破られた側の権利
覗き窓の向こうで、看守が鼻を鳴らした。
「死刑囚に原本を読む権利はない」
「ならば血印も要らないはずだ。死人の同意を求める法はない」
沈黙が落ちた。もう一人の看守が小声で何かを告げる。紙を持つ手がわずかに揺れた。
彼らはリオルを死者として扱いながら、生者の署名を必要としている。つまり十二年前の処刑記録だけでは、消せない契約が残っている。
「腕を出せ」
細い棒が覗き窓から突き込まれた。先端には採血針が付いている。リオルは避けず、鎖を握ったまま左腕を近づけた。
針が皮膚へ触れる寸前、鎖の誓約文が強く輝く。
《生命保証の不履行を確認》
《拘束権を現保有者より簒奪します》
頭の奥で、何かが裂けた。
熱が眼窩から喉へ落ち、言葉が一瞬消える。鉄輪が音もなく開き、足首から滑り落ちた。看守たちは気づいていない。
リオルは膝を折り、苦しむふりをして鉄輪を毛布の下へ隠した。
「早くしろ」
声を出そうとしたが、舌が動かない。代わりに指で床を二度叩く。フィナと決めた合図だった。考える時間が必要なときは二度。
白い蝋の紙からも文字が浮かび上がる。作成者、証人、担保、破棄条件。そのうち作成者名だけが、薄い別紙を貼って偽装されていた。
リオルは失った声の代わりに、その名を目へ焼きつけた。
セリウス・ヴァン。
十二年前、王立誓約院で彼の処刑原本を作った男だった。
記憶の中のセリウスは、法衣の袖を汚さない男だった。署名の夜も顔ではなく指先だけを見ていた。彼が今も同じ地位なら、この牢は過去ではなく現在の犯罪だ。
(次話へ)




