37.講演会
俺達は奏達の住むタワーマンションの近くの時間貸し駐車場に車を停めた後、スマホを頼りに彼女の家を目指した。
「うわあ、立派なタワマンね」
まあ、スマホを頼りに、とは言ったものの……奏達の住むタワーマンションは、閑静な住宅街の中では、都心にそびえるランドマークタワーにも似た存在主張具合だった。
母の感嘆とした言葉にも頷ける。
「あーあ、あたし達がこんなタワマンに住めるようになるのは、いつのことになるのやら」
「えー、俺は一軒家の方が良いけどなぁ。タワマンな階層ごとにヒエラルキーが形成されているみたいな話も聞くし」
「どこの世界もそういうのが蔓延っているのねえ」
両親は俺の前で、辟易とする会話を繰り広げていた。
「それじゃあ、そろそろ行こうか」
俺達はタワーマンションの中に入り、まもなく奏の家の前に到着した。
「なんだか少しだけ緊張するね」
「本当、一ノ瀬さん達と会うの、久しぶりだものね」
「それじゃあ、押すよ」
父がチャイムを鳴らすと、まもなく室内からパタパタと足音が聞こえてきた。
「はあい」
「……お久しぶり」
「……うん。お久しぶり」
俺と奏の両親の久しぶりの顔合わせは、両者に涙などはなく……とても静かに、互いに再会を喜んでいるように思えた。
「今日はわざわざありがとうね」
「いいえ、さあ、入って」
「お邪魔します」
「お邪魔します」
一歩後ろから彼らのやり取りを眺めていたが、どこか余所余所しささえ感じる会話は、何故か少し微笑ましかった。
「遠路はるばる、どうもありがとう」
俺達をリビングに通した後、奏の母が言った。
「遠路はるばるはそっちの方でしょう? フランス、どうだった?」
「楽しかった。……と言えば、嘘になるかな」
奏の父は、苦笑しながら頷いていた。
「でも……貴重な経験が出来た。まさかこの年になって、新たな学びを得る機会があるだなんて思わなかった」
「そう……。それは良かった」
「一ノ瀬さん達は、こっちに戻ってきてからは何をしているんですか?」
「この人は普通に仕事をしているわ」
奏の母の隣に座る、彼女の父は苦笑していた。
「あたしは……最近は、講演会をしている」
「講演会?」
「ええ。……娘が余命宣告された時の親の気持ちってのは、色んな層に需要があるの」
……確かに、余命宣告された我が子と向き合うというのは、相応の覚悟がいるはずである。
例えば、奏の両親と似たような境遇に陥ってしまったような人達は……奏の両親から聞ける貴重な実体験は、とても参考になるだろう。
それだけじゃない。
……人の死は。とりわけ、若い子供の死は……エンターテインメントの目線からも、興味をそそる一面がある。
「……向こうにいる間、実を言うとお金に困った時期があってね」
余命宣告された子の治療のためとはいえ、国外での長期間に及ぶ治療の費用が嵩まないはずがない、か。
「それで……色々とお金を工面する方法を探っていた中で、そういうお話を頂いて」
……少しだけ複雑な気持ちだった。
「……最初は迷った」
だって、奏の両親がした選択は、奏を見世物にする行為に他ならないから。
「迷ったから、素直にあの子に相談したの」
……でも、奏の母の言葉を聞いて、すぐに気付いた。
「そうしたらあの子、講演会しなよって、二つ返事で答えてくれたわ」
……きっと奏なら、そういうに違いない。
「強い子ね、奏ちゃんは」
「……そうね。自分の子とは思えないくらい、強い子になった」
そう言った後、奏の母は苦笑した。
「ただ一番は……見世物にされることより、優先したいことがあったみたい」
「それは?」
「生きた証を残したかったんですって」
……確かに、どんな形であれ、奏の両親が、余命宣告された我が子に関する講演会を開けば、不特定多数が奏のことを知る機会を得る。
そうして、奏の半生を糧に……奏の母の話を聞いた人は、その後の人生の振舞い方を思案する。
それはまさしく……奏の生き様が人の生き方を変えたということ。
つまり、奏が生きた証になる、ということなんだ。
「……本当、強い子よね」
奏の母は、誇らしげに微笑んでいた。
「……あれ。というか今更だけど、奏ちゃんは?」
しみじみとしたリビングの空気感。
ウチの母は……今更ながら、リビングに奏がいないことに気が付いた。
「……あー」
さっきまで娘の自慢話を、誇らしげに、されどどこか寂しそうに語っていた奏の母は……目を逸らしながら、頬を掻いていた。
「会いたくないんですって」
「……へ?」
「あっくんに」
……え。
「あっくん、ウチの子と喧嘩でもした?」
……両親の視線が、頬に刺さった。
「……あの、実はテストで奏と勝負してですね」
「うんうん」
「ボコボコにしました」
それはもう、完膚なきまでに。
「くくっ。しょうもなっ」
奏の母は必死に笑いをこらえていた。
「まったく。あの子ったら、帰国直前までまったく勉強してなかった癖に。あっくんに挑んで勝てるわけないでしょうに」
しばらくして……奏の母は呆れた様子で言った。
「……あっくん。ごめん。あの子部屋にいるから、呼んできてくれる?」
「……えー」
「あんたが行かないでどうするの」
母が俺の背中をバシッと叩いた。
「……じゃあ、ちょっと様子を見てくる」
「うん」
「ごゆっくりー」
俺と奏の母は……なんだか今の状況を楽しんでいるようにも見えた。




