アレインの目覚め
あの日、僕はバイト帰りで駅のホームに立ち、電車を待っていた。
家には金銭的な余裕がなく、学生の僕もアルバイトを掛け持ちしていた。帰宅後は睡眠時間を削って勉強。
……正直、身体はとっくに限界だったんだと思う。
突然、視界が歪んだ。
足に力が入らない。誰かの叫び声が聞こえて――そこで僕の記憶は途切れたんだ。
「――……イン」
「アレイン……!」
「んん……」
薄らと目を開けると、何人もの人影がぼんやりと映った。
「おお、アレイン! 余が分かるか!」
「殿下がお目覚めになったぞ!」
ゆっくりと瞼を開ける。
あれ……僕、家に帰って寝てたんだっけ。
ぼうっとした頭が徐々に冴えていく。そしてようやく意識がはっきりした時、目の前には変な服を着た3人が僕を覗き込んでいた。
「ひえぇええぇっっ!!」
「どっ、どちら様ですかーーー!!? ぼ、僕の部屋で何を……!!」
「何を言っておる。其方の父だ」
「ぼ、僕の父は亡くなって……」
「……どういうことだ。アレインの身に何が起きておる」
「おそらく、目覚めたばかりで記憶が混乱しているのでしょう」
白衣を着て眼鏡を掛けた男性がそう告げる。
(あれ……僕の眼鏡……)
いつもの重みがない。手で触れてみるが、眼鏡をかけていない。
なのに辺りがはっきりと見える。視力が回復している。なんで……。
「おいおい! まさか俺達のことまで忘れたとは言わないよな!」
僕と父?の間に割り込み、豪快に笑う金髪の青年。男らしい体つきだが美形だ。
「……まったく。手当たり次第に令嬢へ手を出すからこうなるんだ」
隣の青年は呆れたように肩を竦める。こちらも美形で、佇まいは凛としている。
「だからって、王族を毒殺しようってのは流石にやり過ぎだろ!」
「アレインにも非はあるだろう。あの令嬢は他の娘より少々執着心が強かったようだが……。
父上からも、もう少し厳しく言ってください。いくらなんでもアレインに甘すぎます」
「こっ……!(国王!?)」
王冠。マント。豪華すぎる部屋。
そして飛び交う「国王」「王族」「令嬢」という単語。
(こっ、これ……どういうこと!?)
頭を抱えていると、心配そうに3人が僕の顔を覗き込もうとしてくる。
顔を背けた先の窓に、自分の顔が映った。その顔は青白く顔色は悪いが、彫刻のように美しい顔立ち。髪はこの人達と同じブロンドで瞳は透き通った碧色だった。
僕の顔は地味で、髪だって染めたことのない黒髪。手入れも碌にしていなかったから、ボサボサだったはず……。
恐る恐る髪を触ると無抵抗に指の間をすり抜けていく。
「触れる……サラサラ……」
僕とは全く違う姿。王族だという見慣れない人達。
(……転生? いや、これは憑依ってやつ……?)
オタクだった僕がこの状況を理解したのは目覚めて約5分後のことだった。
「しかし、其方に熱を上げていた令嬢から毒を盛られるとは……なんとも情けない話よの。
よいか。この件を知るのは、ここにおる者だけだ。第三王子は体調を崩し、しばらく伏せっておった――表向きはそれで通せ。他言は許さぬ」
「「ハッ!」」
国王が護衛らしき者達や、白衣を着た男達に指示を出している。
「其方もこれに懲りて令嬢に手を出すのは控えよ。今後は婚約者探しに本腰を入れるがよい」
(こ、婚約者!? それに毒を盛られたって……。
なんなの、この世界、こ、こわ……僕、女の子と付き合ったことすらないのに! こんなの無理ゲーだよぉ!!)
「――っ!」
ガバッと起き上がる。
「はっ…ぁ……」
……また、あの日の夢だ。
毒から無事回復した僕は外に出るのを禁じられ、軽く軟禁され、豪華な料理を食べさせられ……働くことも学校に行くこともなく、何もしなくていい日が続いた。
一見、天国のようにも思える。
だけど実際は、自分がアルテーン王国の第三王子アレイン・レオニスだということ以外、この世界のことを何も知らない。
下手なことを聞けば、「そんなことまで忘れたのか」と怪しまれた。
最初のうちは誤魔化して質問していたけれど、その度に不審そうな顔をされて、いつしか聞くこと自体をやめてしまった。夜会というものに無理やり出席させられれば、婚約者候補を見定めろ、と言われる始末。
頭が追いつかず、僕は憔悴しきっていた。
だけど。
「……ミリア」
見つけたんだ。
この世界で初めて、僕と同じ言葉が通じる人を。
(あの子ともう一度話をしないと……!)




