44.あらぬ恨み
奏と高垣さんが友達になったタイミングで、丁度良く始業のチャイムが校舎に響いた。
「あーあ、結局話すことが出来なかった」
「ごめんね、綾香ちゃん」
「……まあ、いいけど」
教室に担任の先生がやってきた。
俺達は席に戻り、しばらく朝のショートホームルームをすることになった。
「ほらー、皆、静かにー」
今日が一学期最後の朝のショートホームルームのためか、クラスメイトは中々静かにならなかった。
「静かにー」
……皆、既に夏休み気分って感じだ。
「静かにしろって言ってんだろーっ!」
教室が静かになった。
「し、渋谷先生がキレた……」
「綺麗でお淑やかな人だから、怒るイメージなんてなかった」
「な、何かに目覚めそうだ……」
クラスメイトは静かにはなったが、ちょっと残念な感じになっていた。
……ここ、本当に進学校だよな?
「皆、あと三時間で夏休みなんだから、もう少し我慢してね」
渋谷先生は、クラスメイトを注意した。
「あと三時間、目前に迫ったからこそ気持ちも逸るんでしょうけど……グッと堪えてね」
さすが先生、俺達の気持ちもキチンと尊重してくれているようだ。
「……本当、長い人生を考えたら、三時間なんてあっという間。いいわね、たかだか三時間にそんなに夢中になれて」
……ん?
「……結婚も視野に入れてたのにな」
……先生、どうしたのだろう。
「あたしの何が悪かったな……」
ようやく静かになったクラスメイトがまたザワザワし始めた。
「もしかして渋谷先生」
「フラれたな、これは」
……ふむ。なるほど。そういうことか。
とりあえず、職場に私情を持ち込むのはやめなよ。
一瞬おかしな雰囲気になりかけたが、気落ちしている先生の気持ちを察して以降のクラスメイトはそれはもう静かなものだった。
これが巷でいう『配慮』というやつか。
そんなことを考えていたら、終業式は終わっていて、帰りのショートホームルームの時間がやってきていた。
……クラスメイトは相変わらず静かだった。
「それじゃあみなさん、夏休みを存分に楽しんでください」
さすがに三時間近く経った影響か、先生も立ち直ったようだ。
「いいなぁ。一ヶ月も休みがあるだなんて」
……ん?
「ふふっ、まあ今のあたしに一ヶ月の休みがあっても、やることなんてないんだけどね」
……全然立ち直ってなかった。
「起立、礼」
「それじゃあ皆さん、さようなら。夏休み楽しんで。……あたしの分まで」
クラスメイトは一目散に教室を去っていく。
「今日の先生には話しかけるべきじゃないね」
「あらぬ恨みを買いそう」
いつもは騒がしいクラスメイトの反応は、中々異様なものだった。
「……うぅ」
教壇にて、渋谷先生は半泣きだった。
その姿を見たクラスメイトが歩調を早める中……。
「先生、あの……」
俺は渋谷先生に声をかけた。
「……何? 萩原さん。珍しいね、君から声をかけてくれるだなんて」
……このクラスメイトで、俺は一匹狼を自称している。
孤高の存在の俺が渋谷先生に声をかけるのは、それこそ日直の時くらいだ。
しかし、今日はどうしても彼女に声をかけたくなった。
「……その、先生の気持ち、痛いほどわかります」
なにせ俺も……かつて特別な存在と別れ、十数年もの間、思い悩んだ過去があるからだ。
「……あはは。君みたいな子供に、あたしの何がわかるって言うの」
「わかります。だって俺も……大切な人と離れ離れになったことがあるので」
口下手な俺が先生に同調したとして。
「……え?」
「だから、こんな子供の言葉って笑い飛ばしたくなるかもしれませんが……頑張ってください」
先生を励ましたとして。
「……萩原、君?」
「先生……」
先生にそれが響くとは限らない。
でも、何か言わないと気が済まなかった。
……でも、思い立って行動したおかげだろうか。
確かに今、俺と先生の気持ちは通じ合えた。
「あっくん」
「わっ!」
背後から奏に呼びかけられて、俺は飛び上がった。
「もー。あっくん、あたし、との約束を忘れて、先生と何を話していたの?」
「や、約束……?」
「したじゃない。あたしと、約束。あたしと、大事な大事な約束をしたじゃない。あたしと、二人きりの時に、秘密の約束をしたじゃない」
……な、なんでこんなに『あたしと』を強調してくるのだろう?
「か、奏。ちょっと待ってよ」
「何?」
「今……先生と大切な話をしてたんだ。ね、先生」
「……めぇ」
「え?」
「萩原、テメエ。舐めやがって、糞野郎……っ」
「せ、先生……!?」
そ、そんな……。
確かにさっきまで、俺と先生は、大切な人と別れたもの同士、意気投合をしていたはずなのに。
奏の登場から、どうして流れが一変したんだ!?
「あ……。先生、もしかして恋人と別れてしまったんですか?」
「ぐふっ」
「……可哀想。でも、素敵な先生を捨てるような男、碌な奴じゃないですよ。別れて正解だと思います」
「そうかな……?」
「はい。早く乗り換えるべきだと思います」
「……そ、そうだよね?」
「はいっ! ……あ、でも先生。あっくんは駄目ですからね」
「……生徒と交際するような根性はないけど、一体どうして?」
「だってあっくんは……うふふ。これ以上は恥ずかしくて言えませんよぉ」
……つまり、どういうことだろう?
「絶対に許さない。萩原め……っ」
お、俺……なんか酷いことしたか?
「ほら、あっくん行こう。綾香ちゃんも待っているから」
「……二股かよ。ろくでなし」
「ゼロ股ですよ。人聞きの悪い」
渋谷先生の視線は冷たい。
「……萩原君、夏休みが明けたら覚えてなさい」
そう吐き捨てて、先生は教室を後にした。




