メイドの秘密
兄の話も、ピクニックも終わり、のんびり帰っていた道中。
それは起こった。
ガタンッ!!
馬車が急停止した反動で、あたし達は座っていた場所から落ちてしまった。
あたしはすぐに起き上がる。
何があったのか確認しようとドアに手を伸ばした。
「待って、ミリア」
兄からストップが入った。
「……僕が見てくるからルーシィ達と一緒にいて」
兄の背中が逞しく見える。
……手は震えているようだが。
兄がゆっくりと馬車の扉を押し開けた。
その時。
知らない男どもが兄を押し倒した。
そしてメイドの一人、フィオナの腕を引っ張り外へ連れ出す。
予期せぬ事態にあたしの反応は遅れた。
そのせいでフィオナが捕らわれてしまったのだ。
フィオナの首にナイフが突きつけられる。
嘘だろ、なんでこんなことに。
あたしが混乱していると、兄が奴等に向かって静かに口を開いた。
「君達は……最近、貴族を襲っている”赤鴉”という盗賊集団だね」
「そうさ! 俺たちの名は知れ渡ってるみたいだな」
と自慢げに豪語している。
ルーカスが言っていた変な名前の奴らか。
まさかあたし達が襲われるとはな。
盗賊の一人が、あたしの脚をいやらしい目つきで見てきた。
「なんだその服、美味しそうな足が丸見えだぞ」
鳥肌ものだ。
ゾワゾワ……と全身の毛が逆立つ。
「このっ――――!」
「おっと、こいつの顔に傷が付いてもいいのか? 傷ついちまったら、嫁の貰い手もなくなるぞ?」
「ミ、ミリア様……」
フィオナが涙目になりながら、こちらを見ている。
その小さな身体が小刻みに震えていた。
くそっ!
殴り飛ばしたい。
今すぐフィオナを助け出したい。が、それはこの状況では危険だ。フィオナの顔に傷がついたらあたしは一生後悔する。きっとここにいるみんな同じ考えだ。
「おい金を出せ。貴族なら持っているだろ?」
「……持っていくなら持っていけ。だからフィオナに手を出すな」
兄と視線を合わせる。
今日は少ししか手持ちはないが、それで交渉するしかあるまい。兄が内ポケットから金が入った袋を取り出した。それを見た盗賊は歓喜の声を上げる。
「なんだぁ、それっぽっちかぁ? もっとあんだろ?」
「いけません! ミリア様、カルモ様! 私のためにそんなっ!!」
兄が首を横に振る。
「フィオナの命には替えられないよ」
「カルモ様……わ、私は、ヴァルディス家に……おふたりにお仕えできて、すごく……凄く幸せでした」
「フィオナ……」
「おい、お前ら手出すなって言ってんだろ」
あたしはギロリと盗賊を睨む。
「は、はぁ!? オレらまだ手出してないって……!」
「見ればわかんだろ!! この女が急に泣き出して!」
連中の戯言は無視して、フィオナに体を向けた。
「っ、! ミリア様……私のこと嫌いにならないって約束してくださいますか?」
フィオナは不安そうな顔でそんな質問をしてきた。
あたしは本心を言葉にする。
「当たり前だろ。フィオナも、あたしの家族なんだから」
「――ふぇっ……」
フィオナは自分の手で顔を覆った。彼女を捕まえていた男は分かりやすく慌てだした。またあたしに指摘されると思ったのだろう。刃が一瞬だけフィオナの喉から離れた。
いまだ!!
だが、あたしが足を動かすよりも早く。
さっき感激のあまり泣いていた(ように見えた)フィオナが動いた。
「えいっ!」
フィオナが徐に、武器であるナイフの刃先を指先で摘んだ。すると、ポキっと小気味よい音が響き、ナイフは刃の付け根から二つに割れていた。
男は一瞬、何が起きたのか理解できなかったようで、自分の手に残ったナイフの持ち手と、フィオナが持つ刃先とを二度……いや三度見した。そして、フィオナはそれを不要だと言わんばかりに、地面へ投げ捨てた。カラン、と音が鳴ると同時に、奴は状況を理解したようだ。
「ひえっ! お、折れ……」
「せいやぁっ」
フィオナの掌が、男の顎を下から軽く押し上げた。
「ぐあっ!!!?」
軽く蚊を叩いた程度の速度に見えたが、男は何メートルも吹き飛ばされた。普段の彼女からは想像もつかない力の強さに、あたし達は目を疑った。
フィオナの快進撃は留まることを知らない。
連中はフィオナを押さえ込もうと数人で向かってくるが、触れることすら叶わず、こつくだけで奴らは吹き飛ばされ、即KOだった。
大方やられた5人程がフィオナの足元に転がった。みんなが呆気に取られる中、フィオナが恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「あ、あんまり見ないでくださーい。やだーー、恥ずかしいですぅ」
パタパタと熱くなった顔を手で仰ぎ、笑うフィオナ。
「……あ」
ルーシィには心当たりがあった。
それは昔。ルーシィがまだ見習いメイドで、フィオナが新人として入りたての頃。ティーカップや食器類が何個も割れた。新人にはよくあるので仕方がないと思ったが、床に落として割れたのなら、カップ自体が粉々になっているはずだ。
けれど、フィオナが回収してきたものは、持ち手の部分だけ綺麗に割れていた。お皿の場合は端っこの一部分だけだ。おかしな割れ方だと当時は不思議に思ったが、1ヶ月経てばフィオナが食器を割ることも無くなったので、すっかり忘れていた。
極めつけは、ゴキブリ……Gが、外から屋敷に迷い込んできた時の対処法だ。
フィオナは紙を巻いたものを「えーーい!」とパシッと叩いた。すると、Gは無惨な姿になっていて後処理の方が大変だった。「力入れずに軽く叩けばいいの!」とその時は注意したが、本人はあれで軽く叩いてたのね。
いろいろ合点がいった。
「うちのメイド最強かよ……」
ミリア様が、キラキラした瞳でそう呟いていた。
Gの対処法を書きましたが、ちなみにルーシィは無言で殺虫剤をかけて、ゆっくり死んでいくのを傍観するタイプです。




