70.可愛い
「久しぶりだね。萩原君」
奏への挨拶後、門倉さんは相変わらず優しい笑みで俺への挨拶をしてきた。
思えば、こうして門倉さんと会話をするのは……いつだか彼女を泣かせた日の翌日の挨拶以来な気がする。
あの時は……一夜にして随分と心変わりをした門倉さんに面食らい、動揺することしか出来なかったが、その後、奏と仲良くしてくれている姿を陰ながら見て、少しだけ俺は彼女への評価を改めた。
結果、久しぶりの会話ながら、俺は門倉さんに対して平静を装った態度で接することが出来るようになった……!
「お、おおお、お久しぶりでしゅ……」
嘘である。
そもそも陰キャな俺が、陽キャの門倉さんとまともに会話が出来るはずがなかった。
「あはは。何その返事」
キョどる俺に対して、門倉さんは微笑んだ。
「……はは。かわいっ」
……そして、門倉さんが俺の滑稽な姿を皮肉った途端、場の空気が凍った気がした。
「……ちょっと門倉さん、あなた何余計なことを言ってるの」
高垣さんは何やら慌てた様子で、隣に座る門倉さんに怒っていた。
まあ、仲良くない相手に皮肉を言った結果、場の空気を凍らせたら、文句の一つも言いたくなるか。
「……え、またあたし、何かしちゃった?」
「何かしちゃった、じゃない。あんたはもう、幼稚園の頃から、いっつもそうっ!」
……あれ、高垣さんって門倉さんとそんな昔からの友人だったのか。
門倉さんなんてどこか他人行儀な言い方をしているから、少し意外だった。
「……あんたの余計な一言で、奏ちゃんが機嫌を損ねたらどうするの」
「え? 奏ちゃん? あはは。どうして奏ちゃんが萩原君のことを褒めたことで不機嫌になるのよ」
「萩原君のことを褒めるからよ」
……高垣さん達は何やらヒソヒソ話をしていた。
「……二人とも、何を話しているの?」
奏が言った。その声はどこか……冷めているような気がした。
奏の声に反応して、高垣さん達は体をビクッと揺すった。
「奏ちゃん。なんでもないよ」
「なんでもないの? ふうん。じゃあ、あっくんを褒めたこともなんでもないの?」
「……ほらぁ」
高垣さんは半泣き。
門倉さんは事態が飲み込めず、小首を傾げていた。
……ちなみに俺も、小首を傾げていた。
「門倉さん。門倉さん」
「なあに? 奏ちゃん」
「門倉さんは……今、どうしてあっくんを褒めたの?」
「え?」
褒めた……というか、可愛げのかけらもない俺に可愛い、と言うのは、もう皮肉だろう。
「……えぇ、なんだか恥ずかしいなぁ」
「ふうん。ふうん。……ふううううん」
「え。……何々、なんか奏ちゃん、怖くない?」
「うふふ。怖くないよ? あたしはいつだって怖くないじゃない。そうだよね? あたし達親友だもんね? 怖くないよね?」
「……うんっ」
門倉さんは満面の笑みで頷いた。
……微笑ましい光景だなぁ。
「くそっ。こいつも萩原寄りの人間かよ……っ」
高垣さんは微笑ましい雰囲気の中、一人頭を抱えていた。
「……うふふ。それで門倉さん。門倉さんはあっくんのどこを可愛いと思ったの?」
奏が発すると、また場の空気が少し凍った気がした。
外はヒートアイランド現象のせいで猛暑。室内はクーラーをかけているが、油断すると額に汗がまだ出るくらいの温度。
……もしかしたら、常時このくらい場の空気が凍っている方が涼しくていいのでは?
「あ。その話、まだ掘り下げるんだ」
「うふふ。掘り下げるも何も、門倉さん、まだあたしに何も本音を話してくれていないじゃない」
「……うぅ。胃が痛い」
高垣さんはお腹を擦っていた。
はて、今度は涼しすぎるのだろうか?
「門倉さん。あたし達親友だよね? 親友に隠し事をするの? 親友なのに、そんなことしたら酷いと思う。幻滅するよ」
「……あはは。そこまでか」
門倉さんは頭を掻いた。
「いやだって……あたしみたいな虚勢を張るばかりの女と話すだけなのにあんなにビクビクして。まるで拾ったばかりの子犬みたいじゃない。……そりゃあ、可愛いよ」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……門倉さあん!」
奏は突然、門倉さんに飛びついた。
「うふふ。わかる。わかるよ、門倉さん!」
「きゃっ。もー。くすぐったいよー。奏ちゃん」
「うふふ。門倉さん。あたし、あなたのこと大好きっ」
「あはは。……あたしもだよ。奏ちゃん」
……二人の仲睦まじげな姿を見ていたら、高垣さんが俺を睨みつけてきた。
『……敦君。早くあの二人、どうにかして』
高垣さんは口パクで俺に何かを伝えようとしているようだが……申し訳ないが、何を言いたいかは読み取れなかった。




