50.もしかして
「あっくん。展望台はどっち?」
「こっちだよ」
シャトルバスを降りた後、俺は奏と高垣さんを先導する形でターミナルを進んだ。
国内線のターミナルは、先程までいた国際線のターミナルと違って、外国人の割合が少な目だった。しかし、この空港を起点に国内の観光地に向かう人もいるためか、完全にゼロかと言われればそうでもない。
「なんというか、国際線の雰囲気とは全然違うわね」
「そうだね。向こうと違って、こっちは結構ごった返しているイメージがあるよね」
出発ゲートの傍にお土産屋があったり、どちらかと言えば新幹線のホームに似ている気もする。
「うわあ、色んなお土産が売ってるねー」
「奏、お土産を買うのは帰りにしよう」
「何食べようかなー。何食べようかなー」
聞いてない。
「……萩原君、早くあの子を連れてきて」
「えー、どうして俺?」
「……あなたの言うことなら、なんでも聞くと思うから」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「あはは。そんなわけないじゃん」
「いいから早くっ」
……怒られてしまった。
くそう。
無理に決まってるのに……高垣さんも、意外と無茶振りをしてくる人だなぁ。
「奏」
お土産屋で商品を物色する奏に、俺は声をかけた。
「そろそろ行こう?」
「……えー。もうちょっと見ていたい」
ほら、やっぱり無理じゃないか。
……まあ、こうなったら仕方がないか。
「わかった。じゃあ、ちょっと待っててね」
「え?」
「君がお土産見ている間に、俺と高垣さんで飛行機の写真撮ってくるから。それまでここで待っててよ」
「……え?」
「え?」
「……ねえ、あっくん」
奏は俺に背を向けたまま、続けた。
「それってつまり……あっくんと綾香ちゃん二人きりになるってこと?」
「まあ、そうなるね」
「そっか」
奏は土産を商品棚に戻して、踵を返した。
「もうっ、あっくんっ! いつまでここで油を売ってる気!?」
それは君でしょう。
「……まあ、行こうか」
「うん。早く! 行きましょう! お土産なんて帰りにでも買えるしね!」
それ、さっきの俺のセリフ……。
「ほら、あなたが言ったらなんでも聞くでしょう?」
高垣さんの元へ二人で戻ると、彼女は不敵な笑みを見せてきた。
「そうだね。……なんでだろう?」
「多分、この状況になってもあなたが今みたいに理由に気付けないからじゃない?」
はは。……つまり、どういうことだろう?
そんな一幕を経て、俺の案内の元、三人でターミナルの展望デッキへ向かった。
「暑い」
「屋外だからね」
真夏の晴天。
屋外。
しかも展望デッキには遮蔽物が少ないため……特に写真を撮るスポットとなる柵の前は、本当に一切の日陰がなかった。
「……離陸二十分前」
時計を見て、辟易とした口調で高垣さんが言った。
「これは……辛いね」
「そうだね。……飛行機はあそこにあるけどね」
そろそろ搭乗が始まるだろう、件のラッピング飛行機は、積荷のために既に空港にいる。
目ざとくも飛行機を見つけていた俺は、それを指さしてみせた。
「あれかー」
「大きいね」
「ニュースで見た飛行機の実物を生で見れるって、ちょっと感動」
「だねー」
所感を述べた二人は、とりあえず自らのスマホで写真を撮っていた。
「とりあえず屋内で待ってようか」
二人が写真を撮ったのを見届けた後、俺は言った。
「さすがにこの気候で三十分待つのは、しんどいだろう?」
「……そうだね」
同調する奏。
「……」
一方、高垣さんは何も言わない。
「二人は屋内で待ってなよ。あたしはこっちで待ってる」
「え」
「写真を撮るのにベストポジションを奪われたら嫌じゃない」
「……」
「萩原君、ベストポジションはどの辺?」
「……あの辺だよ」
「そっか。じゃあ、後で合流ね」
「……ううん」
奏は首を横に振った。
「あたし達も屋外でスタンバってるよ」
「え」
「ね。あっくん」
「……」
「あっくん?」
「……うん」
断れる雰囲気ではなく、俺は渋々頷いた。
それから俺達は、展望デッキにある自販機で飲み物を買い、飛行機の離陸の瞬間を待つことにした。
「あっくん。さっきからスマホで何を見ているの?」
「フライトレーダー」
所謂、民間航空機の位置情報をリアルタイムで教えてくれるアプリである。
「……本当に飛行機が好きなんだね」
高垣さんは呆れ……いや、少し感心しているようだった。
「うん。奏のおかげでね」
「一ノ瀬さんの?」
「……うん」
それ以上は照れ臭いので、高垣さんには黙っておくことにした。
「二人は本当、仲が良いよね」
照り付ける太陽の下、額に大粒の汗を掻いている高垣さんがしみじみとした口調で言った。
「……これも、一度死別に近い別れを経験したから、なの?」
忖度のない高垣さんのストレートな物言いに、俺と奏は目を合わせた。
「ううん。違うと思う」
否定をしたのは、奏だった。
「あたしとあっくんが仲が良いのは……運命だから」
……出た。運命。
「そっか。運命か」
高垣さんは微笑んだ。
「……あなた達の出会いが運命だったと言うのなら、あたしが世話の焼ける弟を持ったことも、また運命だったんだろうね」
「そうだよ。そうに違いない」
奏の同調に、高垣さんは何も返事をしなかった。
遠くから轟音を響かせて、飛行機が一機、地上に降り立つ。
タイヤから白い煙を立たせて、飛行機はゆっくりと減速をしていく。
「……そろそろ移動するよ」
俺は言った。
「すぐに飛ぶの?」
「ううん。まずは離陸するために滑走路まで移動する。ほら、あそこ。飛行機が列を成しているだろう? あれ、全部離陸待ち」
「……ほへえ」
「……タイミング的に、ラッピング飛行機より前にもう二、三機はあの列に入ると思う」
「じゃあ……離陸はまだまだ?」
「あと十五分後くらいかな」
高垣さんは額の汗をハンカチで拭った。
汗を拭った拍子にファンデーションが少しハンカチに付いてしまったらしい。
夏場の女性も、大変だな、としみじみ思った。
「あつぅぃ」
奏は購入したペットボトルを額に押し当てて、グデーとしていた。
「大丈夫?」
「あっくんが抱きしめてくれたら涼しくなると思うー」
「むしろ熱くなるでしょうに」
「……それもまた一興」
相変わらず、奏は元気だなぁ。
「……ふふっ」
それは、小さな小さな笑い声。
油断していたら、飛行機の轟音にあっさりと打ち消されてしまいそうな程の……小さな、笑い声。
偶然、耳に捉えた笑い声を発した人は、高垣さんだった。
高垣さんはいつも、俺と奏の不毛な会話を聞いては呆れていた。
つまり……初めて、笑ってもらえた。
「あなた達のやり取り、ずっとなんてしょうもないことをしているんだろうって思っていたけれど、今は少しだけ元気をもらえるよ」
……ただ、笑ってくれたことは特段、喜ばしいことというわけではない。
恥ずべきこと……というわけでも、きっとない。
そんなことよりも……。
「早く飛ばないかな」
少しだけ、胸の内に違和感のようなものを覚えた。
「萩原君、写真、よろしくね」
「……あ、うん」
まもなくラッピング飛行機が滑走路に入って、俺はカメラを構えた。
飛行機が離陸へ向けて、轟音を響かせ始めた……。
「……おー」
まもなく飛行機が加速を始めた時、高垣さんが感嘆の声をあげた。
俺はカメラの連射機能を使って、写真を撮り続けた。
「あはは。飛んだ飛んだ」
飛行機が宙に浮いたタイミングで、高垣さんは拍手を始めた。
「……早く元気になってくれるといいなぁ」
……高垣さんの今にも消えそうな呟きを聞いて、ようやく俺は気が付いた。
今朝、俺は奏に……高垣さんは弟を連れてくるだろうと憶測を立てていた。
それがどうしてかと言えば……ラッピング飛行機を彼女の弟が見たいと言ったなら、写真ではなく実物を見たいと考えると思ったためだ。
実際、飛行機の鑑賞は難易度が高いものではない。
小学生になりたてかそれ以下の子供が一人で来るのは……まあ、俺みたいな馬鹿な奴以外は中々しないだろうが、今回の場合は高垣さんというお目付け役もいるのだし、問題はなかったはずだ。
でも、高垣さんは弟を連れてこず、一人で来た。
……それがどうしてか、今の高垣さんの言葉を聞き、気が付いてしまったのだ。
彼女の憂いを帯びたあの声に……聞き覚えがあり、気が付いてしまったのだ。
「……萩原君、写真は撮れた?」
「……」
「……萩原君?」
「あ、うん。撮れたよ。見てみる?」
「うん。見せて」
……高垣さん、もしかして君の弟って。
もしかして・・・なんやねん。明言してくれないからわからねえぞ!
十章完結です
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