25.共通の友達
……俺を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、敦なんてありふれた名前だし、多分別人を呼ぶ声だったのだろう。
ここで振り返って、俺以外の誰かを呼んでいる声だった場合……気まずい思いをするどころか、恥を掻く可能性だってある。
そもそも俺、友達は少ないし……外出先で俺を見かけて声をかけてくれるような付き合いもそんなにない。
つまり、仮に知り合いだったとして、ここで振り返ることはメリットは皆無に等しく、デメリットを生む可能性も多いになる。
色々思考を巡らせた結果、俺は背後から聞こえた声を無視することにした。
その判断は、俺の生存戦略的にも、実に合理的な判断だと言えた。
「ちょっと、敦君?」
そんな俺の合理的判断が無に帰すことになった理由は……背後にいた声の主が呼んでいたのが、本当に俺だったから。
そして、その声を発した主が……俺の知り合いであり、再会を喜ぶかのように、わざわざ俺の前まで走ってきてくれたからに他ならない。
「もー、呼んでいるんだから、返事くらいしてくださいよー?」
そういって、俺に向けて顔をしかめる女子に……俺は見覚えがあった。
奏と見比べても引けを取らないスタイル。
パーマがかかった髪型。
笑顔の似合う整った顔立ち。
そして、おっとりとした口調。
「川島さん……? 川島さんじゃないか」
「お久しぶり、敦君。中学卒業以来だね」
彼女の名前は、川島果歩。
彼女は数少ない、俺の友人……と呼べる人だった。
「うわあ、久しぶりだね」
「うん。中学校の卒業式以来かな?」
「……あっくん」
再会を喜ぶ俺達に向けて……。
「そちらの方は……?」
奏の冷たい声が響いた。
「……あー。さすがに覚えていない?」
そんな奏の異変には勿論、気を留めず、俺は奏に向けて苦笑した。
「覚えて……?」
「彼女の名前は、川島さん。川島果歩さんって言うんだ」
「……川島。果歩……さん?」
「あれ……もしかして」
先に気付いたのは、川島さんの方だった。
「もしかして……一ノ瀬さん?」
「え?」
「小学校の時に一緒のクラスだった……けど、途中で病気になっちゃった……一ノ瀬さん?」
目を丸くしていた奏は、ようやく川島さんのことを思い出したのか。
「……もしかして、カホちゃん?」
瞳を潤わせながら、震えた声で尋ねた。
「はい。カホちゃんです」
俺と川島さんは、小学校、中学校と同じ学校へ進学した。
小学校で同じ学校だった……ということは、かつて同じ学び舎で勉学に励んだ奏もまた、川島さんと付き合いがあったのだ。
そして二人は、かつてはかなり仲が良い友達だった。
「お久しぶり。一ノ瀬さん。……元気になったんですね」
「うん。……うん。お久しぶり。もう、すっかり元気になったよ」
俺と奏が通う学校は、都内でも有数の進学校。
その結果、俺は奏以外の小学校、中学校の全員との別々の進路に進むことを余儀なくされた。
だから……奏が俺以外の小学校時代の友人と再会するのは、これが最初だろう。
数十年ぶりの再会。
二人の空気感は、感動の再会の割に、どことなく余所余所しい。
多分……あまりに久しぶりの再会すぎて、どんなことを話せばいいかわからないのだろう。
「……ねえ、カホちゃん」
奏は旧友との再会を喜ぶべく、続けた。
「あっくんとカホちゃんって……中学時代、仲良かったの?」
……ん?
「ねえ、どうなのかな?」
……感動の再会。
互いの現状を称え合って……次にする質問がそれ?
「……あー。なるほど」
川島さんは最初、目を丸くしていたが……何かを悟ったのか、不敵に微笑んだ。
「もしかしてお二人は、交際関係なんでしょうか?」
「こ、交際……っ!?」
奏が顔を真っ赤にさせていた。
「ち、違うよっ!? そういう関係じゃないよ!? まだっ!」
「そうですか。違いましたか。……まだ」
必死に否定する奏の姿は、さぞ滑稽だっただろう。
さすがの俺も笑いそうになったもの。
たかだか俺と交際しているのではと誤解された程度で、奏ときたら、取り乱しすぎだろう(笑)。
「一ノ瀬さん、安心してください。あたしと敦君は、そこまでの関係ではないです。言ってしまえば、ただのビジネスパートナー」
「……意味深な響きだね」
「あたし達は、中学時代、生徒会長と副会長の関係でした。……後、小学校時代は児童会の会長と副会長という関係でした」
「えっ!?」
奏が、俺の顔と川島さんの顔を交互に見た。
「あっくんが生徒会副会長!??」
……まあ、陰険な姿ばかりを見せているし、奏が驚くのも無理はない。
「いいえ、一ノ瀬さん。違います」
「……?」
「敦君は、児童会も生徒会も、会長でした」
「うぇぇえ!?」
「優秀だったんですよねぇ、彼は。……本当、目の上のたんこぶでした」
恨めしさを込めた川島さんの目が痛い。
彼女は前からこうだった。事あるごとに、京都人のような皮肉めいた言い振りで、俺に嫉妬みたいな文句を口にしてくるのだ。
「……昔の話さ。受験で失敗したくないから、とにかく内申点を稼ぐのに必死だった。大半の学生は生徒会だって児童会だって面倒だしやりたがらない。その上、会長なんて、責任が伴うばかりで自由時間も減るし、余計に嫌がる。だから、利用するのに好都合だったんだ」
「あらぁ、あたしはやりたかったですよ。会長」
……余計なことは言わないでくれる?
「実際、あたしは会長に立候補したんですが……どっちも敦君に完敗でした」
「え、あっくん、選挙で勝てたの?」
奏の言い振りから、人間としての人気度が重要な選挙でお前が勝てるわけないだろ、と思われていることがわかった。
「……敦君は、選挙は無類の強さを誇ってましたよ?」
「うぇぇ……なんか意外」
「校内の交友関係をリサーチして、各グループの票田の大きさを理解して、対抗馬の予測獲得票数を計算し、この票田は絶対に落とせない。みたいなことを裏でやっていたと知ったのは、選挙が終わった後のことでした」
「勝つためならそれくらいするさ」
奏は何も言わないが、どうしてそれを実生活でも活かさないの……? と、彼女の目が語っていた。
「あはは。実務能力も無駄に高くて……。公約だって、キチンと達成しましたしね」
「……信任を得て会長になるのだから、公約を守るのは当然だろう」
選挙に勝てれば、公約なんて守らなくていい。
そんな考え方をしている連中がいること自体がおかしいってだけだ。
「もう俺の話はいいでしょ」
「えー?」
奏が不服そうに唇を尖らせた。
「あたしがいない間の君の姿、もっと教えてほしいんだけど……」
……あれ。
よく見たら、奏の瞳に光が灯っていない……?
「うふふ」
奏は薄く微笑んだ。
「……それにしても、一ノ瀬さんとこんな場所でバッタリ会うだなんて」
川島さんが話を変えた。
実際、川島さん目線で考えたら、奏との再会はかなり奇跡的な再会となったことだろう。
それこそ、この二人の再会は……。
「まあ……電車で三十分くらいの距離だしね」
……あれ?
てっきり奏なら、川島さんとの再会を『運命』と評すると思ったのだが。
「そうですか。……電気街には何をしに?」
「友達へのプレゼントを買いに」
「へぇ、いいですね。いつ日本に戻ってきたんですか?」
「今週だよ。……川島さんは、ここには何をしに?」
思えば……。
「あたしは電気街に行きつけのレストランがあって。お昼を食べに来たんです」
奏が『運命』を強調する相手って……俺だけだよな。
「え、そうなの?」
奏と再会してまだ一週間しか経っていないから、他の例を見ていないだけだろうか……?
「えぇ。……折角なら、お二人もご一緒にどうでしょう?」
でも……俺相手だけに言っているのであれば、スピリチュアルな思想が嫌いな彼女が、『運命』を強調することも理解が出来る気がする。
「えー、いいの?」
……ならば、どうして奏は、俺相手にだけ『運命』を強調するのだろう?
「あっくん!」
奏の眩い瞳が、俺を見つめた。
「行くよね、川島さんおススメのレストラン!」
……。
「……うん。そうしようか」
……一旦、このことを考えるのは止めようと思った。
「楽しみだなぁ!」
……だって。
「とっても美味しいので、期待していてください」
「うふふ。うんっ!」
これ以上、考えると……深みに嵌って、抜け出せなくなる気がするから。
六章終了です
新キャラを出しつつ、そろそろ主人公が違和感に気付く場面を作りたかった。
それにしても、この主人公……もといあっくんは、そろそろ自分の事を陰キャだと言い張るのをやめろ。
評価、ブクマ、感想よろしくお願いします!!!




