第三王子
「……あら」
用意されていた料理を頬張っていると、背後から聞き覚えのある声がした。
「お前は……」
振り返ると、紫のドレスに身を包んだイザベラが立っていた。
装飾は控えめだが、立ち姿には相変わらず気品がある。今日はあの騒がしい取り巻き達は連れていないみたいだ。
「ミリア嬢もいらしていたのね。
何度か招待状をお送りしたのですが……領地の発展でお忙しかったとは存じませんでしたわ。本当に、ミリア嬢の周りでは話題が尽きませんことね」
イザベラから招待状が送られてきていたのか。
部屋にある手紙の束にまだ手をつけていないが、まあ3、4通程だろう。
「軽く30通はお送りしたかしら。
お返事を頂けないままでしたので、何かあったのではと、案じておりましたの」
「ぶはっ……!」
さっ……30通ってことは、2日に1回は送ってきてたってことになるよな。
こいつもルーカス並みにしぶといんじゃないか?
「これはこれは、ローゼンベルク伯爵令嬢ではありませんか。
以前お招き頂いたお茶会では、ミリアのお陰で大事に至らず、何よりでございましたね」
あたし達の会話に、ルーカスは取り繕ったような笑みを浮かべて、さりげなく間に入ってきた。
「あら、アッシュフォード卿。
今宵はミリア嬢のお側にいらっしゃるのね。珍しい光景だこと」
「……ミリアをお招き頂き感謝します。が、そちらの庭園で再び同様の事態が起こる危険性は無いのでしょうか?」
「アッシュフォード卿のご心配はごもっともですわ。
ですが、原因となった石像をはじめ、危険となり得るものは全て撤去し致しましたし、構造自体見直させましたの。今では以前よりも開放的で、過ごしやすい庭園になっておりますわ」
「それは流石ですね。そこまで迅速に対応なさったのであれば、ひとまず安心。と言ったところでしょうか」
笑顔で牽制し合っているようにも見えるが……気のせいか。
そこへ空気も読まず、少し酔っているのか、ワイン片手に上機嫌な別の貴族が割って入ってきた。
「おおっ! ルーカス様ではありませんか!
ちょうどあなた様の話をしていたところでしてな。
ぜひ、領地発展の心得を伺いたい!」
「いや、私はミリアと……」
「ははは、婚約者殿はそちらのご友人に任せて、少しぐらい、いいではないですか!」
ルーカスは断り切れず、小さく留め息をついた。
「……ここから動かないでください。
ローゼンベルク伯爵令嬢の傍を離れないように」
そう言い残し、ルーカスは貴族の中へと連れられていった。
「……ずいぶんと過保護だこと。何かあったのかしら?」
一日で処理しきれないほどだ。あり過ぎて説明するのが面倒臭いまである。
しかも、それをイザベラに話せば「それは面白い事になったわね。今後の対策をお話しする場を早く設けなければ……」とか言われそうだ。
「見ろよあれ。また令嬢に囲まれてるぞ」
「王子ってだけで、もてはやされるもんな。羨ましい限りだよ」
誰かの呟く声が聞こえた。
王子?この夜会には国王だけでなく、王子まで参加しているのか……?
会場の端で色とりどりのドレスを纏った令嬢達が、一点に群がっている光景が目に入った。
「あっ、あの、えっと、ぼ……僕はその……」
金髪ストレートの華奢な青年が、四方八方から迫る令嬢達にオロオロしている。顔を真っ赤にして目にはうっすら涙すら浮かんでいた。
「そのようにおっしゃらずに、次のお茶会にはぜひいらしてくださいまし! 屋敷を挙げて、お迎えいたしますわ!」
「ずるいですわ! アレイン様は、私とお約束が……!」
「ひぇっ……す、すみません! 僕そういうの慣れてなくて……」
逃げ場もなく、壁際まで追い詰められている。
王子とは思えないほどの狼狽ぶりだった。
少し離れた場所で、顎髭を撫でながら怪訝な顔をした貴族が、声を潜めて話しているのが目に入った。
「しかし、第三王子はどうなされたのだ。
以前は、あのような令嬢を手玉に取るような振る舞いをされていたものを」
貴婦人が扇で口元を隠しながら言った。
「ええ、まるで別人のようですわ。先日まで病に伏せていたと聞きましたわ」
「……恋の病に侵されたようだな」
「まあ、それなら素敵ですこと。あの怯えたお姿、庇護欲をそそられますもの」
品のない含み笑いが聞こえた。
隣にいたイザベラが溜め息混じりに口を開いた。
「第三王子の婚約者の座に収まろうと、王子が姿を現すたびにああして競い合うのよ。第一王子と第二王子には、すでにお相手が決まっているでしょう?
残された椅子は、あとは一つだけ……。
平和に過ごしたいのなら、関わらない方が賢明よ」




