第59話: 本丸のざまぁ
コランは二人の官吏と顔を見合わせた。
「合議のため席を外します」コランは言った。「被告はその場でお待ちください」
コランと官吏が正面の奥の扉から出ていった。
部屋に残ったのはミラとレオと、ベルナールと、壁ぎわの五人だった。
ベルナールは椅子に座っている。膝の上の手は動かない。指輪は止まったままだった。背筋は伸びている。
壁ぎわで、列席の貴族の一人が姿勢を変えた。もう一人が窓のほうを見た。天井の高い部屋だった。窓は壁の上のほうにある。光が静かに落ちていた。
ミラの席からベルナールの横顔が見えた。帳場に来た日と同じ顔だった。経緯の紙を立ったまま読み、門を閉めた日と同じ顔だった。
机の上に封蝋の紙が五つ並んでいる。帳場の机で書いた紙だった。
ミラは自分の手を見た。右手中指のペンだこがある。十一年のあいだに硬くなった。この指で帳面を書いた。経緯の紙もこの指だった。
レオは隣の席で静かに座っていた。手袋の手は膝の上に置かれている。
「長くかかりますか」ミラは小声で言った。
「いいえ」レオは言った。「四件とも帳面で裏がとれています」
奥の扉が開いた。コランと官吏が戻った。
コランは席に着いた。手元の紙に目を落とした。
「審理の結果を申し渡します」コランは言った。
「先代エルフェルト伯爵の毒殺」コランは言った。「認めます」
ベルナールの手は動かなかった。
「爵位の簒奪」コランは言った。「認めます」
「十一年にわたる横領」コランは言った。「認めます」
「血統の偽装」コランは言った。「認めます」
壁ぎわの椅子がきしんだ。列席の貴族の一人が息を吐いた。もう一人が目を伏せた。
ベルナールは動かなかった。背筋は伸びたままだった。指輪は止まったままだった。
「エルフェルト伯爵位は先代の没後に遡り無効とします」コランは言った。「被告は正当な爵位継承者ではありませんでした」
「爵位と領地は、先代の正統な子に帰属します」コランは言った。
コランはミラを見た。
「ミラ・エルフェルト」コランは言った。
名前が呼ばれた。
コランの声で、この部屋で、列席の貴族たちの前で呼ばれた。帳場で帳面を書いていたときの名前だった。追放の日に門を出たときの名前だった。数字しか読めぬ無能と呼ばれたときの名前だった。その名前が、審理の机の向こうから呼ばれた。
「告発側に申し添えることはありますか」コランは言った。
「ありません」レオは言った。「帳面のとおりです」
「横領の追徴は家への返還とします」コランは言った。「科料は王庫に納付とします。被告の個人の財産は追徴と科料の原資として没収します」
「被告の身柄は監査院が預かります」コランは言った。
ベルナールは立った。
右手を見た。印章指輪がある。この部屋に入ったとき窓の光を受けていた指輪だった。十一年、この指で帳面に裁可の判を押してきた。
指輪を外した。机の上に置いた。小さな音がした。
コランが立った。
「お連れします」コランは言った。
ベルナールは歩いた。足音は揃っていた。入ってきたときと同じ歩幅だった。
ミラの前を通った。見なかった。帳場に来た日も見なかった。この部屋に入った日も見なかった。最後も見なかった。
扉が開いた。廊下に官吏が待っていた。ベルナールは廊下に出た。仕立てのよい上着の背中が見えた。
扉が閉まった。
コランが机に戻った。封蝋の紙を重ねた。ベルナールが置いた指輪を紙の上に載せた。
「ミラ・エルフェルト」コランは言った。「爵位の帰属の手続きは後日書面でお届けします」
「はい」ミラは言った。
「家の帳面は監査院の管理下に置きます」コランは言った。「差し押さえの手配は追って行います」
「帳面は帳場にあります」ミラは言った。「先代さまの頃からのものがすべて残っています」
「動いていませんか」コランは言った。
「動いていません」ミラは言った。
「承知しました」コランは言った。「追徴の算定にも原本が要ります。差し押さえが済みましたらお知らせします」
「はい」ミラは言った。
「本日はこれで閉じます」コランは言った。
コランと官吏が紙と指輪を持って部屋を出た。
列席の貴族たちが立った。一人ずつ部屋を出ていった。
最後の一人が扉の前で足を止めた。ミラのほうを見た。
「エルフェルト殿」その人は言った。小さく頭を下げた。出ていった。
「あの方は」ミラは言った。
「列席の伯爵です」レオは言った。「先代のお父さまを知っておられた方です」
部屋にはミラとレオが残った。
机の上には何もなかった。窓の光が少し傾いていた。朝に始まった審理だった。
「ミラさん」レオは言った。
「はい」ミラは言った。
「帳面は正しかった」レオは言った。
「帳面のとおりでした」ミラは言った。
「原本の突合はこれからです」レオは言った。「追徴の額を確定しなければなりません」
「十一年ぶんですか」ミラは言った。
「十一年ぶんです」レオは言った。「わたしが立ち会います」
ミラは立った。部屋を見た。椅子が並んでいる。
ベルナールが座っていた椅子が空いていた。帳場に来た日と同じ上着を着た人が座っていた椅子だった。
「出ましょう」レオは言った。
部屋を出た。廊下を歩いた。
「帳面はいつ取りに来ますか」ミラは言った。
「五日か六日のうちには」レオは言った。「官吏がお伺いします」
「棚の上から順に年次で並んでいます」ミラは言った。「目録は帳場の引き出しに入っています」
「あなたが作ったものですか」レオは言った。
「先代さまの仕組みです」ミラは言った。「わたしが引き継ぎました」
「欠落はありませんか」レオは言った。
「ありません」ミラは言った。「十一年ぶん、一冊も抜けていません」
階段を下りた。庁舎の門をくぐった。石畳の通りに出た。日は傾いていた。
「領内への通達と追徴の監査があります」レオは言った。「しばらくかかります」
「わたしは何をすればよいですか」ミラは言った。
「帳面のとおりにしてください」レオは言った。「それが一番確かです」
「はい」ミラは言った。「ずっとそうしてきました」
帳面を書かせた人は連れていかれた。
帳面を書いた人はここにいる。




