香奈子の話2
今までのターナーとは全く違う静寂な雰囲気の中に躍動感を秘めて迫ってきた。
「同じ画材なのにこれほどの印象の違い、それは描く人の魂の違いから来ると作品を観てまざまざと見せつけられてしまった」
これには香奈子もしてやったりと満足そうな表情だが、瞳の輝きだけはさっきとは少し違った。
「さっきここへ来る前に話したドン・マクリーンだけど……」
彼のアルバム「アメリカン・パイ」に収録された「ヴィンセント(スタリースタリーナイト)星降る夜」だが、この絵には「星月夜」と書かれていた。この絵は一本の杉が夜空と町並みに突き刺すように描かれ、そのほとんどがブルーで塗り込められて、そこにレモンイエローで渦巻く球体が空一面にある。
「何か目まいを起こしそうな絵ですね」
これには香奈子も、そうねと少し微笑んだが、どことなくぎこちない笑いにもう一度この絵と向き直った。
「此の絵はゴッホ自身が自分の耳を切った後に療養所の窓から見た風景を彼の目で捉えたものなの」
じっと見詰める小谷の横で香奈子が解説した。
「ドン・マクリーンが作曲した『ヴィンセント』と云う歌にはこの絵を掲げているの。ゴッホに捧げる鎮魂歌と云えるんじゃないの」
と更に付け加えられた。
「手前の町と教会はブルー系で描いても画面の上三分の二の空には夜空の星なのにイエローレモン色で、まるで昼間のように明るく照らすように散りばめている。暗い夜空に光を求めているのかなあ」
ポツリと呟いた小谷を見て香奈子は「吸い込まれたらダメよ」と耳元で囁いている。後で訊けば此の時のあなたの顔には死相が漂って、慌てて止めたのだと聞かされた。あの渦を見詰めていたら吸い込まれそうになったと、後で告白すれば。なーんだ、そんなことだったの、とがっかりさせたのを憶えている。
「耳を切ったのはゴーギャンと仲違えしたのが切っ掛けだともっぱらの噂だったけど」
どこで知ったか解らないが、単なる噂だと香奈子は強調した。




