突然の来客
今日はイザベラからの情報が渋滞しているから早く寝ないとな。
なんて考えているうちに、屋敷へ到着した。
……が、何だか屋敷から悲鳴が聞こえるのは気のせいだろうか。
「帰ったぞ〜」
扉を開けると、いつもあたしの声に反応して出迎えにくる兄の姿が見えない。それどころか、他の奴らもあたしに見向きもせず、屋敷中をバタバタと走り回っている。
「あっ、 ミリア様が戻られました!!」
「み、ミリア様ぁ!! 遅いですぅ!!」
フィオナが何故か泣きべそを掻きながら、あたしに詰め寄ってきた。
「急いでお通しして!!」
「お、お茶を淹れ直すんだ!」
何事かと辺りを見回していると、兄が青ざめた顔で飛んできた。
「ミリア!! やっと帰ってきた!!」
「何かあったのか?」
「何かあったのか? じゃないよ!! 第三王子殿下がお待ちなんだよ!! 護衛もつけずに1人で!!」
「……は?」
兄に連れられて応接室へ行くと、夜会で会った第三王子アレインが縮こまって座っているが、あたしに気付くと慌てて立ち上がり、頭を下げた。
「す、すみません……急に押しかけてしまって……」
周りに控える侍女たちは緊張しまくりで、お茶を注ぐ手まで震えている。
「ちゃ……、茶菓子はいかがでしょうか……?」
「い、いえ……もう十分です。ありがとうございます」
「ひっ……! お、お礼なんてとんでもございません!」
何だこのカオスな状況は。
王子という自覚があるのか、こいつは。
あたしはアレインの向かいのソファーに腰を下ろした。
「待たせたみたいだな。
で? 急な訪問だそうだが、どういった要件だ?」
兄や侍女たちが、あたしを見て一斉に青ざめる。「嘘だろ……」とでも言いたげな表情だ。兄に至っては、胃の辺りを押さえている。
「す、すみません! どうしてもお話ししたくて……。
でも、女性へ私的な手紙を送るのは許可してもらえなくて……それに、内容も内容なので手紙では収まりきらず……えっと……それで、直接来てしまいました」
「いや、来る方が問題だろ。
護衛や侍女は? 王族なら常に側に置くもんだろ? あたしでもいるぞ」
(まあ、身軽に行動できないから大体は屋敷に置いてくるがな)
「あ……えっと……護衛はいたんですけど、途中で撒いてきちゃいました」
「「「は?」」」
「第三王子殿下ともあろうお方が……護衛を撒いてきたと?」
ずっと口を挟まずにいた兄も、さすがに黙っていられなかったのだろう。
「はい、そうですけど……」
何かまずかったでしょうか、とでも言いたげにキョトンとしている。
あ、そうか。こいつまだ自分が王子って自覚がないのか。
肩書きがデカい分、扱いがややこしいな。
兄と侍女たちはもはや言葉も出ないようだ。
……まあ、そうなるよな。
「ちょっと、2人にしてもらっていいか? 大事な話があるんだ」
「第三王子殿下と二人きり!? そんなの知られたら大問題だよ!!
それは……お兄ちゃんがいたら話せない事なの!?」
兄や屋敷の者達が誰かに言いふらしたりしないことは分かっている。
しかし、いくら信頼を積み重ねていても、あたしたちが別の世界から来た人間だと打ち明けることは、まだできない。
「ああ。悪いが、2人にしてほしい」
あたしの断固とした態度に、兄は少し悲しそうな顔をした。
「そう……」
兄は何度もこちらを振り返りながらも、大人しく引き下がっていった。侍女たちも、遠慮がちに部屋を出ていく。去り際に兄は扉の前で足を止め、こちらを振り返った。
「ルーカス様にはぜっっっったい知られないように!! もし屋敷に来たとしても隠れる時間は作るから!!」
そんな小細工しなくても……。あたしとこの王子に何かある訳ないし。
ルーカスだって、そんなにしょっちゅう押し掛けて来るほど暇じゃないだろう。
日も沈みかけているし、今日はもう訪ねてくることはない。
「あ、あの……僕が急に来てしまったせいで、ご家族に気を遣わせてしまって……すみません」
しゅん……と、申し訳なさそうに頭を下げる。
夜会で令嬢たちに囲まれていた時にも思ったが、なんか犬みたいだな。
「いや、気にしなくていい。あたしも話したいと思っていたところだ」
その頃ーーアッシュフォード家。
「ルーカス様、ご報告が御座います」
「なんだ」
書類にペンを走らせながら、護衛を一瞥する。
「ヴァルディス男爵家に、第三王子殿下がお一人で入られたとの報告が……」
バキッッ。
握り締めた羽ペンの先が折れ、インクが机へ一滴滴り落ちた。
「……へぇ。どうしてそうなるのかな」
(ルーカス様が、笑っていらっしゃる……これは相当な……)
「わ、我々も詳しい意図は確認できておりませんが……現在、屋敷から出てくる様子はないとのことでーー」
「馬車と護衛の手配をしろ。今から向かう。お前達は引き続きミリアの護衛に戻れ」
「ハッ!」
護衛が足早に部屋を出ていく。
「……さて」
ルーカスは立ち上がり、上着を羽織った。
「あの女ったらしの第三王子が……俺の婚約者に、一体何の用だ」




