初めての共感
「……忠告してくれているのか」
「なっ……、何を仰っているの。
わたくしは事実を述べただけですわ。勝手な解釈をなさらないでくださる?」
イザベラは扇を広げ、顔の大半を隠していた。
悪い奴じゃないが、典型的なツンデレのようだ。
その時、ドサっと、何かが倒れる音と共に「ひゃっ……!」と情けない声が上がった。アレインは令嬢達の圧に耐えかね、とうとう足がもつれて尻餅をついていた。その姿が可愛らしく映ったのか、令嬢達は黄色い歓声を上げる。
「まあっ、お怪我はございませんかアレイン様!」
「お手をどうぞ!」
差し出された手に掴まろうとするが、反対側からも別の手が伸びてきて、再びパニックに陥っているようだ。
「あっ、えっと……」
令嬢の輪の隙間から、涙目のアレインと目が合った。
あたしを見たアレインの瞳が大きく見開かれる。
「あ、あなた……! お願いです、助けてください……!」
令嬢達が一斉に振り向いた。
「あら、あれはミリア様では……」
「先程、ジュラシック公爵家のご令嬢を敵に回してしまったという、あの……?」
アレインは尻餅をついたまま、藁にもすがるような表情で必死に手を伸ばしている。その目は明らかにあたしを捉えていた。
「いや、なんであたしが……。おい、イザベラ……」
隣を見ると、イザベラの姿は消えていた。
「あいつ……、逃げやがったな」
あたしが手を差し伸べないことを悟ったのか、アレインは目に見えて肩を落とし、絶望的な顔をした。
「ほら、アレイン様。こちらに参りましょう?」
令嬢は優しく語りかけていたが、王子を見る目つきは、獲物を狙うそれだった。
「ひぃっ……」
タイミング良く、会場の入り口から鐘の音が鳴り響いた。
夜会の開幕を告げる合図だったようで、令嬢達は名残惜しそうに、アレインへ一礼して去って行った。
ようやく令嬢達から解放されたアレインは、よろよろと立ち上がった。
衣服の乱れを直す手がまだ震えていた。
「た、助かりました……。いえ、助かってないですけど……」
あたしの前まで来て、おずおずと頭を下げた。
近くで見ると、整った顔立ちを際立たせるように、頬には涙の跡が残っていた。
「あの……、僕、あき……ア、アレインって言います。
さっきは、その……目が合ったので、つい……」
「ついって……お前なぁ、王子なんだろ?」
しゅんと肩を落とす。叱られた子犬のような仕草だった。
「う……はい、一応……第三王子、です」
一応、という言葉に、自信のなさが滲み出ている。
「そんなんで王子が務まんのかね」
ぐさりと来たのか、アレインは胸元を押さえた。
「そ、それは……僕もわかっているんです。でも、どうしても女性の方々に、あんな風に来られると、頭が真っ白になって……」
まあ、あの勢いは確かに、あたしも一歩引いたくらいだ。
きっちりと身なりを整えた給仕が、銀盆にワインを乗せて近づいてきた。
アレインに向かってグラスを差し出す。
「殿下、本日の夜会、お疲れ様でございました」
アレインは近付いてきた給仕に驚き、両手をブンブンと振った。
「い、いりません! 僕はまだ未成年なので……!」
断られると思ってなかったのだろう。給仕は一瞬、困惑した表情を浮かべた。
「……しかし、殿下は既に成人しておりますし、いつもは喜んでお受け取りに――」
アレインは首を勢いよく横に振って。
「前は前です! 今は駄目なんです!」
給仕は諦めたように、一礼して去って行った。
アレインは、ほっと息をつき、それからあたしの方を見た。
「すみません……。その、大きな声を出してしまって」
俯いて、もじもじと指先を弄りながら。
「あなたは……飲まないんですか?」
「ああ、あたしも未成年、なんでな」
なんか親近感を感じる奴だな……。この国の王子だけど。
「そういや、料理は食べたのか?」
「料理……。いえ、一口も。
あの方々に囲まれていたので、何も食べられなくて……」
返事をするように、アレインの腹の虫が鳴り、顔を真っ赤にして俯いた。
会場の片隅には、まだいくつかの料理が並んでいた。
夜会の開幕とあって、人もまばらになっている。アレインは、恥ずかしさを誤魔化すように咳払いをした。
「え、えっと……まだ残ってるなら、少しだけ頂こうかな……あなたは?」
こいつ、さっきから人のことばっか気にしてるな。そういう性分なのか?
「いや、あたしはさっき食べた。
こう言っちゃあ、難癖みたいだけど、ここの料理、今一つ何か足りないんだよな」
アレインは薄く切り分けられたローストビーフを口にしながら、こくこくと頷いた。
「わ、分かります……!
なんか、こう、パンチが足りないというか……」
「そうっ! それだよ!」
あたしも一切れ口に入れ、2人で咀嚼しながら。
「うーん、美味しいんですけどね」
「やっぱさ、ラーメンとか、焼肉みたいにガツンと来る味が欲しいというか……」
兄やフィオナ達に言っても「それはどのような食べ物ですか?」と不思議がられ、料理人からは「今までのお食事はお口に合わなかったのですか! 直ちに、修行し直してきます!」と料理人全員が屋敷を出ようとするのを、必死に止めた記憶がチラついた。
あたしの言葉にアレインがガバッと顔を上げた。その目は何故か輝いている。
「ラーメン……! 分かります!
僕は豚骨派で……、あと唐揚げとか、コンビニのホットスナックとか……!」
興奮のあまり声がでかくなっている。
周囲にいた何人かが、前のめりになっている王子を見て、目を丸くしていた。
だが、周囲の視線も目に入らないほど、あたしの頭は混乱していたのだ。
「唐揚げ……ホットスナック……」
呆然とした顔で、アレインを見上げた。
アレインは、ハッと気づいて口を手で押さえ、しまったという顔で固まる。
会場の喧騒が遠のき、奇妙な静寂が、あたし達の間に流れた。




