最初の被害者は
「……つい先月の出来事で御座います。
村の若い男が、夜に家を抜け出したそうでしてな。朝になりますと、畑の端で手足が引き裂かれた状態で見つかりまして。実に惨い有様でしたなぁ」
「ひいぁぁぁ!!! 私こういうのダメなんですぅ!! 早く帰りましょうよぅ!!」
びええ! と大泣きしているフィオナをルーシィが慰める。
側から見れば、姉妹に見えるな。
だが、フィオナの背中を摩るルーシィの手は少しだけ震えていた。
小さな村がこれほどの問題を抱えているとは……。
逆によく、村の奴らがこれだけ残っていたものだ。
全部合わせても、15人ほどしかいないだろう。
放っておけば、この村から誰もいなくなるのも時間の問題だ。
「人を喰らう獣、か……」
「私共と致しましては、腹を空かせた熊の仕業では無いかと思うのですが」
「くっ、熊ですかぁ!!?」
フィオナが発狂している。
熊がいる、と言うことは、生き物は向こうの世界と変わり無いのだろう。
「いや、恐らくだが、熊の類いでは無いだろう」
「それはなぜですかな?」
「亡くなった村人と家畜の状態だ」
「……と言いますと?」
村長は、ルーカスの言葉に困惑したように首を傾げた。
「死体が、置き去りにされていたからだろう」
あたしの発言に皆の視線が集まる。
ルーカスの眉が、ピクリと動いた。
「熊は、人間の死体を自分の巣穴に持ち帰り、何日かに分けて喰う。しかも、人の味を覚えたら、止まる事はない。ここの村人全員が既に喰われていても可笑しくない」
だが、襲われたのは1人だけ。
熊の可能性は消える。
周りが静かになった。誰も発言していない。
不思議に思って顔を上げると、皆が目を丸くしている。
村長さえも。
「なんだよ、急に黙るな」
「ミリア嬢は、どこでそのような知識を得たのですか」
どこでって。
「幼少期からお仕えしている身として申し上げますが、ミリア様はそのような獰猛な生き物を、見るのはもちろん、話を聞くことさえ嫌がっておられたと、記憶しておりますが」
……どうすんだこの空気。
お嬢様……ってか、ミリアが熊の習性を知ってる筈ないよな。
何も考えずに話してしまった。
「そ、それはアレだ! 知らないままじゃ良くないと思ってな、図書館で読んだ本で覚えたんだ!」
皆の先ほどまでの驚いた表情は安堵に変わった。
「なーんだ、そうだったんですか! ミリア様、勉強熱心ですねぇ」
「でしたら、先にマナーを覚えられるのが宜しいかと」
最後の言葉は聞かなかったことにしよう。
実際なんでこんなことを知っているかって?
あたしはカッコイイ物が好きだ!
熊とか鮫は、王道のかっこよさ。
もちろん、それ関連の映画やドキュメンタリーは欠かさず観ていた。そりゃあ、自然と覚えるってもんだ!
ルーカスが場を整えるように、軽く咳払いをした。
「ミリア嬢の言った通り、私も別の存在だと考えている。だが、畑や家畜も襲うとなると少し違和感がある。今夜は見張りを立て、確かめることにしよう」
綺麗に纏まった。が、
ルーカスの護衛の何人かの表情が曇ったのが見えた。
正体不明って、恐ろしいよな。
「グレイ、お前が指揮を取れ」
「ハッ!!」
指揮官を命じられたのは、いつもルーカスの側にいる護衛だ。
あたしがルーカスを殴った時、真っ先に剣を向けてきた男でもある。
皆のまとめ役、というわけか。
よほど信用されているのだろう。
グレイと呼ばれた男は、ルーカスよりも頭一つ分背が高かった。
見た目筋肉マッチョだ。
鎧を着ていても、体格の良さが伺える。
ふと目があった瞬間。
……睨まれた。
ルーカスの周囲を警戒している。
あたしに対しては、敵意も含まれているのだろう。
誰かが動くたび、グレイの容赦ない眼光が飛ぶ。
味方でさえ、身動きが取りづらそうだった。
ルーカスがこちらを振り向いた。
「ミリア嬢達は、向こうの家で寝泊まりしてください。私たちは隣の家にいるので、何かあったら呼ぶように。見張は二人付けておきます」
ルーカスが指差した先には、髪を一纏めにした女の人がいた。
こちらに向いて、丁寧にお辞儀をした。
その足元には小さな男の子。
村に来た時、最初に目に入った親子だった。
「あの、こちらへ……」
ルーカス達と別れ、その親子について行った。
着いた先は、どうにか雨風を凌いでるって感じの家だ。
台風でも来たら吹っ飛ばされるのは確実だな。
「き、貴族様が泊まるような場所ではありませんが……少しの間だけ辛抱ください」
女は、あたしの顔色を伺いながらそう聞いてきた。
子供はキッと、こちらを睨んだ。
「いや、寝床を貸してくれるだけありがたい。すまないが、世話になるぞ」
貴族からお礼を言われたのが意外だったのか、分かりやすく驚いている。
「それと水だ。食料は少ししかないが」
屋敷から用意してきた物はまだ残っている。
世話になるのだから、ケチらずにこれくらいは出さないとな。
「あ、ありがとうございます……」
女は深くお礼をし、まずは子供に与えた。
「……おいしい。かあちゃんもたべてみてよ」
「ええ、美味しいね」
腹を満たすための干し肉だったが、この親子には美味しかったようだ。
その光景を見て、フィオナは涙ぐんでいた。
「この家には、2人だけか?」
「……はい。主人は1月程前、獣に……」
「すると、村長が話していた、被害にあった若い男というのは……」
女は小さく頷いた。
「私とこの子は家にいました。主人は、腹を空かせた私たちに何か食べさせようと、夜中にも関わらず外に出て、食料を探しに行ってしまったせいで……」
彼女は口を押さえ、堪えきれずに涙を浮かべていた。その時、あたしのズボンの裾が何かに引っ張られた。
「とうちゃんはっ、いきてるんだっ!
おれとかあちゃんの、しょくりょうをさがしてて……すぐにもってかえってくるんだ!」
涙目になりながら反論している。その子供の姿に、流石に胸にくるものがあった。
あたしだけじゃない。この場にいた全員が言葉を失った。
フィオナはもちろん、ルーシィもだ。
この問題は、何がなんでも解決しないといけない。
皆の意見が一致した瞬間だった。




