第55話: 露見
「控えの番と封を確かめてきます」レオは言った。
「お願いします」ミラは言った。「こちらは経緯の紙を仕上げます」
「四つの写しに番は振りましたか」レオは言った。
「振りました」ミラは言った。「横領を先に、教育費を最後に」
「金で根を見せて、費えで動機を閉じる順です」レオは言った。「いちばん下に、あなたの立場を書いてください」
「先代さまの実の子であることを」ミラは言った。
「それがなければ受理されません」レオは言った。「告発する資格が、立場に要ります」
レオは鞄を持って帳場を出た。戻りは夕方になる。
ミラは机に向かった。
四つの写しを一つの束にして紐でくくり、上に経緯の紙を載せた。
いつ、誰が、何をしたか。先代さまの死から始まって、横領、偽の血の届け、白き花、教育費。四つの綻びが一つの根に閉じる形を書いた。
いちばん下に一行を足した。この紙を出す者の立場だ。先代さまの実の子、ミラ・エルフェルト。洗礼の帳面が証す。
ミラは書き終えた紙を読み返した。上から下まで自分の字だ。十一年帳面を書いてきた手が、帳面の外の筋を初めて一枚にまとめている。
足音がした。
揃った短い歩幅だった。帳場の框の手前で止まった。
「ミラや」
義父だった。
仕立てのよい上着の胸を開いて、片手に紙を持っている。大ぶりの印章指輪が廊下の明かりを受けていた。
義父が帳場に来るのは久しぶりだった。日取りの話のとき以来だ。
「肥やしの控えだよ」ベルナールは言った。「帳場に入れておいてくれ」
声は柔らかかった。
ミラは立って控えを受け取った。
ベルナールは帳場の中を見回した。積み上げた帳面の山に目を止めて、机の上のくくった束に目を移した。
「ずいぶん並べたものだねえ」ベルナールは言った。「監査のお方が、まだお前に読ませているのかね」
「はい」ミラは言った。「まだ読んでいます」
「お前のほうがこの帳場に長いかもしれんねえ」ベルナールは言った。
ベルナールは机の脇に来た。束の上の経緯の紙に目を落とした。
指が紙の端に触れた。くくった紐は解いていない。上に載せた一枚だけを、立ったまま読む構えだった。
「これは」
「経緯をまとめた紙です」ミラは言った。「監査院へ出します」
ベルナールは上から読んでいた。
最初の数行は横領の経緯だ。ベルナールの顔は変わらなかった。横領の話は知っている。
次に偽の血の届け。次に白き花。次に教育費。
「横領だけではないのだな」ベルナールは言った。
「横領だけではありません」ミラは言った。
四つが一つの根に閉じるという行で、指輪の手が止まった。根は先代さまの死、と書いてある。
次の行に進んだ。
止まった。
印章指輪が親指の腹の上で回った。
「先代の」ベルナールは言った。声はまだ柔らかかった。「実の、子」
「はい」ミラは言った。
「洗礼の帳面に、そう書いてあったと」
「書いてありました」ミラは言った。「先代さまの子、と」
「写しは、どこにある」
「監査院にあります」ミラは言った。「王の名で預かっています」
「教会の紙は、崩せんだろう」
「崩せません」ミラは言った。
指輪がもう一度回った。
「里へ出した子は」ベルナールは言った。「亡くなったと聞いておったがね」
目が紙から上がってミラを見た。数字の話になると一瞬だけ硬くなる目だった。
「亡くなっていませんでした」ミラは言った。
「誰が戻した」
「この紙には書いてありません」ミラは言った。
「十一年」ベルナールは言った。「この家に、おったと」
「帳場におりました」ミラは言った。「帳面を書いておりました」
「帳面を十一年か」ベルナールは言った。
「十一年です」ミラは言った。
「奥向きの綴りには宛がない」ベルナールは言った。「誰の子か、書いてないだろう」
「家の紙にはありません」ミラは言った。「教会の紙にありました」
「この紙に書いてある死は」ベルナールは言った。「病だったろう」
「紙に書いてあるとおりです」ミラは言った。
ベルナールの口が開いて、閉じた。
「お前が書いたのか」ベルナールは言った。「この紙をすべて」
「わたしが書きました」ミラは言った。「十一年この手で書いた帳面から」
「監査のお方は」ベルナールは言った。「この紙を読んだのかね」
「読んでいます」ミラは言った。
「この紙がなくても」ベルナールは言った。「証は監査院にあると」
「あります」ミラは言った。
「お前がここにおらずとも」ベルナールは言った。「紙は出るのかね」
「出ます」ミラは言った。
ベルナールは紙から手を離した。
「お前は」ベルナールは言った。「帳面しか読めない子だと、思っておったよ」
追放の日にも似たことを言っていた。
ベルナールは帳場を出た。足音は揃っていた。来たときと同じ歩幅だった。
廊下の向こうで声がした。
「門番」ベルナールの声だった。「門を閉めなさい。今日は外から来る者はない」
木の門が石の框に落ちる音がした。
ミラは廊下を見た。朝から帳場に茶を運んでいた下女がいない。帳場の前を通っていた小間使いの姿もない。
ミラは帳場に戻った。
紙は揃っている。帳面も束もくくった紐もある。出す先は決まっている。
門は閉まっている。レオは外にいる。戻りは夕方だと言っていた。まだ昼を過ぎたばかりだ。
経緯の紙は読まれた。読んだ人が門を閉めた。




