを見た気がしたが……流石に町近郊にダンジョンが出来たらそれどころじゃないか。それでもあと少しすれば攻略しそうなものだが……その時はここの先輩として仁王立ちで迎えてやろう。


 ロードに失礼な振る舞いをするものが居た場合確実にメラルテンバルのブレスの餌食になるだろうから、心配はそれほど無いのだが……やはりなんとなく不安だ。

 風に煽られながら色々と考えていると、電子音が鳴って通知が来た。


【店売りの店長様率いる、アフロじゃ駄目ですか?様、ナ†イ†ト†メ†ア様のパーティー『羊光線』がユニークボス『ファフニール・ルドル』を討伐しました】


【同時に、隠しダンジョン『常闇の回廊』を攻略しました】


【おめでとうございます】


「うわ、マジか……まあ、普通にみんなもプレーしてるわけだし、こういうこともあるかぁ」


 なんだか面白い名前の人達がユニークボスを撃破している。隠しダンジョンのボスだったっぽいな。今までが進展ゼロなだけで、人間側も楽しみつつダンジョンを攻略し、エリアボスに果敢な挑戦をしているのだろう。


 改めてこのゲームがMMOであることを再確認した。とはいえだ、この先に人間との対立イベントがあるわけでもない。ならばそれほど肩に力をいれなくてもいいだろう。

 うー、と凝り固まった体を伸ばし、危うく落下しかけた。危ない危ない……。


 さてさて、夜も更けてきたが、もうすぐ墓地だ。眠気を覚まして行こう。

豆知識:『ファフニール・ルドル』


簡単に説明すると、自分の体をどっかのグミみたいに千切って投げてくるブドウみたいな体のカエル。

投げた体は爆発して、一定時間その場に残留する『悪意の霧』を発生させる。


悪意の霧に触れると一定時間、ステータスの一つが「1」になる……が意外にも解除可能。ほっとくと自分で体を千切れなくなって死んじゃう時限型のユニークボス。厄介な特性と高水準のステータスを持っているが、ユニークボス界隈ではまだまだ優しい方だったり……。

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