イザベラは恐ろしい
「はぁ……。
どうしてそこまで鈍いのかしら。
まあ、いいわ。その方が見ていて面白いもの」
「なんか今、馬鹿にされた気がするが」
「気のせいですわ」
イザベラは素知らぬ顔でティーカップに口をつけた。
暫く和やかな時間が流れた。
あたしは紅茶を一口飲んで、前から気になっていたことを口にした。
「……一つ、聞いてもいいか?」
「なんですの?」
「そこまで詳しい情報をあたしに教えてくれるのは何故だ?」
イザベラのカップを持つ手が止まった。
「前に助けた礼なら、気にしなくていいって言ってるだろ」
「違いますわ」
イザベラはティーカップを静かに置き、少しだけ目を伏せた。
「正直に申し上げますと……。
最初は、ミリア嬢のことが嫌いでしたの。
礼儀もなっていない。ルーカス様にまとわりついてばかりで、他の方と関わろうともしない。見ているだけで鬱陶しい令嬢だと、そう思っておりましたわ」
ぐさっ。
ミリア本人じゃないとはいえ、容赦のない言葉に地味にダメージを食らった。
「夜会では、何度もその姿を目にしていましたわ。
ルーカス様にどれだけ冷たく突き放されても、それでも諦めず、その背を追い続ける貴方を……。
そして、誰もいない庭園で一人泣いていた姿も。
初めは、愚かだと思っていましたわ。
婚約を解消する理由なら十分すぎるほど揃っているのだから、さっさと見切りをつけて他の殿方を探せばいいものを、あの男にそこまで執着する理由が、わたくしには分かりませんでしたの」
イザベラは、当時を思い返すように小さく笑った。
「それから間もなく、わたくしの婚約は破棄されました。
理由は簡単ですわ。婚約者に別の想い人ができた、ただそれだけのこと」
イザベラは他人事のように話を続けた。
いつの間にか少し早口になっていることに、イザベラ自身は気づいていないようだった。
「お相手は子爵家の令嬢でしたけれど、その家は武器の取引で大きな力を持っておりましたの。恋情と利益、その両方が手に入る。あちらの家にとっては、わたくしとの婚約を続ける意味は無くなったのでしょう」
「イザベラ……」
「わたくしは泣きませんでしたわ。だって、そうでしょう?
伯爵令嬢が人前で殿方に婚約を破棄されて泣くなど、許されませんもの。
ですが、本当は――」
カップを持つ手が、小さく震えていた。
「泣きたかった。
……好きでしたもの」
俯いたイザベラの表情は見えない。
それでも、悲しんでいることだけは伝わってきた。
「その時、ようやく理解しましたわ。
……ミリア嬢の気持ちを。
それからも、貴方の噂は度々耳にしていましたわ。
そして以前のお茶会で実際にお話しして、確信しましたの。
ミリア嬢、貴方は本当に変わられたのだと」
イザベラは、あたしを真っ直ぐ見つめた。
「もう、誰かの後ろをついて歩くだけの方ではない。
自分の意思で立ち、自分の力で前へ進んでいる……だからこそ、ルーカス様も変わられたのでしょうね。
今では、いつミリア嬢から婚約破棄を突きつけられるかと、内心怯えていらっしゃる事でしょう」
怯えてる? あのルーカスが?
「わたくしは、今のミリア嬢の方が好きですわ。
泣きながらルーカス様の背を追いかけていた時より、自分の足で堂々と前を向いている貴方の方が、ずっと見ていて楽しいもの」
いつの間にか、イザベラはいつもの調子に戻っていた。
「だから、ミリア嬢に情報をお渡しするのです。今度は何をしでかしてくださるのかと、期待しておりますのよ」
「……結局、面白がってるだけじゃないか」
「あら。否定はいたしませんわ」
「……ですから」
イザベラは少しだけ視線を逸らした。
「貴方がどうしてもと仰るのなら、友人くらいには……なって差し上げてもよくてよ」
頬を赤らめ、声まで小さくなっているあたり、これがイザベラなりの精一杯なのだろう。
「ああ、もちろんいいぞ」
あたしはイザベラに手を差し出した。
イザベラは一瞬だけ目を見開いたが、やがて遠慮がちにその手を握り返した。
こうして、この世界で初めての友人ができたわけだ。
「……で、そのふざけた元婚約者は今どうしてるんだ? 女と婚約したのか?」
「ふふ……」
イザベラは微笑みながら、ティーカップの縁を指先でなぞる。
「破産しましたわ」
「…………は?」
「家ごと没落して、婚約も白紙になったそうですわ」
「……まさか、お前……」
「あら、偶然ですわよ?」
イザベラはにっこりと微笑んだ。
その笑顔は、無邪気な少女そのものだった。
……怖っ。
なんかジュラシック家の話と似てないか?
ミリアの中で「敵に回してはいけない貴族」として、ジュラシック公爵家とローゼンベルク伯爵家が並んだ瞬間であった。




