事故発生
初めて参加したお茶会は、こうして終わりを告げた。
――かと思われた。
どこからか、ミシッという音が聞こえた。
「……?」
周りを見渡すが、庭園は穏やかでなんの変化もない。
気のせいだろう。
ミシ……ミシミシッ。
「な、なんの音ですの……?」
これはみんなに聞こえたようで、令嬢達はざわつき始めた。
あたしの視線は、イザベラの斜め後にあるものに引き寄せられた。
さっきまで、何事もない顔でそこに立っていた石造りの馬。
その足元に、細い亀裂が走っている。
そのことに誰も気付いていない。
イザベラが執事に何か指示を出そうと、体を横に向けた。
その瞬間。
イザベラの元に、大きな影が落ちた。
ドシャアァァァン!!!
粉塵が舞い上がり、辺りが白く染まった。
馬がその原型をなくし、足元に破片が散らばっている。
「けほっ! 何が起きたの……」
「お嬢様っ!!!」
叫び声と咳き込む声が重複するなか、屋敷の者達がイザベラがいた場所に駆け寄った。そこにいたのは、イザベラを抱き寄せたまま、寝っ転がっているあたしだった。
「……無事か?」
あたしがゆっくり起き上がってそう聞くと、イザベラは小さく肩を揺らし、戸惑った表情であたしを見上げた。
「……ええ。怪我は……ありませんわ」
「そうか」
あたしはようやく大きく息を吐いた。
どうやら呼吸するのを忘れていたらしい。
「あ、あの、もう離していただけますか……?」
掴んでいる腕に力が入っていたことを忘れ、手を離した。あたしが掴んだイザベラの白い腕に、うっすら跡が残っている。
「わ、悪い……」
「いっ、イザベラ様っ!! すぐに手当を……」
さっきまでの余裕はなくなり、慌てている執事。
令嬢達は呆然とした顔でこちらを見ていた。
どうやら他の令嬢は無事のようだ。
イザベラの近くで待機していた騎士があたしに近づいてきた。
「イザベラ様にお怪我をさせるとは……! これは、罪に問われるぞ!!」
罪か? 跡をつけたことは悪かったと思うが、それとこれとは話が違うだろう。
あたしがそいつに言い返そうと、口を開いた時。
「……待ちなさい」
あたしを隠すように、イザベラがゆっくりと間に入った。
「あなたは解雇よ」
「はい?」
クビを言い渡された騎士はポカンとしている。
「な、何を仰るのですか……お嬢様がお怪我をされたのは、この令嬢のせいで――」
「黙りなさい」
「あなたの務めは何? 私を守ることではなくて?
けれど実際に身を挺してくださったのは、ミリア嬢でしたわ。それを詫びることもせず、この方を責め立てるなど……アッシュフォード家の名を汚す行いですわ」
「そ、そんな……」
「執事長。この者と、管理責任者も含め、全員解雇なさい。今日中によ、いいわね?」
「承知いたしました」
深々と一礼すると、執事は騎士を連れて屋敷へと戻っていった。
あっという間の対応だ。
さすが、伯爵令嬢といったところだろうか。
「ミリア嬢。このたびは、我が家の不手際で不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。そして、私の命を助けてくださったこと……心より感謝いたしますわ」
上品にドレスの裾をつまんで、イザベラは優雅に頭を下げた。
イザベラのドレスはボロボロだが、彼女の心は美しいのだろう。
「この御恩は忘れませんわ。私にできることがありましたら、何なりと、お申し付けください」
ん?
なんだこの展開は……。
なんか違和感あるな。
まあ、なんでもと言っているんだから、聞きづらかったことでも聞こう。
「わからないことが一つある。
イザベラ……様とあたしは、どんな関係なんだ」
その言葉を聞いた途端。
申し訳なさそうにしていたイザベラの目が、三日月のように細められた。
「そうですわね、お友達……かしら」
ふふっと楽しそうに笑った。
イザベラから発せられた「友達」という言葉
その違和感だけが残った、お茶会だった。
そして、この事件が明日の社交新聞を賑わせることを、ミリアはまだ知らない。




