51.悪夢
奏と再会を果たしたあの日から、時折思うことがある。
それが何かといえば……もしも、俺と奏がもう二度と会うことがなかったら、どうなっていたか、という想定の話。
奏と別れたあの日から、俺は彼女との再会は二度と訪れることはないと思っていた。
それなのに、いざ再会してみるとそんなことを考えてしまうのだから、自分でもなんて愚かな男なのだろう、と思えて仕方がない。
そして何より、彼女の容体が恢復し無事に再会を果たせた今になって、そんな想定をすることは余計に不毛だと思わずにいられないのだが……一度、何かの拍子にその想定を考えてしまうと、深みに嵌ってしまうのだ。
もし、俺が奏と再会を果たすことが出来なかったら。
それはつまり……俺が結局、何も成すことが出来なかったことを意味していて、考えうる限りでも許容し難い人生を歩んだ姿とも言えた。
……もし、俺がそんな人生を歩んだとしたら。
出来ればそんな悲惨な人生、想定をしたくもない。
それにしても、今日はどうしてこんな悲惨なことを考えてしまうのだろう。
しかも……この非現実的な空間にいることを考慮すると、これは夢。言ってしまえば、悪夢の類だ。
……どうしてこんな悪夢を見させられているのか。
決まってる。
『……早く元気になってくれるといいなぁ』
全ては昨日の日中、空港で高垣さんが呟いた、あの言葉のせいだ。
……こんな悪夢、さっさと解放されてしまおうと思って、俺は目を覚ました。
「ぎゃあっ!」
運よく悪夢から目を覚ませた俺は……悲鳴をあげた。
何故なら、まだ悪夢の中にいたから……。
と、言うわけではなく。
「あ、あっくん。今日は起きるの早いねぇ」
目を覚ました俺の視界に、奏の顔面が映ったためだ。
「……か、奏。どうして……?」
「うふふ」
現在の視界面積をいうなれば、天井二割。奏八割。
「……あっくん。今日は早起きだね」
……どうして朝から俺の部屋にいるのか。
それを尋ねたつもりだったのだが、奏は俺の問いに答えるつもりはないらしい。
「……今の時間は?」
まあ、さすがに俺も馬鹿ではない。
多分、今の状況は奏の悪戯か何かだろう。
というわけで、俺はバクバクしている心臓を悟られないように、平静を装って返事をした。
「朝六時」
「いつもならまだ寝ている時間だ」
「うふふ。そうだね」
「……奏、そろそろ顔、退けてくれない? 動けない……」
「えー?」
今にも唇が触れそうな距離にいるにも関わらず、奏は何故か挑発的だ。
……くそっ。この悪戯に味を占められても困るし、絶対に驚かないようにしないと。
「……」
「……」
まあ、朝起きたら奏の顔が目の前にある状況が嫌なわけではないけれど……。
「…………」
「…………」
……さすがに、心臓に悪いからね。
「……むぅ」
奏は頬を膨らませて、ようやく顔をどけてくれた。
「うふふ。どう? あっくん。びっくりした?」
どうやらさっきの状況は、やはりドッキリの類だったらしい。
「びっくりしたよ。本当に。心臓が飛び出ると思った。でも、もう止めてね」
「うふふ。そうだったんだ」
奏は微笑んだ。
「……全然、そうは見えなかったけどね」
微笑んで……いた?
「あっくん。もしかして女の子に悪戯されるのに慣れてる?」
奏の瞳は、光が灯っていなかった。
「あはは。まさか」
俺は苦笑した。
「……君みたいに俺にドッキリを仕掛ける程、仲の良い女の子の友達はいないよ」
……奏は。
「うふふ。うふふふふ」
薄く笑っていた。
「そう。そうなんだ。うふふ。……じゃあ、あたしはあっくんの特別だね」
「え、そうだよ?」
「……っ」
奏は頬を染めた。
「も、もうっ。それならそうと早く言ってよ! もうっ。あっくんのもうっ!」
いや、君が俺の特別であることは……君の家に家族で訪問させてもらった時にちゃんと伝えているよね?
「うふふ。うふふふふ」
「……」
「あっくん。じゃあ、特別なあたしが、君のために特別な朝食を準備してくるね」
「あ、ありがとう」
「ううん。だってあたし、あっくんの特別だもんね。うふふふふ」
奏は部屋を後にした。
……今更ながら、奏って最近、毎朝ウチに出没しているよな。




