32.おもてなし
奏ともっと一緒にいる。
かつて、奏と死別すると思われた幼少時代からは考えられもしない言葉だ。
少しだけ感慨深い気持ちになった。
「さて、それじゃあもう少し勉強をしようかな」
「えー……」
テスト準備期間、当然の判断だと思ったが、奏からブーイングされた。
「あっくん。あたしをおもてなししてくれるんじゃなかったの?」
「それはするけども……」
「あたし、今日はもう勉強する気分じゃないんだよね」
「そうは言っても、テストで良い点取らないと」
「別に、テストで良い点取ることだけが全てじゃないと思うよ?」
……今回はヤケに強情だな。
「あっくん。この前みたいに勉強のしすぎで学校で爆睡しちゃったらどうするの?」
「ん?」
「そうなったら、今度は内申点に響くかも」
確かに。
そうか。奏の奴、俺が勉強のハードワークを化した結果、この前、奏と一緒にお昼ご飯を食べた時みたいに寝落ちによる授業欠席を回避させたくて強情な姿勢をしてくれているのか。
放課後まで爆睡した後、奏は何故だかすごい申し訳なさそうにしていたし。
何なら、あれ以降、あのサプリメントは絶対に渡さなくなったし。
……本当、気が利く子だ。
「わかった。……今日の勉強はここまでにしようか」
「やったやった」
奏は大層嬉しそうだった。
歓喜に沸く姿を見ると……勉強をしすぎる姿を見せて、そんなに心配させてしまっていたのか、と少しだけ申し訳ない気持ちになった。
「それでそれでっ。あっくんあっくん! これからあたしをおもてなししてくれるんでしょ」
「うん。そうだね」
「どんな風におもてなししてくれるの。あたし、何すればいいの。電気は消す? エアコンの設定温度下げておく? あ、おばさん達が寝静まった後の方がいい?」
「え? 別に、今すぐやろうよ」
「……うぇっ!? あっくんたら、大胆」
……大胆か?
「とりあえずベッドに仰向けに寝てくれる?」
「……あ、あっくん」
「何?」
「その……あたし初めてで、実はちょっと緊張してるんだ」
「え。そうなの?」
確かに、よく見たらさっきから奏は、ずっとモジモジしている。頬も紅潮しているのが見て取れた。
「まあ、そんなに構えないでよ。ちゃんと気持ち良くするから」
「……あっくん。なんだか手慣れてるね」
さっきまで絶好調だった奏の瞳から光が消えた。
「もしかしてよくするの?」
「ん? いや、初めてだよ」
俺は微笑んだ。
「こんなこと、君以外に出来る相手がいないしね」
「……あっくん」
奏は俯いた。
「さ、先にちゃんと言っておくけどね? あたし、そんなに軽い女じゃないよ?」
「……奏?」
「ちゃんと……相手を見て、そういうことをするかは判断するの。それくらいの良識はある人間なの。……あたしが何を言いたいか、わかる?」
……勿論さ。
「さ、寝て」
優しい声色で伝えると、奏は一瞬、戸惑った顔を見せた後、覚悟を決めたようにベッドに仰向けで寝た。
俺は奏の足元の方へ回った。
「奏」
「……何?」
「痛かったら言ってね」
「うん。………………いったーい!」
足つぼマッサージは初めてやるのだが、いきなり奏に叫ばれてしまった。それも、かなりの大声で。
「あ、ごめん。……これだと強いのか」
「あっくん……?」
「奏、安心して。君の日頃の疲労を取ることが、最大のおもてなしだということはわかっているから」
「違う……。違うよ、あっくん」
「さ、行くよー」
「ひぎっ……」
奏の体がビクンと跳ねた。
反応を見るに、まだ強いか。
「あっくん。……やめて。もうやめて」
「ふむふむ。この辺を押して痛いと自律神経が乱れている可能性があるのか」
「え……?」
「……ごりっと」
「……~~~~っ」
あ、どうやらかなり痛みを感じているみたいだ。
……これはかなり疲労が取れたに違いない。
やったぜ!
しばらく俺は、悶絶する奏の足裏を押し続けた。
おおよそ三十分後、マッサージを終えると……奏は両目から涙を滴らせ、体はどこか火照っていて、どこか煽情的な雰囲気を纏っていた。
「……あっくん。どうしてこんな酷いことをするの?」
「ごめん。痛かった?」
「……死ぬかと思った」
「あはは。大袈裟だなぁ」
「一度死にかけたあたしが言うんだよ……?」
……なるほど。
どうやら俺は、やりすぎてしまったみたいだ。
「ごめん。奏……」
「……ふんっ」
「……君をどうしてもおもてなししたかったんだ」
「……つん」
「君がこうして家に泊まってくれると聞いて……ずっと考えてたんだ。勉強をしている間もずっと……どうすれば、君をおもてなし出来るかって」
「……」
「でも俺、不器用だから……。こんなことしか思いつかなかった」
俺は項垂れた。
「……俺はただ、俺が出来る精いっぱいで君を喜ばせたかっただけなんだ」
弁明にもなっていないことはわかっている。
でも……どうしても、伝えたかった。伝えるべきだと思った。
「……」
奏は……。
「も、もー。あっくんはしょうがないなー?」
はだけたTシャツを元に戻しながらおどけて言った。
「あはは。もしかしてあたしが本当に痛がっていると思った?」
「え?」
「冗談だよ。……そ、そういう反応を見せた方が、面白いかなって思っただけだよ?」
「……そ、そうだったの?」
「……ぇ?」
「じゃあ、またマッサージしてもいい?」
「……ぁ」
「君を……おもてなししてもいい?」
「……」
奏は口をワナワナと震わせていた。
目からは、また涙をこぼしていた。
「……ごめん。舞い上がってしまったね」
「いいよ」
「え?」
「いいよ。いいよ。全然痛くなかったし。何ならちょっと気持ち良かったし。自律神経が乱れていることもわかったし!? 全然! また! やって!? おもてなし!!!」
奏はヤケクソになっているように見えた。
……でも、内心、少し嬉しかった。
内心、不安だったんだ。
ちゃんと奏をおもてなし出来ているか。
だから、こうして奏に喜んでもらえたことで、安堵したとともに、少しだけ満たされたような気持ちがあることがわかった。
「うん。わかった」
俺が頷くと、奏の目から大粒の涙が一滴、ベッドに滴り落ちた。
散々暴れたツケだろうか。
ヒロインに対してちょっといい気味だと思ってしまった。




