ルーシィーの1日
まだ朝日が昇りきらないうちに起床し、制服に着替えます。
ヴァルディス家のメイド服は王都でも評判なのです。他家では既製品が一般的ですが、この屋敷では一人一人の要望を聞いた上で、オーダーメイドの制服が仕立てられます。
「カルモ様は、お金の使い方がおかしい」そう屋敷内では囁かれています。
以前、祖国の家族が体調を崩したと知らせを受けた侍女のエマが、カルモ様に相談したことがありました。すると、お暇を頂いただけでなく、馬車の手配や積み切れないほどの食料まで用意されており、流石のエマも、しばらく言葉を失っておりました。
経営が苦しい中でもカルモ様は、私達のことを真っ先に考えてくれていました。
「みんなは僕の家族だから、当然だよ。
大切な人達を守れなければ、当主になる資格なんてないでしょ」
穏やかな笑顔で、そう仰っていました。
だからこそ、皆がカルモ様を慕っているのです。
「さて……」
屋敷が静かなうちに、自室で本日の予定を書き写しながら紅茶を飲みます。この朝の一杯は欠かせません。気温や湿度で微妙に味が変化しますので、その日の出来を確かめる意味もあるのです。
侍女や料理人が動き始める頃に合わせて下へ降り、侍女たちの点呼を行います。屋敷の侍女は4人。ミリア様の専属侍女は私とフィオナ。
残りの2人はカルモ様付きの侍女で、セリアとエマ。2人とも年齢は若いもののしっかり者で、カルモ様のお世話を担当しています。
本日の予定を擦り合わせ、役割ごとに担当を振り分けていくのですが。
「……フィオナは、まだですか」
セリアとエマが顔を見合わせ、溜め息を吐いた。
「むにゃ……あとごふん……」
「あと5秒」
私はフィオナの部屋へ入り、まだ夢見心地のフィオナから容赦なく毛布を引き剥がした。寝台から転げ落ちたフィオナは、頭を押さえながら小さく唸った。
「うぅ、痛いですよぅ! ルーシィ!!」
「はぁ……何度言えば分かるのですか。私はあなたの母親ではありません」
フィオナの前に時計を突きつけると、真っ青な顔で慌てて身支度を始め、滑り込んで来ました。所要時間、およそ5分。許容範囲ですね。
その後は、料理長と朝食の献立や食材の確認を済ませ、ミリア様のお部屋に向かいます。
フィオナは毛布を剥ぐと飛び起きます。ですが、ミリア様をあのように乱暴に起こすわけにはいきません。ミリア様には別の起こし方があるのです。
コンコン。
「ミリア様、失礼致します。朝食の用意が出来ております」
案の定、寝台では毛布が山のように膨らんでいます。
「ミリア様……。
本日の朝食はフレンチトーストだそうですよ」
「……!」
ミリア様は勢いよく飛び起き、あっという間に身支度を済ませて食堂へ向かわれました。ミリア様の食へのこだわりには、毎回驚かされます。
というのも、料理人達は最近、ミリア様から教わる"異国料理"の研究に夢中になっているのです。
私達もフレンチトーストなるものを頂きましたが、柔らかなパンに染み込んだ卵と、口の中で広がる蜂蜜の甘さは、今まで味わったことのない美味しさでした。
異国料理が次々と食卓に並ぶようになり、厨房は以前にも増して活気に満ちています。
ですが、この事が屋敷の外へ漏れれば、町中……いえ、貴族や王族までもがヴァルディス家の料理人を引き抜き、異国料理に詳しいミリア様を手に入れようと、動き出すでしょう。
なので、屋敷では「異国料理に関する一切の情報は、他言無用」とすることが、満場一致で決まったのです。
昼食を終えると、ミリア様は図書館へ出向かれるか、ティータイムを楽しまれます。ですが時折「街へ行く」と仰り、一人で出掛けようとなさるのです。そのたびに、お引き止めするのが一苦労なのです。
……しかし、不思議なことに、絶妙なタイミングでルーカス様がいらっしゃいます。偶然なのかどうか、いつしか、それを考える者はいなくなりました。
唐突な訪問が多くなったことで、ルーカス様からお誘いのお手紙は、以前より目に見えて減ってきました。その代わりとでも言うように、時折、何気ない内容のお手紙がミリア様宛てに届きます。
そちらをお渡しすると、渋々受け取りながらも、口元が緩んでしまうことを私達は知っています。もっとも、ミリア様にその自覚はないようですが。
そして、ミリア様がルーカス様の任務に同行されていた間、溜まっていたお手紙の中に、ローゼンベルク伯爵家の紋章が押された封書がざっと30通。ミリア様にお伝えしたところ、目に見えて面倒くさそうなお顔をされていました。
「……忘れてた」
「近いうちに、お返事をお出しになりますか?」
「ああ、適当に返しておいて。近いうちに顔を出すってな」
どうやら、全てがお茶会の誘いだそうです。イザベラ様も根気がおありですね。
ガシャーン!
「ふぇぇぇ……ルーシィ!お皿が割れちゃいましたぁ」
「今、行きます」
ミリア様だけではなく、フィオナのお世話まで、気付けば私の仕事になってしまいましたが……その分のお給金は発生しないのでしょうか。
*
ようやく本日の仕事を終え、自室で日記を開きます。
毎日欠かす事なく、この家に仕えてから日記をつけてきました。
『本日もミリア様は、いちごタルトを美味しそうに召し上がっていました』
このように、記録しているのは些細な出来事ばかりです。
ミリア様が服を手直しされ、その出来栄えに感心した事や、カルモ様がミリア様に甘い事など、微笑ましい出来事を書き留めております。
……ですが。
最近のミリア様は、時折心ここに在らずといったように、遠くを見るようなお顔をなさいます。幼少期からお仕えしておりますが、あのようなお顔を見るようになったのは、ご病気から回復されて以降。
夜会から戻られた日も、どこか落ち着かない様子で、カルモ様からの問い掛けにも、曖昧なお返事ばかりなさっていました。
ミリア様が何を考えていらっしゃるのか、私には分かりません。ですが、無理にお聞きしようとは思いません。
その時が来れば、きっと話してくださるでしょうから。




