護衛ハマル
グレイ達は効率のいいやり方を掴んだようで、作業のスピードも目に見えて上がっていた。
辺りが暗くなり池から戻ってくると、村の強化組はまだ作業を続けていた。完成には程遠いが、出来上がった部分は頑丈で、外からは中の様子が分からないように覆われている。悪くない、いや、上出来だ。
これを数日間続けた。
いつの間にか、作業をする人手が増えていた。
ルーシィの話では、最初はただ見ているだけだったらしい。
だが、ひとり、またひとりと、言葉もなく輪に加わっていったという。
興味本位で覗きに来て、少し考えてから試しに手を動かす。そんな者も少なくなかったそうだ。
やがて、男たちの姿も池の周りに増え始めた。作業していた者に進捗を確かめ、実際に形になりつつあるのを見て、ただの貴族の気まぐれではないと感じたのだろう。
そして開始して8日目、最終的に集まったのは、村長と若い男2人を除いた12人だった。
作業の続行と並行して、男たちには武器の扱い方や、獣への威嚇の訓練も追加された。これはグレイとその部下が、休憩の合間に行うらしい。
いわゆるブラック労働にならないか心配ではあるが、こちらも長居できるわけではない。限られた時間で戦力を底上げするには、効率のいいやり方だと判断し、軽く賛成しておいた。
あとは、必要になってくる物資の確保だが……そろそろ護衛は、兄の元へ到着した頃だろう。
*
ルーカスの護衛の一人、ハマルは、五日間の行軍を経て王都の門をくぐっていた。
「はぁ……なんで俺だけ使いなんだよ。一番若いってだけで任命しやがってさぁ。まあ、力仕事じゃないだけマシか……。
それにしてもシュナさん、綺麗だったなぁ。未亡人ってのもまた良い。戻ったら、絶対お近づきになるぞ」
二十歳という若さでアシュフォード家の護衛に任命されたハマルは、剣の腕は一流だが、惚れっぽいという致命的な欠点があった。故に、任務中に女性を口説いては、グレイに何度もお灸を据えられていた。
今回もまた、何かを感じ取ったグレイが彼を使いに出した――いや、抜擢した。その事実を知っているのは、ハマル本人を除く護衛たちだけだろう。
「ちわーす。ミリア様からの言伝でーす」
ハマルがだるそうに屋敷のメイドへ告げた。その直後、ドタドタッ!と大きな音を立てて、人影が階段を転げ落ちてきた。
「な、なんっすか。アレ……」
「ヴァルディス男爵家当主、カルモ様でございます」
メイドは当主が階段から落ちたというのに、心配するそぶりすら見せなかった。貴族の屋敷としては、あまりにも異様な光景だ。
ハマルは最近アシュフォード家に赴任したばかりであり、これがカルモとの初対面だった。
「……あれがヴァルディス男爵家の、当主」
思わず呆然とした。自分より頼りなさそうなこの男が当主だなんて、と。
ルーカスの婚約者として知られるミリア様は「やばい女だ!」と先輩達から散々聞かされていた。だが、村で見たミリア様は、令嬢らしさはないが、いい意味で堂々としていて、どこか頼もしく映った。
……気が強そうな女は俺のタイプじゃないが。
それに比べて、兄の方は間抜けそうだ。ミリア様が当主になった方が良いのでは? なんて一瞬思ってしまったが、今は任務中。他人の家の事情に口を出すほど、俺は暇じゃないんだ。
「えーっと……ミリア様より、お手紙をお預かりして参りました」
「えぇっ!! ミリアからの手紙!? じゃあ、無事なんですね! よかった……!」
安堵したのも束の間、表情が強張る。
「でも、もう一週間も経っているのに……どうして帰ってこないんですか?
……ハッ、まさか――倒れたなんてことは……」
「落ち着いてください。ミリア様とルーカス様は村の再建に奮闘していまして、こちらをお読みください」
「……再建? な、何これ。鈴が20個、メガホンが2個、レジャーシートはとにかく一番でかいやつが2枚……その他諸々?
これを最速で準備……って何に使うのこれ!? そんな急に無理でしょぉ」
手紙を覗き込むと、必要なものだけがびっしりと書き連ねられていた。
普通、手紙ってのは状況を知らせる為のものじゃないのか。
「あっ、そうだ。忘れるところでした。
ミリア様より『頼めるのは兄しかいない、頼りにしているぞ』そうお伝えするようにと、仰せつかっております」
それを伝えた瞬間、カルモはガバッと前のめりになった。
「……ほんと? ミリアが本当にそう言ったの!?」
「え、ええ。間違いありません」
項垂れていた先程までの表情から一変し、カルモは目を輝かせ、何かを噛みしめるように小さく拳を握っている。
「待ってて、ミリア! 頼りになるお兄ちゃんが、なんとかするから!
今すぐ馬車の手配を! 護衛も5人……いや8人手配して!」
「はい、承知いたしました」
妹の一言にこの変わりよう。
ハマルは、ふと己の行動を振り返った。
自分も、女性相手にこんな風に周りが見えなくなっていたのだろうか。
そう思うと胸の奥がむず痒くなり、今後は少し控えなければ……と、密かに誓ったのだった。
兄がミリアのために物資を集めて奔走している一方で、村では柵の完成が目前に迫っていた。だが、まるでその瞬間を待っていたかのように――。
何の前触れもなく、“それ”は現れた。




