26.泣き落とし
色々あったが、奏の転校から二週間ほどが経過した。
「うふふ。うふふふふ」
最初は門倉さんとの敵対など、色々といざこざに巻き込まれた彼女だったが、今ではすっかりとクラスメイトと馴染んでいた。
何なら、俺以上にこのクラスに馴染んでいる。
……あ、それは初日の時点でそうだったか。
とにかくそんなわけで、奏はすっかりとこのクラスに馴染んだ。
先週は俺の家に来る日も、七日中の僅か五日に留まり、少しずつ俺離れも進んでいるようで、少しばかり寂しさを覚える始末だった。
ともあれ、そんな憂いの感情は一旦放置しなければならない事案が目前に迫っている。
「それじゃあ皆さん、来週からはテスト期間に入るので、部活は原則禁止となります」
それは、一学期の期末テスト。
「……あー。テストだりー」
「あたし、勉強すっごい遅れてるよー」
帰りのショートホームルームが終わると、クラスメイト達はテストに対して悲観的なコメントを残して、教室を後にしていく。
……そんな中、俺は一体、どんな反応を示しているか。
こう見えて俺は、日頃からこの学校の誰よりも勉強をしている自負がある。
それは将来、医師になるという高い志があるためだ。
……そんな俺にとって学校の実力テストなど、通過点に過ぎない。
よって……。
「……はぁぁぁ。胃が痛い」
当然、テスト期間ともなれば、ストレス過敏による胃痛を覚える始末だった。
いや、さっきの前振りは完全に余裕な素振りを見せる態度だっただろう、と思ったそこのあなた。
甘い。
冷静に考えろ。
医師になるという高い志を持つ俺が……もし、学校の実力テスト如きで足元を掬われたらどうなってしまうか。
決まってる。
死だ(極端)。
もし期末テストで学年一位以外を取ったら、俺は死ぬだろう。
社会的にも、精神的にも……。
「テスト、嫌だなぁ……」
というわけで、俺もさっきまでテストに対して憂いを見せていたクラスメイト同様、テストが嫌だ。出来ればなくなってほしいとさえ思っている。
「……ふふ」
……しかし、そうやって嫌なことから逃げても何もならないことは、自分のこれまでの十五年程度の人生が雄弁に語っている。
「……うふふ」
……だから、どれだけ嫌でも。苦しくても。逃げるわけにはいかない。
「うふふ」
自分の夢を、叶えるためならば。
「うふふふふ」
もう二度と、無力感に苛まれないためには……っ!
「あっくん」
「どひゃあっ!」
背後から奏に声をかけられて、俺は飛び上がった。
か、奏の奴、一体いつから俺の背後に立っていたんだ?
全然気づかなかった……。
「あっくん。帰ろ?」
「あ、うん……」
奏に促されて、俺達は帰路についた。
「そういえばあっくん、今日は図書室で勉強しないの?」
帰路、奏に尋ねられた。
「あ、うん。……テスト期間は口が悪くなるから」
「そうなの? 高垣さん、優しいのにね」
……いやまあ、テスト期間はピリピリ感が漂っているから、相応に俺の口も悪くなるんだよね。
それで、前回の中間テストの時に、互いに足の引っ張りあいみたいな口論に発展したから、紳士協定を結んだ格好だ。
……あ。そういえば、奏は無事、親睦を深める意味でのプレゼントを高垣さんに渡していた。
『あ、ありがと……。大事に……するね?』
高垣さんはとても嬉しそうに、ひきつった笑みを浮かべていた。
「ね。あっくん」
「何?」
「高垣さんと勉強しないなら、折角ならあたしと一緒に勉強しない?」
「……」
「あれ?」
奏は俺が同意すると思っていたのか、小首を傾げていた。可愛い。
「いやその……。テスト期間は戦場というか。人の勉強まで見ている余裕がないんだよね」
「あー……。そっか」
奏は寂しそうに、シュンとして俯いた。
「……教えてもらう、じゃなくてね」
「ん……?」
「出来れば、あっくんと協力して……。二人で高め合えたらと思ってたんだけどね?」
「……んぐ」
そういう泣き落としみたいな戦法はやめてほしい。
……こちとら、誰かさんとの辛い別れを一度経験したせいで、湿っぽいのが嫌いなのだ。
「わかった。一緒に勉強しよう」
「やった」
わかりやすく奏は喜んだ。
……なんだ。さっきの泣き落としは演技だったのか。
演技で良かった。
「……それじゃあ、あっくん」
「うん」
「勉強はあっくんの家でいい?」
「うん」
「ありがと」
奏は微笑んだ。
「それじゃあ勉強の前に、この前あげたテディベアを動かしてないか、確認させてもらおうかな」
……奏の瞳から光が消えた。
奏からもらったテディベアは、彼女からの要望で五段本棚の一番上に置いていたのだが……たった数日で埃を被ってしまい、可哀想になって、一段下に移していた。
……それが確か、三日前の出来事。
なんというか、狙いすましたような発言だ。
「ねえ奏、もしかして俺の部屋、監視でもしてる?」
「んー? してるよー?」
「そうだよね。してないよね」
奏の変な冗談は流すことにした。
彼女に限って、そんな犯罪まがいなことをしているはずもない。
ただ、それにしては……タイミングが良いなぁ。




