69.予想外
「うふふ。うふふふふ」
奏は楽しそうに笑い出した。
彼女に対して真摯な態度を示したことが、功を奏したみたいだ。
「それじゃあ、何をしてもらおっかな。何をしてもらおっかな」
奏は電車のシートに座りながら、足をパタパタと前後させていた。
その拍子に、彼女のワンピースのスカートがヒラヒラと舞った。
少しだけ視線に困った。
「……か、奏。なんでもするけど、それはまた後にしよう」
「えー? 今すぐ、この場で、あっくんになんでもしてもらいたい」
「……そろそろ高垣さんとの待ち合わせ場所の最寄り駅だから」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……綾香ちゃん。またあたしを邪魔するんだね」
奏は瞳の光を消しながら、俺には聞こえない声で何かを呟いた。
「うふふ。じゃあ行こうか。あっくん」
「うん」
「綾香ちゃんが待ってるもんね。綾香ちゃんが待ってるんだから仕方がないよね。……うふふ」
奏は薄く笑いながら、座席から立ち上がり、まもなく電車が駅に到着したため、電車を降りた。
閑静な住宅街近くの駅周辺は、マンションやコンビニ等が立ち並んでいるものの、商業施設等はなく、見どころの多い駅とは呼べなさそうな雰囲気を醸し出していた。
「綾香ちゃん、食べ歩きが趣味らしいの」
「へー」
「で、この辺は個人経営の洒落たお店が多いんだって」
なるほど。それは食べ歩きが趣味の人にはうってつけの地であろう。
それにしても高垣さん、コスプレだったり食べ歩きだったり、結構多趣味な人だ。これで勉強も頑張っているのだから、寝る暇もなさそう。
「あっくん。今、綾香ちゃんのこと考えているでしょう?」
「え? うん」
「うふふ。そっか。あたしじゃなくて綾香ちゃんのことを考えているんだね」
「……え? うん」
俺は頷いた。
「奏のことはいつも考えているしね」
俺は苦笑しながら頭を掻いた。
……奏は。
「……うふふ」
薄く微笑んだ。
「うふふふふ。あっくんったら、本当にあたしのこと好きすぎっ」
何やら機嫌を取り戻したようだ。
遠くからセミが鳴く中、俺達は住宅街の道路を歩いた。この辺はビルも少なく、陽の光を防ぐような遮蔽物がなく、日陰が一切ない。
故に、汗が滝のように噴き出して辛い。
「奏、ジャケット暑くない?」
「え?」
「俺はTシャツ一枚で参っているから……」
「……うふふ」
奏は微笑んだ。
「大丈夫。適温だよ」
「そう?」
「うん」
「……その割には、額が汗でいっぱいだよ」
「ひゃんっ!」
俺はポケットからハンカチを出して、奏の額の汗を拭った。
その拍子に奏から変な声が漏れた。
……今度からいきなり額の汗を拭うのはやめよう。
「無理しちゃ駄目だよ」
「……」
「……奏?」
「うふふ。あっくんが汗を拭いてくれるから、問題ないじゃない」
そうなのか?
……。
…………。
まあ、そうなのか。
「あ、ここみたい」
奏が手にしていたスマホのマップアプリを確認して、目の前にあるこじんまりとしたお店の前で立ち止まった。
口振りから、どうやらここが高垣さんとの待ち合わせ場所らしい。
「じゃあ、さっさと入ろう」
「うん。クーラー効いているといいなー」
……やっぱり暑いんじゃないか。
「いらっしゃいませ」
扉を開けると、クーラーの冷たい風と店員の声が俺達を出迎えた。
「二名様でしょうか?」
「あ、待ち合わせです」
奏はそういって、店内をキョロキョロと見回した。
「あっ、綾香ちゃん!」
そして、店内にいる高垣さんを見つけて、嬉しそうに手を振り、歩き出した。
俺も奏に続いた。
「こんにちは」
「こんにちは。遅かったわね」
「うふふ。ごめんねぇ」
「……ま。いいけど」
……げ。
……てっきり今日の食事は、奏、俺、高垣さんの三人だけのものだと思ったが、どうやら違ったようだ。
「……門倉さんもこんにちは」
「うん。こんにちは。奏ちゃん」
門倉さんは優しい微笑みを浮かべていた。




