社交新聞の見出し
『大号外!!! ミリア・ヴァルディス男爵令嬢。
ローゼンベルク伯爵家で起きた落下事件から、命懸けでイザベラ・ローゼンベルク伯爵令嬢を救出!!』
翌日。デカデカと書かれた新聞をフィオナに見せられた。
過剰すぎる記事だ。
命なんて懸けた覚えはない。
朝起きた時、屋敷の前が騒がしかったのはこれか。
窓の外を見ると、記者だろうか。
カメラを首にぶら下げた連中が、屋敷の前にうじゃうじゃと集まっている。
あたしは大きく溜め息をついた。
朝食を食べに下へ降りると、そこには気力を使い果たした兄が、疲労困憊した様子で椅子に座っていた。
「……大丈夫か?」
声を掛けると兄は勢いよく、ガバッ! と頭を上げた。
大きく開いた目は少し潤んでいる。
「だっ、大丈夫なわけないよ〜。
ミリア、なんで黙ってたの! 社交新聞に載るようなことがあったら、普通言うよね? 門の前にいた記者の人に聞いて、初めて知った僕の気持ちが分かる? お兄ちゃんには言えなかったの!?」
駄々をこねる子供みたいだ。
兄の言うように、昨日の出来事は屋敷の皆には内緒にしていた。あたしの体に傷がついてないか隈なく調べたり、怒られるのが目に見えていたからだ。
だから黙っていたのだが……。
あんな記事が出るなんて誰が想像できるもんか。
お茶会のことは一部分だけ伝えたぞ。
「なんか知らんが、友達が出来たみたいだ」
そしたら兄も屋敷の奴らも大喜び。
夕食はステーキやデザートなどご馳走だった。
うちの金銭面が気になる程に。
急に破産なんかしたら、やっぱりな! と言ってやる。
「うぅ、胃が……とりあえず薬飲んでくるよ」
弱々しくお腹を抑えながら自室に戻っていく兄。
ストレスは全部、胃に来るらしい。
兄の健康面が心配だ。
「凄いですぅ!!一躍時の人ですねぇ!!英雄ですよ英雄!!」
フィオナは相変わらず呑気だった。
その呑気さを兄と割ればいい感じになると思う。
あんなことで英雄と騒がれるのもどうかと思うが。
令嬢が自らの身を挺した、それがおいしいのだろう。
さて、あの記者どもは何日で飽きるか……。
だが、あたしの予想に反して、さらに社交新聞は盛り上がりを見せた。
見出しにはあたしの写真と、屋敷の写真。
そして初日に撮られたのだろう。
驚いた顔の兄の写真まで何故か載っていた。
これで兄もあたしと同じ新聞デビューだな。
そして記事はますますエスカレートし、数日後には『ミリア嬢!! 奇跡の生還!!』とまで書かれていた。あたしは戦争から帰還した武士なのか。
記者軍団もなぜか増えている。
……しょうがない。
とりあえず殴って追い払うか。
次の日の見出しはこうか?
『ミリア嬢!! ヒーローではなく、暴力令嬢だった!?』
まあ、しょうがないだろう。
うるさくて寝不足なんだから。
「まともな思考を持ち合わせていなかった」
兄への言い訳としては、こんなところだろうか。
あたしは屋敷の扉を少し開けた。
眩しい朝日が目に入る。
その時――。
「……貴様ら。ここから出ていけ」
扉の隙間から見えたのは、馬に乗ったルーカスが、記者を追い払っているところだった。
……あいつ、帰ってきたのか。
あたしの横を、風が吹き抜けていった。
「……?」
「ルーカス様! お戻りになったのですね!! 記者まで追い払って頂き、ありがとうございます!! ささ、屋敷の中に」
「うむ、すまないな。兄上」
兄よ……いつの間にルーカスの付き人になったんだお前は。
2人で屋敷の中に入ってきた。
ルーカスはあたしと目が合うと……ガバッと急に抱きついてきた。
「ミリア嬢……! 無事でよかった。
記事を拝見して、即座に任務を引き上げて参りました」
「なっ、なんだそれ! あたしは頼んでないぞ!!」
くそ……全然離れない。
こいつ、こんなに力が強いとは。
目に見えないが、筋肉が相当付いているのだろう。
押し返そうとしても、びくともしないじゃないか。
「いつも通りお変わりないようで……本当に安心しました」
「んじゃあ、もう帰れ!」
「みっ、ミリア!! ルーカス様に何てことを言うの!
妹が失礼しました。さあさあ、こちらへ」
あたしの体がやっと解放された。
妹よりルーカスの味方なのか?
カルモの奴め……許さん。
あたし達三人は応接室へ移動した。
「それでルーカス様、ミリアの為に重要な任務を引き上げて、よろしかったのですか?」
「ああ、問題はない。向こうでじっとしていても、いい策は浮かばないのでな。
……まあ一番はミリア嬢に会いたかっただけだが」
は?
「えっ、あっ! お、お兄ちゃん席外したほうがいいかな!?」
何故か兄が、顔を赤くしながら妙なことを聞いてくる。
「いや、そこに座ってろ」
「は、はい……」
あたし達のやり取りを見て、ルーカスは微笑んだ。
どこに笑う要素があったんだ。
「ルーカス様、私たちでお役に立てることがありましたら、何なりとお申し付けください!」
「うむ、そうだな……」
おいおい、余計なことは言うな!
ルーカスは顎に手を当てながら、あたしをじっと見てくる。
嫌な予感がする……。
「ミリア嬢、私と一緒に来て頂けませんか?」




