第38話: 前の日の使い
朝いちばんに、ジェルヴェが控えの束を取りに来た。
「本日も、巻の検めでございますか」
「同じ巻を、もう一度」
「さようでございますか」
卓の上の冠婚葬祭の巻を、家令は一度だけ見た。表題まで見えたかどうかは分からない。見えたとしても、この人の顔は変わらないだろう。
「御用の巻がございましたら、納戸の錠はいつでも」
「今日は、これで足ります」
礼をして、出ていった。廊下の板は鳴らなかった。
四十六日目の朝だ。きのうと同じ巻を、きのうと違う読みで開く。
卓の端でレオの手袋が待っている。今日の巻は、きのう、はめたまま読んだ巻だ。レオは黙って同じ手袋をはめた。
「日の順を数えます」
ミラは新しい紙を横に置いた。
「行の並びではなく、行の中の日付を暦の順に並べ直します。支度は行の順で書かれますが、動いた順とは限りません。数えると動いた順が立ちます」
「揺れた行が、立ち上がる」
「立ち上がるはずです」
「数え違いの手当は」
「二人で別々に数えて突き合わせます」ミラは紙をもう一枚出した。「あなたの列とわたしの列が合えば、数えは立ちます」
「写して並べるだけなら、会計は要りませんね」
レオはそう言って、自分の紙を引き寄せた。
葬送の頁を頭から数えはじめた。
声は出さない。指で行を押さえ、日付を拾って自分の紙に移す。帳場に筆の音が二つ並んだ。
三月三日、堂へ使い。三月四日、棺の樫材。三月四日、喪の布。三月五日、会葬の席の支度。三月六日、鐘の代。
花の代も立っている。三月五日、花の代、教区の女たちへ。ふつうの書かれ方だ。払い先があり、日付があり、額がある。
葬送の花は隠れていない。隠れているのは、翌年からの花だけだ。
数えながら、紙の上に日付の列が伸びていく。三日、四日、四日、五日、五日、六日。動いた順は行の順とほとんど重なっている。乱れのない支度だ。
「列は」
「合っています」レオが自分の紙をこちらへ向けた。二本の列は同じ形をしていた。
合っている列を見て、それでも読みを続けた。合っていることと、読み切ったことは別だ。
そして、あの行に来た。
堂への使い、二度。
指が止まった。
きのう、ここで目が揺れた。いまなら分かる。数えようとして、数えられなかったのだ。
二度、とだけある。日付が一つしか書いていない行が並ぶ中で、この行だけがまとめて書かれている。
きのうの読みは、一つの日を探す読みだった。数える読みではなかった。だから目は、二度、を見て、数えなかった。
数えないまま流して、どこかが引っかかった。引っかかりだけが残って、場所は流れた。
数える読みは、流し読みを許さない。二度、の前で、数える手が止まる。二度なら、日付が二つ要る。
頭の行の、三月三日、堂へ使い、は額を持たない。報せの出た日を立てる行だ。
駄賃のほうは回数でこのまとめ書きに立つ。日の行と金の行が、一枚の頁の中で分かれている。
この手は科目を間違えたことがない。分けたのなら、分ける理由のある書き方だ。
「内訳が、あるはずです」
使いの駄賃は回数で立つ。まとめ書きの行には内訳の添えが付く。ミラは行の脇を読んだ。小さな字で、二つの日付が添えてある。
三月二日。三月三日。
声に出す前にもう一度読んだ。読み違えていない。
「一度目は、三月二日です」
レオが顔を上げた。
「亡くなる、前の日ですね」
「前の日です」
「訃報の使いは、亡くなってから出ます」
「はい。二度目が、それです」ミラは二つの日付を順に押さえた。「一度目は訃報ではありません。亡くなる前の日にこの家は堂へ、何かの用で使いを出しています」
報せの前に、使いがある。
「前の日の使いは、何の使いですか」
「行は言っていません」ミラは言った。「駄賃と、日付と、二度、だけです」
「では、習いの側は」
「司祭が枕元に呼ばれるのは、長くないと分かったときです」ミラは言った。「祈りの言葉を間に合ううちに受けるためです。この土地ではそうします」
「呼ばれた翌日に、亡くなっている」
「はい」
堂は坂の上、半日の道だ。使いは朝に出て、行って戻れば一日が終わる。前の日の使いは、駄賃一ソルのまる一日の仕事だった。
順は合っている。長くないと分かって、司祭を呼んで、翌日に亡くなった。筋の通った並びだ。
「合っていますね」
「合っています」ミラは言った。「一つだけ、足りないものがあります」
「長くない、の前です」
「長くない、と分かるまでの床が、帳面のどこにもありません」
手を分けて探した。
レオが冠婚葬祭の巻の前後の頁を。ミラが帳場の綴りと、戻ってきた巻の同じ年を。
薬の行を探した。無い。
医者の呼び賃を探した。無い。遠くから呼べば駄賃が立ち、近くでも礼が立つ。どちらも無い。
床の費えを探した。病人の粥は台所の行を変える。夜通しの看病は蝋燭を増やして人手の行を立てる。炭も増える。
どれも、無い。
日が傾くにつれて、無い、の並ぶ紙が埋まっていった。妙な仕事だ。埋まっていくのは紙なのに、掘れているのは穴のほうだった。
午後いっぱいを探すことに使った。
家政の写し。雑費の巻。人件の写し。写しはどれも、立件のときに取ったものだ。
立てた数字の外側を一年ぶん写して確かめてから閉じるのが監査の作法だと、あのときレオが言った。窓の境の年の写しがそれで帳場に残っている。
指は速くしない。無い、を立てる読みは、有る、を探す読みより丁寧でなければならない。
三月二日の前の帳面は、どの巻も、いつもの顔をしている。台所はいつもの量を炊き、蝋燭はいつもの数で、人手はいつもの並びだ。
ひと月さかのぼった。ふた月さかのぼった。同じだった。冬の行は冬の顔をして、いつもの冬と同じ数字を並べている。
奥向きの綴りのその冬の頁は、もうあの別の手だった。誰のものとも知れない手が、いつもの冬の費えをいつもの形で書いている。
手のことは今日の問いではない。指はそこで止めずに費えだけを拾って通った。
「長い床は、ありません」ミラは言った。「ひと月どころか三日の床もありません。帳面の上では、先代さまは前の日まで、いつもどおりの家の主です」
「前の日に、司祭を呼んだと読める使いが出て」
「次の日に、葬送の支度が始まっています」
卓の上に数えた紙が並んだ。
葬送の九日ぶんが一本の日付の列になっている。三日に始まり、十一日の納めの礼で終わる。
列のいちばん上にたった一つ、列の外の日付が立っている。二日。
列の外の一日。
葬送は死から始まる。死の前の日は、葬送のものではない。それなのにこの一日だけが、葬送の科目の中にまぎれて立っていた。
急ぎが一つ。前の日の使い。
空白が一つ。床の費えの不在。
「読み方を確かめます」レオは言った。「無い、はきのうも使った答えです。使い方を間違えると、無いは何でも言わせられます」
「はい」
「床の費えが立たない亡くなり方は、あります」
「あります」ミラは言った。「転落。急な発作。冬の水。どれも床を通らずに逝きます」
「その場合、前の日の使いは」
「立ちません」ミラは言った。「急な亡くなり方に前の日はありません。そしてこの使いの行は、葬送の科目の中に立っています。書いた手はこの一日を、葬送の側の一日として綴じています」
「両方を立てる形は、ありますか」
「一つだけあります」ミラは言った。「前の日に、長くないと分かる何かが費えの立たない形で起きた場合です」
「費えの立たない形」
「帳面の外の出来事です」ミラは言った。「帳面の外のことを、帳面からは言えません。言えないので、この形は有るとも無いとも書けません」
二つは、両立しない。帳面の中では。
帳面の外に、その日、何かがあった。それだけは、無い、と、有る、の重なりが言っている。何があったのかは、帳面の外の誰かが知っている。
床の費えの無しは急な死の形だ。前の日の使いは、分かっていた死の形だ。一枚の頁の中で、二つの形が互いを打ち消し合っている。
「帳面が言うのは、二つだけです」ミラは言った。「前の日に、堂へ使いが出たこと。長い床の費えが、立っていないこと」
「繋げると」
「繋げません」ミラは言った。「繋いだ形は帳面のどこにも書いていません。書いていないものは、書いていないままにします」
亡くなり方が、分からない。
分からないことが、今日、初めて分かった。
検分の合間の昼過ぎには、もう一つの糸も引いてあった。
「使いを務めた足に、名があるはずです」
使いの駄賃は人件に立つ。人件の巻は戻ってきてはいないが、窓の境の写しがある。十一年前の写しを繰った。
三月二日、駄賃、一ソル。三月三日、駄賃、一ソル。
人件は誰に払ったかの帳面で、どこへやったかを書く欄はない。
行き先は、葬送の内訳の日付との突き合わせで立つ。同じ二日と三日。日付が二冊の帳面をまたいで重なっている。
受け手の欄に名がある。
ミラは名を書きつけへ写した。二度とも、同じ名だ。同じ足が、二日つづけて坂を上っている。
写した頁はそのまま伏せた。目は字の形を覚えている。覚えた形を、まだ名として読んでいない。
読むというのは、その名の人の顔と暮らしと、答えられる問いを思い浮かべることだ。それを、今夜の支度のあとに取っておく。
「読みましたか」
「写しました」ミラは言った。「名は、問いに答える形で読むものです。今度は問いがもう立っています」
「堂の側から訊く道も、あります」
「あります。ですが、あとにします」ミラは言った。「堂の帳面はこの家の紙ではありません。開けてもらうには別の作法が要ります。先に、この家の中の足に訊きます」
「では、なぜ今日読まないのですか」
「問いを、一度で足りる形にしてからです」ミラは言った。「その人に訊けるのは一度きりです。前の日の使いが何の使いだったか。誰に言いつけられたか。坂の上で誰に取り次いだか。訊く順を、今夜決めます」
同じ問いを二度は訊けない。きのうまでの自分に、もう一度教わった。
「訊く順の当たりは、ありますか」
「入り口は、軽い問いから」ミラは言った。「あの日、坂を上ったのはあなたですか。ここは、はい、で答えられます。答えやすい問いから並べて、答えにくい問いを最後に置きます」
「最後は」
「坂の上で、誰に取り次ぎましたか」
「誰に言いつけられたか、ではなく」
「言いつけた人の名は、答えにくい名かもしれません」ミラは言った。「取り次いだ先は堂の中の話です。家の外の名なら、答えやすい」
同じ答えへ、答えやすい道から回り込む。監査で覚えた並べ方だった。
「今日の読みは、重い読みでしたか」
夕方、レオが訊いた。きのうの終業の言い方の裏返しだった。
「重くありません」ミラは言った。「きのうは答えが重かった。今日のはまだ答えではありません。答えの入る欄が、二つ増えただけです」
「欄が増えるのは」
「読みが、進んでいるということです」
夕方、書き出しの紙に二行を足した。
前の日の使い、三月二日。床の費え、無し。
いつ、の欄の下に初めて、日の前の欄ができた。命日の前の日が、帳面の中で場所を持った。
書き終えて、ミラは筆を置いた。
きのうは喪の行を見つけた。悲しみが、雑費の隅に十一年、身を細くして立っていた。
今日は、その喪の一日前を見つけた。悲しみの始まった日の前にもう一つ、読めない日がある。
読めない日と、隠れた喪と、名の無い花の主。三つは同じ家の中にいて、帳面は三つを別々の場所に置いている。
置いた場所を並べる仕事が、まだ残っている。
並べるのは、紙の仕事とは限らない。あすの朝の問いは、紙の外の人へ出す問いだ。
筆を仕舞う手がふだんより丁寧になっているのに気づいた。
急ぐ理由は増えたのに、手だけが逆に静かになっていく。監査で覚えた手の使い方だ。
あすの朝、名を読む。
読んだら、その人の戸口に立つ。十一年ぶんの帳面が、あの日を覚えている人の戸を初めて叩きに行く。




