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063 ビオラ様と別れのけじめ

 三十五話



「カナデさん、ちょっといっしょにお茶でもいかがかしら」


 突然、サクラさんの母親であるビオラ様からお茶会に誘われた。


 魔術学院へ出発するまであと、10日ほどというタイミングだ。




「どうかしら、準備は進んでいますか」


 ビオラ様が心配そうに聞いてきた。


「はい、一番の懸念だったサクラさんの芸術部門の底上げが終わったので、後は細々としたことだけです」


 私が正直にそう答えると、


「ごめんなさいね。カボーグ家では、貴族教育は2周期からなのよ」


 なるほど……、でも、そうなるとツバキさんはどうなるのだろう?


 きっと、私が考えていたことが顔に出ていたのだろう、


「ツバキは例外よ。あの子は、どの周期でも研究一筋なの。でも、それはそれであの子の生き方だから認めているのよ」

 

 立派です。母様。


「丁度良いわ、エルフのこと、少しお話ししておきますね。知っておかないと学院で困ることもありますからね」


 はい、これがこのお茶会の本題ですね。


「エルフはね、この大陸では、かなり特別な種族なの。まず、3種族の中では一番の長寿よ」


 人族、ドワーフ族、エルフ族のことだな。


「でも、長寿なのは、純粋なエルフだけよ。他の種族と結婚してできたエルフの子孫は、相手側の特徴が濃く出るわ。だから、寿命も短くなるの」


 職場や養成所などでの挨拶の時に「エルフ混ざりです」とか「ふたつ混ざりです」とか言っていることだな。


「周期の話しは、聞いたわね。長寿のエルフは、400年以上生きるわ。なので、人族の感覚で言うと、3回から4回分の人生を生きていることになるのよ」


 だから、ナツメさんみたいに、S級案内人とA級冒険者を兼務できるのですよね。


 人族の人生では、すごい才能があるか、かなり無茶しないとできないよな。


「それとね、これは他の種族には内緒にして欲しいんだけど、純粋なエルフは生まれたときに白い世界樹の実を授かるの。この実を食べると、一生病気にならないのよ」


 あのー、たぶん、私も他の種族だと思うんですが……。聞いてよかったのでしょうか。


「次に、エルフの考え方よ」


 いいんですね。なんだろう、この信頼感は……。


「エルフは、基本個人主義よ」


 うーん、人族もそうなんじゃないだろうか。


「寂しいとか、一緒にいたいとか、相手に依存したいとかいう感覚は、人族ほど強くないの」


 ああ、なるほど。うん、わかります。


「だからね、結婚観も、人族とは多分違うの」


 ……詳しくお願いします。


「エルフの結婚は、契約みたいなものよ。もちろん、愛情はあるわよ。私もカルミアには特別な気持ちがあるわ。でもね、どうしても引き留めたいとか、一緒にいないと不安だとか、そういう執着するという感情はないのよ」


 嫉妬するとか、独占したいとか言う気持ちかな。ストーカー行為もしないということだな。


「ほとんどのエルフは、3回から4回伴侶を変えるのよ。100年一緒に生活していれば、人族の言う飽きたという事ね」


 この時だけ、ふっと、ビオラ様が微笑んだ。


「ナツメはね、もう1回目の結婚生活は終わったのよ。人族との間にできた子どもも、もう世界樹の空に旅だったわ」


 他界することを、『世界樹の空に旅立った』とこの世界の人は表現している。


「ランタナは、ランダナが変人過ぎて、多分無理ね。でも、エルフは基本個人なので、1人でも誰も気にしないわ」


 うん、私もランダナさんは、無理だと思う。


「まあ、私とカルミアみたいに200年以上一緒にいるなんて言うエルフはごくまれよ。だから、エルフの結婚は、100年間の契約なの。その間は、信頼して、協力しましょうってね」


 おう、カルミア様は200歳以上なんですね。


「まあ、人族とエルフの大きな違いはこんなところね。ドワーフのことは私も詳しくないから、カルコス親方にでも教えてもらいなさいね」


 素直に教えてくれるかなー。


「サクラはね、そんな特別なエルフの中でさらに特別なエルフなのよ」


 そう言って、ビオラ様が私を正面から見た。


「カナデ君も、きっと、かなり特別な人族よ。それにね、探求者の寿命は、誰も知らないの。噂では、1000年とも2000年とも言われているわ」


 すみません。私にもわからないです。でも、きっと、何千年という感じなんじゃないかと思っています。


「あなたたちが、お互いを大事に思い、尊重し、守りたいと思っていることは、見ていれば分かるわ」


 ……。


「今後の事は、まあ、なるようにしかならないから、今は10層の試練に向けて集中していく事ね」


 はい、肝に銘じます。


「とにかく、私達は、あなたのことを歓迎します。そして、サクラを任せられる人格だと確信しています。サクラのことをよろしくね」


 そう言って、ビオラ様は優しく微笑み、私の頭を撫でてくれた。




 そう、今は、10層にサクラさんを届ける。これに集中するんだ。それに、10層に行けば、きっと、いろいろな事が自然に決まっていく気がするんだ。




 さて、では、お茶会はお開きかな……と、思い、椅子から立ち上がろうとしたときに、あの、できるメイド「ディナ」さんが、異次元収納箱を抱えて入ってきた。




「さて、ここからが本題よ」


 ビオラさんの目が輝いた。


 ちょっとまったー。さっきの話が本題じゃなかったの、あの話より大事な話って何ですかー。


 



「これよ、まだ、完成ではないけど、かなりの出来映えよ」


 異次元収納箱から出てきたのは、なんと、つくもの人形だった。いや、日本でならフィギュアと呼ばれている物に近い完成度だ。


「この、毛並みのつやを出すのに、かなり苦労したのよ」


 そう言って、猫人形にスリスリと頬をこすりつけた。


 うん、エルフの秘密よりもこっちの方が大事なんですね。ビオラ様。


 私は確信した。ランダナさんは、母に似たんだと。




「カナデさん、ねこちゃんはね、もう、この町にはなくてはならないほど大事なねこちゃんなのよ」


 そう言って、つくもの人形を私に一つ渡してきた。


「これを、ねこちゃんを待っている人たちに配りなさい」


 ん、どういうことですか。


「いきなりいなくなるのは駄目よ。別れるなら、きちんと会って、『お世話になりました』と言って別れなさい。じゃないと、残された人が気持ちを切り替えられないのよ」


 はい、理解しました。その通りです。


エルフは個人主義、執着はしない。と口では言っているけど、ちゃんと、人族の気持ちを理解しているんだ。さすがは、サクラさんを育てた親だ。




 で、このフィギュア、いくつ作ったんですか。







 次の日、私とサクラさんとつくもで、つくも(猫)のさんぽコースを回ることにした。


 そう、あのフィギュアが大量に入っている異次元収納箱を抱えて……。




「つくも(猫)、おまえのさんぽコース、なんかずいぶん広くないか」


 野良ちゃん猫でも、広くて半径500メートル位だったような気がするが……。


 つくも(猫)の場合は、入り口の町ほぼ全域にわたっているようだ。どんだけ広いの。




「おう、クレス、久しぶりだな」


 ここは、『()木戸(きど)』の砦である。入り口の町南側にある砦だ。そこの守衛さんがつくもみて『クレス』と呼んでいる。


「なんだ、クレスはカナデんとこの猫か」


「はい、何か迷惑掛けていませんでしたか」


 私が恐る恐る聞くと、


「迷惑だなんてとんでもない、すげえ役に立ってるぞ。なにしろ、獲物が少なくて落ち込んでいる冒険者は、クレスに癒やされて元気になるんだぞ。すげえよこいつ」


 守衛さんが、つくもの頭を撫でる。


「お役に立てているようでよかったです。で、残念なんですが、私達、もう直ぐ魔法学院に留学するんです。で、この猫も一緒に行くのでしばらくお別れになるんです」


「なんだ、そうなのか。寂しくなるな。でも、また戻ってくるんだろ」


「はい、必ず」


「おう、待ってるぞ」


「で、この猫人形を置いていきます。この猫だと思って飾っておいてください」


「おーすげーな、そっくりじゃねえか。おう、そこに飾っておくよ。きっと、冒険者達がみんな頭触っていくと思うぞ」

 

 そう言って、その守衛さんは、出入り口のそばに猫人形を飾ってくれた。




 ととと、とん。


 つくも(猫)がその猫人形に近づいた。


 その猫人形は、尻尾を巻き込み、前足をきちんと揃えたエジプト座りだ。


 その猫人形の頭に、とんと前足を乗せた。すると、人形が少し光って「にゃん」と鳴いた。


「おう、すげえな、この猫人形鳴くのか」


 素直にびっくりしてくれたが、きっと、神装力(しんそうりょく)第三権限の力で何かをしたに違いない。


 まあ、魔法がある世界だから、不思議なことが起こっても、誰も気にしないが……。




 守衛さんに見送られて、火の木戸を後にする。


「つくも(猫)、何したの」


「ちょっと、神力を入れただけだ。状態異常の改善になる」


 ああ、落ち込んだ人を癒やすって事ね。


「大サービスだね」


「ふん。この町の神なのだから当然だ」


 へえ、「神の仕事はしないぞ」って、カルミアさんに言っていたのに、神としての自覚が出てきたんだ。


「ねこちゃん。立派です」


 サクラさんに喉を撫でられて、ゴロゴロしているつくも(猫)を見ながら、ちょっと、嬉しくなった。




 そのあと、『()の木戸』『(ごん)の木戸』『(もく)の木戸』『(すい)の木戸』と砦を回る。入り口の町を1周したことになる。


 どこの砦でも、守衛さんの反応は同じような感じだった。そして、砦事に、つくも(猫)の名前は違っていた。


 いったい、いくつ名前があるの。




 こうして、つくも(猫)の神力が入った猫人形が、各砦に鎮座することになった。


 うん、そのうち、御利益に感激して、『(やしろ)』でもできるんじゃないだろうか。


「さて、次は町の中か……。これは、今日1日では回りきれないぞ」




 結局、行政区、工場区、工房区、農業区を回って、日が暮れた。


 今日1日で配った猫人形は、124個だった。







 次の日、芸術区と、賢魔鳥(けんまちょう)牧場がある管理区を午前中に回り、私の住宅がある地区を午後回ることにした。




「ごめんね、ねこちゃん。しばらくお別れなんだ」


「いかないでー」とわんわん泣く子ども達に、猫人形を渡す。そして、つくも(猫)が神力を入れていく。


「にゃん」と鳴いた人形を抱きしめて、「絶対帰ってきてね」「いってらっしゃい」「ありがとう」、そう言って、涙を我慢する子ども達にバイバイをして別れる。




「そうかい、行ってしまうのかい」


 ベッドに寝たままのおばあさんが、そう言って一粒の涙を流す。


「また、帰ってきます」


「ええ、頑張ってきなさい」


 おばあさんは「にゃん」と鳴く猫人形を抱えて、そう言って送り出してくれた。




 つくも、ちゃんと神様していたんだね。




 その日の最後は、研究区だ。ここは、最後と決めていた。


 音波研究所でツバキさんは椅子に座って待っていた。もう、私達が魔術学院に行くことは当然知っている。


 私が、恐る恐る切り出す。


「ツバキさん。お世話になりました。しばらくお別れです」


「なによ、私だってエルフよ。気持ちの切り替えぐらいできるわよ」


 そう言って、ぷいとそっぽを向いた。


「姉様、ねこちゃん人形です」


 そう言って、サクラさんがつくも人形を渡した。


「よくできているわ。そっくりよ。うん、大事にするわよ」


 とととと、とん。


 つくも(猫)が、ツバキさんの膝に飛び乗った。


 前足を人形の頭に乗せて、神力を注ぐ。


「にゃん」と人形が鳴く。


 それをツバキさんが抱きしめた。


「ツバキ、おまえの料理は、全て美味しかったぞ」


 びっくりして、つくも(猫)を見るツバキさん。


 丸い目が、じっとツバキさんを見上げていた。


「うん、ありがと。ねこちゃん、いってらっしゃい」


 そう言って、涙を流した。




 配った猫人形の数は、500個を超えていた。




 私は、ビオラ様が言った、「きちんとお別れしなさい」の言葉の重みをかみしめていた。







 今日は、4月10日だ。私とつくも(猫)がこの世界に来たのが、4月1日だった。そして、サクラさんと出会ったのが1年前のこの日だった。




「カナデさん、この桜の木覚えていますか」


 突然、サクラさんがそう聞いてきた。


 ここは、カボーグ邸の裏庭にある小高い丘の上だ。そこに、1本の桜の木がある。


「もちろんです。私がこの森にきて、初めて出会ったのがサクラさんです。その日にここでカルミア様達とも出会い、いろいろなお話をしました」


 私は、桜の木の幹に手を当てる。


「そして、次の日の朝、この桜の木がサクラさんのお気に入りだって、ここで教えてもらいました」


 サクラさんも、桜の木の幹に手を当てた。


「4月10日は、私の生まれた日なんです」



 えっ、マジですか……。


「あの日は、私が16歳になった日でした。あ、人族は毎年生まれた日に特別なお祝いをするんですよね。エルフはしないんですよ。エルフのお祝いは、1周期ごとなんです」


 サクラさんが、私が「しまったー」という顔をしていたので慌ててそう説明してくれた。


 でも、なるほど、確かあの日、カルミア様が「今日は特別な日」だと言っていた。


 誕生日パーティーの様な事はしないが、特別な日として豪華な夕食を食べるのがエルフの習慣なんだろう。


「1周期というと、50年ごとのお祝いなんですね」


 サクラさんがうなずいた。


「カナデさんのお祝い日はいつなんですか」


 エルフの感覚だと、誕生日は特別じゃないんだ。だから、いままでそういうイベントがなかったんだな。


 でも、転生して生まれ変わった私の誕生日っていつなの?


「よく分からないんです。でも、私もつくも(猫)も、新しい生活が始まった日は、サクラさんと出会った日です。だから、その日がお祝い日ですね」



「なら、3人いっしょですね」


「はい、2人と1匹ですが……」


「そうですね」と言って サクラさんはコロコロ笑った。




 さて、サクラさんの1周期祝いの時、私はどんな立場でお祝いをしているのだろう。







 7日後には、エレウレーシス連合王国にある、『大陸総合研究所 魔術学院』へ留学するために旅立つことになる。


 魔術学院がある王都までは約1000キロメートルの道のりになる。大陸最大の湖である『アングル湖』を大きく迂回していくことになるからだ。


 風の道が使えない所も多いので、多分10日程の旅になるだろう。


 この世界に来てから、初めて入り口の町から出て生活をすることになる。この町が、あまりにも住みやすい町だっただけに、権力者の力が強い他の国での生活には正直不安も多い。


 しかし、サクラさんを10層に届けるためには、全ての障壁を力と知力と胆力で乗り越えなければいけない。




「まあ、なるようにしかならんか」


「その世界を楽しんでくれ」


と、あの神様も言っていた。



 そうだよな、なんか、ずいぶん遠慮して生きてきたような気がするぞ。


 せっかく異世界転生したんだ。巻き込まれたとはいえ神様までついてきたんだぞ。もっと、いろいろなことができるはずだよな。


 うん、もっと、楽しまなきゃいけないな。

 




   『大樹の森』編 完


魔物の森での10日間を物語にしたSSを12時に投稿する予定です。

読んでくださった方、ありがとうございました。すごく励みになりました。

これで『大樹の森』編として区切りにします。(機会を見て章ではなく編として編集し直します)

次は『魔術学院』編の予定です。今年中にはなんとか投稿したいなーと思っています。

執筆状況等の今後の予定は、月一のペースで活動報告に(たぶん)乗せます。もしよろしければ、ご覧ください。

しばらく『なろう』から離れて執筆に専念します。感想欄等は管理が出来ないので閉じることにしました。ご容赦ください。

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