お茶会
貴族社会において、お茶会やパーティーとはただの娯楽ではない。情報を交換して相手との関係を更新し、自分の立場を固めるための、いわば華やかな戦場である。
誘われれば出席することが暗黙の了解だった。たとえどのような理由があろうと、同じ相手からの招待を立て続けに断るという行為は、相手の尊厳を壊し、「あなたの場に出ない」と主張しているのと同義なのだ。
……あたしは、そんな大それた意味があるだなんて知らなかった。
ルーシィが何か言いかけていた気もする。
けれど聞く耳を持たなかった。
貴族の面倒ごとを避けたかっただけなのだ。
――だが。
何度も逃げ切れるほど、ここは甘い世界ではなかった。
イザベラという令嬢から催促の手紙が……来てしまったのだ。
こっちへ来てからというもの、幾度となくパーティーやお茶会への誘いがあった。体調がすぐれないという理由で大半は断れたものの、このイザベラに関しては、どうやら断りの手紙も効力を発揮していなかったらしい。
あたしだって度々送りつけられる手紙には、さすがに目を通した。
『パーティーを開きますので、ぜひいらして下さい』
初めは丁寧な文章だった。
綺麗な文字で綴られたありがちな定型文。
それが数日後には、場所と日時、そして一言。
『来なさい』
という命令文に変わっていた。
一枚の高級な用紙に書かれたその一言は、迫力がありすぎたのだ。
これを無視することは出来ない。そう悟った。
そんな流れであたしは、貴族のお茶会とやらに初めて顔を出す羽目になった。もちろん了承の有無は送った。ルーシィが。
屋敷でメイドたちとのんびり過ごしていたあたしに、わざわざ足を向かわせるとは、いい度胸だ。
ちなみに、イザベラの情報はまったくと言っていいほどない。ミリアの友達なのかとも思ったが、屋敷の者や兄に聞く限り、ミリアはパーティには顔を出していたものの、親しい友人と呼べる存在はいなかったらしい。ルーカスにくっついて行動していたミリアは、令嬢達に良い印象を持たれてなかったんだと。
なのに、ここまで誘ってくるとは……怪しい以外の何者でもない!
イザベラの正体や、何を企んでいるのかを確かめるという、重大ミッションも発生しているのだ。断じて、お茶会のスイーツが目当てなどではない。
「ちょっと令嬢達と茶を飲みに行ってくる」
あたしの目的をつゆほど知らない兄にそう告げると、大きく飛び跳ねて大袈裟なほど喜んでいたが、友達探しに行くわけではない。
ルーシィに最低限のマナーだけ教えてもらい、準備万端。
おかげで寝不足だが。
いざ、出陣!
今日はルーカスはいない。
屋敷の前で待機されて、「ついてくる」などと言われたらどう追い払おうかまで考えていたのに、どうやら任務に行っているらしい。アッシュフォード家が管理している領地の偵察? みたいだ。
「なんか凄そうだな」
「伯爵家を継ぐために、子供の頃から色々できて、ルーカス様は凄かったんだよ!」
と、兄がまるで自分のことのように熱く語り出した。
……ルーカスの信者か何かなのか。
兄妹そろって。
1時間かけてやっと到着したお茶会の会場は、イザベラの屋敷だった。あたしの屋敷とは比べものにならないほど豪華で、思わず圧倒される。待ち構えていた物腰の柔らかそうな執事に案内され、大きな門をくぐった。
門の先は二手に分かれていた。
屋敷へと続く道と、そのまま庭園へ誘う道。
白く整えられた小道の先には、広々とした庭園が広がっている。中央には大きな噴水があり、その周囲には、噴水を引き立てるように刈り込まれた木々が並んでいた。
貴族の庭園とは、癒しのためではなく、他者に見せるための空間なのだ。あたしの屋敷の庭園も、元々はそういう目的だったのかもしれない。今は間違いなく、あたしの癒しの場だ。
執事やメイドを合わせて、二十人ほどが隅の方で待機していた。
対する貴族は、イザベラを含めて六人。
どう考えても多すぎだろう。
長机の上には、白いクロスが歪みも無くきっちりとかけられていた。
六人分の席はすでに決められていて、イザベラは当然のように上座、中央寄りに座っていた。
問題は、あたしの席だ。
執事に案内されたのはイザベラの隣。2番目の上座。
おい、間違えてるぞ。
……とは、この完璧そうな執事のじいさんには言えなかった。
『なぜ貴方が上座に?』
すでに座っていた他の令嬢からそんな視線を浴びせられる。
このお茶会で何が始まるのか、まったく予想できない。




