香奈子の話3
「それよりも、そこまでして自分を戒めようとする切り詰めた精神の持ち主でないとあんな絵が描けない、とすればあたしは失格かしら」
何処となく寂しい笑いを彼女は浮かべた。
「でも此の絵はそれほど深い洞察力を必要としないんじゃない」
小谷が次の作品に視線を移した。今度はさっきと変わってブルー系で塗り込められた絵と違って、明るい配色が目立つ風景画だ。南仏の強い陽射しを浴びる麦畑が横一面に長閑に広がっていた。だが比率は少ないが相変わらず空は濃いネービー色だ。良く見ると黒い鳥が一列に飛んでいた。
「何だこれは?」
「鴉よ。カラスの群れが画面横に舞っているのよ」
なるほど、群青の空からイエローレモン色の麦畑に来ている。
「何で鴉なんだ」
普通は画家が落ち込んだなら、勇猛な鷹とか鷲、心の快復を願って鳩とか身近に憩いを与えてくれそうな鳥を描くのにどうして鴉なんだ。
「死を予感したのか」
「確かに以前は、死の二週間前に描かれたと思われてたけれど、色々と研究した結果それはこっちの絵らしいの」
香奈子が示した絵は『ドービニーの庭』と書かれていた。矢張り横長の絵に今度は淡い緑を主体に使われブルーも薄く黄緑が混ざって、緑の屋根に白い壁の家と前庭には草花と緑の森で全体として穏やかな風景だ。
「これが絶筆された作品なの」
「此の前後の作品の脈絡を見ると、何か目まいを感じてわけ分からんなあー」
「小さい時から見ていると、菜摘未ちゃんは絵心は無いけど、彼女はこんな感じの人なの」
「ハア?」
つまり菜摘未を知るには、一連のこの絵を理解しろと言いたいのか。
「だから境田さんは苦労するわよ。テオに成り切らないと」
訊くとテオはゴッホの弟で、画商として兄を経済面で支えた人らしい。




