第57話: 監査院へ
四日かかった。
街道の宿場で一晩泊まり、翌朝から王都へ向かった。レオの鞄の中に束がある。四つの写しと経緯の紙。紐はあの日にくくったままだ。
王都リンドールに着いたのは昼だった。
石畳の通りをレオと並んで歩いた。監査院庁舎は通りの突き当たりにある。石造りの三階建てで、正面に王室の紋が嵌まっている。
「ここです」レオは言った。
門をくぐった。受付の窓口で、レオが名と所属を告げた。
「エルフェルト伯爵領の監査を担当しています」レオは言った。「立件のための受理を申請します」
受付の官は奥へ人を走らせた。
二階の部屋に通された。窓が高い位置にある。机が一つ。机の向こうに人がいた。
「主任書記官のコランです」その人は言った。「ヴァンス監査官。報告ですか」
「立件です」レオは言った。
「どなたの」コランは言った。
「エルフェルト伯爵です」レオは言った。
コランの手が止まった。伯爵の名が出れば手は止まる。
「どのような件ですか」コランは言った。
「先代伯爵の毒殺と、爵位の簒奪です」レオは言った。
部屋が静かになった。
「先代伯爵は十一年前に病で亡くなったと届けが出ています」コランは言った。
「その届けが偽りであることを示す紙があります」レオは言った。
レオは鞄から束を取り出した。紐がかかっている。机の上に置いた。
「写しは四つあります」レオは言った。「作成したのはこちらのかたです。ミラ・エルフェルト。エルフェルト家の帳場で十一年、帳面の写字を務めています」
コランはミラを見た。
「先代伯爵の実の子でもあります」レオは言った。「洗礼の帳面が証しています」
「写しの内容を説明してください」コランは言った。
レオは紐を解いた。ミラがくくった紐を、レオの手が解いた。四つの写しが机の上に並んだ。
「一つめ」レオは言った。「金の帳面。十一年にわたる横領です。年額のおよそ二割が領主裁可なく抜かれています。公裁が下りた後の記録も含まれています」
「二つめ」レオは言った。「氏の届けの写し。九年前の届けです。家の控えが教区の届けより四日早い。中身を先に決めてから届けた記録です」
「何の届けですか」コランは言った。
「先代の子を消し、別の子を前に出すための届けです」レオは言った。「消された子は亡くなったことにされていました」
「亡くなってはいないのですか」コランは言った。
「亡くなっていません」レオは言った。「こちらにいます」
「三つめ」レオは言った。「雑費の帳面から。三月三日に白き花への支出が十一年続いています。二ソル。先代が亡くなった日と一致します」
「弔いの花ですか」コランは言った。
「先代の死を病でないと知る人の、隠された弔いです」レオは言った。
「四つめ」レオは言った。「教育費の帳面。里へ出した子に年二十四リーヴルが十一年支払われています。令嬢の相場をわずかに上回る額です。亡くなったはずの子への費えです」
「経緯の紙があります」レオは言った。
いちばん上の紙をコランの前に置いた。
「四つの写しがどのように先代伯爵の死に繋がるかを書いたものです」レオは言った。「作成者はミラ・エルフェルトです」
コランは経緯の紙を読んだ。長い紙ではない。四つの綻びが一つの根に閉じることを書いてある。いちばん下の行に「先代さまの実の子、ミラ・エルフェルト。洗礼の帳面が証す」と書いてある。
コランは紙を置いた。
「ミラ・エルフェルト」コランは言った。「この紙と四つの写しはあなたが作成したものですか」
「わたしが書きました」ミラは言った。
「ここに書かれていることは、帳面の記録に基づいていますか」コランは言った。
「帳面のとおりです」ミラは言った。「帳面は帳場にあります」
「帳面の原本はエルフェルト家の帳場にあるということですか」コランは言った。
「そのとおりです」ミラは言った。「動かしていません」
「ヴァンス監査官」コランは言った。「この立件は公開審理の対象になります。伯爵位に及ぶ件です」
「承知しています」レオは言った。
「帳面の原本はエルフェルト家に残っているとのことですが」コランは言った。
「帳面は動かなくても紙があれば足ります」レオは言った。「帳面を消す手間は伯爵にもかかる。原本を必要とする段になれば、監査院の権限で差し押さえます」
コランは引き出しから封蝋と判を取り出した。
「この紙を監査院の記録として受理します」コランは言った。「封を押します。よろしいですか」
「お願いします」レオは言った。
封蝋が溶けた。コランの判が紙の端に押された。四つの写しにも一つずつ押された。五つの封が机の上に並んだ。
紙はもうミラのものではなかった。監査院の記録になった。
「公開審理の日取りは追って通知します」コランは言った。「エルフェルト伯爵には出頭の命が出ます」
「被告に弁明の機会はありますか」レオは言った。
「あります」コランは言った。「審理の場で。同位の方が列席されます」
部屋を出た。廊下を歩いた。階段を下りた。
庁舎の門をくぐったとき、日はまだ高かった。石畳に影が落ちている。
「出しました」ミラは言った。
「出しました」レオは言った。
「紙はもう戻りませんか」ミラは言った。
「戻りません」レオは言った。「監査院の記録です」
十一年の帳面が紙になり、紙が監査院の記録になった。封蝋が押された。
帳場の机で書いた紙が、この建物の中に入った。
戻ることはない。




