声のない取引
喉から出たのは、息の擦れる音だけだった。
看守はそれを衰弱と受け取ったらしい。採血棒を引き、扉の錠へ鍵を差し込む。
「押さえろ。中で採る」
二人が入ってくるなら、外へ出る機会も生まれる。だが足枷が外れたと知られれば、警報を鳴らされる。
リオルは開いた鉄輪を足首へ重ね、毛布を膝まで引き上げた。扉が内側へ開く。先に入った若い看守は剣を抜き、年嵩の男が契約紙を持って近づいた。
紙面に新しい文字が浮く。
《執行人は対象の生存を確認した場合、誓約院へ報告する義務を負う》
彼らが恐れているのは囚人ではなく、報告義務だった。リオルは床の小石を拾い、若い看守の足元へ「報告」と書いた。続けて、年嵩の男を指す。
若い看守の顔色が変わる。
「班長。生存報告は、まだ出していないんですか」
「黙れ。こいつは今日死ぬ」
「しかし誓約違反になります」
二人の視線が外れた瞬間、リオルは年嵩の男の手首を掴んだ。契約紙へ触れた血印が熱を持つ。
《虚偽の死亡処理を確認。執行権を停止します》
男の腰から鍵束が落ちた。
反動でリオルの視界も白く染まる。妹の顔を思い出そうとして、髪の長さだけが抜け落ちていることに気づいた。
能力は鎖だけを壊すのではない。使うたび、自分の中から何かを担保として奪う。
それでも彼は鍵束を拾い、若い看守へ差し出した。
殺す気はない。選べ、と目で告げた。
若い看守の剣先が二人の間を行き来する。命令へ従えば楽だ。だが今選ばなければ、彼も偽りの契約へ自分の名を書き足すことになる。
(次話へ)




