香奈子の話1
此処は河原町のように当てもなくウィンドショッピングを楽しむ人の群れはない。動機はどうあれ純粋に美術鑑賞と謂う高尚な目的を持つ人々だ。二人は直ぐに館内を巡った。館内ではターナーの絵画が展示されてる。香奈子には馴染みのある画家だが、絵にはそれほど深い洞察力のない小谷には、次々と眼に飛び込んでくるターナーと謂う画家の絵には感銘した。中でも輸送船の難破は、荒れ狂う嵐の中を難破した船から辛うじて脱出した小舟が大波に呑まれようとする描写は凄かった。特にあの凄まじいまでの襲い来る波の描写には見る方もそうだが、描く方は真面な神経では持った絵筆をここまで丹念には動かせない。此の集中した神経の持続力には驚かされた。
「よくこんな絵が描けるね」
感動をひと言に集約した小谷の深い洞察力には、香奈子も認めて賛同してくれた。
「此の人は自然に対する捉え方が違うのよ。写実的に描いているけれど殆どの風景画は自然に対する美的感覚が穏やかでなく、難解な自然への無限の挑戦って謂うものが感じられるのよね」
確かにこの絵以外は、靄で霞んだ中に朧気に風景が浮かんでいる絵が多かった。
「これじゃあどんな風景か想像するしかないけれど、却ってその方が勝手に自然の躍動感を沸き立たせて、多くの刺激を与えているんじゃないのかなあ」
完全な抽象画になればもう感覚は麻痺して皆無になるが、ターナーの絵はそこから別な超自然界を想像する不思議な手助けを我々の脳に呼び起こしている。普段から絵筆を握っている香奈子にすれば、豊かな発想が出来る人と小谷を快く受け止めた。
「御用聞きにしとくには勿体ないわね。無から有に何かを造る仕事をすれば」
彼女は頬を緩めて瞳を輝かせて小谷の心の奥底に忍び込ませた。香奈子は愈々別コーナーで集客をもくろむように特設したゴッホの実寸で作られた模写を見に行く。




