31.家探し②
「と、とりあえず……あっくん、お風呂に入ってきたら?」
「ん。そうだね。そうするよ」
奏に今晩はおもてなしをすると言ったものの、奏の助言に従って、まずは寝るための準備を済ませようと思った。
「じゃあ、お風呂入って来るね」
「うん」
自室に奏を置いて、俺は一旦、お風呂に向かった。
「……待ってるね、あっくん」
去り際、奏の儚げな声が聞こえた気がしたが、気のせいだろうか。
とりあえず俺は、風呂場に行き、シャワーを浴びた。
季節は夏。
高湿気、高温の日中を過ごした体は、不快な汗をしこたま溜めていて、それらをシャワーで洗い落とすのは中々気分が良かった。
「ふう……」
バスタオルで体を拭きながら、俺は自室で待つ奏のことを考えていた。
……今更ながら、奏はどうして俺の家に今日泊まることになったのだろう。
彼女曰く、勉強に集中したいから母に頼んだ、みたいなことを言っていたが……その割に彼女、最初は俺の勉強の邪魔をしようとしていたんだよな。
今日も勉強途中からはしっかりと集中していたけれど……。
勉強よりも夕飯の支度を優先したり、母との雑談を優先したり……。
どうにも今日の奏からは、勉強に集中したい、という意思を感じないんだよなぁ。
じゃあ……奏はどうして今日ウチに泊まったのか。
俺が思い付く答えは……ただ一つ。
母さんとの雑談が熱中しちゃって、帰り時を逃したんだな!
まったく。
奏は相変わらず、少し抜けたところがあるんだから。
やれやれ、まったく。
……奏がウチに泊まってくれると聞いた時、俺は少しだけ戸惑った。
年頃の異性が家に泊まった経験がなく、緊張を覚えたためだ。
ただ、奏が家に泊まること自体には嫌だという気持ちは沸かなかった。むしろ、少しだけ嬉しささえ覚えた。
俺の部屋で寝ると聞いた時も、少しの緊張は覚えたが、嫌悪感はなかった。
むしろ、少しだけ嬉しささえ覚えた。
ただ、奏がフローリングに敷いた布団で寝ることだけはどうしても我慢ならなかった。
奏は一度、病魔に苦しんだ過去もある。
今では体調も快復傾向であることは、再会からしばらく経ってわかってきたが……それでも、僅かでもストレスを覚えるはずの他人の家で寝るという行為に際して、彼女の負担になるようなことはなるべく除外したかった。
……彼女がどうして俺の家に泊まることになったのか。
さっき導いた答えが合っていようと間違っていようと、この際、どうでもいい。
とにかく風呂からも出たことだし、奏を精いっぱいおもてなしするぞ!
……意気込んだ俺は、一直線に自室へ。
階段を昇り、扉のノブに手をかけて、悩んだ。
……ノックとかするべきだろうか?
一応、室内は密室。部屋にいるのは、奏ただ一人。
……今日一日、奏のプライベートスペースは俺の自室のみ。
そんなプライベートスペースを侵食するのに、ノックもしないで入るのは相手の気分を害するのでは?
ああ、やばい。
今ならマニュアルに存在しないマナーを生み出し、そのマナーで公演を開いて、一儲け出来そうだ。
……なんて馬鹿なことは考えていないで、俺は覚悟を決めた。
俺はドアノブに手をかけて、それをゆっくりと回した。
結局、ノックはしなかった。
だって、ここは俺の家だし。この部屋は俺の部屋だし。
この部屋の所有者という立場において、ノックをするのはなんか違う、という結論に至った格好だ。
「……んしょ」
というわけで、俺は早速、下した結論に対して、どうしてこんな判断をしてしまったのかと後悔を覚えた。
時刻は深夜。
そろそろ良い子は寝る時間。大人でも疲労が溜まっていたり、翌朝が早ければウトウトし出すような時間帯。
そんな時間に奏は、室内でくつろぐでもなく……本棚の方で四つん這いになり、本棚と壁の僅かな隙間に腕を伸ばしていた。
……一体、そんな場所で彼女は何を?
……そういえば、あの本棚と壁の間にはコンセントがある。
もしかしたら奏は……あそこにACアダプタでも挿して、スマホを給電するつもりなのかもしれない。
ならば、早く協力してあげよう。
扉を徐々に開いていき……俺は、奏の四つん這い、首元がよれているTシャツの隙間を覗き、思考が停止した。
……Tシャツの先は真っ暗闇。なのだが、薄っすらと見える谷間。そして……生憎、その先はやはり暗くて見えない。
思わず舌打ちをしたくなったが、それどころではない。
「ふう。挿せた」
奏に協力しようと決心した丁度その時、奏が四つん這いを止めて膝をつく姿勢になり、仕事をやり遂げたような満足に満ちた笑みを浮かべ始めた。
「……あ」
「あ、あっくん」
奏は俺に微笑みを見せた。
「おかえり。遅いよ」
「ごめん」
「ううん。おかげで、一仕事を終えることも出来たから大丈夫」
「一仕事?」
それってもしや、本棚と壁の隙間のコンセントに何かを挿していたことと関係があるのだろうか?
「あっくん」
「何?」
「これからはもーっとずっと一緒にいようね」
奏の声は興奮気味だが、瞳はまた光が消えていた。




