54.そばに
我ながら、久しぶりに熱のこもった言葉を発した気がする。
思い返せば、俺と高垣さんはここまで……覚悟を固めた行動に俺が出るまで、交友関係が深い仲であっただろうか。
俺達の出会いは、高校生に入学して以降。
偶然、図書室で同じクラスの彼女と出会って……それから意気投合。今では勉強仲間として切磋琢磨をしている。
……家族間の問題に口を挟むような関係では、決してない。
であれば、どうしてここまで……高垣さんに肩入れをしているのか。
『あっくんは、フランスに行ったこと、ある?』
その理由は……重なってしまったから。
……俺の行動原理は、いつだって。
「……むぅ」
ひとしきり俺の思いを打ち明けた結果、奏はわかりやすく不貞腐れた。
頬を染めて、俺を睨んでいた。
「奏、どうして睨むの?」
「あっくんは……」
「俺は……?」
奏は中々、言葉を発しない。
「……本当、あっくんは損な役回りに回ることが大好きだよね」
ようやく口を開いた奏は……怒ったようにそっぽを向いた。
「別に、損な役回りが好きというわけじゃない」
「好きだよ。大好きだよ。……本当、自分で自分の人生を苦しくしているよ、あっくんは」
「そんなことはない」
「あるよ」
奏は俯いた。
「だからあっくんは……あたしにここまで執着されているんだから」
奏の声は聞こえなかった。
「まあ、あっくんがそうしたいって言うなら、そうしたら?」
奏が言った。
「うん。そうするよ」
「……むぅ。あたし、手伝わないからね」
「うん。わかってる」
俺は苦笑した。
「これは……俺と高垣さんの問題だから」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「やっぱりあたしも行く」
「え? どうして?」
「行くったら行くの!」
奏は声を荒げた。
こんなに怒っている奏も珍しい。
「もうっ。あっくんは本当にもうっ」
なんかこんなセリフを吐く奏、最近別の機会でも見たな。
あの時は嬉しそうに言っていたのに……今は怒っているけども。
「それじゃああたし、高垣さんに連絡してみるから」
「え、俺がするよ?」
「駄目」
「え?」
「……あ、あっくんが電話するのだけは絶対に駄目」
何故?
奏はソファから立ち上がって、リビングを出た。
別にここで連絡すればいいのに。
まもなく、廊下から奏の快活な話声が聞こえてきた。
どうやら……早速、高垣さんと電話をしているようだ。
「ふう」
奏がリビングに戻ってきた。
「どうだった?」
「うん。……とりあえず弟さんの事情は聞かず、今日も遊べないかって尋ねた」
「それで?」
「……今日も用事があるから、午後から少しだけならいいよって」
「……そっか」
用事。
……思えば、空港にラッピング飛行機の写真を撮りに行った日、高垣さんは待ち合わせ時間に遅れてきた。理由は、用事があったから。
「……状況証拠がドンドン揃っていくね」
さっきはあくまで、高垣さんの弟に何かしらの問題が起きたことは俺達の憶測だと思い直したが……何かある度、俺達の憶測は間違っていなさそうだ、という結論が補強されていく。
「……ふぅ」
奏はため息を吐いて。
「うわわっ」
俺の隣に腰を落として。
「か、奏……っ?」
俺の手を握って。
「……ち、近い」
俺の肩に……頭を乗せた。
「……あっくんはさ」
奏の声は……俺の心臓とは違い、落ち着いていた。
「弱っている人が相手にされて頑張りたいと思うことって……なんだと思う?」
……また奏の経験則の話、だろうか?
「……ねぇ、なんだと思う?」
……。
「激励の言葉を送る、とか?」
「……」
「慰めてあげる、とか?」
「…………」
「……相手の苦しみに共感する、とか」
「もっと単純なこと」
簡単な……?
「そばにいてくれればいいの」
……。
「激励よりも、慰めよりも、共感よりも……。大切な人がそばにいてくれる。大切な人と離れたくない。……そう思うことで、頑張れるの」
……たった、それだけ?
「……あの時の君は、あたしにそれをしてくれたんだよ?」
……かつての俺は毎週、奏のお見舞いに行っていた。
「だから……あたしは今、生きている」
ずっとそばにいたのだ。
「あっくん。あっくん……」
それが彼女の、生きる原動力だった?
にわかには信じられない話だ。正直に言えば。
「あっくんは……これからもあたしのそばにいてくれるよね?」
ただ……奏の消え入りそうな声を聞いて、なんて返事をしてよいか、俺はわからなくなってしまった。




