61.親譲り
「お邪魔します」
「もう。あっくん、二日に一回はあたしの部屋に入ってるんだから、あんまりかしこまらないでよぅ」
奏の部屋に通された俺は、奏に冗談を言われながらもアウェイ感を拭えずにいた。
俺の部屋に奏を入れるのと、彼女の部屋で入れてもらうのでは……何故だか心的ストレスが段違いだった。
「それじゃああっくん。いつもの、しようか」
「うん」
奏の言う、いつもの……に、俺は少しだけ辟易とする思いだった。
奏はいつも、この、いつもの、に数分の時間を要する。それは、さっさと勉強を始めたい俺にとって、酷く苦痛なものだった。
「うーん。じゃあ、今日のあっくんの座る場所はねー」
その、いつもの、とは……勉強会をする直前、いつも奏が悩む、俺と彼女の座る配置のこと。
先日、俺は奏と、勉強会をする際の座る配置を彼女に全て委ねる、との約束を交わしていた。
「奏、大事な勉強の時間が減っちゃうよ?」
「うーん。うーん」
奏は俺の忠告を無視して、眉間に皺を寄せて悩んでいた。
今の奏の姿を見ていると……そんなことがないことはわかっているのだが、実は彼女は勉強とかどうでもいいのでは、と少し邪推してしまう。
「よし。決めた」
奏は得意げに微笑んだ。
「今日のあっくんの座る場所は……ここっ!」
奏が指さした場所に、俺は座る。
「で、あたしはここっ!」
そして奏は、俺が座った場所の隣……それこそ肩がぶつかりそうな至近距離に腰を下ろした。
「うん。いつも通りの配置だね」
奏が俺の隣に座るのは、彼女に座る配置を全権委任してから、毎回そうだった。
まあ、隣に座った方が勉強を教えてもらうのも楽だし、隣に座られることに不満はない。
ただ……それであれば、奏の座る配置決め自体、無駄な工数がかかっているだけに思えて、今のこの行い自体に意味を見出せないのが本音だった。
「もうっ。あっくん、しっかりして!」
奏はご立腹な様子だった。
「何が?」
「一昨日座った場所はあっちだったでしょう? でも今日は……一昨日に比べて、勉強会の開始時間が早くて、外の天気も良い。だからなるべく日当たりが悪い場所を選んだの」
「ははあ、一応考えてくれてはいたのか」
「当たり前じゃない。あたしをなんだと思っているの?」
……どうやら奏の機嫌を損ねてしまったらしい。
「ごめん。そうだね……。俺、配慮が足りなかったみたいだ」
「つーん。許しません」
「えー。どうしたら許してくれるの?」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……うふふ。それじゃあ、今日も一時間の勉強会を三時間まで引き延ばさせてもらおうかな」
「そんなことでいいの?」
なんだ。もっと面倒なお願いをされると思ったが……そんなことならお安い御用だ。
「それじゃあ、勉強を始めましょうか」
奏に言われて、俺は頷いた。
それからはしばらくの間、俺達は勉強に集中した。
時折、彼女にわからない問題を聞かれたり。
時折、彼女が問題が解けたご褒美として頭を撫でてあげたり。
そんないつも通りの勉強会の時間を送っていった。
「うふふ。うふふふふ」
さっきは機嫌を損ねたと思った奏だが、今日は問題をスムーズに解けているためか、すっかり上機嫌だ。
「あっくん。あっくん。この問題、自力で解けたよ」
「うわあ、すごいね」
「うふふ。そうでしょう? うふふふふ」
難しい問題を自力で解けた彼女の頭を撫でようと、左手をノートから離して、彼女の頭に向けて伸ばした時だった。
「あっくん。奏。お茶でも飲んで休憩したらいかが?」
奏の母が、部屋に入ってきた。
「げ」
「あっ、奏! げ、はないでしょ。げ、は」
「……あはは。飲み物、ありがとうございます」
「いいえ。うふふ。あっくんったら、あたしの登場にも臆せず、まだ奏の頭を撫で続けるのね」
……え?
だってそりゃあ、難しい問題を自力で解けた奏を称えるのは……当然の務めだろう?
「……お母さん、あたし、勉強会中は邪魔しないでって言ったよね?」
奏の声は冷たい。
「えー? 邪魔なんてしていないじゃない。あなた達がそろそろ疲れてきた頃だと思って、休憩を勧めているだけよ。それの何が邪魔にあたるのかしら?」
「……むぐぐ」
「ほうら、とにかくお茶を飲みなさい。そろそろ集中力も切れてくる頃でしょうしね」
「ありがとうございます」
「……むー。ありがとっ」
そんな感じで、俺達はつかの間の休息を楽しんだ。
奏の母は、俺達に飲み物を渡すと、飲み終わったらコップをキッチンに持ってきてね、とだけ言って、奏の部屋を後にした。
「それじゃあ、勉強を再開しようか」
「うん……」
俺達は休憩を終えて、勉強を再開した。
先程よりも俺の勉強は捗っていた。
何せ、さっきより奏に問題の助言をしていないことが、勉強が捗っている一番の要因だろう。
奏と一緒に勉強会をするようになって以降、勉学に一層興味が持ってくれるようになった。
しかし、彼女はまだまだ……俺に、自力で解けない問題に対するアドバイスを求めてきていた。
彼女にアドバイスをする間、自らの学習時間は減るわけだし……なるほど。これは結構便利だな。
「ふう」
自らの学習もひと段落したところで、俺は奏の様子を確認しようと思った。
「……あれ」
そして、隣に座る奏が……ぐっすり眠っていることに気が付いた。
「なんだか起こすのはかわいそうだ」
奏は頑張り屋な一面もあるから……きっと、追い込みすぎが祟ったのだろう。
ここは……彼女が起きるまで、寝かせておいてあげよう。
「あっくん。お菓子でもどう?」
そんなタイミングで、奏の母は姿を現せた。
「……あらあ、もしかしてウチの子、あっくんを放って眠っちゃった?」
「ええ、そうみたいです」
「そう。……あっ」
奏の母は何かを思いついたように満面の笑みで手を叩いた。
「それじゃああっくん。今って時間あるかしら?」




