白い蝋の行き先
夜が明ける前に、必要な帳簿の写しは三部できた。
一部はオルドが衣服の裏へ縫い、一部はガレスが水路の石壁へ隠す。最後の一部はエマが少年の担架へ仕込んだ。全員が捕まっても、同時には消されない。
リオルは焼け残った命令書を並べた。どれも封蝋は白い。王家の命令書に使われる色だが、紋章の縁に細かな砂が混じっている。
坑夫が蝋を爪で削り、匂いを嗅いだ。
「北方の石蝋だ。ベルト鉱山の深層でしか採れない。王都の工房品じゃない」
王家の命令に見せかけながら、材料は北方鉱山から直接運ばれている。給餌費の流出先と同じ場所だった。
リオルは白い蝋を布へ包み、七色の糸の黒で結んだ。フィナの符丁では、黒は「持ち出されたもの」を示している。
記録庫の外で警報鐘が鳴った。十三回ではない。短く絶え間なく、地下全体へ脱走を告げる音だ。
ガレスが地上への扉を開ける。薄明の空気が流れ込み、十二年ぶりの冷たい風がリオルの頬へ触れた。
彼は振り返り、燃え残った牢の記録を見る。
ここで名を捨てて逃げれば、安全な土地へ行けるかもしれない。だがフィナは七色の糸を残し、死者にされた人々の名を数え続けた。
「王都へ戻る」
声はまだ掠れていたが、全員に届いた。
殺すためではない。死んだことにされた名を、生きた記録へ戻すために。
最初に戻す名は自分ではない。担架で眠る少年、空の牢に食器だけを残した三人、墓標さえない妹。彼らの名を取り戻した先にだけ、リオル自身の名もある。
(次話へ)




