問題が多すぎる件
やっと村が見えてきた。
出発して約5日。長い旅だった。
村の名はモスア村と言うらしい。
想像よりずっと小さな村だ。
家が疎らに建っているが20軒あるか、というところだ。
ルーカスが馬車から降りて、あたしの手を引いた。
あまりに自然な動きで、迷わず手を掴んでしまった。
辺りを見渡すが目立ったものは無く、木の枝で人工的に組まれた柵が、村を囲むように設けられていた。高さは、せいぜいあたしの腰くらいだ。一体何の意味があるのだろうか。
村の奴等が集まって、あたし達を出迎えに来たみたいだ。
「やっぱり来たぞ……」
「どうせ何もしねぇくせに、また威張るだけ威張って帰るんだろ」
ん? 歓迎ムードではないようだぞ。
「……すまない、村の者達は貴族を快く思っていない。失礼な言動を取ることもあるかもしれないが、どうか許してほしい」
またしても頭を下げるルーカス。
失礼なこと? 上等じゃないか。
貴族のネチネチ攻撃に飽きていたところだ。
喧嘩ぐらい、買ってやろう。
村人の中には幼い子供の姿もあった。
怯えて母親にしがみ付いている。
余所者が押し掛けてきたんだ、無理もない。
よく見るとガリガリの奴らが多いな。
ルーカスの父がこの村に支援をしていたんじゃなかったか?
食べ物は寄付していなかったとか?
服もボロボロで何年も着ているみたいだ。
洗ったりもしてないのか?
「これはこれは、ルーカス様。いやぁ、またお顔を拝見できるとは、皆も喜んでおりますぞ。
して、その……次の物資は、いつ頃になりますかな?」
ニヤニヤした笑顔で近づいてくる60歳くらいの胡散臭そうな男。
「ああ、村長。そのことで詫びなければならない。
そちらの支援は打ち切られた。なので私がこれからの対処法を考える為、こちらに再び出向いたのだ」
「なっ、なんですと!! それは、いやはや……食料を頂けぬとなれば、村の者は餓死してしまいますぞ」
見たところ畑はある。自給自足はしているようだが、作物が全然育っていない。あたしに農業の知識はないが、一般的に見て、この状況は壊滅的だろう。
「おい、水はどこにある」
村長にそう尋ねると、誰だこの小娘は。みたいな顔をした。
「こちらは、ミリア・アッシュガード男爵家令嬢。私の婚約者だ」
「なんとっ、貴族の方でしたか! ルーカス様の婚約者で……それはそれは」
村長は上から下まで値踏みするように、あたしに視線をやった。
今回ドレスではない。
平民が着るような軽装で来たから、貴族だとは思わなかったのだろう。
だが、露骨すぎる。急に態度を変えやがった。
裏があるジジイだ。
「で、水はどこか聞いてるんだが」
「おお、これは申し訳ない。ささ、私めがご案内いたしますゆえ、ついて来てくだされ」
胡散臭い割に、やけにキビキビ動くな。
あたし達は村長の後ろに続いた。
「……これは、どうしようもないな」
案内された場所には、大きめの泉が姿を現した。
そこに広がっていたのは、綺麗な池ではなく、まるでドブのような水たまりだった。
命の繋ぎであるはずの水が……泥で覆われている。
ゴミも浮いているし、魚も住めるような状態では無いのは、一目見て分かった。とてもじゃないが、使いようがない。
「池に溜まった水はここしかないのですが、なにぶん汚れておりまして……」
あたし達は池を一周見て回った。
底が見えない。この中に落ちたら見つからなさそうだ。
ルーカスから詳しい話を聞くと、水が汚染されている原因は二つあった。
一つ目は鉱山だ。上流にある鉱山から流れ出た泥が、雨などによってここまで運ばれてくる。二つ目は、川の水が流れ込まず、ほとんど動きのない溜め池になっていることだ。その為、長期にわたり水の入れ替えが出来ていない。
「よくもまあ、ここまで放置したものだ」
ルーカスが溜め息をついた。
全くもって同感だ。
「し、仕方なかったので御座います。ここには滅多に外から人も訪れませぬゆえ、私共の知識や労力ではどうにもならず、気づけば長年の歳月が経ってしまったのです」
「飲み水はどうしてるんだ?」
「雨水を溜め、それを少しずつ使っておりますぞ」
「……雨が降らなければ?」
「飢えや渇きに耐えきれぬ者は、池の水を飲む者もおりますな。大抵は腹を壊し、運が悪ければ、命を落とす者も見て参りましたなぁ」
あたし達は言葉を失った。
想像以上にヤバい状況だな。
「とりあえず、ほかの場所も案内して貰おう。
私は一通り確認しましたが、ミリア嬢にも見て頂きたい」
ルーカスの言葉に、村長はまたしても先陣を切って歩きだした。
そして日が沈み始め、あたしの足元に影が落ち始めた。
大体の問題点は把握した。
一番大事なのは水と食料の確保だ。
そして……もう一つ。
正体不明の獣の存在。
それは、不定期でこの村に現れるようになったらしい。
対策は、村の者たちで行った。
獣を防ぐ為、簡易な柵を建てたのだ。
そう、村の周囲を取り囲んでいた、あのボロい柵である。
だが、それはほとんど意味をなさなかったらしい。
何度も破壊され、そのたびに修繕されてきたという。
まあ、あれに怯えて逃げ出す獣など、いるはずもない。
獣は夜の闇に紛れて活動し、畑を荒らす。
困ったことに、誰一人として、その姿を見た者はいないそうだ。
そして翌朝。
飼っている家畜が死体となって転がっている。
運が良ければ原型は残っているが、悪ければ、そこらじゅうに食い荒らされているという。
……だが、最も恐ろしいのは、それが家畜だけに留まらないことだ。
人間もまた、同じ目に遭っているらしい。




