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名を売らない市場
左小指のない荷運び人は、南市場で《九指のロッカ》と呼ばれていた。
だが市場の商人は、衛兵が尋ねても誰も居場所を話さない。ロッカが善人だからではない。貴族と役所へ顧客の名を売らないことで、信用を得ている運び屋だった。
ガレスは制服を脱ぎ、リオルと二人で市場へ入った。香辛料、革、焼きたての黒パン。十二年前と同じ店もあれば、知らない建物もある。
リオルの旧邸から持ち出された銀食器が、骨董商の棚に並んでいた。セヴラン家の鷹紋は削られ、別の家の紋が彫られている。
足を止めたのは一瞬だけだった。
今、銀器を取り戻しても、盗品を奪った男として捕まる。先に所有権の原本を戻さなければならない。
市場の奥で、ガレスが紙袋を買った。中身は塩ではなく、運び屋へ仕事を頼む際の符丁だという。
「依頼主を探すのではなく、依頼を出すのか」
「ロッカは追われれば消えます。ですが、自分にしか運べない荷なら姿を見せる」
リオルは白い蝋の欠片を紙袋へ入れた。届け先には存在しない地下牢の房番号を書く。
罠ではない。ロッカ自身に、どちら側の記録へ名を残すか選ばせる招待状だった。
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